第21話 トウヤの所へ
「やっと、校舎が見えてきたぜ!」
負傷した女子生徒を抱え、校舎を目指して庭園を走るマルコ。
図書館を出てから道中、魔物と出くわしていたせいで校舎まで遠回りをさせられていたため、ようやく見えた校舎に安堵する。
「ハア…ハア…く…苦しい」
「待ってろよ。もうすぐ医務室に、連れて行ってやるからな。…ちっ、校舎の方も大分荒れているな。」
校舎から爆発音や物が壊れる音が響き、明らかに安全な場所ではなくなっていた。しかし、立ち止まるわけにもいかないため、マルコは構わずそのまま校舎の入口に向かう。
その行く手を邪魔するように、物陰から四体の魔物が姿を現す。
『ウオオオオー!!』『グルウウオオ!!』
前方に人型の魔物が二体と、左右斜め前に四つ足の獣の魔物が二体。牙を剥き出しにして敵意を表している。
「邪魔だ、てめえら!」
このままでは通り抜ける事は出来ないと思ったマルコは立ち止まり、負傷した生徒を抱えたまま魔法を発動させる。
その場一帯の地面から鉱物が飛び出し、魔物達の頭上に集まって大きな塊に成っていく。
『グル…ッ!?』
「潰れろ、岩石魔法…『落石』!!」
集合した鉱物で出来上がった四つの岩石が、高い位置から重力に従って垂直に落ちて、頭上を見上げていた魔物達を圧し潰した。
「よし、やっと校舎に入れる!」
岩石で潰れた魔物達を尻目に、急いで校舎に入る。幸い医務室は校舎の入口から近く、マルコは医務室に常駐の職員がいることを祈りながら、ドアを蹴って駆け込んだ。
「怪我人です!誰かいますか!?」
「…いるから、落ち着いて静かに入ってきなさいな。」
白衣を着た人物が椅子を回転させて、マルコ達の方を向く。
「オリヴィア先生…」
「ふぅ…。で?怪我人って、その子?」
オリヴィアは咥えていたパイプ煙草で一服すると、椅子から立ち上がってマルコの抱えている女子生徒を診た。
「あらら…、こりゃ重症だね。かなり深く氷柱が刺さってる。犯人は氷結魔法の使い手かしらん?」
「先生、何とかしてください!この子、身体がどんどん冷たくなってる。早く治療を…」
「そう慌てなさんなって、学生さん。えっと、たしか…お、あった。」
白衣の内側をゴソゴソと漁った後、一つのフラスコ管を取り出す。そのフラスコ菅のコルク蓋を外すと、ひっくり返して中の液体を女子生徒の腹部にかけた。
「うっ…うあっ!?」
呻きながら、苦しそうに身もだえる女子生徒。腹部に刺さっていた氷柱は水蒸気を上げて溶け、怪我した部分も傷口が塞がった。
女子生徒は呻くのを止め、その代わりに容体が回復したことを示す様に安らかな寝息をたてる。
「すげえ…。あんな死にそうな大怪我だったのに、完全に回復している。」
「ふぅ…。ま、私にかかれば、あんなの大怪我の内に入らないよ。とはいえ、まだ安静にしないとだめだけどね。」
パイプ煙草の煙をふかしながら、何でもないと言う様に手をひらひらと振る。
(…さっき、重症って言ってなかったか?)
