16◇聖剣が選んだのは
「失礼しますぞ」
入ってきたのは、壮年の神父だった。
――教会の使者……? にしては早すぎる。
聖剣を保有するのは各国だが、勇者を認定するのは教会だ。
この決まりが出来るまで紆余曲折あったようだが、要するに教会の認定がなければ、適合者とて聖剣を振るうことは許されない。
リットは訝しんだ。
聖剣が奪われたことを知り、ゼニスから勇者の称号を剥奪しに来たのだろうか。
だとしても対応が早すぎやしないかと。
「勇者ゼニス様。『四天王』『炎の番』に手酷くやられたそうですな」
神父はゼニスの身体を見て、不思議そうに首を傾げる。
部屋の様子やリットたちのことなど目に入っていないかのようだ。
「瀕死の火傷を負われたと聞いていたのですが」
「……何の用だよ」
ゼニスとて、自分を勇者に任命した組織の者を殴りつけるほど愚かではないらしい。
それでも、ギリギリのところで怒りを抑えているのがわかる。
「奪われた聖剣を、取り戻して頂きたい。あれは我らが神が人類に貸し出したものであって、貴方の所有物ではありません」
淡々とした神父の声に、グレンが叫んだ。
「んなこたぁ分かってる! 仲間がクソな所為で盗まれたんだよ! じゃなきゃオレが負けるわけがねぇだろうが!」
グレンの乱暴な振る舞いに、男は眉ひとつ動かさない。
どこまでも感情の窺えない声で続ける。
「左様ですか。幸いにも、グレンスフィオールは接触しやすい相手です。彼が戦場に立てば嫌でも目立ちますからね。我々も協力しますので、どうか速やかに聖剣の奪還を」
「武器もねぇのに、どうやって魔族を殺すんだよ。素手でやれってか?」
「ご心配なく。聖剣に代わる武器をお貸ししますよ。無論、お仲間のみなさまにも」
そこでようやく、神父はリットとレジーナを見た。
まるで駒を見るような目だった。
「勇者様には、こちらを」
神父は布に包まれた何かを抱えていた。
それが聖剣に代わる武器、ということなのだろう。
しかし、聖剣が通用しなかった相手に、代わりの武器で対抗できるのだろうか。
それに、自分たちにまで装備を貸与するというのも親切すぎる。
レジーナとリットの疑問をよそに、ゼニスの顔には嗜虐的な笑みが浮かぶ。
早くも復讐を果たした時のことを想像しているようだった。
「赤髪のクソ魔族め、オレに恥をかかせたこと、死ぬほど後悔させてやる」
◇
捕虜交換からしばらくして。
オレは森の中で、角の生えた巨大なイノシシと対峙していた。
魔獣化したイノシシだ。
イイジママサタカが知っているイノシシとはサイズ感がかなり違う。
まるで象だ。
こいつらは畑を荒らすどころか農夫まで喰らうので、魔族領では害獣に指定されている。
だがこのイノシシ、角は武器に加工できるし、肉は美味いのだ。
「さて……」
オレは腰に差した聖剣を引き抜く。
イノシシは彼我の実力差にも気づかず、正面から突進してきた。
オレはそれを軽やかに回避すると、すれ違う軌道で走るイノシシの頭部に向かって刃を振り下ろす。
聖剣はオレの火属性魔法を纏い、燃える刃でイノシシを断頭。
頭を失った胴体が地面を転がり、やがて停止する。
「やはり……使えている」
魔人であるオレが聖剣を使えるのはおかしい。
有り得ない、というべきか。
聖剣に魔法を纏わせるだけならばまだしも、俺が言っているのは本来の機能の方だ。
つまり、『十倍の速度で成長できる』能力である。
剣の達人になるのに二十年が必要だとして、聖剣を使えば二年で済む。
これは破格の能力だ。
ゼニスに数多くの魔族が狩られたのも頷ける話。
だが今気になるのは――オレが使えることだ。
「グレンスフィオールは確実に魔人だ」
あるいは、親や先祖に人間の血が――いや、そもそも聖剣は神が人間に与えた武器なのだ。
他種族の血が入っていてもいいのなら、容易に他種族が聖剣を奪取することができてしまう。
記録上、純粋な人間以外が聖剣の使い手に選ばれたことはない。
「人間……人間……いや――待てよ?」
人間にしか使えない聖剣というものがあったとして。
神は一体どのようにして、人間を人間として認めるのだろう。
血であるなら、オレが使えるのはおかしい。
だが純粋な人間しか扱えないことは、歴史が証明している。
つまり『純粋な人間』の判定は『血』以外の要素で行われている?
