15◇リンネル
数週間後。ヒュールム国と魔王国の国境の平原。
両部隊、最低限の人員と捕虜を連れて対峙していた。
「グレンスフィオール殿だね」
「そういう貴様は、リンネルだな」
水色の髪のボクッ娘頭脳派剣士、リンネルが進み出る。
彼女は原作でリットの仲間になるキャラクターだ。
敵の策を次々と看破してリットに勝利をもたらす様は、読者としては痛快だったが、グレンとなった今となっては厄介極まりない。
「やられたよ、君の化けの皮を剥がせると思ったんだけど。まさか、自分の目が節穴だったことを突きつけられるとはね」
表面上微笑んでいるが、リンネルの声には悔しさが滲んでいる。
「気にするな、誰しも過ちは犯す」
グレンっぽく話した結果、煽っているみたいになってしまった。
「あはは……」
彼女の笑顔が引きつる。
申し訳ないとは思うのだが、仮にも敵にデレデレするわけにはいかない。
ミュークルの時と違い、彼女を仲間に引き込むことは難しい。少なくとも、現状では。
さて、どのようにヒュールム国に引き渡す捕虜を用意出来たか。
オレは魔神決闘でリライトレインを倒すと、勝者の権利として収容所にいる人類の有力者の血縁や関係者の引き渡しを求めたのだ。
通常の手順では時間がかかってしまうが、魔神決闘への誓いは絶対。この時ばかりは無理も罷り通る。
だがそれだけでは、リンネルや領主が民からの支持を失ってしまう。
だから、あの街出身の者も、交換リストに加えておいたのだ。
単に王都のお偉いさんに屈したのではなく、自分の街の同胞が、友人家族が帰ってくると知って、それを拒否してまで捕虜を殺したい者が、どれだけいるだろう。
ほとんどいないからこそ、この捕虜交換は成立したのだ。
ちなみに、ダメ押しとばかりにもう一つ策を打ったのだが、こちらも上手くいった。
「しかし驚いたな。君が政治にも長けるとは」
どこか感嘆を滲ませた声でリンネルがつぶやく。
かつてのグレンでは無理だっただろう。
今のオレには、コキューリアやシンラなど、頼れる権力者の仲間がいる。
そこに加えて、ちょうどいいタイミングでリライトレインが魔神決闘を挑んできたものだから、利用させてもらった。
「驚いたのはこちらも同じだ。まさか、戦場で失った筈の配下が生きていたとはな」
「戦場を焼け野原にしていたら、焼死体のどれが味方でどれが敵かなんて分からないだろうと思ってね」
リンネルの皮肉が突き刺さる。
過去のグレンの行いとはいえ、今のオレにも反論はできない。
「そうか。こちらの部下を救ってもらったようで、感謝する」
皮肉に皮肉で応じると、リンネルは肩を竦めた。
「それより、どうやってこちらの兵士が生きて捕虜になったんだい?」
「オレのいない戦場における捕虜だ」
「そりゃそうか。君の戦場では、人は逃げるか死ぬかのどちらかだものね」
いまだにグレンの過去の悪行には胸が痛むが、オレは考えすぎないようにしていた。
今のオレにできるのは、自分が死なない為に努力すること。
その過程で、一人でも多くの者を救い、仲間を助けることだ。
「死にたくないのなら、剣を取らぬことだ。魔王様の秘宝を諦めれば、我らが貴様らを殺す理由はなくなる」
できれば全人類今すぐ諦めてほしい。
オレが死亡フラグに怯える必要もなくなるからだ。
「あはは、そういうわけにもいかないさ」
リンネルが乾いた笑みを浮かべながら言う。
それもそうか。
今更諦めたら、今まで死んだ同胞の命はなんだったのだ、ということになってしまう。
どこの国も引くに引けなくなっているのだろう。
ともかく、捕虜交換は済んだ。
「……俺たち、助かったのか?」「捕虜交換とか聞こえたが……まさかグレンの大将が?」「うぅ、見捨てられたかと思ってたぜ!」「あぁ、グレンを呪って死のうと思ってたが、まさか俺たちを助け出そうとしてたなんて!」
生き延びた捕虜が場所に運ばれる中、そんな声が聞こえてくる。
「では、我らは失礼する」
さっさと帰ろうとしたオレに、リンネルが声をかけてきた。
「今回はボクの負けだよ」
「何故だ? 我らは共に同胞を取り戻した。これほどの両勝ちもあるまい」
オレの言葉に、リンネルが目を丸くする。
「……そうだね。けど、君の描いた絵の通りに動かされたという意味で、ボクの負けなのさ。まさか、一度焼いた土地を策に利用されるとは思わなかったよ」
そう。
グレンは敵の土地を焼いて魔王国の領土とする。
これはシンラの魔法があれば再生するので問題ない。
だが、グレンに焼かれたままの人間の領土は?
