第20話 切り裂き魔
冷徹な視線とともに、斧槍の矛先を向けられた暁の福音の団員達が気圧される。
「あの冷たい目…人を虫ケラのように見るあの嫌な目は…」
「その斧槍は『悪魔殺し』…。お前、執行人か!」
「…はい。私は『教会総本部直轄異端審問機関直属聖職員 断罪執行人』、アイシア・ヘヴンゲートと申します。」
「ヘヴンゲート…。代々、断罪執行人を含め、教会の中枢にいる一族の名…」
「断罪執行人は、大司教の命令の下もしくは、己が悪と定めた者を抹殺する。その行いは如何なる場合においても、国王と大司教しか咎めることは出来ない、特権を持った者だと聞いたことがある…。」
アイシアの正体を知り、先程まで余裕の表情だった団員達の顔に緊張が表れる。
「随分詳しいんですね。まあ、それもそのはず…。あなた達は十五年前、元は聖職者でありながらも、各町から人を浚ってはその遺体を人目につく場所に置くという悪逆非道な事をしていた、双子の殺人鬼なのですから。」
「…まさか、こんなお嬢さんが僕らの事を知っているとはね。その通りだよ、執行人のお嬢さん。クケケ…あの頃は楽しかったなぁ。頑健な男や、か弱い女子供はもちろん、平民から貴族まで…泣き叫ぶ奴らを生きたまま切り刻んだりしたもんだよぉ。」
「ケッケッ…一つ訂正すると、僕達は殺人鬼じゃない。芸術家さ。人の体を使って作った僕達の作品を多くの人に見せていただけだよぉ。飾り付けした人間の死体という芸術をね…ケケッ」
「…あなた達は、救いようの無いクズ達ですね。」
「おしゃべりはその辺にしなさい、二人とも。」
鉄の手甲を付けた二人の団員の後ろで、ずっと静かに様子を見ていたもう一人の団員が椅子から立ち上がる。
(女性の声…?)
『ソフィアさん…』
ソフィアと呼ばれた団員はクイッと顎でアイシアを指す。
「如何に断罪執行人といえど、相手は小娘一人。暁の福音の精鋭である私達の相手ではありませんわ。さっさと片付けなさい。」
「クケケ…そうだな。」
「ケッケッ…あのヘヴンゲートといえど、所詮は学生だ。切り刻んでやるよぉ。」
鉄の手甲を装備した二人の団員が前に出る。
(…来る)
複数の攻撃に備えて、斧槍を両手で持って体の前に立てた構えをするアイシア。
『身体強化魔法…「駿足」!』
二人の団員の移動速度が急激に加速する。加速したまま軌道を変えて、左右から尖った鉄の五指でアイシアに斬りかかる。
「クケ゚―ッ!」「ケェ―ッ!」
「むっ!」
アイシアは構えた斧槍を器用に動かし、柄で団員達の攻撃を防ぐ。
『ちぃ…っ』
二人の団員は高速で移動しつつ連携を取る。一人が注意を引き付けて、もう一人がアイシアの死角に回り込んで攻撃を仕掛けようとする。だが、そんな団員達の連携に対し、アイシアはその場から一歩も動かず、冷静に死角をカバーする様に斧槍を回して攻撃を防いだ。
「ばかな、なぜ当たらない!?」
「ちっ…、ならば脚を斬るまでぇ!」
一人が低空を滑空する様に身を低くして、アイシアの脚を狙いに行く。
多くの人々の肉と皮を切り裂いた鉄の五指が、アイシアの脹脛に迫る。
(クケ゚ェー!綺麗なその脚、取ったぁ!)
自分の攻撃が届くと確信する団員……――の手が、横から弧を描いてきた斧の刃によって斬られて飛んだ。
「ク…キャアアアア!!?」
悲痛な叫び声を上がる団員。斬られた手が、ゴトンッと重そうな音を立てて落ち、床に転がる。
「なに!?」
もう一人の団員が驚いて攻撃を止める。その隙に、アイシアは大きく踏み出しながら斧槍を振りかぶる。
「え、待っ…――」
残った手を上げて制止しようとする。しかし団員は命乞いをする間もなく、冷たい目で見下ろされながら、振り下ろされた斧槍により断罪された。
「…次は、あなたです。」
刃が血で濡れた斧槍を持つ執行人の冷徹な目が、もう一人の団員に向けられる。
「怪物め…」
相方を失った団員の顔に冷や汗が流れる。今のやり取りで、団員は自分とアイシアとの力量の差を思い知らされていた。
(斧槍を振る速さが尋常じゃない…。おそらく身体強化魔法『剛腕』で華奢な腕を強化して、あの重たい武器をバトンみたいに振り回しているのか)
焦る頭で、自身の身を守る方法を模索する。
(まともに向かって行っても、あの斧槍の餌食になるだけだ。あの斧槍をすり抜けて逃げる…。そのためには、脚を強化する魔法を一瞬だけ重て発動し、倍の加速であの執行人の不意を突くしかない!)
