表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
101/161

第99話 古代魔術

 翌日。


 大講堂の壇上には、エルフの魔術師サンセリテが立っていた。


 長い金色の髪。


 人族にはない尖った耳。


 深緑色の外套をまとったその姿は、まるで古い物語から抜け出してきたようだった。


「本日は、皆様が古代魔術と呼んでいる技術についてお話しします」


 穏やかな声が、大講堂へ静かに響く。


 ルシエは研究ノートを開き、ペンを構えた。


 古代魔術。


 現在の魔法学校でも、その名称だけは教えられている。


 記録が少なく、再現も困難。


 現代では失われた、不完全な魔法技術。


 教科書には、そのように記されていた。


「ですが、最初に呼び方を訂正しておきましょう」


 サンセリテは人差し指を立てる。


「古代魔術というのは、あくまで人間の魔法体系における呼称です」


「私たちは、妖精誘導法と呼んでいます」


 大講堂の生徒たちが、揃って首を傾げた。


「妖精誘導法……?」


「はい」


 サンセリテが頷く。


「古代の人間が、現在とは異なる魔法式を使っていたという意味ではありません」


「そもそも、魔法式そのものを使用しないのです」


 大講堂がざわめいた。


 ルシエのペンも、思わず止まる。


「魔法式を使わない……?」


 隣に座るノエルが、小さく呟いた。


 人間が魔法を発動するには、魔法式が必要だ。


 魔力をどの属性魔粒子へ変換するのか。


 どれほどの量を使うのか。


 どのような現象を、どの範囲に発生させるのか。


 それらを定める設計図が、魔法式である。


 魔法式を使わずに魔法を発動するなど、人間の常識では考えられなかった。


「人間が四大属性魔法を体系化するよりも、遥か以前から」


 サンセリテは、ゆっくりと右手を掲げる。


「精霊や妖精は、自然界に存在する魔素や魔粒子へ直接働きかけていました」


 その手に、魔法陣は現れない。


 魔力が高まる気配もなかった。


 サンセリテは何もない空間へ、穏やかに呼びかける。


「少しだけ、力を貸していただけますか?」


 次の瞬間。


 大講堂の中へ、柔らかな風が吹いた。


「え……?」


 閉ざされていた窓が、ひとりでに開く。


 外から入り込んだ風がサンセリテの周囲を巡り、金色の髪と深緑色の外套を揺らした。


 風はやがて細い渦となり、机の上に置かれていた一枚の紙を静かに持ち上げる。


 魔法式は、どこにもない。


 サンセリテの魔力が、風の魔粒子へ変換された様子もなかった。


 それでも、確かに現象は起きている。


「今のは、風魔法なのですか?」


 一人の生徒が尋ねた。


「現象だけを見れば、よく似ています」


 サンセリテが答える。


「しかし、私が自分の魔力を風の魔粒子へ変換したわけではありません」


「この場所に存在していた風の魔粒子へ働きかけ、流れを少し変えてもらったのです」


 宙を舞っていた紙が、ゆっくりと机へ戻る。


 同時に風も収まり、開いていた窓が静かに閉じられた。


「精霊や妖精にとって、魔素や魔粒子を動かすことは、特別な技術ではありません」


「人間が道具を使い、暮らしを便利にすることと同じです」


 物を運ぶ。


 火を起こす。


 水を汲む。


 風を送り、空気を入れ替える。


 人間が手足や道具を使って行うことを、精霊や妖精たちは魔素や魔粒子を動かして行う。


「人間にとっては、古代の神秘に見えるのでしょう」


「ですが、彼らにとっては、身の回りの物へ手を伸ばすのと変わらないのです」


 サンセリテは、生徒たちをゆっくりと見渡した。


「ここで、皆様に理解していただきたいことがあります」


「エルフやドワーフ、そして竜は、一見すると人間によく似ています」


 顔。


 手足。


 言葉。


 衣服を身につけ、家を建て、社会を作って暮らしている。


 見た目や生活だけを見れば、人間と大きな違いはないように思える。


「しかし、私たちは根底から異なる生命体です」


 大講堂が静まり返る。


「精霊は、魔素によって構成された身体を持ちます」


「そしてエルフやドワーフ、竜は、肉体と魔素の両方によって存在する有身精霊です」


「有身精霊……」


 ルシエが、聞き慣れない言葉をノートへ書き記す。


「半分は皆様と同じ肉体を持ち、もう半分は精霊に近い性質を持っていると考えてください」


「そのため、私たちは生まれながらにして魔素や魔粒子の存在を感じ、その流れへ触れることができます」


 人間にとって、魔素は目に見えないものだ。


 魔力測定器や観測装置を通して、間接的に存在を知ることしかできない。


 しかし、エルフたちは違う。


 空気の流れを肌で感じるように。


 水の冷たさを指先で知るように。


 魔素や魔粒子の存在を、直接感じ取ることができる。


