表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救済を棄つる病  作者: 海津 船井
第一章『イセカイヘヨウコソ』
8/13

第七話『黄泉』

 コツ


 コツ


 コツ


 血塗れの廊下の奥から足音が近付いてくる。


 ハルトは息を呑んだ。


 宿の中は静まり返っていた。先程まで人がいたはずなのに、今は誰も動かない。受付の女性も、酒場で騒いでいた客たちも、皆床に倒れている。


 血の臭いが鼻を刺した。


 現実感がない。


 だが夢とも思えなかった。


 足音は止まらない。


 近付いてくる。


 ゆっくりと。


 確実に。


 ハルトは傘を握り締めた。


 心臓がうるさい。


 逃げるべきか。


 確認するべきか。


 迷っている時間はなかった。


 廊下の奥の闇から、それは現れた。


 黒い。


 いや、黒すぎる。


 人の形をしているように見えるのに、人ではない。輪郭が曖昧で、煙のように揺らいでいる。顔があるはずの場所には何もなく、ただ二つの赤い光だけが浮かんでいた。


「……何だよ」


 返事はない。


 赤い光がハルトを見た。


 次の瞬間だった。


 全身が総毛立つ。


 本能が叫ぶ。


 逃げろ、と。


 ハルトは反射的に傘を開いた。


 しかし遅い。


 黒い影が消える。


 視界から。


 そして。


 背後から衝撃。


 肺の中の空気が一気に押し出された。


「がっ――!?」


 床へ叩き付けられる。


 痛い。


 何が起きたのか分からない。


 身体が動かない。


 背中が熱い。


 いや違う。


 温かい液体が流れている。


 血だ。


 自分の血だった。


 ハルトは震える手で床を掴む。


 赤い。


 視界も赤い。


 呼吸が苦しい。


 影は再び目の前に立っていた。


 見下ろしている。


 まるで品定めするように。


「ふざけ……んな」


 傘を持ち上げる。


 だが力が入らない。


 視界が霞む。


 遠くなる。


 身体の感覚が消えていく。


 その時だった。


 頭の中で何かが引っ掛かった。


 違和感。


 ずっと感じていた違和感。


 狼。


 レオン。


 エルド。


 同じ一日。


 同じ会話。


 同じ景色。


 そして。


 宿。


 ベッド。


 眠ったはずだった。


 確かに。


 眠った。


 なのに。


 その先の記憶がない。


 朝の記憶もない。


 目を覚ました瞬間には、狼の広場にいた。


 まるで。


 眠っている間の時間だけが切り取られたみたいに。


「……まさか」


 脳裏に浮かぶ。


 嫌な予感。


 認めたくない予感。


 もし。


 もし本当に。


 自分が、


 殺されていたとしたら――


 そこで思考は途切れた。


 黒い影が腕を振るう。


 鋭い痛み。


 首。


 熱い。


 次の瞬間には何も感じなかった。


 世界が傾く。


 床が近い。


 血の臭いが遠ざかる。


 音が消える。


 光が消える。


 意識が沈む。


 深く。


 深く。


 どこまでも。


――次の瞬間、カミシロ ハルトは成人にも満たない年齢で、この世を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