第22話 図書館での攻防
――王都中央高等魔法学校 図書館――
(火炎魔法…『火弾』!)
俺の人差し指の先から弾丸のような火の塊が放たれ、リリーの方へと飛んで行く。
「氷結魔法、『氷結晶の盾』!」
リリーの前に、表面が葉脈のような模様をした大きく平たい氷の結晶が出現し、俺が放った火弾を防ぐ。
「『氷鏃』!」
リリーの手を漂う冷気から、複数本の鋭く尖った氷柱が放たれる。
それを火弾で撃ち落とし、氷の破片が降る中を、俺はリリーを中心にその周りを移動しながら何発も火弾を撃つ。ボォッ、ボォッ、ボォッと上下に狙いを変えて火弾を発射するが、出現する氷結晶の盾よって防がれてしまう。
リリーの周囲に冷気が広がって漂い、先ほどよりも数を増やして空中に出現した氷柱達が俺を狙って飛んでくる。
「ぐ…っ」
全ての氷柱を撃ち落とすことができず、高い本棚の裏に飛び込むように転がって躱す。倒れる本棚から離れて体勢を立て直し、人差し指をリリーに向ける。
(くそ…)
空気中の水分を増幅させつつ、瞬時に凍らせる氷結魔法。氷を自在の形に作り出すこの魔法の特性を利用して、氷の盾で自身を守りながら氷柱の矢を放つという、リリーの攻防一体の戦術により、俺は苦戦を強いられていた。
「無駄よ、トウヤ君。いくら火炎魔法を撃っても、氷結晶の盾で全て防ぐわ。なので、あなたの攻撃は私には届かない。」
自分の周りにいくつかの氷結晶の盾を出現させたリリーが、余裕の表情で言う。
事実、図書館内を移動しながら火炎魔法を放つ俺に対し、リリーは一歩も動かずに防御と攻撃を行い、俺だけが体力を消耗している。
(一発一発狙って撃っても簡単に防がれてしまう。ならば、防ぎ切れないほどの数を撃ち込むまでだ!)
もう一方の手の人差し指も立て、両手の人差し指を前に向けて狙いを定める。
「両手で二発ずつ撃ったところで、変わりはしないわよ!」
(二発だけならな…。だが、それ以上はどうだ!)
「火炎魔法…『火炎弾・連』!」
両手人差し指から、ボォッボォッボォボォッボォッ――ッと、連続して火炎弾が発射する。
連射される火炎弾に表情が歪むリリー。その前方に複数枚の氷結晶の盾が出現し、多数の火炎弾が標的に命中するを阻んでいく。
――ボォッボォッボォボォッボォッボォッ…ッッ
両腕を揃えて前に伸ばしたまま、ひたすら火炎弾を撃ち続ける。
辺りに散らばった本や紙を焦がしながら空を走り、絶え間なく続く火炎弾が氷結晶の盾を叩いて割っていく。
着弾して、パリンッパリンッと音を立てて、氷結晶が破片となって飛び散る。
しかし、氷結晶の盾を壊すも、壊れた所を補填するように即座に新たな氷結晶の盾が出現する。さらには、連射する火炎弾に合わせて数を増やし、火の粉すらかからないほどの鉄壁の防御で術者を守っていた。
「……はあ…はあ…っ」
強力な火炎魔法を継続して使った疲労で攻撃を止める。無茶な火炎魔法の使用で火傷を負った指先がズキズキと痛むのを感じながら、目の前の状況を凝視する。
「くふふ…、危なかったわ」
そう言うリリーの前には、僅かな隙間が無いほど、たくさんの氷結晶の盾がベン図の様に重なって守りを固めていた。その集合体の様相はもはや、氷の防御壁である。
「火炎弾をたくさん撃ちまくって、私の防御を壊そうとするなんて…意外と強引なのね。少し、ヒヤッとしたわ。氷だけにね。」
危なかったと言いつつ、俺が連射した火炎弾を全て防いだ上に、冗談まで言う余裕すら見せるリリー。
「トウヤ君。仮にも、私はこの王都中央魔法学校の教師だったのよ。あなたのような一介の生徒が、私に敵うと思ってる?」