「妖精誘導法が、現代では失われた技術という説明も、正確ではありません」


「人間が使えなくなっただけで、私たちは今も日常的に使用しています」


 サンセリテは、わずかに微笑んだ。


「少なくとも、私の故郷で古代魔術などと呼べば、不思議な顔をされるでしょう」


 大講堂から、小さな笑いが起こる。


「人間の通常魔法を、絵の具と筆で絵を描く行為にたとえてみましょう」


「魔力は絵の具。魔法式は筆です」


「術者は筆を使い、絵の具を望む形へ整えることで、一つの現象を描き出します」


 火球。


 水流。


 風刃。


 土壁。


 人間は自分の魔力と魔法式を使い、望む現象を組み立てる。


「一方、妖精誘導法は、色そのものへ直接働きかけるようなものです」


「赤という色を、そのまま動かす」


「青という色へ、形を変えるよう頼む」


「絵の具を用意し、筆で描き直す必要はありません」


 ルシエは急いでノートへ書き込んだ。


『通常魔法――術者の魔力と魔法式を介して、魔粒子を操作する』


『妖精誘導法――自然界の魔素、魔粒子へ直接働きかける』


「それなら、妖精誘導法の方が優れているのですか?」


 別の生徒が手を挙げた。


 サンセリテは小さく首を横へ振る。


「単純に、どちらが優れているとは言えません」


「妖精誘導法は、自然の状態に大きく左右されます」


「風の魔粒子が乏しい場所では、強い風を起こすことはできません。近くの精霊や妖精へ力を借りる場合には、彼らの意思も尊重する必要があります」


 同じ言葉を投げかけても、必ず同じ結果になるとは限らない。


 場所。


 季節。


 天候。


 周囲に存在する魔素や魔粒子の量。


 精霊や妖精の意思。


 あまりにも多くの条件によって、結果が変わってしまう。


「それに対して、現代魔術は優れた再現性を持っています」


 サンセリテが壇上の黒板へ、簡単な魔法式を書いた。


「同じ魔法式を使い、同じ量の魔力を投入し、同じ条件を揃えれば、原則として同じ現象を起こすことができます」


 誰が使っても。


 正しい手順を踏めば、同じ結果を得られる。


「人間が魔法式を生み出したことで、魔法は一部の特別な者だけが扱う神秘ではなくなりました」


「学び、教え、技術として後世へ残せるようになったのです」


 魔法式。


 魔導書。


 魔導具。


 研究論文。


 それらはすべて、魔法を再現可能な知識へ変えるために生まれたものだ。


「現代魔術がここまで発展したのは、決して偶然ではありません」


「不確かな現象を分析し、誰にでも再現できる理論へ変えようとした、何世代もの研究者たちの成果です」


 ルシエは小さく頷く。


 再現性。


 アルベルトから何度も教えられた、研究に欠かせない条件。


 自分たちの魔導冷房機も、ホルトンによる第三者再現実験に成功したからこそ、一つの理論として証明できた。


「ですが」


 サンセリテの声が、わずかに低くなる。


「再現できないことと、存在しないことは同じではありません」


 ルシエのペンが止まった。


「妖精誘導法によって起きる現象の中には、現代の魔法理論では説明できないものが数多く残されています」


「魔法式を使わずに起こる風」


「人間の言葉や感情へ反応する森」


「傷ついた大地を、数百年かけて元の状態へ戻す精霊」


「周囲の生命に応じて、性質を変える魔素」


 どれも、現在の四大属性理論だけでは完全に説明できていない。


「中には、昔の人々が見間違えたものや、長い年月の中で誇張された伝承もあるでしょう」


「しかし、すべてが間違いだと証明されたわけではありません」


 サンセリテは、静かに生徒たちへ問いかける。


「現在の理論で説明できない現象を見た時、皆様ならどうしますか?」


 誰も答えなかった。


「あり得ないと否定するでしょうか」


「そんな現象は存在しないと、最初から調べることをやめるでしょうか」


 ルシエの胸が、ずきりと痛む。


 火属性魔法は、熱を生み出すもの。


 冷房へ利用するなど、常識に反している。


 前提が間違っているのだから、その先を読む価値もない。


 論文を閉じたギデオンの姿が、脳裏に蘇る。


「現代理論で説明できないからといって、その現象が存在しないわけではありません」


 サンセリテの言葉が、ルシエの胸へ深く染み込んだ。


「理論とは、世界を理解するために作られたものです」


「世界の方が、現在の理論に従って存在しているわけではありません」


 ルシエは、膝の上に置かれた自分の手を見つめる。


 教授に認められなかった。


 魔法協会へ届ける道も閉ざされた。


 それでも。


 魔導冷房機は、確かに完成した。


 三度の実験で同じ結果を示し、第三者の手でも再現された。


 論文を読まれなかったからといって、起きた現象まで消えてしまうわけではない。


(私たちの研究は、間違っていない)


