07話 残されたもの
風が、吹いていた。
焼け焦げた匂いが、ゆっくりと流れていく。
さっきまでの喧騒が嘘のように…
村は静まり返っていた。
どこを見ても、焼け跡だ。
家は崩れ、地面は黒く焦げ、生活の痕跡だけが
残っている。
それが、現実だった。
「…お兄…ちゃん…」
そして、ネリアが…最愛の妹が
全身に酷い火傷を負って……
力なく目の前に横たわっているのもまた
……受け入れ難い現実だった。
医療の知識のない俺でもわかる。
…間違いなく、もう長くない。
「……カルラ……」
かすかな声が、耳に届く。
振り向く。
カイルだった。
カイルの傍らにはレイカの姿もあった。
共に倒れたまま地を這って、わずかに
近づいていた。
その体は、酷く焼けていた。
もう助からないことは、一目で分かる。
「……親父、母さん」
剣の形に変わった右腕を、腕の形に変形させ、ネリアを優しく
抱きかかえた。
焦燥感に背中を押されて
カイルとレイカのもとに駆けた。
両親の前で膝をつく。
「……すまん」
弱々しい声。
「…ネリアは…どうだ?」
「もう…長くない…」
カイルの問いかけに、信じたくない真実を伝えた。
「…ごめん…皆を守れなかった」
「違う」
カイルは俺の言葉を即座に否定する。
「違うだろ……」
思わず声が震える。
「俺が……間に合わなかっただけだ」
「カルラ……」
レイカの口から弱々しい声が零れる。
優しい声だった。
こんな状況でも、変わらない。
「……無事で、よかった」
「何言ってんだよ……!」
思わず声を荒げる。
「俺は……何も守れなかった……」
「そんなこと、ないわ」
ゆっくり首を振る。
「あなたは……守ろうとしてくれた」
「それで、十分よ」
「……違う」
否定したかった。
受け入れたくなかった。
それを聞いて。
カイルは、わずかに笑った。
「レイカの…言うとおりだ。……お前は……強くなった」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「俺なんかより……ずっとな」
「……っ」
何も言えない。
「だから……」
小さく息を吐く。
「……俺とレイカの分まで、生きろ」
「最後まで……ありがとうね」
カイルとレイカはそう言葉を発すると同時に微笑む。
その顔が——あまりにも穏やかで。
「……やめてくれよ」
小さく呟く。
「そんな顔、するなよ……」
震える声。
カイルとレイカは、俺に向けて静かに手を伸ばした。
2つの手が頬に触れる。
「あなたは……ひとりじゃない」
レイカのその言葉を最後に。
2つの手から力が抜けて、落ちた。
「……親父、母さん」
呼ぶ。
返事は、ない。
温もりだけが、静かに消えていく。
もう、何も返ってこない。
動けなかった。
「……お兄…ちゃん……」
かすかな声。
抱きかかえているネリアに目を向ける。
「……きれい……」
ぽつりと呟く。
「……え?」
「お兄ちゃんの……目……」
小さく笑う。
焦点は合っていない。
「……つよいね」
「……っ」
「ネリアね……」
息がかすれる。
「ちゃんと……話……聞きたかったな……」
その一言で——
胸の中が、壊れる。
約束。
賢者の石。
全部が、蘇る。
「……話すよ」
震える声で言う。
「いくらでも話す」
「だから……」
言葉が、続かない。
「……いくね」
「お兄ちゃん……だいすき……」
「——っ!!」
そのまま。
ネリアの身体から、力が抜けた。
「ネリア……?」
何度も呼ぶ。
何度も。
返事は、なかった。
静かに。
本当に静かに——
その命は、消えた。
「…………」
涙は、出なかった。
ただ、抱きしめる。
冷えていく身体を。
時間だけが、過ぎていく。
◆
——どれくらい時間が経ったのか。
もう、分からない。
気づけば、日の傾きが変わっていた。
カルラは、ゆっくりと立ち上がる。
やるべきことがある。
村の端。
比較的無事だった場所に、土を掘る。
ただひたすら無言で。
魔術を使えば容易に掘れるだろうが
それは絶対にやりたくなかった。
手が裂けようが、構わない。
誓いを違えてしまった自分自身への罰だ。
ひとつ。
またひとつ。
墓を作る。
カイル。
レイカ。
ネリア。
そして——
他の村人たちも。
すべて。
この場所に、眠らせる。
「……これで、いいよな」
誰に向けたわけでもない言葉。
ただ、ぽつりとこぼれる。
無数の小さな土の盛り上がり。
それが、この村の最後だった。
その前に、立つ。
風が吹く。
静かだ。
「……遅かった」
呟く。
「全部、守れなかった」
認めるしかない。
それが、現実だ。
拳を握る。
爪が食い込む。
それでも、構わなかった。
「でも……」
顔を上げる。
焼けた村。
失ったもの。
全部、目に焼き付ける。
「終わらせない」
静かに言う。
「……絶対に」
その言葉には。
もう、迷いはなかった。
「レイジア教」
その名を口にする。
「全部、壊す」
低く。
確実に。
誓いを、胸に刻む。
踵を返す。
振り返らない。
もう、この場所に残るものはない。
カルラ・ネメシスは。
ひとりで歩き出した。




