14◇捕虜交換
王都。グレン邸の執務室。
オレは選択を迫られていた。
「最優先は、部下の救出だろう」
オレの言葉に、コキューリア、ニャルル、ミュークルの三人が嬉しそうに頷いている。
ちなみに、報告に来たのは元監察官の男だ。
オレは男に問う。
「しかし、ここ最近の戦いで捕虜となった者はいない筈。今捕まっている者たちは、いつから捕虜になっている?」
中身がオレに入れ替わったあとからの作戦については、全て詳細に把握している。
負傷者はいても戦死者はいないし、行方不明者についてもゼロだ。
怪我人たちについても、『浮雲』のサクヤリネイルのところへ回されて、治療を受け全快している。
そこは一つ疑問が浮かぶ。
今回処刑される捕虜とは誰なのだろう、という点だ。
「これまでは、魔王軍の情報を得るために尋問を受けていたようです。送りつけられた捕虜のリストを確認しましたが、グレン様の配下であることは間違いないようです」
つまり、グレンの中身がイイジママサタカと入れ替わる前に捕まったわけだ。
それを、グレンは把握もしていなかった。
グレンの記憶になく、原作にも記載がなければ、オレは知りようがない……というのは言い訳か。
「生きているならば、まだ助けられる。至急作戦を立てるぞ」
三人と男が頷く。
「リライトレイン様とサクヤリネイル様はどういたいましょう?」
『十二魔将』『紫電』のリライトレイン。
雷属性の魔法に長けた男だが、特に交友も因縁もなかった筈。
『慈悲のリライトレイン』とも呼ばれ、降伏した敵を丁重に扱うこともでも有名。
かつてのグレンはその話を聞いて偽善者と笑っていたようだが、今のオレは素直に感心するばかりだ。
そんな人物に決闘を挑まれる覚えはない……が、かつてのグレンがやらかした可能性は高そうである。
ちなみに、決闘を申し込まれて逃げるのは、強さを尊ぶ魔族にとっては恥になるようだ。
だが、今はどうでもいい。
「放っておけ。魔神決闘は双方の合意がなければ成立しない。配下の危機に決闘などしている場合ではない。サクヤリネイルについては、後日理由を聞けばよかろう。勇者の復活自体は問題ないしな」
聖剣は取り上げたし、復活してくれたなら、またリットに標的を指示すればいい。
諜報部隊のおかげで、様々な情報が入ってきているのだ。
勇者の急成長の目を潰せた上、リットのいるパーティーを使って魔王軍の膿を取り除けるのだから、悪い話ではないだろう。
というのは本音であるが、同時に内心警戒してもいた。
――何を考えているんだ、サクヤリネイル。
彼女は原作でも謎の多い存在で、真意がまったく読めない。
だが、それを考えるのも後だ。
まったく、問題が起こらない日などないのではないかというほどに、問題ばかりだ。
頭が痛いが、一つ一つ取り組んでいくしかない。
「しかし、どういたしましょう。今になってグレン部隊の捕虜のみを処刑するのは、明らかにグレン様に対する罠です」
監察官の男が言う。
経験豊富な彼でも、すぐに解決策は思いつかないようだ。
「だろうな」
今まで部下の命など気にも留めないキャラでやっていたからこそ、グレン部隊の捕虜はただ情報のために尋問されたのだ。
しかし最近のオレは、それが演技であったものとして行動している。
人類はまだそれを信じられないと思ったのだが、頭の柔らかい者もいるらしい。
なんだか嫌な感じがする。
何かが引っかかっている感じがした。
改めて、これまでの情報を頭の中で整理していると、その違和感の正体に気づく。
「待て……ヒュールム国だと?」
「グレン様……?」
そうだ、ヒュールム国だ。その国をオレは知っていた。
グレンの記憶ではない。イイジママサタカの記憶。
確か、原作ヒロインの一人がヒュールム国出身だった。
