プロローグ 壊された人生…そして転生
人生とは理不尽で満ちている。
そう考えるようになったのはいつからなのか。
今となってはもう覚えていない。
恐らく、物心ついたときには
なんとなく悟っていたのだろう。
今日も殴られる痛みで、目が覚める。
「……起きてんだろ。寝たフリすんな!!」
鈍い衝撃が腹に入る。
息が詰まる。
反応しない。
反応すれば、余計に続くからだ。
「チッ……使えねぇな」
舌打ち。
今日はこれで終わりらしい。
……マシな日だ。
痛いのは、当たり前。
怒鳴られるのも、当たり前。
それが俺、”八神慶”の日常だった。
「お母さん……」
五歳の頃、そう呼んだ記憶がある。
でも返事はなかった。
母は、逃げた。
俺を置いて。
「……なんでだよ」
答えは出なかった。
「お前が悪いんだよ」
「……」
「お前がいるからこうなる」
父親は、そう言って殴る。
理由はそれで十分だった。
だから、考えるのをやめた。
どうしてとか、意味がない。
どうせ変わらない。
そして、その日常は——突然終わった。
父親が、消えた。
「……は?」
最初は意味がわからなかった。
殴られない。
怒鳴られない。
静かだった。
その後、施設に入った。
「ここなら安心だからね」
そう言われた。
確かに、地獄ではなかった。
勉強もした。
「すごいね、慶!」
「頑張ってるな!」
生まれて初めて俺を褒めてくれる環境。
それなりに嬉しかった。
だから努力した。勉強もある意味新鮮で
楽しかった。
その努力が実り特待生として奨学金で私立高校に
通えてるようにもなっていた。
テストでもいい点は取ってきた。
ここからやり直して行こう。
そう思っていた。
「兄ちゃん、ちょっといいか?」
声をかけられた。
帰り道だった。
古本屋の帰り。
振り向くと、男が立っていた。
スーツ姿の男。
笑っているが、目が笑っていない。
「俺、こういうもんなんだわ」
名刺を差し出される。
「金融業ってやつ。まあ、堅く言うとね」
名刺には、適当な会社名が書いてあった。
胡散臭い。
…闇金ってやつか。
「で、あんたが八神慶くん、だな?」
「……何の用ですか?」
警戒して聞く。
男は、ニヤっと笑った。
「心配しなくていいって。ちょっと話があるだけだ」
そう言って……
「久しぶりだな」
男の背後から声がした。
「……は?」
そこにいたのは…
「元気にしてたか?」
…いなくなったはずの父親だった。
「こいつな、あんたの親父さん」
闇金の男が肩を叩く。
「ちょっと金のことで困っててな」
「……」
「で、助けてやりたいんだけど、ひとつ問題がある」
男はわざとらしく、ためを作った。
「保証人がいねぇんだよ」
嫌な予感がした。
「だからな——」
父親が口を開く。
軽い口調で。
「お前、保証人になってくれ」
——その瞬間。
頭が真っ白になった。
「……は?」
「だから…」
「ふざけんな」
気づいたら、言っていた。
「なんで俺なんだよ」
「親だぞ?」
「親?」
笑いが出た。
乾いた笑いだった。
「どの口が言ってんだよ」
「何だと……」
「勝手に消えて、勝手に戻ってきて、それでまた利用するのか?」
止まらない。
全部、出てくる。
「俺がどれだけ殴られたと思ってんだ」
「そんな昔の話……」
「昔?」
怒りが焼ける。
「ふざけるなよ!」
「その”昔”に散々俺を苦しめてきたあんたの尻ぬぐいを何で俺がしなくちゃいけねえんだよ!」
「おいおい、落ち着けって」
闇金の男が割って入る。
でもその声は軽いままだ。
「いいか慶くん」
少しだけ声が低くなる。
「これ、断るとどうなるかわかるか?」
「……知るかよ」
「この人な」
父親の肩を掴む。
「海外のマグロ漁船、乗ることになる」
「……は?」
「聞いたことあるだろ?一回乗ったら帰ってこれるかどうかわからんやつ」
笑っている。
「まあ、運が良けりゃ帰ってくるけどな」
軽い調子で言う。
でも、その目は笑っていなかった。
「でもさ……」
肩をすくめる。
「だいたい帰ってこねぇんだよ」
沈黙。
「だからさ、助けてやれって話」
ニヤリと笑う。
「親だろ?」
その言葉で。
何かが、完全に切れた。
「ふざけんな」
低く、吐き捨てる。
「勝手に消えたやつを助ける義理がどこにある」
「お前……」
「死ぬなら勝手に死ね」
言い切った。
空気が、凍る。
次の瞬間。
ぐちゃ、と。
嫌な音がした。
「……え」
腹が、熱い。
遅れて——激痛。
視線を落とす。
ナイフが、刺さっていた。
父親の手。
震えている。
「……なんでだよ」
言葉が漏れる。
「おいッ!!」
怒号。
「てめぇ何やってやがる!!」
闇金の男が叫ぶ。
父親が何か言おうとする。
でも声にならない。
「ふざけんな! 話が違うだろ!!」
父親は闇金業者から胸ぐらを掴まれている。
「てめぇ、これじゃ全部パーじゃねぇか!!」
声が遠くなる。
「おい! おい!! しっかりしろ!」
「チクショウ……!」
「逃げ……いや、どうする……!」
膝が崩れる。
視界が揺れる。
地面が近づく。
冷たいはずのコンクリート。
でも、暖かい。
血だ。
自分の。
あっけない。
そう思った。
音が遠い。
声が歪む。
でも、ひとつだけ。
残った。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
こんな終わり方でいいのか。
こんな世界で。
こんな理不尽で。
——嫌だ。
もし。
次があるなら。
今度は——
「……もっと、マシな人生がいいな…」
最後の言葉。
それは願いだった…
そして…
意識が、闇に沈んだ。




