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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第98話 聖騎士の戦い方

 大聖女ミュゲによる光魔法の講義から、しばらく後。


 大講堂の壇上には、白銀の鎧をまとったアーサーが立っていた。


 その手には、刃を潰した演武用の長剣が握られている。


「次は、私から剣術と魔法を組み合わせた戦い方についてお話しします」


 アーサーが静かに一礼する。


「私はローズフィールド王国に伝わる、アルベール流剣術を修めています」


 王家御用達。


 王国騎士団にも正式採用されている、攻守の均衡を極めた王道剣術。


 その現代最高峰の使い手こそ、王国騎士団長にして聖騎士であるアーサーだった。


「そして、私もミュゲと同じく光魔法を使います」


 その言葉に、生徒たちの間から声が上がる。


 大聖女ミュゲほどではないにしても、アーサーもまた高位の光魔法使いとして知られていた。


「もっとも、私の光魔法など、ミュゲの足元にも及びません」


 アーサーは真剣な表情で続ける。


「私が千人いたとしても、ミュゲ一人には遠く及ばないでしょう」


 大講堂がざわめいた。


「せ、千人……?」


「聖騎士様が千人いても?」


「大聖女様って、どれだけすごいんだ……」


 壇上の端に座っていたミュゲが、少し困ったように眉を下げる。


「アーサー、それはさすがに言いすぎではありませんか?」


「では、五百人ほどに訂正します」


「人数の問題ではありません」


 生徒たちから笑い声が上がった。


 アーサーは冗談を言ったつもりではないらしく、不思議そうにミュゲを見る。


 やがて小さく咳払いをすると、改めて生徒たちへ向き直った。


「魔力量や魔法の精密さだけを比べれば、私はミュゲに遠く及びません」


「しかし、魔法は強さだけで決まるものではありません」


 アーサーは剣を正面へ構える。


「剣術へ応用すれば、限られた魔力でも大きな力を発揮できます」


 ノエルが目を輝かせながら身を乗り出した。


 四大属性すべてに適性を持ち、魔法を実戦で扱うことに長けた彼にとって、聖騎士の技術は何より興味深いものなのだろう。


「アルベール流には、五つの基本となる套路があります」


 聞き慣れない言葉に、何人かの生徒が首を傾げる。


「套路とは、一つの技ではありません。立ち方、呼吸、歩法、攻撃、防御。それらを連続した動作として学ぶための型です」


 アーサーは、ゆっくりと両足を開いた。


「まずは、蒼龍一路」


 背筋を伸ばしながらも、肩や腕から余分な力が抜けていく。


 剣先が緩やかな円を描き、アーサーの身体が静かに巡った。


 龍が大地を這うような、ゆっくりとした動き。


 一見すると、戦うための型には見えない。


「蒼龍一路では、正しい姿勢と脱力、呼吸を学びます」


 動きに合わせ、アーサーの身体を淡い光が覆っていく。


 皮膚の表面からわずかに離れた位置へ、薄い光の膜が形成された。


「戦う前に、まず自分の身体を守る」


「光の結界を身体の周囲へ薄く展開し、外部から侵入しようとする汚染魔素や魔法を分解します」


 光を強く放つのではない。


 必要な範囲だけを覆い、最低限の出力で維持している。


「姿勢や呼吸が乱れれば、魔力の流れも乱れます。剣を振る前から、戦いは始まっているのです」


 アーサーの動きが止まる。


 続いて、片足を大きく踏み出した。


「猛虎二路」


 先ほどまでの静かな動きが一変する。


 床を蹴った瞬間、アーサーの身体が弾かれたように前へ進んだ。


 腰から肩。


 肩から腕。


 腕から剣へ。


 全身で生み出した力が、一瞬で剣先まで伝わっていく。


 剣が演武用の標的へ触れる、その直前。


 刀身に白い光が集中した。


 閃光。


 演武用の標的を覆っていた魔力障壁が、音を立てて砕け散る。


「猛虎二路では、零から百まで一瞬で力を伝える発勁を学びます」


 アーサーは振り切った剣を静かに戻す。


「光魔法も同じです。最初から最大出力で刀身を覆い続ける必要はありません」


「標的へ触れる瞬間だけ、光魔法の出力を高める」


「そうすることで魔力の消耗を抑えながら、魔物の体内にある汚染魔素や、敵の魔力障壁を分解できます」


 常に強い光を維持するのではない。


 必要な瞬間だけ、必要な場所へ力を集中させる。


 ルシエは、その言葉をノートへ書き留めた。


「次は、飛鶴三路」


 アーサーの動きが、再び変化する。


 鶴が羽を広げて舞うような、軽やかな足運び。


 助手を務める騎士が訓練用の棒を振り下ろす。


 アーサーは正面から受け止めなかった。


 半歩だけ斜めへ踏み込み、剣の側面で攻撃を滑らせる。


 同時に、接触した一点へ小さな光の膜が現れた。


 棒に付与されていた魔法が分解され、霧のように消えていく。


「飛鶴三路で学ぶのは、間合い、受け流し、重心移動です」


「すべての攻撃を、力で正面から防ぐ必要はありません」


 アーサーが剣先を下げる。


「相手の力を逸らし、必要な場所だけを光魔法で守る」


「全身を強固な結界で覆うより、遥かに少ない魔力で攻撃を防げます」


 防御魔法だからといって、常に大きな壁を作る必要はない。


 攻撃が触れる場所。


 魔法が侵入しようとする瞬間。


 そこだけに術式を展開すればよいのだ。


「迅雷四路」


 次の瞬間。


 アーサーの姿が消えたように見えた。


 鋭い踏み込み。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 雷のような速さで剣が振るわれ、並べられた五つの標的を次々と斬りつけていく。