「それにしても、ちゃんと効いてよかった~。この薬、作ったばかりで初めて使うから、正直賭けだったのよね。」
「いや、生徒が死にそうな目に遭ってるのに、効くかどうかもわからない薬を使わんでくださいよ!」
「ま、効いたからいいじゃん。ふぅ…煙草うまい。」
(この人、ろくな教師じゃないな…)
「オリヴィア先生ー!怪我人よ。即、ぱぱっと治療して!」
生徒会長と書かれた腕章を巻いた女子生徒が医務室に入る。その後ろから、怪我人に肩を貸したり、抱えたりした生徒達が続く。
「一クラス分くらいのお客さんが来たね。あんた達、そんだけいて治癒魔法使える子はいなかったの?」
オリヴィアがやれやれと頭をかいて、生徒達を診に行く。
「すみません、オリヴィア先生。治癒魔法が得意な子達も大怪我して動ける状態じゃないので…。私も、治癒魔法が使えればいいのですが、生憎と苦手な魔法でして…」
「唯一の苦手魔法ですもんね~」
「ひ、人のこと言えないだろう!」
オリヴィアと話している二人の女子生徒に気付いて、マルコがその名を呼ぶ。
「イヅモさん、コハルさん!」
「ん?マルコ君か!」
「マルコ君!無事みたいで、よかった~。」
「はい。お二人も、大きな怪我が無い様でよかった。」
「マルコ君、トウヤ君はどうした?一緒じゃないのか?」
ホノカが詰め寄って質問する。
「それが…トウヤは今、図書館にいる。よくわからないけど、たぶんリリー先生と戦ってるかもしれない…」
「リリー先生と!?なんで…」
「…もしや、リリー先生も暁の福音の団員だったという事か。」
ホノカの言葉に、コハルが口を押さえて驚く。
「こうしてはいられない。リリー先生も暁の福音の団員ならば、早くトウヤ君を助けにいかねば。コハルさん、行くぞ!」
「はい!トウヤ君を、暁の福音になんか渡しませんよ!」
「トウヤを助けに行くなら、もちろん俺も行くぜ!」
三人が医務室を出ようとする。しかし、四人の長いローブ姿の人物が扉の前でその行く手を遮る。
「おっと、ここは通さないぜ…。」
『クク…』
「しまった…、近くまで敵が来ていたか。」
(私に気付かれずに、気配を消して近づくとは…)
団員達を警戒して、ホノカは小太刀の鯉口を切る。
「ちくしょう!急いでトウヤを助けに行かなきゃいけねえのに…」
「クク…。剣客ムサシと、切り裂き魔ジャックことソフィアと同じく、暁の福音の精鋭である俺達に出逢ったのが運の尽きよ。お前ら全員皆殺し…――へぶほっ!?」
『…っ!?』
真ん中の団員の体が急に跳ね上がって、天井へとめり込む。突然跳ね上がった仲間を、残りの団員達が唖然として見上げる。
「コハルちゃんと後輩二人。友達を助けに行くんでしょ?とっとと行きなさい。」
王都中央高等魔法学校 生徒会役員生徒会長…『メアリー』が、薄い靄の様な光を発する手を前方に向けて言う。その様子から、彼女が何かの魔法を使って、団員を天井にめり込ませたのが分かる。
「メアリー会長!?」
「あいつらはボク達が引き受けてあげるから、急ぎなさい。」
「メアリーさん…」
「コハルちゃん、大丈夫だよ。ボクと副会長がいれば、あんな奴らなんて余裕なんだから 。ね、副会長?」
「…ふん。」
指先で眼鏡を直す、生徒会役員 副会長…『ヨル』とともに、メアリーがホノカ達より前に出る。
「メアリー会長!相手は先程、私が戦ったムサシという者と同じく暁の福音の精鋭だと言っていた。もし本当だとすれば、お二人だけで戦うのは…」
「ホノカちゃん、心配ないよ。なんたってボク達は、この王都中央高等魔法学校の全生徒を代表する生徒会役員だよ?そこいらの邪教徒には負けない。ね、副会長?」
