55話 陽動
勇者アラタとの戦闘が始まり、完全に膠着状態に陥っていた。
ちくしょう、なんなんだこいつは…
技量も身体能力も俺の方が上だ。
明らかにアラタの目に捉えられていなかった攻撃もあった。
それなのに、アラタは勘で俺の攻撃をことごとく躱す。
勘がいいなんて、そんな生易しいもんじゃない。
そして、アラタの攻撃はほとんど俺に届いていない。
だが…それも時間の問題だ。
アラタは長剣と数多の属性魔術を操るオールラウンダーだ。
引き出しが多すぎる。
このままいけば、先に対応できなくなるのは俺だ。
だからといって、俺は負けるわけにはいかない。
一歩間違えば殺してしまうと思い、使用は避けていたが…やむを得ない。
俺は、即座に土属性魔術、重力圧砕を構築し、発動する。
「ぐっ!なんだ!急に体が重く!」
こいつ、マジか。
重力圧砕を受けて、よろめきながらも両足で踏みとどまってやがる。
ワイバーンでさえも地面に縫い付けられるほどの重力だぞ?
それに耐えやがるとは…
だが、これで動きを拘束できたはずだ。
俺は炎熱加速を発動させる。
次の攻撃をアラタが受ければ、死んでしまうかもしれない。
下手に加減して攻撃すれば間違いなく避けられてしまう。
……同郷の勇者はあまり殺したくはないのだがな…
できれば耐えてくれよ…
そして、俺はアラタに向けて疾走し、左腕の鉤爪を振り下ろした。
アラタはこれを避けることはできなかった。
しかし、身体を捻り、致命傷は回避していた。
そのうえ…火属性魔術を纏わせた長剣を、身体を捻った勢いのまま横薙ぎに振った。
苦し紛れだったのだろう。
狙って振ったようには見えなかった。
しかし、その長剣は、俺の腹を偶然にも捉えていた。
炎熱加速をもってしても、その一撃は避けられなかった。
「ぐああっ!」
「ぐっ!」
アラタと俺はほぼ同時に倒れ込んだ。
…なんてやつだ。
転んでもただでは起きないってか?
ちきしょう…
だが、死ぬほどの負傷ではない。
皮肉にも、火属性魔術だったことが幸いした。
傷口は焼け焦げ、出血はそれほど多くない。
腹の痛みに耐えながら、周囲を見渡す。
ヴィンセントとオルガも互角の戦いを繰り広げていた。
両者ともにボロボロだ。
そして…レイジア教の帆船は沖合から姿を消していた。
戦闘員も、クロウも、姿を消していた。
…どういうことだ?
てっきり帆船から小舟か何かを出して上陸してくるとばかり思っていた。
「カルラ!無事だったか!」
クロウが市街地の方角から飛来した。
…おい、待て。なぜそっちから飛んでくるんだ?
「おいクロウ!みんなはどうした!」
「大変だ!こっちは陽動だ!本命は、市街地だ!」
…は?
まだ戦闘が始まってから精々五分ちょっとしか経っていない。
避難はまだ終わっていない可能性が高い。
俺は自分の身体から血の気が引くような感覚を覚えた。