 斬撃が命中するたびに、刀身の異なる位置へ光が走った。


 剣全体を光で覆っているのではない。


 刃元。


 刃の中央。


 剣先。


 標的へ接触する場所へ、瞬間的に光魔法を移動させている。


「迅雷四路は、攻撃を止めることなく畳み掛ける套路です」


 五つの標的を斬り終えたアーサーは、ほとんど息を乱していなかった。


「連続して攻撃するからといって、一つの魔法を発動し続けるわけではありません」


「斬撃ごとに出力を下げ、必要な瞬間だけ再び高める」


「一つ一つの術式を、剣の動きに合わせて連続させます」


 ルシエのペンが止まった。


(一つの魔法を、ずっと使い続けているのではない……?)


 防御。


 解除。


 攻撃。


 再び防御。


 アーサーは戦況に合わせ、それぞれ別の術式を順番に発動している。


「そして最後が、玄武五路です」


 大講堂の空気が変わった。


 アーサーは剣を正眼に構える。


「玄武五路は、蒼龍一路、猛虎二路、飛鶴三路、迅雷四路。これまで学んだ四つの套路を統合した、アルベール流最高峰の型です」


 助手の騎士たちが、アーサーを囲むように配置につく。


 一人が訓練用の魔法を放つ。


 アーサーの身体を覆う薄い光の結界が、それを分解した。


 直後、別の騎士が背後から斬りかかる。


 アーサーは身体を半歩だけ逸らし、剣で攻撃を受け流す。


 接触した場所へ光を集中させ、刀身に付与されていた魔法だけを消し去った。


 さらに踏み込む。


 零から百へ。


 全身の力が一瞬で剣へ伝わり、光をまとった刀身が正面の標的を斬り裂く。


 攻撃を終えると同時に、刀身を覆っていた光が消えた。


 代わりに、アーサーの背後へ小さな結界が形成される。


 最後の攻撃が、結界へ触れる直前に分解された。


 静寂。


 すべてが終わった時。


 アーサーは最初とまったく同じ姿勢で、壇上の中央に立っていた。


 遅れて、大講堂から大きな歓声が上がる。


「すごい……」


「今、いくつの魔法を使ったんだ?」


「ほとんど同時に見えたぞ……」


 誰よりも興奮していたのは、ノエルだった。


「防御から攻撃への切り替えに、ほとんど隙がない……」


 アーサーは剣を鞘へ収め、生徒たちへ向き直る。


「今の演武で使用した光魔法は、一つではありません」


「身体を守る結界」


「敵の魔法を分解する術式」


「光を剣へ付与する術式」


「接触の瞬間に分解力を高める術式」


「攻撃後、再び身体を守るための結界」


 アーサーは指を一本ずつ折りながら説明する。


「それぞれは、独立した魔法です」


「私は剣術の動作に合わせ、必要な順番で発動しているにすぎません」


 強力な一つの魔法を使っているのではない。


 小さな術式を、目的に合わせて組み合わせる。


 それによって、一つの戦闘技術として完成させているのだ。


 ルシエは夢中になって、アーサーの言葉をノートへ書き留めた。


 やがて、ある疑問が浮かぶ。


 ルシエは手を挙げた。


「質問してもよろしいでしょうか?」


「もちろんです」


「先ほどの技術は、一つの術式だけで完結しているわけではないのですね?」


「はい」


 アーサーが頷く。


「一つの大きな魔法式へ、すべての機能を組み込む方法もあるでしょう」


「ですが、魔法式が複雑になれば、発動までに時間がかかります。どこか一つに問題が起きれば、術式全体が停止する危険もある」


「だから、役割ごとに分けているのですか?」


「その通りです」


 防御する魔法。


 分解する魔法。


 攻撃する魔法。


 それぞれを独立させ、必要な順番で繋げる。


「魔法は、一つの術式だけで完結させなくてもいいんですね」


 ルシエが呟く。


 アーサーは穏やかに微笑んだ。


「大切なのは、どれほど強い魔法を使えるかではありません」


「何を成し遂げたいのか」


「その目的のために、どの力を、どの順番で使うのか」


「強さとは、その選択を正しく行うことだと私は考えています」


 ルシエは、ノートへ新しい一文を書き加えた。


『一つの目的を、複数の術式へ分ける』


 今のルシエには、それが剣術と魔法を組み合わせるための技術にしか見えていなかった。


 けれど。


 その考え方は、後に母を救うための治療術式を組み立てるうえで、重要な手がかりとなるのだった。

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