03話 崩れゆく日常
朝の空気は、やけに静かだった。
「……妙だな」
思わず、そう呟いた。
家々から漂う朝の匂い。
誰かの話し声。
動物の鳴き声。
全部がいつも通りだというのに。
…どこか違う。
「カルラ?」
背後から声がかかる。
振り向くと、レイカが
不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
そう答える。
けれど、違和感は消えない。
なんだか、嫌な予感がする。
気のせい……か?
そう思おうとする。
でも、身体が覚えている。
“あの時”と似ていると。
前世の"あの時"…
そう、腹を刺されたあの時の予感と…
よく似ている。
理由のない、不安。
「お兄ちゃん!」
元気な声が飛んでくる。
ネリアが家の外から走ってくる。
入ってくるや否や、息を切らしながら
手を引っ張る。
「また賢者の石のお話して!」
「……賢者の石か?御伽噺を聞いて喜ぶ歳じゃないだろ…」
俺は呆れながらもそう答える。
「私じゃないよ!小さい子に聞かせてほしいの!」
ぷりぷり怒りながらも、満面の笑み。
無邪気で、何も疑っていない笑顔。
「あとでな」
軽く頭を撫でる。
「やった!」
ぱっと顔が明るくなる。
その様子を見て、自然と口元が緩む。
この表情、やっぱり
こいつが聞きたいだけなんじゃないのか?
でも、こういう日常に愛おしさを感じる。
前世じゃ、手に入らなかったもの。
それが、ここにはある。
「カルラ」
低い声。
レイジア教の教会の方からカイルが歩いてきた。
表情は、普段と同じ。
だが、いつもと違い、どこか固い気がする。
「ちょっといいか」
「……うん、わかったよ」
頷く。
ネリアから手を離す。
「すぐ戻ってくる」
「わかった、はやく来てね!」
ネリアは何も疑わず、手を振った。
それが——
当たり前の日常の一コマだった。
家の中に入る。
扉が閉まる。
「……どうしたの?」
カイルを見る。
少しの沈黙。
そして——
「教会で妙な話を立ち聞きしてな」
低く、抑えた声。
「レイジア教の連中がな……」
言葉を選ぶように、間が空く。
「……感情を消すための大規模な儀式の準備をしているらしい」
「……は?」
一瞬、意味がわからなかった。
「そんなもの……」
言いかけて、止まる。
思い出す。
今まで飽きるほど聞いた言葉。
『感情を抑え込むことが必要なのです』
違う。
それとは次元が違う。
「本気で言ってるのか?」
「わからん」
カイルは首を振る。
「ただ——」
目が、真剣だ。
「機密を嗅ぎ回ったらしい人間が何人も消えている」
空気が、変わる。
「……消えてる?」
「ああ」
「監獄島に送られたって話もある」
監獄島ガルガンド。
噂だけは聞いたことがある。
魔人が収監される場所。
……いや、待て。
それって口封じってことか?
だとしたら、レイジア教はとてもではないが
信用に値する宗教なんかじゃない。
「カルラ、お前はどう思う」
問いを投げられる。
一瞬、沈黙。
「……正直に言えば」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「わからない」
「ただ——」
間違っているとは言い切れない。
それが本音だった。
「瘴気は実在する」
「魔人もいる」
「感情が関係してるのも、否定できない」
事実だけを並べる。
「だから……」
一瞬、言葉を飲み込む。
「……抑えるべきだっていうのは、筋は通ってる」
口に出すと、妙な重さがあった。
「でも」
そこで、止まらなかった。
「それを“消す”ってのは、違うと思う」
静かに言う。
俺のその言葉に、カイルはわずかに目を細めた。
「……やっぱり、お前もそう思うか」
小さく、息を吐く。
「何かが、おかしい」
その言葉が、やけに重く響いた。
その瞬間、外から騒がしい音が聞こえた。
「……なんだ?」
カイルが顔を上げる。
次の瞬間。
——ドンッ!!
扉が、乱暴に叩かれた。
「村長!!」
叫び声。
「レイジア教の連中が——!!」
そこまで聞こえた瞬間。
嫌な予感が、確信に変わった。