「…ふん。」
「しかし…」
「安心して。ボク達はそれなりには強いから、あなたのクラスメイト達は必ず守るよ。だから、ボク達を信じて 。」
「メアリー会長…」
「ね、副会長?」
「…ふん。」
「お前、いい加減しゃべろよ!この副会長ぉー!」
「………。」
「何も言わないのかい!」
(…本当にこの二人に任せて、大丈夫なのだろうか。)
唖然として、めり込んだ仲間を見ていた残りの団員達が我に帰り、同時に呪文を唱える。
『ザザス…ザザス…ナスナタ…サズズ』
すると、ホノカ達がいる医務室を建物の外から取り囲む様に魔法円が現れ、数体の魔物が出現した。
「まずい…、囲まれたぞ!」
焦る生徒達を見て、団員達が細く笑む。
「クク…。お前達は我々が完全に包囲した。これから一網打尽にして──」
「まったく、さっきから騒がしいわね…。せっかく、たくさん怪我人がいるから、新しい治療薬を試そうと思ってたのに。」
パイプ煙草をふかしながら、白衣の内側に手を入れてゴソゴソと漁るオリヴィア。
「えっと…あ、あった。」
白衣の内側から一本のフラスコを取り出す。その中には…頭から葉が生えた、初期胎児の様なものが液体に浸されている。
「…先生、それ何すか?」
「え、マンドレイクだけど?」
『え!?』
「この前、西側の地方の森で何匹か引っこ抜いて、持って帰ってきたのよ。」
「クッ…、ふざけやがって。魔物ども!そこの腑抜け面の教師ごと生徒全員を食い殺せえ! 」
『ウロアアアアー!』『グルォオオー!』
団員の命令で外にいた魔物達が窓硝子や壁を壊して、校舎に進撃しようとする。
「みんな、耳を塞いどいてね!」
オリヴィアはそう言って、フラスコを魔物達へと投げた。生徒達は、言われた通り耳を塞ぐ。
放られたフラスコは魔物達の前で割れると、中に入っていた植物型の魔物『マンドレイク』がその木の根の様な手足を枝分かれに一気に伸ばして魔物達を縛る。
『ウロォ!?』『グルォッ!?」
そして、マンドレイクは閉じていた両目と口を大きく開けて、甲高い金切り声を上げた。
「ワキャアアアアアアアアーーーー!!」
『ウ…ッッ!?!』『グル…ッッ!?!』
まともに聞けば全身が麻痺して、心臓まで止まると云われるマンドレイクの金切り声。木の根の様な手足で縛られて、強制的にその金切り声を間近で聞かされた魔物達は、耳から血を垂らしながら白目を向いて倒れて逝った。
一通り鳴いたマンドレイクは目と口を閉じると、体内から水分が抜けたかのように枯れた。
「ほら、あんた達。道が出来たわよ。行きな。」
魔物達が壊して空けた壁を、オリヴィアは親指で指す。
「ぐっ…そ、おのれガキがァ~!」
天井にめり込んでいた団員が床に帰還し、メアリーを睨み付ける。他の団員達も一切の油断を捨てた様子で表情を消して構える。
「さっさと行きなさい!コハルちゃん、後輩ちゃんたち!」
「…ふん。」
「メアリー会長、ヨル副会長…、ありがとうございます!」
団員達の相手を引き受けたメアリーと、背を向けたまま親指だけを立てるヨルに礼を言って、ホノカ達は図書館へ向かうべく校舎を出る。
「それにしても…、こんな大変な時にボクらの書記はどこで何してるんだか。」
走り去るホノカ達を背中で見送り、メアリーが溜息をつく。
「あの方なら、放っておいても問題ないだろう。」
ヨルは行方不明の生徒会役員の安否を、露ほども心配していない様に言う。
やっと、しゃべったか…とヨルを横目で見た後、それもそうかもしれないとメアリーは鼻を鳴らす。
「そうね。だってうちの書記は…、この魔法学校最強だもんね。」
