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救済を棄つる病  作者: 海津 船井
第一章『イセカイヘヨウコソ』
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第六話『I saw dream』

 宿へ戻った頃には、すっかり日が傾いていた。


 王都の西側へ沈みかけた夕日が石造りの街並みを赤く染めている。昼間の賑わいは少し落ち着き、露店を片付ける商人や家路を急ぐ人々の姿が目立つようになっていた。


 ハルトは宿の二階にある自室へ戻ると、そのままベッドへ倒れ込んだ。


「疲れた……」


 思わずそんな声が漏れる。


 天井を見上げる。


 木製の梁。


 見慣れない部屋。


 見慣れない世界。


 だが不思議と嫌ではなかった。


 むしろ心地良い。


 異世界へ召喚されてまだ数日しか経っていない。それなのに、まるでずっとここで暮らしていたような錯覚すらあった。


 脳裏にレオンの顔が浮かぶ。


 あの戦闘狂。


 勇者らしくない勇者。


 どう考えても変な奴だった。


 だが嫌いではない。


 むしろかなり気が合う気がした。


「腹減った、って何だよ……」


 思い出して笑う。


 そして次に浮かんだのはエルドだった。


 あの男だけはよく分からない。


 掴みどころがない。


 善人なのか悪人なのかすら分からない。


 だが何故か目が離せない。


 不思議な男だった。


 窓の外では風が吹いている。


 遠くから聞こえる人々の話し声。


 馬車の車輪の音。


 夕暮れの王都は穏やかだった。


 ハルトはゆっくりと目を閉じる。


 明日もきっと楽しい一日になる。


 そんなことを考えながら。


 意識は静かに沈んでいった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 歓声が聞こえた。


「レオン様!」


「流石です!」


 どこか遠くから聞こえてくるような声。


 夢だろうか。


 そう思いながら目を開ける。


 眩しい。


 太陽の光だった。


 反射的に目を細める。


 そして。


 身体が固まった。


 目の前には巨大な狼の死体が転がっていた。


 黒い毛皮。


 切断された首。


 血に染まった石畳。


 周囲には騎士たち。


 集まる野次馬。


 そして。


 長剣を肩へ担いだ金髪の青年。


「終わったか」


 レオンだった。


 その言葉を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立った。


 聞いたことがある。


 ついさっき。


 いや違う。


 昨日だ。


 確かに聞いた。


 全く同じ声。


 全く同じ言葉。


「……は?」


 思わず声が漏れる。


 頭が追いつかない。


 何が起きている。


 ここはどこだ。


 宿で寝ていたはずだ。


 確かに。


 絶対に。


 ベッドに入ったはずなのに。


 レオンがこちらを見る。


「なんだ」


 その反応まで同じだった。


 ハルトの背筋を冷たいものが走る。


「いや……」


 言葉が続かない。


 周囲を見回す。


 広場。


 騎士。


 野次馬。


 壊れた露店。


 全て見覚えがある。


 夢ではない。


 だが現実とも思えなかった。


 レオンは怪訝そうな顔をした。


「顔色悪いぞ」


「そうか……?」


「ああ」


 ハルトは無意識に頬へ触れる。


 冷たい汗をかいていた。


 何だこれは。


 夢なのか。


 それとも。


 考えようとするほど頭が混乱する。


 だが周囲の人間は誰一人として異常を感じていない。


 それが余計に恐ろしかった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 その後も違和感は続いた。


 レオンとの会話。


 騎士たちの反応。


 街の人々の言葉。


 何もかもが記憶と一致している。


 偶然では説明できない。


 説明できるはずがない。


 それなのに現実は目の前に存在していた。


 まるで誰かが昨日という一日をそのまま再生しているみたいだった。


 ハルトは気味の悪さを覚えながら街を歩く。


 そして。


「やあ」


 聞き覚えのある声。


 振り返る。


 エルドだった。


 銀色の髪。


 眠たげな瞳。


 変わらない笑顔。


 だが。


 ほんの一瞬だけ。


 エルドの視線がハルトの顔で止まった。


 本当に一瞬。


 だが何かを確認したような目だった。


「どうしたんだい」


 エルドが首を傾げる。


「幽霊でも見たみたいな顔をしてる」


「……別に」


「そうかい」


 エルドは笑う。


 だがハルトは妙な違和感を覚えていた。


 何だろう。


 分からない。


 ただ。


 この男だけが。


 何かを知っている気がした。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 気付けば日が暮れていた。


 昨日と同じなら、そろそろ宿へ戻る時間だ。


 だがハルトは戻らなかった。


 街を歩き続けた。


 確認したかった。


 本当に昨日と同じなのか。


 それとも違うのか。


 結果。


 分からなかった。


 何も。


 そして気付けば昨日より一時間ほど遅くなっていた。


 空には月が浮かんでいる。


 王都の通りも人影が少ない。


「……帰るか」


 独り言を漏らしながら宿へ向かう。


 少し疲れていた。


 頭の中はぐちゃぐちゃだ。


 夢なのか。


 現実なのか。


 何一つ分からない。


 だから今日は寝よう。


 そう思った。


 宿の扉へ手を掛ける。


 木製の扉が軋む。


 ゆっくりと開く。


 その瞬間。


 鼻を刺すような臭いがした。


 鉄の臭い。


 生臭い。


 嫌な臭い。


 身体が固まる。


 静かだった。


 妙に静かだった。


 受付嬢の姿が見える。


 昼間に話した女性だった。


 笑顔が印象的な人だった。


 だが。


 動かない。


 床に倒れている。


 赤い。


 服が。


 床が。


 壁が。


 血で染まっていた。


「……え」


 理解できない。


 視線を動かす。


 客がいた。


 死んでいる。


 店主もいた。


 死んでいる。


 誰も動かない。


 誰も喋らない。


 宿の中は血の海だった。


 呼吸が止まる。


 心臓が嫌な音を立てる。


 何が起きた。


 誰がやった。


 なぜ。


 頭が真っ白になる。


 その時だった。


 奥の廊下から音が聞こえた。


 コツ


 コツ


 コツ


 誰かが歩いている。


 血塗れの宿の奥で。


 ゆっくりと。


 確実に。


 こちらへ近付いていた。

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