13話 門前の足止め
森を抜け、街道に戻る。
魔人の姿を解く。
意識的に力を引き、抑え込む。
左腕の異形が消える。
右腕も、元の欠損した状態へと戻る。
……やっぱり、こっちは不便だな。
軽く拳を握る。
ないはずの右手に、違和感が残る。
だが。
……人の中に入るなら、こっちじゃないと
まずいからな。
◇
街道に戻って半日後…
視線の先。
街が見えてきた。
石造りの壁と、その手前にある、門。
……あれが、町か。
当然だが、村とは比べ物にならない。
規模が違う。
人の往来も多い。
荷馬車を引く者。
武装した者。
様々だ。
……紛れられるか?
いや、大丈夫のはずだ。
魔人形態にならなければ人間と
見分けはつかない。
深く息を吐く。
そして、歩き出した。
◇
門前。
「止まれ」
すぐに声をかけられる。
門兵が二人。
一人は腕を組み、鋭く睨んでいる。
もう一人は槍を持ち、警戒の姿勢。
「身分証はあるか」
短く問われる。
「…俺は旅人なんだ…身分証は落とした」
本当は持ったことすら無いが
こう言うしかない。
門兵の視線が変わる。
「……ギルドカードは?」
「それもない」
持っているわけない。
そもそもギルドカードを知らない。
一瞬の沈黙。
もう一人の門兵が口を開く。
「どこから来た」
「……森の向こうの村だ」
「証明できるものは?」
「……ない」
空気が、変わった。
明らかに、疑われている。
まずい…だが、考えてみれば当然だ。
辺境の村で生まれ育った弊害だ。
身分証なし。
ギルドカードなし。
保証人なし。
今の俺は、身分を一切証明できない不審者だ。
「通せないな」
即答だった。
そりゃあそうだ。俺が門兵の立場でも通さない。
「規則だ。証明できるものがないなら入れない」
「もしくは——」
一人が続ける。
「通行税を払え。銀貨だ」
……金ね。
持ってるわけがない。
この世界に来て俺は金を使ったことがない。
村では物々交換だった。
行商人は金を持っていたが
金は持っていても村では使わないため
行商人とも物々交換でのやり取りだった。
金銭という概念自体、村には存在したかった。
「……それも落としてね、持ってない」
持ってない以上、あながち嘘ではない。
門兵の表情がさらに硬くなる。
「なら、通せん」
完全に詰みだ。
……どうする。
素材はある。
装備もある。
だが、売れない。
ギルドカードがない。
持ち込みもできない。
ため息が漏れそうになる。
そのとき。
「朝からうるせぇなぁ」
気の抜けた声が、横から差し込んできた。
視線を向ける。
そこにいたのは——
白い法衣の男。
レイジア教の神官だ。
思わず敵意がこみ上げてくるが
抑える。
ここで暴れれば関係ない人まで
巻き込みかねない。
それに、俺が知る神官とは
毛色が違うように感じた。
というのも…
その神官の片手には、酒瓶が握られていた。
それにボサボサの髪。
やる気のなさそうな表情。
法衣さえ着ていなければ
ただのだらしない酔っ払いにしか見えない。
そのまま歩いてくる。
少しふらつきながら。
「……ヒルファか」
門兵の一人が顔をしかめる。
「また朝からのんでるのか」
「何を言ってるんだ。酒は神が与えたもうた
神聖な飲み物だぞ?朝からのんで何が悪い。」
軽く言う。
「……相変わらずだな、お前は…」
呆れた声。
だが、慣れているらしい。
ヒルファというらしい神官は
気にする素振りさえ見せていない。
そのまま俺の横で止まった。
「で、こいつ何だ」
「身分証なし、カードなし、金もなしの怪しい奴だ」
「規則にある通り、通せん
お引き取り願うしかないな」
即答。
「へぇ」
ヒルファは、ちらっと俺に目を向けた。
その俺を見る目は刺し貫くように鋭かった。
——まるですべてを見通されているような
目線に寒気すら感じる。
そして——
ニヤリと笑った。
「困ってるって顔してるな」
酒瓶を傾ける。
一口飲む。
「……銀貨だったな」
腰から袋を取り出す。
適当に取り出して——
投げる。
門兵が受け取る。
「こいつの分だ」
「……おい、何のつもりだ」
俺は思わず割って入ってしまった。
「貸しただけだ。あとで返せ」
それだけ言う。
あまりにも軽く。
門兵は顔を見合わせる。
少し考えたあと。
「……今回は通す」
不承不承、といった様子で頷いた。
「問題を起こすなよ」
俺は軽く会釈だけして、
無言のまま門をくぐった。
◇
街の中。
人。
音。
匂い。
すべてが一気に押し寄せる。
……凄いな。
思わず呟きそうになる。
転生してからこんなに人が集まってる場所に
来たことがない。
…さすがに前世の東京ほどではないが。
だが、それ以上に——
違う感覚。
当然だが、人間だらけだ。
だが、同族意識をあまり感じなかった。
自分が“違う側”にいることを、人間を無意識に
同類認定から外していることにわずかな
寂しさを覚える。
「で、だ」
横から声。
「借り、どうするつもりだ?」
ヒルファだった。
まだ酒瓶を持っている。
俺はヒルファに目を向けた。
「もちろん返す、借りっぱなしは気分が悪い」
俺は簡潔に答える。
「そりゃありがてぇ」
軽く笑う。
「じゃあ、とりあえず——話でもするか」
酒瓶を掲げる。
「こんな面白そうな奴、放っとく理由もねぇしな」
軽い調子。
だが。
その目は——
少しだけ鋭かった。
「ところで、1つ聞きたいんだが…」
ヒルファは立ち止まり、鋭い目のまま
小声で続けた。
「お前、魔人だな?」
その一言に、俺は何も返せなかった。