―― 王都中央高等魔法学校の正門前 ――
ホノカ達がメアリー達の助けを借りて校舎を出る頃、一人の男が正門から堂々とした振る舞いで魔法学校の敷地内へと入っていた。
その片方の腕は無く、貴族のカフスが付いた上着の袖がヒラヒラと風になびく。
「お迎えに上がりましたよ、我が偉大なる邪神…ベルゼファール様。」
正門から広がる庭園の先にある図書館を遠目に眺めて、『ロイ・シペッツェ』は不敵な笑みを浮かべた。
「魔物使いとして更なる高みへ登るため、今日こそ貴方の御力を我が物に…」
「…部外者は、校内に勝手に入ってはいけませんよ?シペッツェ卿。」
「…そういう君も、部外者じゃないのか? 」
ロイは後方から聞こえた声の主にそう質問して振り返る。
「ふむ。君は、学生さんには見えないな。」
「…これでも一応、まだまだピチピチの未成年女子なのですが。」
「あはは、これは失礼した。確か君は、シャーロット・デュ・シルフィードの侍女…」
「エリー・ワトソンです。…こうしてお話するのは初めてですね、シペッツェ卿。」
ロイを呼び止めた声の主…エリー・ワトソンはそう自己紹介をして軽くお辞儀をする。
「まるで一度お話をしたことがあるみたいな言い方だな。君と向かい合うのは、初めてのはずだが?」
「…そうかもしれませんね。失礼しました。 」
(わけの分からない女だ。…それに、あの女からは何か違和感を感じる。)
掴みどころのないエリーに警戒しつつ、ロイは上着の内ポケットから葉巻を取り出して口に咥える。
「それで、君は私に何の用かな?」
ロイはさらにライターを取り出して着火させる。エリーは静かに立ったまま淡々と話す。
「言わなくても察しはついているとは思いますが…――」
「ふむ、そうか。ならば…――」
葉巻に火を付ける。葉巻の先端から、空中を這う蛇の様に紫煙が漂う。
「――あなたを、ここで止めます。」
「――君は、ここで殺す!!」
紫煙が複数の魔法円を描き、十体のゴブリンを召喚する。ゴブリン達は魔法円から出るや否や、人間の子供ほどの体格に合った剣を持ってエリーへと向かっていく。
『ブルアアアアー!!』
「…影魔法、『影法師』。」
エリーの影が、彼女を中心に円形に広がる。すると、その影から顔の無い、全身が真っ黒な人型の形をした何かが十体立ち上がった。
(影魔法…だと?聞いたことがない魔法だ。 )
『ブルァアアアアッアー!!』
現れた影法師達に物怖じず、ゴブリン達が影法師達に剣を突き指す。
深々と胸部を貫かれた影法師達だが、全員が何事も無かったかのように動いて、片手でゴブリン達を掴んで捕らえる。そして、もう片方の腕が尖った槍のような形に変わり、今度は影法師達が捕らえたゴブリン達を突き刺した。
「…生き物ではないな。影で作った人形か。」
「あなたがこれ以上ゴブリンを召喚するならば、私も相応に影法師を出して対処します。まだ、続けますか?シペッツェ卿。」
自分のゴブリン達を刺した影法師を興味深そうに見るロイに、エリーが問う。
「ん~?もしかして、もう勝った気でいるのかな、ミス・ワトソン。…勝負は、これからだ。」
そう言って、葉巻を大きく吸うロイ。口から葉巻を離し、大量の煙を吐き出す。
何かのガスかと思うほど濃い紫色の煙が広がり、ゴブリン達の周りを漂う。
すると、だらりと力なく両手両足を垂らして動かなくなっていたゴブリン達が痙攣しだし、刺されたままの状態で仰け反って奇声を上げた。
『ブル…ブルッ…プルルゥウアアーッッ!!』
「いったい、なにを…?」
完全に絶命したと思っていたゴブリン達の奇声、そしてその後の変化にエリーは驚く。