 誰かに認められなくても。


 現在の常識では説明できなくても。


 目の前で起きた事実を、なかったことにはできない。


 ルシエは再びペンを握ると、ノートへ大きく書き記した。


『理論に合わない現象を、否定してはならない』


『現象に合わせて、理論を問い直す』


 隣に座るノエルが、その文字へ目を向ける。


 そして何も言わず、穏やかに微笑んだ。


 サンセリテの講義が一区切りつく。


「何か質問はありますか?」


 ルシエは迷いながらも、手を挙げた。


「どうぞ」


 指名され、ルシエは席から立ち上がる。


「一年生のルシエ・フローレンスです」


「はい。ルシエさん」


「先ほど、精霊や妖精は、自然界の魔素や魔粒子へ直接働きかけられるとおっしゃいました」


「その通りです」


「では、人間にも同じことは可能なのでしょうか?」


 大講堂が静かになった。


「魔力や魔法式を使わず、周囲の魔素や魔粒子へ直接干渉することはできないのでしょうか?」


 サンセリテは、すぐには答えなかった。


 少し考えたあと、静かに口を開く。


「極めて困難です」


「やはり、不可能なのですか?」


「いいえ。不可能だと言い切ることはできません」


 サンセリテは、自分の尖った耳へ触れた。


「ですが、先ほど申し上げたとおり、人間と有身精霊では生命の構造そのものが異なります」


「私たちは魔素や魔粒子を感覚的に捉えられます。しかし、多くの人間には見えず、触れている感覚もありません」


 そこに何があるのか。


 どのように動いているのか。


 どれほどの量が集まっているのか。


 人間は、直接知覚することができない。


「見えないものへ、正確に働きかけることはできません」


「水の流れを変えようとしても、水がどこにあり、どちらへ流れているのか分からなければ、手を伸ばすことすらできないでしょう」


 ルシエは唇を結ぶ。


 理論上は存在する。


 しかし、観測できない。


 だから操作することもできない。


「過去には、妖精誘導法を再現しようとした人間もいました」


「精霊と契約する者」


「特殊な魔導具によって、魔粒子を観測しようとする者」


「自分の感覚を魔素へ同調させようとする者」


「ですが、現在までに誰もが使用できる方法は確立されていません」


 やはり、人間には使えないのだろうか。


 そう思った時。


 サンセリテは、穏やかに言葉を続けた。


「けれど、不可能だと証明されたわけでもありません」


 ルシエが顔を上げる。


「人間には見えない」


「現在の技術では、正確に操作できない」


「それは、今の私たちが知っている限界です」


「未来の人々にも絶対にできないと証明するものではありません」


 ルシエは、その言葉を一言も逃さずノートへ書き留めた。


 見えないから、できない。


 けれど。


 見る以外の方法で、位置や動きを知ることができれば。


 直接感じ取れなくても、数値や変化から魔素の状態を把握できれば。


 何か方法があるのではないだろうか。


「実際、それを悪用した者がおったからの」


 壇上の端から、クロエの声が飛んできた。


 生徒たちが一斉に振り返る。


 椅子に腰かけていたクロエが、いつの間にか笑みを消していた。


「悪用……?」


 サンセリテが静かに息を吐く。


「クロエ。そこまで話すのですか?」


「ここまで話しておいて、隠す方が不自然じゃろう」


 クロエは椅子から立ち上がると、ゆっくり壇上の中央へ歩み出た。


「人間には本来、見ることのできぬ魔粒子を見て」


「魔法式も、自らの魔力も介さず」


「自然界の魔素と魔粒子を、思うままに動かした者がおる」


 大講堂の空気が張り詰める。


 ルシエの指先にも、無意識に力が入った。


 妖精誘導法を扱えるのは、精霊や有身精霊だけ。


 先ほどまで、そう説明されていた。


 人間には魔素も魔粒子も見えない。


 存在を直接感じることさえできない。


 それにもかかわらず。


 人間でありながら、その領域へ足を踏み入れた者がいた。


 クロエは生徒たちを見渡し、静かにその名を告げた。


「魔王ニコラスじゃ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