王都の名門校と云われる王都中央高等魔法学校。その学校の教師は、魔法の技能を高い水準で有していると認められて、厳しい教員試験を合格した者が就く。魔法に関する豊富な知識はもちろんのこと、魔法戦闘においても、高い戦闘技量を持つエキスパートでもある。
暁の福音の長であることを除いても、王都中央高等魔法学校の教職に就いたリリーは、自他とも認める魔法の使い手だということ。一介の生徒、それも入学して間もない一年生の俺が戦うには荷が重い相手だ。
今にして思えば…偽りの姿とはいえ、あの生徒から親しまれていた愛嬌のあるリリー先生が、実は魔法戦闘のエキスパートであったと思うと、不思議な気分になる。
(どうする…。このままじゃ、勝てない)
自分とリリーの実力の差を実感し、冷える館内で嫌な汗をかく。チラッと、無意識に握りしめていた手を見る。
「あら…、邪神の力を使う気?」
目ざとく俺の視線を読んだリリーが問う。
「いいわよ、使いなさい。邪神の力は、あなた自身の力だからね。初めて私と戦った時みたいに、魔物を想像する邪神の力を使って、全力で私と戦いなさい!私の愛する邪神様の力がどれくらい凄いのか、いっぱい見せてちょうだい! 」
(…邪神の力を使う…)
【ベルゼファール様…】
頭の中で俺に話しかける、あの不気味な声が聞こえる。
【あの人間の女の言う通り…お使いください。貴方様の御力を、あの愚かな人間に見せつけるのです…。】
(俺の…邪神の力…)
【さあ…さあ…!】
不気味な声が俺を急かす。その声からは、期待と喜びが含まれているのが感じ取れる。
この不気味な声は、土壇場になると俺に邪神の力について教えてくれる。一見すると俺を助けているかのようだが、不気味な声の主は何かを企んでいる…そんな気がする。
だが、いずれにせよ、このままでは俺はリリーに攻撃を当てられず追い詰められてしまう。
暁の福音の目的は邪神の復活…、さらに言えば邪神の力を自分たちのものにして、世界を破滅させること。俺がここでリリーに殺されれば、俺という人間の人格は消えて完全な邪神となり、この世界は終焉へ向かうだろう。
(…そんなことはさせない。)
グッと拳を握り締め、意識を集中させる。
(むやみに邪神の力を使えば、再び邪神の神気が暴走するかもしれない…)
ナカツクニ神の宮本殿での、邪神の神気の暴走…。あれは俺が全力で邪神の力を使おうとしたことで、今まで眠っていた邪神の神気を叩き起こして、溢れさせてしまったのだ。それはまるで、一度に思いっきり蛇口の栓を緩めたことで、勢いよく水が出てきたかのよう。
そして、制御出来なくなった神気は、俺を呑み込み、精神を蝕もうとした。
…人間の人格を消して、完全な邪神になるために。
(暴走した邪神の神気に呑み込まれてしまえば、その時も俺は邪神になってしまう…)
おそらく、頭の中で聞こえるあの不気味な声は、俺に邪神の力を使わせることで邪神の神気を暴走させ、俺という人格を消し去って邪神を復活させようとしているのだろう。
【さあ…、さあ…!】
顔は見えないが、不気味な声の主は細く笑んでいるのだと思う。
【存分に神気を開放し、神としての御姿と威厳を示すのです…ベルゼファール様!】
「さあ、来なさいトウヤ君!神の力を私に見せなさい。そのうえで、あなたを殺して上げるわ!」
なんていうことだ…。俺を殺して邪神を復活させようとする者が、外にも内にもいるとは。
だが、思い通りになってやるわけにはいかない。俺は邪神の神気以外にもう一つ、自分の中にあるモノに意識を向ける。
そのモノとは…シロウ・アズマヤ大宮司様が俺にかけた『封印魔法』。溢れ出ようとする邪神の神気を抑えつける蓋。
(封印魔法を調整して、邪神の神気を暴走させずに邪神の力を使う!)