ゴブリン達の耳が蛾の羽の様に大きく拡がり、両腕の筋肉が異常なほど盛り上がって、その指先の爪が長く伸びる。一度閉じた目蓋が開くと、細くなった瞳孔をギョロギョロと動かして影法師に焦点を合わせた。
「ゴブリン達が、変化…した?」
「ちがう!変化したのではない。真の姿…『グレムリン』に成ったのだよ!」
ゴブリン…否、グレムリン達が影法師の拘束から逃げるために、あり得ない体の捻り方をして態勢を変え、その長く鋭い爪で影法師を切り裂いた。
「さっきまでのゴブリン達の動きじゃありませんね… 」
切り裂かれた影法師達が消える。複数ものギョロギョロと動く細い瞳孔がエリーを見て、一斉に走り出す。
『プルルゥアアアアーーッ!!』
(ロイが出した煙で強化されたのでしょうか…。私の影法師達をあっさりと倒すとは、なんて異常な強さ…)
ロイの口の葉巻を見て、ゴブリン達の変化の仕組みを予想し、エリーは再び自分の影を円形に広げる。エリーを中心とした円の影から多数の影法師が現れ、抑えつける様にグレムリン達の進行を止める。
『プルルゥアアーッ!』
影法師達とグレムリン達が押し合う。その間、グレムリン達が爪を突き指したり、振り回したりして、暴れながら、無理やり前進しようとする。
(ぐ…、なんという力の強さ。それにあの狂暴さ。影法師がもたない…!)
単純な膂力に負け、影法師達が押されそうになるのを堪える。
グレムリン達の後方で、ロイがもう一本の葉巻に火をつける。
「紫煙魔法…『煙刃』」
葉巻の煙が蛇の如く空中を素早く這い回り、影法師達の間を縫う様にすり抜けていく。一通り全ての影法師を回った後、煙が霧散して消えたかと思うと、影法師達の体が真っ二つ分かれた。グレムリンを残して影法師達はスゥ…と消え、口を小さく開けて驚いた様子のエリーだけがその場に残る。
「っ…まずい」
新たに影法師を出現させようとする素振りを見せるエリー。
だが…、その行動は果たされることなく、襲いかかってきたグレムリン達の爪が彼女の体を八方から貫いた。
「うっ、かは…っ」
他の臓器諸とも心臓までも貫かれ、詰まった様に吐血しつつ息を吐く。
「私の勝ちだ。ミス・ワトソン。」
ゆっくり近づきながら、ロイは拍手をする。
「素晴らしい戦いぶりだった。私がグレムリンの存在を知る前であったならば、君が勝っていたかもしないな。」
「グレムリン…。たしか、遥か昔…世界が造られたばかりの創世紀にいたとされる魔物…。あの強さならば…、創世記の魔物だと言うのも納得出来ますが…」
刺された体と同様に、口からも血を垂れ流しながら話すエリー。
「あなたは、グレムリンの存在をどこで…知ったのですか?創世記の預言者が記した聖典にしか、書かれていないはずの魔物を…なぜ」
「邪神様だよ。邪神…ベルゼファール様が、自らその御身を私の前に顕現し、魔物使いである私に真の魔物とは如何なるものかを証して下さったのだ!」
ロイは声高にそう言い、手でグレムリンを指す。
「…何を言っているのですか?あなたは」
「ふっ、直に神を見たことが無い君には、解らないことだろう。」
「仮に本当に邪神に会ったとして、その腕…。その失なった腕は、その時に無くなったのですか?」
「安い勉強代だ。邪神様が作り出したグレムリンから逃げるために、片腕とともに多くの可愛い下僕を失なったが、あの日、邪神に会ったからこそ私は研鑽を積み、ゴブリンをグレムリンに変える術を編み出すことが出来たのだ!」
エリーは、ゴブリンの死体が散らばったあの森の事を思い出した。
(有り得ない事ですが、シペッツェ卿の話が本当ならば、あの惨状は邪神の仕業…?)