その再生は簡単ではない。
土地を追われ、なんとか逃げ延びた者には、難民と化した者もいる。
今回、グレンはかつて焼けた村々の再生も条件に盛り込んだ。
そして、ニャルルなどの諜報員を動員し、国境の街で噂を流した。
憎きグレンの兵を帰すなど、本来ならば腸が煮えくり返ることだろう。
だが、捕虜交換で兵士となった父や息子たちが帰ってくるとなればどうだろう。
更には、戦争で焼けた村々が、全てではないにしろ再生するのだ。
その条件でまだ反対できる者がどれだけいるだろう。いたとして、賛成派を抑えられるとは思えない。
「オレに出来るのは全てを燃やすことだけ。だが、オレの仲間はそうではない」
リンネルのオレを見る目が、変わった気がした。
自分を負かした魔人ではなく、一人の対等な存在として認めたような。
「……君のことは権力を持った放火魔くらいに思っていたのだけど、完全に思い違いだったね。己が他者にどう見られるかを理解して思考と感情を誘導し、己の目的を果たす為に利用するとは。恐れ入ったよ」
そう思われたのならなによりだ。
実際はある時点から中身の人格が別人になっただけなのだが。
「貴様も見事だったぞ。まさか部下が生きているとは思わなかった」
「ははは、何の情報も得られなかったけどね。部下に大した情報を与えず特攻させているだけと解釈したけど、あるいは彼らは尋問をものともせず忠誠心で情報を秘匿しただけなのかもね」
いや、グレンは部下に大した情報を与えず特攻させていただけだ。
だが勘違いされる分には困らないので、フッと笑う。
できればミュークルのようにリンネルも仲間にしたかったが、さすがに今回は無理だろう。
取引の通用する相手、と思ってもらえただけマシとしよう。
原作だと、彼女の街も家族もグレンが焼き尽くしたことで、かなりの恨みを買ってしまったのだが、彼女の街はまだ無事なので、今後気をつければ恨みは買わずに済む筈。
というか、原作においてグレンへのヘイトが向きすぎている。
そういう敵を倒すからこそ爽快なのだろうが、少々やり過ぎではなかろうか。
ともかく、捕虜となった配下は無事に取り戻すことができた。
「それではな」
背を向けた俺に、リンネルから再度声がかかる。
「最後に一つ」
「なんだ?」
「腰に差しているのは、勇者様の聖剣かい?」
ゼニスから奪った聖剣は、常に持ち歩いている。
「そうだが」
「聖剣は選ばれし人間しか性能を発揮できないよ」
こちらの真意を探るような声。
「……あぁ。だが宝物庫に仕舞い込むよりも、俺が持っているほうが安全だ」
その返答に納得したのか否か。
「なるほどね」
実は、聖剣に関して気付いたことがある。
だからこそ携帯しているのだが、そのことを他者に悟られるわけにはいかなかった。
リンネルもそれで納得したのか、食い下がることはなく。
俺たちはそこで別れた。
互いに同胞を取り戻して。
◇
ちなみに、その後について。
「グレン様! 一生ついていくぜ!」「もう一度太陽が見られるとは……!」「帰ったら甥っ子が生まれてたんだ……俺、叔父さんになったんだぜ」「聞けば、グレン様は俺たちを救う作戦の為に、魔神決闘で命を賭けたらしい」「俺たちのことなんて捨て駒としか思ってないなんて考えてたが、そんなことはなかったんだな」「あんた……最高の上司だよグレン様」
しばらく放置したことを恨まれるのも覚悟していたが、助け出した部下たちの忠誠心が天井知らずに上がったのだった。
◇
「クソが!」
勇者は、全快したかと思うと、宿のものを片っ端から破壊し始めた。
ベッドサイドテーブルもクローゼットも寝台まで、ゼニスは手当たり次第に壊した。
「ゼニス、落ち着きなさいよ」
宥めるレジーナ。
「黙れ! 元はと言えば、テメェの魔法が奪われた所為だろうが!」
ゼニスは魔法使いレジーナの首を掴み、ぎりぎりと締め上げる。
彼女の体が持ち上げられてしまった。
「か、はっ……」
魔法には集中が不可欠。呼吸もできない状況では、いかに彼女といえどなす術はない。
「ゼニスさん、やめてください!」
彼を止めようとして飛び出すリットだが、レジーナを掴んでいるのと逆側の手で殴られ、壁面に叩きつけられる。
リットの視界が明滅し、鼻がツーンとする。どうやら鼻血も出ているようだ。
「テメェにも責任はあるぞ、クソ付与士。何の為にパーティーに入れてやったと思ってる! オレを強くする為だろうが、あぁ!?」
リットはゼニスを強化していた。
ゼニスは百二十パーセントの力を発揮した上で、グレンスフィオールに完敗したのだ。
しかし、彼にはそれを受け入れる心の強さが備わっていなかった。
敗北から学ぶことのできない者はいる。
己の敗北を認めた瞬間に心が砕けてしまうからだ。
だから、あらゆる負けや劣等感は、他者の所為にしてやり過ごす。
リットには、何故ゼニスが聖剣に選ばれたのかまるで理解できなかった。
ゼニスに聖性なんてものが宿っているとはとても思えなかったのだ。
「レジーナさんを、放してあげてください。貴方があの森で死なずに済んだのは、レジーナさんが治療したからなんですよ」
荒ぶるゼニスに、それでもリットは言うべきことを言う。
「……チッ!」
ゼニスも仲間を殺すつもりはなかったのだろう。
レジーナを、まるでもののように放り投げる。
リットはそこへ飛び込み、なんとかレジーナの身体を受け止めた。
咳き込む彼女の背中を優しく撫でながら、ゼニスを睨む。
「どいつもこいつも使えねぇ! まともな仲間がいれば、オレがクソ魔族なんかに負けるわけはねぇってのに!」
と、そこで部屋の扉がノックされた。
他の客から苦情でも入って、宿の者がやってきたのかもしれない。
リットは部屋に入ってこないよう伝えようとした。
一般人が今のゼニスに暴力を振るわれれば、それだけで死にかねない。
「うるせぇ! ぶっ殺すぞ!」
品性の欠片もないゼニスの叫びに、扉がそっと開かれる。
部屋を訪れたのは――。
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