封印魔法による邪神の神気のコントロール。俺は、あの列車の襲撃事件から、密かに訓練していた。
一度俺が死んだことで外れ、再び付いた封印。取って付けたようなこの封印魔法は以前より緩くなっているため、現在は俺の意思で外すことができる。
俺の中にある封印魔法という蓋を、己の意思で少し開ける。空いた隙間から邪神の神気が出てきて、俺の体を駆け巡るのを感じる。
世界に充満する神々からのお零れではなく、俺自身が持つ魔法の源。
「…行くぞ、リリー。お前が恋焦がれる邪神の力で、お前を倒す!」
神気を集めた拳を顔の前で構え、目を閉じる。次に目を開くと、リリーは俺の変化に驚いた。
「その目は…!?」
漆黒に染まった左目で、彼女を捉える。
そして、俺にしか使うことが出来ない唯一の魔法の名を口にする。
「創造魔法…『魔物創生』!」
握り込んだ手を開くと、その手の平の上に、鼓動する丸い心臓の様な塊が出現した。
鼓動する塊は俺の手の平から離れると、骨と肉を形成しながら、その周りを血が巡って流れ、実るように臓器が出来上がり、その上を皮膚で覆って、体毛を生やす。
塊が一瞬にして命あるものに形を変えて、一体の魔物と成って完成する。
「「グルルゥ…」」
「シャー…」
獅子と山羊の頭、蛇の頭を尾にした四つ脚複合獣の魔物…『キマイラ』が唸りを声を上げ、獲物を狙う殺意の籠った視線をリリーに向ける。
「くふふ…あはは!いいわよ、トウヤ君。さあ、ここからが私達の本当の戦いよ!」
「ああ。今俺に出来る全力で戦わせてもらう。行けえ、キマイラー!」
「グルルォオオー!」
キマイラが空気を震わせるくらいの雄たけびを上げて、鋭い爪を備えた四脚で駆け出す。
「あなたは、ヨミノ町で戦った獣の魔物ね。あの時の借りを返すわよ!」
リリーの前方に冷気が流れて集まり、数本の大きな氷柱が飛び出す。
キマイラの山羊の頭と獅子の頭、蛇の頭の口から、火の吐息を漏れる。
「グルルゥ…ガハァアアアア!!」
三つの口を大きく開け、口の中で溜め込んだ炎を勢いよく吐き出す。火勢の強い炎の奔流が氷柱を溶かし、そのままリリーを燃やそうとする。
リリーは新たに何枚もの氷結晶の盾を重ねて出現させ、厚くした防御壁で炎の行く手を阻む。
(氷柱を難なく溶かすほどの熱量を持つキマイラの炎でも、あの重ねた氷結晶の盾は燃やせないのか)
一枚でも高い防御力を持つ氷結晶の盾。複数枚を前面に配置して壁を作りつつ、前後に何枚も重ね合わさることで、その守りがさらに堅牢になっている。
炎を吐きながらキマイラが飛び掛かり、前脚の鋭い爪で氷結晶の盾を引っ掻いて壊そうとする。ドスンッ ドスンッと前脚で叩くように引っ掻くも、ひびを作るだけで完全に壊すことはできない。
リリーの周囲に大量の冷気が発生し、霧のように漂う。
(あの霧のような冷気の集まりに、かなりの量の神気が込められているのが視える…)
漆黒に染まった左目が、大量の冷気の中を流れる神気を視る。
神の世界から流れ出て、人間の世界に充満する神気を用いて、人は魔法を使う。神気とは云わば、火を起こすための燃料の様なもの。そして、人の意思と想像力などで変換して魔法は実体化する。
少し封印を解いて邪神化した俺の左目には、神気の流れと変化を視覚化して視る事ができ、リリーが次に発動しようとする魔法が読み取れた。
「下がれ、キマイラ!」
俺の声に従い、キマイラが氷結晶の盾から飛び退いてこちらまで戻る。その間、リリーの周囲を漂う霧のような冷気から、無数の氷柱が作られようとしていた。
前面を覆い尽くす程の無数の氷柱が、その矛先をこちらに向ける。
(あの数は、キマイラでは防ぎきれない。ならば…)
俺は手の内に邪神の神気を集めて、一つの鼓動する丸い塊を出現させる。丸い塊は瞬時に変化してその体を形成し、『大楯のキュクロプス』へと生まれ変わった。
「グォオオ……」
「俺達を守れ、キュクロプス!」
「魔物と一緒に、串刺しになりなさい!!」
リリーが手で俺達を指すのを合図に、無数の氷柱が降り注ぐように前方から飛んでくる。
キュクロプスが大盾を構えて、無数の氷柱から俺とキマイラを守る。
氷柱は次々と霧の様な冷気から作られていき、絶え間なく横殴りの雨の様にこちらへと放たれる。
「グッ、オオォ…ッ」
キュクロプスが太い両腕に力を込めて、壁の様な大きな盾を持って、氷柱の豪雨を受け続ける。
「防御に特化した魔物を作り出したようだけど、果たしていつまで持つかしらね?」
(…もう少しだけ耐えてくれ、キュクロプス。)
俺はキュクロプスの後ろから大楯の向こう側にいるリリーを、漆黒の左目で視ていた。
リリーが空気中から取り込んだ神気が、体から周囲の冷気へと流れて氷柱を作っていることを視覚化し、その神気の流れに注目して観察する。
(いくらリリーが高レベルの魔法の使い手だとしても、人が魔法を使い続けるには限界がある。大量の氷柱を作り続けるにも、神気を操るためにかなりの集中力を維持しなければならないはずだ。その集中力が途切れる瞬間を狙う。)
リリーの体から周囲の冷気に流れる神気が僅かに揺らいだのを見つける。その僅かな揺らぎから神気の流れが途切れるのを視る。
「キマイラ!」
「グルルォオオ!!」
俺とキマイラが大盾の後ろから身を晒す。それは同時に、氷柱の豪雨が止む瞬間あった。
「…――っ」
完全に意表を突かれたリリー。その口が「しまった」と言う前に、俺の両方の人差し指から火炎弾が連射され、キマイラの三つの口から炎が放射される。
リリーの前面を守っている数十枚の氷結晶の盾が、キマイラの放射した高熱の炎で溶かされながら、俺の火炎弾によって壊わされていく。
(よし、このまま押し切る!)