人類の国は幾つかあり、その全てが魔王様の秘宝を狙っている。魔族相手に共闘することもあるが、基本的にはライバル関係だ。
人類同士で競い合っているのである。
ヒュールム国は、その一つ。
そこでリットは、やたらと敵の策を読めるボクっ娘剣士に出会う。
そいつは前線都市の領主の娘だった筈。
――こう繋がるのか。
原作の死亡エンドをなんとか回避しようとしているのに、そこかしこに原作要素が覗く。
いっそ隠居でもすれば死亡フラグとは無縁でいられるだろうか。
いや、そんな消極的な対応ではダメだ。
何があっても対応できるだけの力を身につけねば。
とにかく、今はヒュールム国だ。
確かに、いち早くグレンの変化を受け入れた上でのこの策は見事である。。
グレンが配下を見捨てれば魔王軍内での求心力が落ちるし、助けに行けば敵の用意した罠に嵌まることになるからだ。
そんな理屈など関係なく、配下を見捨てるつもりなどないのだが。
どんなクズでも、かつてグレンについてきてくれた者たちなのだ。敵国に尋問された末に処刑されるなど見過ごせない。
「グレン様、敵には捕虜という名の人質がおります。通常通りに戦うことは出来ず、加えて言えば、グレン部隊は……人質救出作戦には向いていないといいますか」
男が言いにくそうに言う。
「わかっている」
うちの連中は単純な指示しか聞けない。
自らを囮にした現在の作戦も、『敵を挑発しながら逃げろ』というレベルまで簡略化して伝えて、なんとか成立させているのだ。
「ニャルルに任せてください! こっそり助けてきますにゃ!」
ずっと静かに話を聞いていたニャルルが、元気よく声を上げる。
彼女の一族の隠密行動は見事なものだが……。
「今回の敵ではそれも難しかろう。そもそも捕虜の数は十六名。こっそり連れ出すのは無理だ」
「でも、グレン様を危険には晒せないにゃ!」
ニャルルの気持ちは嬉しいが、現実的ではない。
「グレンさんなら、きっとみんな助けられる筈です……!」
ミュークルからの信頼は真っ直ぐで、応えねばという気になる。
「わたくしにできることがあれば仰ってください。助力は惜しみません」
コキューリアの気持ちもありがたい。
「もしもの時は頼らせてもらおう」
捕虜以外を、コキューリアに街ごと凍らせてもらえば救出は可能だろう。
だが非戦闘員を巻き込むのは彼女の主義に反するし、かつてのグレンのような無法を彼女に犯させるわけにはいかない。
少し考え、頭の中に閃きが生まれる。
「リライトレインが、魔神決闘でオレに何を要求するつもりかは、聞いているか?」
男はすぐに答えた。
「はい。『コキューリア様の奴隷身分解放』だとか」
コキューリアが『余計なお世話です』とでも言いたげに表情を歪めた。
「余計なお世話です」
実際に口にも出した。
「なるほど。コキューリアに惚れているわけか」
「おそらく」
コキューリアは強く美しく賢い、多くの男が魅了されるのも頷けた。
「よし、すぐにでも決闘を引き受けるとしよう。だが、賭けるのはコキューリアではなくオレの命とする。結果は変わらんのだし、向こうも受け入れるだろう」
死にたくないのに命を賭けてばかりな気がする。
しかし使えるものが他にないのだから仕方がない。
「……グレン様?」
訝しげな顔をする男に、俺は告げる。
「……問題ない。これで全てが片付く」
◇
「しかし、奴はくるでしょうか」
ヒュールム国。
魔族の国との国境地帯を治める領主の館の一室。
一人の男と少女が会話している。
「来るさ。グレンという男はクズだ。魔王軍の間では彼が聖人だったと信じる者も多いようだが、そんなわけがない。以前の彼の行動は、演技では誤魔化せぬほど野蛮で醜悪だった。おそらく、このままでは処分されると察して、魔王軍内での善人アピールを始めたんだろう」