…邪神、…暁の福音、…グレムリン、…王都を襲った暴動、…ロイ・シペッツェが魔法学校に来た理由…
思考の中である人物が浮かぶと同時に今までの事件が繋がり、エリーは言い知れない不安が体の内を走ったような気がした。
(やはり彼と会って、彼の事を確かめなければなりません…。)
「さて、私は邪神様をお迎えしなければならないのでな。そろそろ、君とはお別れさせてもらおう。」
グレムリン達が爪を突き刺したまま、エリーの体を高く掲げる。
紫煙魔法によってエリーの体を斬り、戦いの締めにしようとするロイ。
「さらばだ、ミス・ワトソン」
「…はい、お別れです。ロイ・シペッツェ卿。」
後ろから声を聞いた次には、ロイの体から黒い槍の先が血を付けて出てきていた。
「な…に」
背中から左胸辺りへと激痛を感じながらロイは、槍が影魔法で作られた物であり、その槍先に付いた血が自分のものであると気付く。
…何故自分は刺されているのか?
浮かんだ疑問の答えがすぐ後ろにあると知りつつも、前で掲げられているエリーを見る。
エリーの全身が黒く変色し、グレムリン達の爪からスゥ…と静かに消えた。
「バカな…。いつの間にか、影と入れ代わっていたのか…」
その場でロイが両膝をつく。葉巻の火が消え、グレムリン達の体が変化して元のゴブリンの姿に戻っていった。
『ブルル…――ウッ!?』
困惑するゴブリン達の影から現れた影法師達がその腕を槍に変えて、ゴブリン達の心臓を突き刺す。
バタバタと倒れるゴブリン達を見て、ロイは己の敗北を悟った。
「この、私を騙すとは…見事としか言う他ない。やられたよ、ミス・ワトソン。ただの付人でないな…。いったい、君は何者だ?」
心臓の鼓動が弱っていくのを感じながら、最期に自分を倒した者を知ろうと振り返って見上げる。
「…!き、君は…まさか」
目元まで伸びた長い前髪の隙間から、自分を見下ろすエリーの素顔を見たロイが、心底驚いた表情をする。
「…そうだったのか。ふ…まったく、本当にやられたよ…」
ニヒルに笑い、心臓の鼓動が止まったロイの体が倒れる。煙の出なくなった葉巻が口から落ちて地面を転がり、ゴブリン達の亡骸の側でゆっくり止まった。
「……お休みなさい。ロイ・シペッツェ卿。」
それを静かに見下ろし、エリーは呟く。
「こちらも、どうやら終わったみたいですわね。」
シャーロット・デュ・シルフィードが現れてエリーの横に立ち、一緒に地面に横たわるロイを見る。
「やっぱり、生きていたのですわね…シペッツェ卿。エリー、お怪我は?」
「私は、大丈夫です。それより王都…住人や警備兵達は?」
「心配ご無用ですわ。召喚された魔物でヤバそうなのは何匹か私が倒しましたし、出払っていた聖騎士達やシルフィード家の者も帰ってきました。彼らに任せれば問題ありませんわ。」
「…そうですか。敵の陽動作戦に気づいたおかげで、聖騎士達への連絡が間に合いましたね。」
「それで、これからどうしますの?」
学校の敷地に視線を向けて問う、シャーロット。
「この学校で彼を…トウヤ君を探します。きっと、この暁の福音の暴動の中心に彼はいるはずです。」
「わかりましたわ。それでは、参りましょう!トウヤ・ヘルフィールドの所へ。」
「…はい、行きましょう。」
(……たとえ、その先に地獄が待ち受けていようと)
シャーロットとエリー。二人は何かが始まろうとする予感と、こびりつく様な言い知れない不安を抱えたまま、王都中央高等魔法学校の敷地へと歩を進めた。
―― 校舎の最上階。校長室 ――
アリア・ヘイゼル校長は窓辺に立ち、ティーカップを片手に外を眺めていた。