「魂、か……?」
グレンスフィオールは確実に魔人。
だが、もう一つ確実なことがある。
イイジママサタカは確実に人間。
イイジママサタカの魂が聖剣に適合したから、使うことができる。
一応の理屈は通るように思えるが……。
「あるのか……そんなことが」
ライトノベルの世界が実際に存在することに比べれば、驚くには値しないことかもしれないが……。
「……だが、使えるものは使わせてもらう」
オレは、一旦とやかく考えるのをやめた。
使えるなら使うのみ。
強くなれるならばいいではないか。
これからの鍛錬には、必ず聖剣を携帯することにしよう。
この聖剣の便利な点は、所持しているだけで能力が発動するところ。
成長速度は剣技だけでなく、ありとあらゆる技能に及ぶのだ。
「どんどん原作からズレているが、いつ安全になるんだか……」
一つ解決するごとに次の問題が生まれている気がする。
俺は聖剣を鞘に戻すと、片手でイノシシの身体、片手で頭部を持ち上げ、森の外へ向かうのだった。
◇
「領主様だ……!」
「すっげー! あんなデカイ一角魔猪を倒したのかー!」
「かっこいー!」
今、俺が歩いているのは領都に続く道だ。
領都周辺に築かれた農地では、日々民が働いている。
農家の子供が俺の姿を見て、キラキラした視線を向けてくる。
「おぉ、領主様がやってくれたぞ!」
「これで安心して働けます!」
「さすがグレンスフィオール様!」
「最高の四天王!」
子供だけでなく、他の農民たちからも歓声が上がる。
少し時間ができたので、魔王様に頂いた領地に顔を出すことにしたのだが、凶悪な一角魔猪が畑を荒らして大変だという話を聞いたので、聖剣を試しがてら討伐に向かったのだ。
魔族は力を貴ぶ種族だが、誰もが戦闘職の国は成り立たない。
農民もいれば職人も商人もいる。
「また何かあれば、いつでも言うがいい」
「ありがとうございます!!」
大人たちが頭を下げ、子供が飛び跳ねる。
人助けは気持ちがいい。
以前のグレンは領地を放置し、悪徳代官が好き放題していた。
だがオレはすぐに悪徳代官共を更迭し、コキューリアの伝手を頼ってまともな人材を確保。
シンラと仲直りしてからは、彼の魔法で広大な農地を築き、各地から行き場のない者を集め、仕事を与えた。
凄まじい勢いで栄える領都には商人も集まり、日々賑やかさを増している。
配下と自領の為に多額の資金を投入したが、元々グレンが悪さをして稼いだ金だ、まったく惜しくない。
それよりも領地を発展させれば、やがて税収という形で綺麗な金が入ってくる。
あとはそれを上手く運用して、更に民を豊かにしていけばいい。
自分にできないことは、それができる有能な者の手を借りればいいだけ。
そしてここは魔族の国。
裏切ったり汚職に走ったものは、容赦なく罰することができる。
ある意味で、やりやすいとも言える。
「そうだ、肉はお前達で食べるといい。オレはこのツノだけあればいい」
オレの言葉に、農民たちが大喜びする。
その場に魔猪の胴体を置くと、俺は領都への道を進むのだった。
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