火炎弾によって割れる氷の向こうで、リリーの鋭い視線がこちらを捉える。
視線が重なり、俺の漆黒の左目がリリーの体から爆発的に広がる神気を視る。
(リリーの体から大量の神気が流れて出て、周囲に広がっている…これは!?)
「力技でこの私を倒そうなんて、あまいわよ!トウヤ君!」
両腕を広げるリリー。濃霧の様な白い冷気が館内に広がって渦巻き、俺達を取り囲む。
地表に流れ込む冷気に触れ、俺とキマイラ、キュクロプスの脚が凍てつく。
「脚が動かない!?まずい…!」
「私の最高の魔法で死になさい!氷結魔法…『氷の乙女殺し』」
俺達を取り囲む濃霧の様な冷気から、今までにない程の無数の氷柱が顔を出す。
数十…いや、数百もの数の氷柱が渦巻く冷気に乗って回りながら、周囲と頭上からその尖った鋭い矛先をこちらに向け、一切逃げ場の無い空間となって俺達を閉じ込めている。
俺の漆黒の左目には冷気の外側が視覚化され、渦巻く冷気の上に、さらに冷気で乙女の頭が模られているのを視る。
奇怪な外観と、敵を内に閉じ込めて無数の氷柱で刺すその魔法は、まさに氷と冷気で作られた巨大な処刑器具の様であった。
(これが、最高レベルの氷結魔法…。なんて、魔法の技量だ。…だが)
「少しは強くなったけど、ここまでみたいね。…今度こそお別れよ、トウヤ君。次に会う時は、邪神様として会いましょう。 」
「…いや、そうはさせない。」
俺は漆黒の左目でリリーを視て、彼女から『氷の乙女殺し』へジワジワと流れる神気を読み取る。
頭上でクリスタル・シャンデリアの様な氷柱の集合体が作られる中、俺は左手の平の上で、鼓動する丸い塊を出現させていた。
(願え…。この窮地を脱するための力を持った魔物を、創造するんだ。)
周囲を取り囲む氷柱の大群から、身を守るための力…。
願うとともに、ナカツクニ神の宮本殿でホノカが見せた炎の防御魔法を思い出す。俺は火炎魔法で右手の内に炎を灯し、左手の鼓動する丸い塊に右手の炎を合わせた。
「創造魔法…『魔物創生』――」
炎を纏った鼓動する丸い塊が変化し、一体の魔物へと姿を変える。
長い鼻先と三角形の耳を立てた顔付きで、緋色の毛並み覆われた体、先端に火を灯した九つの尻尾を持つ魔物…
「――来い、『九尾の緋狐』!」
「クォオオオオン!!」
九つの尾を持った狐の姿をした魔物が、笛の音の様な遠吠えを上げる。
「頼む、俺達を助けてくれ。」
「クォオオーン」
緋色の美しい毛並みを撫でると、九尾の緋狐は鳴いて応える。
「くふふ。何の魔物を創造したか知らないけど、そんな魔物に私の攻撃は防げないわよ。…じゃあね。トウヤ君!」
リリーが広げた両腕を閉じて、その両手のひらを合わせる。彼女の体から神気が冷気を満たして氷柱へと流れ込み、俺達を取り囲む無数の氷柱が渦巻く濃霧の様な冷気から一斉に放たれる。
その直前に俺は、右手の人差し指と中指を立てて刀印の手形をした。ホノカの声を思い出し、俺は自然とその呪文を口にする。
「悪鬼穢れを焼き祓い給え。我らを守り給え。急急如立令!」
呪文を唱え終わると同時に、九尾の緋狐が九つの尻尾を広げ、その先端に灯る炎が荒ぶるように燃え上がる。すると、炎上した炎は螺旋を描くように回り、俺達を内に収めたドーム状の炎の結界を作り上げる。
炎の結界は、飛んでくる無数の氷柱の大群を溶かしつつ、膨張するように燃え上がって拡大し、遂には俺達を囲む濃霧の冷気を内側から燃や尽くして、『氷の乙女殺し』を消し去った。
「炎の防御魔法で、私の最高級の氷結魔法を打ち消した…!?」
驚愕するリリーが、炎の結界にいる俺と視線が合う。
「…っ!」