あちらこちらから聞こえる戦いの音に、まるで音楽を聴くように耳を澄ませる。
「…あら。」
美しいヘイゼルアイの瞳が、校舎から出て行くホノカ達を映す。
さらには、校内を駆けながら斧槍を振るって魔物を倒している者と、外から入ってきた二人の人物の気配を感じ取る。
その者達が向かおうとしている先…その場所に視線を移す。
「そう…。神に選ばれた者達が、この戦いの中心に集まろうとしているのね。」
遠い先を見る様に目を細めてそう呟き、ティーカップをデスクに置く。
「王都中央高等魔法学校の長、アリア・ヘイゼル校長…で、宜しいですかな?」
「あら、其方はどなたでしょうか?」
アリアが声をかけられた方を見ると、校長室の扉の前に、長いローブを身に纏った青年が立っていた。
「突然の訪問失礼致します。私、暁の福音の精鋭の一人をやっている者でございます。」
品を漂わせる青年は、自身の正体を明かしてお辞儀をする。
「不躾で大変恐縮でございますが、お命を頂戴いたします。」
そう言い終わって顔を上げた途端、部屋中に魔法円が出現する。
そして、その中から腐敗臭とともに身体が灰色に腐った…動く屍がぞろぞろと出てきた。
『ウ…ウアァァアア』
ボロボロの口を大きく開け、唸りながらゆっくりと歩く屍達。
「その魔法は…もしかして、あなたは『貴族殺し』の罪で手配中の…」
「はい。悪徳貴族を殺し、腐った王国を救う活動をしている死人使いでございます。」
室内に密集する程の屍達が徐々に、窓辺に立つアリアに近づいていく。
「腐っているのは、あなたが召喚したこの方々じゃないの?」
体が著しく損壊、欠損し、もはや人と呼ぶことができない死した肉塊の成れの果てを見て、アリアは言う。
「その通りです!ヘイゼル殿。彼らは腐っている。だからこそ、腐った我が屍達がこの王国を救済するのです!腐った王国、腐った世界は一度壊すしかない!腐ったものには、腐ったものをぶつける!そうして腐りきった先に新鮮な世界…そう、新世界が誕生するのです。」
「ふふ。よくわからない理屈ね。」
「この屍達は、食らった者を同じく動く屍に変えます。故にヘイゼル殿、あなたも腐って我が屍達の一員となり、共に世界を腐らせましょう!」
「あらあら、それは……――お断りさせてもらうよ、死人使いさん。」
アリアの声色が変わる。
何かが彼女の周りで煌めいたかと思うと、室内を満杯にする程いた屍達が、一瞬にして肉片となって床に落ちる。
「……ほえ?…わ、私の屍達は?」
「死んだ後も、こき使われるなんて酷だろうからね。二度と動くことがないように、バラバラにしたよ。…慈悲深い彼がね。」
アリアがニヤリと細く笑み、上を指差す。
指差す方へと見上げた死人使いが、口をあんぐりと大きく開ける。
「そ、そんな…あれは…有り得ない…っ」
アリアに真っ青になった顔を戻し、困惑した表情で問いかける。
「あなたは…何者…、いや何だ!?」
「私かい?私は…」
光とともに開いた本が出現し、アリアの手の上に乗る。
「ただの預言者だよ。」
そう名乗るアリアの達観した目が、死人使いを捉える。
上に在った煌めく存在が死人使いに舞い降りて、さっきまで物言うその存在を消し去った。
「さて…この戦いも佳境に入ったことだし、そろそろ私も行こうかな」
瞳のハイライトが薄くなった様な達観した目に眼鏡をかけ、脚にまで届く長いコートに袖を通したアリア・ヘイゼルこと…――
「神の預言を、行うためにね。」
―― 預言者 ハルバート・レイは、光輝く天使とともに校長室を出て行った。