水色の髪をした少女だ。男装とまではいかないが、中性的な衣装に身を包んでいる。
胸部の大きな膨らみがなければ、あるいは彼女を線の細い美少年と勘違いする者もいたかもしれない。
そんな彼女と言葉を交わすのは、領主の私兵を束ねる男だった。
「最近、奴の動きが変わったのは、それが理由だと? しかし、魔族にそんな自浄作用が期待できるでしょうか?」
男の反応は懐疑的だ。
少女は微笑む。
「魔族も全員がクズじゃない。力のある者を尊ぶだけで、野蛮とは言えないだろう?」
「は、はぁ」
男は納得していないようだったが、少女には確信があった。
「グレンは助けたくなくとも、駆けつけるさ。せっかく築いたイメージが崩れるのを恐れてね。奴を殺すのは――その偽善だ」
グレンは凶悪な魔人だが、こちらの罠に引き込めるのなら殺す手段はある。
少女には、グレンの死に様が目に浮かぶようだった。
「し、失礼いたします!」
そこへ、兵の一人が飛び込んできた。
「馬鹿者! 無礼だぞ!」
男が叫ぶ。平時ならその通りだが、少女はそれほど緊急事態なのだろうと判断し、咎めることはしない。
「いいさ。それより、どうしたんだい?」
「はっ。王都より、グレンスフィオールとの捕虜交換に応じるように、と」
「……なんだって?」
「捕虜交換とはどういうことだ!」
怪訝そうな顔をする少女と、兵士を怒鳴りつける男。
「グレンスフィオールは、我々の捕虜処刑を非人道的と批判した上で、捕虜交換を申し出たのです」
「捕虜、交換」
少女が呟く。
言葉の意味は知っている。
だが有史以来、魔族がそのようなものを持ちかけてきたことはない。少なくとも、公式には。
「グレンスフィオールは、捕虜のリストを王都にも送りつけたようです」
瞬間、少女はグレンスフィオールの策を理解し、歯噛みした。
「……っ! そのリストに、含まれているのか、要人の名前が」
悔しさに声が震える。
「はっ。高位軍人の親族や貴族の子弟が複数」
少女は近くのテーブルに拳を叩きつけた。
その顔は笑っているが、誰が見ても分かるくらいに悔しげだった。
「……なるほど、やられたね。断れば今度は、こちらが悪人だ」
人同士の争いであれば珍しくもないが、魔族が申し出てくるなど想像もしていなかった。
「しかし、魔族が我々と取引などするでしょうか?」
兵を束ねる男は疑念を抱いているようだが、少女は断言する。
「するよ。さっきと同じ理由さ。それよりも、驚くべきは彼の手腕だ。彼に収容所の捕虜をどうこうする権限はない筈。捕虜については四天王ではなく『十二魔将』の管轄だからね。んー、生き残りに必死なだけで、元々は賢くない男だと思ったんだけど、ボクもまだまだだなぁ」
少女は自分の髪をくしゃくしゃと撫で回してから、深く息をついて負けを認める。
「……どうされるおつもりで? 王都の連中は喜ぶでしょうが、グレンの配下を返すとなればこの街の民は怒りくるいますよ」
「だよねぇ」
大事な故郷や家族友人を、グレンに焼き払われた者たちが、この都市には沢山いる。
どれだけの犠牲が出ても兵に志願する者が尽きぬほどだった。
グレンの配下の処刑は既に告知されており、街はお祭り騒ぎだった。
「し、失礼します!」
別の兵が飛び込んでくる。
今度は男も怒鳴らなかった。
「あはは、今度は何かな?」
「グレンスフィオールより書状が届きました」
最早驚くまい。
「……へぇ? 開けてみよう」
手紙を受け取り、中身を読むと、少女は大笑いした。
「はははっ! あははははは! あー、なるほどねぇ!」
「な、何が書かれているのですか?」
「……いやぁ。ボクは本格的に、彼という魔人を読み違えていたらしいよ」
少女の声は、感嘆に震えていた。