自身の最高の魔法が破られたことで、俺の次の挙動を警戒するリリーが氷結晶の盾を展開する。再びベン図のように前面に広がり、そして前後に何枚も重ねて厚くした氷の防御壁が築かれる。
(リリーを倒すには、あの氷の防御壁を打ち破る攻撃力が必要だ)
だが、例え壊しても壊れた部分を補填するように、すぐに新たな氷結晶の盾が出現してしまう。
(壊しつつ突破して、一気にリリーの所まで行く…。そのために必要なのは、高い攻撃力と突進力!)
高い攻撃力を持って、氷の壁を突き抜ける魔物…。俺は左手に鼓動する丸い塊を出現させる。
そして、今まで見た中で最も攻撃力が高い魔法を使った人物を思い浮かべて、俺は右手に魔法発動する。
(ナカツクニ神の宮本殿で見たあの一撃…。シスターの、あの攻撃力があれば!)
「雷電魔法、『蒼雷』!」
右手の内に蒼い雷が閃く。本来は手から雷撃を放つ魔法だが、俺はその蒼い雷を右手に乗せたまま、左手の鼓動する丸い塊に合わせた。
「突き進め――」
鼓動する丸い塊は一体の魔物に変化し、その身に蒼い雷を纏いながら猛スピードで炎の結界を突き破って出た。
「――『雷電のミノタウロス』!!」
頭の左右に硬い湾曲した角と巌の様な肉体、その手には巨躯に合った大きな手斧が握られている。雄々しく猛猛しい姿と気迫がある牛の頭部をした獣人の魔物が、氷結晶の盾が集合して出来た氷の防御壁へ突進する。
「ンモォオオオオオオーーッッ!!」
二脚の蹄で床を踏み鳴らしながら、纏った雷で通った跡を焦がして進むミノタウロス。
「まったく、なんて魔物を創造するのよ…あんたって子はぁ!」
リリーは両手を氷の盾に向けて神気を流し込み、さらに防御壁を強固なものにする。
ミノタウロスは握りしめた手斧振り上げる。
「ぶっ壊せ!ミノタウロス!!」
「ンモォオオオオオオッッ!!」
突進する勢いを乗せて、雷を纏った手斧を思いっきり氷結晶の盾へと振り下ろす。
斧槍のシスターが俺に振り下ろしたあの一撃…神の怒りの雷を模った一撃『ミョルニル』。それを模倣するミノタウロスの攻撃が、堅牢な氷の防御壁を打ち砕く。
「な…っに!?」
壊れた氷から表になったリリーが目を見開く。何枚も重ね、さらに神気を流し込んだ強固な氷結晶の盾が一撃で砕かれたことに動揺が隠せない。すぐに氷結晶の盾を一度に数枚出現させ、氷の防御壁を再構築しようとする。
「ンモォオオオオオオァアア!!」
しかし、ミノタウロスが荒れ狂ったように手斧を振り回し続け、その再構築を邪魔する。
「氷結晶の盾が、間に合わない…!」
氷を砕いて突き進むミノタウロスに、リリーが焦りを見せる。進行を阻む氷を全て砕き、ミノタウロスがリリーの前にたどり着く。
「ンモォオオオオオオー!!」
リリーの間合いに踏み込んで、手斧を振り上げるミノタウロス。
人の体など簡単に壊されてしまうその一撃が、リリーの頭上に振り落とされようとする――だが、リリーはニヤリと笑みを浮かべた。
「…凍結!」
ミノタウロスが冷気に包まれて体が凍てつき、その場で動きが止まる。
「あははっ!惜しかったわねトウヤ君。あと少しで私に勝てたのにね!でも、これが魔法戦闘の基本…常に奥の手は備えておくこと。最後まで何が起こるかわからないから、逆転の一手は持っておかないとね。授業で教えたでしょ?」
「ああ…。よく憶えてるよ、リリー先生!」
凍てついたミノタウロスの後方――、砕かれた氷の向こう――、炎の結界が開いたところで、腕をまっすぐ伸ばして人差し指を前に構える俺を見つけて、リリーの笑顔が消える。
「火炎魔法、『石火』!」
小さく先の尖った棘のような火弾が、刹那に近い速さで空を走ってリリーの腹部を撃ち抜く。
「がぁ…っ!?」
撃たれてから少し遅れて痛みを感じたリリーが、腹部を抑えてその場で両膝をつく。
「く…、こんな魔法なんかで、私が傷を付けられるなんて…」
怒りの形相で歯軋りしながら俺を睨みつけるリリー。しかし、その表情はすぐに困惑に変わる。
「魔法が…でない。なぜ…まさか」
「…リリー、俺の勝ちだ。」
俺はリリーの前まで近づき、膝を付く彼女を見て言う。
リリーを見下ろす漆黒の左目には、リリーの体から神気の流れが止まっているのが視えており、彼女がこれ以上戦えないことを確信する。
俺が撃ったのは、リリーの体の中で最も神気の通りが活発になっている箇所。
漆黒の左目でリリーの体の中の神気の流路を観察し、その通り道を一時的に絶つように火弾を撃った。その箇所が損傷している間は、リリーは神気を上手く操ることはできず、魔法は使えない。
自分を見下ろす俺を、リリーは悔しげに見上げる。
「…人の体には、血を巡らせる血管のように、神気が流れる道がある。魔法を使用する際は、その道を通って外へ神気を放出するのだけど…その大通りになる部分…東側の地方では『点穴』と呼ばれるツボを撃って、神気の流れを切ったのね。」
「…あんたの授業で学んだ事だよ。思い出して、使わせてもらった。」
「くふ…これだから、ガリ勉君は…」
グロスが垂れたように口から血を溢して、呆れたように笑うリリー。
「ていうか、普通は、狙って撃てるもんじゃないでしょう。…その邪神の目で神気を視てたわけか。」
「終わりだ、リリー。大人しく降伏して、暁の福音の暴動を止めさせろ。教祖の娘であるあんたなら、団員達を止められるだろ。」
「なめないでちょうだい、トウヤ君。降伏なんかしないわよ。手足を捥ぎ取られたって、頭だけになっても戦うわ。それに、たとえ私が死んだって、団員たちは止まらないわよ。」
「団体の長が死んだら、団体を指導する者がいなくなって、暴動は収まるはずだ!」
「なにか勘違いしてるわね…。私は、暁の福音の長じゃないわ。」
「なに…」
(教祖の娘が暁の福音を引き継いで、団体の長になっていたんじゃないのか?)
「あんたが長じゃないのなら、誰が暁の福音を動かしているんだ?」
「……邪神…私の邪神様」
俺の質問に応えず、リリーは火弾で撃たれた傷の痛みに顔をしかめながら、俺の左目に手を伸ばそうとする。
「必ず、邪神様を私のモノに…。そうすれば、私たちは…私は…」
「…もう良い。お前の役目はここまでだ、リリー。」
(…っ!?)
突然聞こえた声の方へと振り返る。
そこには、氷柱が刺さったままの胸部の辺りが赤く血で濡れた――図書館の事務員が立っていた。
「あなたは、死んだはずじゃ…」
(ぐっ…!?)
漆黒の左目が疼く。何かとんでもないことが起ころうとしている…いや、すでに起こっているのだと、左目で感じ取る。
俺が創造した魔物達も何かを感じ取ったのか、警戒心を露わにして事務員を睨みつけている。
【ベルゼファール様…】
内なるあの不気味な声が、俺を呼ぶ。その声色は緊張していた。
「…あなたは、いったい…」
「この私を忘れたか…。人間に成り下がった貴様は、つくづく滑稽で無様だな…ベルゼファールよ。」
(いや…、俺は知っている。あいつは…―――)
「忘れたのなら教えてやろう…」
事務員の体から、膨大な量の濃度の高い神気が解き放たれるのが視える。
「私は、悠久とも言える長き時に渡り、堕落した貴様を地獄の底に閉じ込めていた――」
記憶が流れ込むように、漆黒の左目がそいつの正体を俺に視せる。
(あいつは…――)
「――神だ。」