脚を強化する魔法を発動する団員。攻撃を仕掛けるふりをして、ジグザグに走ってアイシアを撹乱させようとする。
冷静にその動きを目で追っていたアイシアは、団員の動きのパターンから次の移動先を予想して斧槍を振るった。
(よぉし、今だぁ!)
斧の刃が近づくタイミングで団員はもう一度脚を強化する魔法を発動する。ギアをもう一段階上げた瞬間最速のスピードで、振り降ろされる斧槍を紙一重で躱し、アイシアの横を通り抜ける。
(やった!ケッケッー!)
そのまま出口へ向かう団員。
(このまま逃げ隠れて、あの執行人が油断したところを後ろから刺し――)
団員の思考がそこで途切れる。体を走る激痛を感じて視線を下げると、槍の先が自身の胸を貫通していた。
「な…ぜ」
「あなたから殺気を感じられませんでした。なので逃げようとしているのは、すぐにわかりましたよ。」
団員の体から槍を引き抜く。両手両膝を床に付く団員の後ろで、アイシアは白い電流を纏わせた斧槍を振り上げる。
「あの世で、自分の罪を悔い改めなさい。」
「ひぃ…やっ――!」
斧槍は無情に振り下ろされ、多くの命を弄んで奪ったもう一人の殺人鬼は断罪された。
「次は、あなたです。覚悟してください。」
床に広がる血溜りの上を立つアイシアの視線が、残った団員に向く。
「…生意気な子ね」
残った団員…ソフィアがそう言うと、アイシアは突然近くに現われた気配を感じ取り、その方向を向く。
鋭い何かが振るわれ、それを斧槍の柄で防ぐ。
「これは…っ!?」
柄で防いだ攻撃の正体を見るとそこには、短剣を握った手が浮かんでいた。空中に浮かんだ手は手首より後ろが無く、そこは空間が歪んでいる事に気付く。
(まるで空間を突き破ってそこから手が出てきたような…。これは…)
短剣が斧槍から離れ、手は歪んだ空間へと引っ込んで消えた。
「…今のは魔法は、まさか」
「空間魔法『瞬間移動』よ。」
ソフィアはそう答えながら、何も無い空間から、短剣を持った手を抜き出す。
「たしか、空間内に特別な通路を作り出し、体の一部を通して別の場所に出現させるという、高等魔法…。」
「断罪執行人のお嬢さん…。『切り裂き魔・ジャック』って聞いたことない?」
そう質問し、団員は被っていたフードを外した。少し化粧の濃い、切れ目な美しい女性の顔が露わになる。
「少し前…そうね、十五年前くらいかしら。王都で女性が刺殺される連続通り魔事件があったの。さっきの双子の殺人鬼とは別にね。
犯人は今もなお捕まっておらず、その正体は不明なまま。ジャックなんて呼ばれているけど、犯人は女性だって噂も…。」
「…あなたが、その『切り裂き魔・ジャック』だと言うのですか?」
「あははっ。ええ、そうよ。執行人のお嬢さん!」
ソフィアが何もない空間に腕を伸ばす。すると空間が僅かに歪み、その中にソフィアの手が入る。
「…っ!」
再び近くに気配を感じたアイシアは目で追うよりも早く斧槍を動かす。出現した手が振った短剣を、柄で防ぐ。
(気配がもう一つ…!?)
攻撃を防いだ方とは反対側にもう一つの手が出現し、アイシアの後ろ首へと短剣を振るう。アイシアは自身の肩を支点にして斧槍をグルっと背中に回し、柄で短剣を受ける。
「私の攻撃に対応できるなんて、すごいわ。あなた、魔法を感知する能力が優れているのね。僅かな空間の歪みを感知して、攻撃を防いでいる。」
(両手を瞬間移動させた攻撃…。突然現れる手に瞬時対応しなければならない、なんとも厄介な…)
「…なるほど。手だけを瞬間移動させて人を斬っていたのですね。通りで誰も、『切り裂き魔・ジャック』の正体に気が付かなかった… 。」
「ふふ。さらに言うと、かなり残忍な殺し方もしたから、世間は勝手に、犯人は力の強い男って思ったのよ。それで、ジャックなんて呼ばれるようになったわけ。まあ、そのおかげで、怪しまれる事なく楽に人殺しが出来たわ。」
「そうですか。しかし、私に正体を明かした以上、確実にこの場で断罪します。」
アイシアは冷たく言って、斧槍を両手で持って構える。ソフィアは腕を広げて、左右の歪んだ空間に手を入れた。
「まあ、生意気な子ね。だけど、如何に魔法を感知する能力が優れていようと、いつまでも私の攻撃は防げないわよ!」
アイシアの近くの空間から左右の手が現れ、持っている短剣を振るう。
「……!…っ」
アイシアは出現した手に気付くと同時に、素早く斧槍を操作して攻撃を防ぐ。ソフィアの両手が空間に引っ込み、すぐに他の方向から現れて再びナイフを振るう。それにも反応し、斧槍を器用に回転させて防ぐ。
「ほ~ら、次はこっちよ!ほらほらぁ!」
またしても空間に引っ込んだ後、別角度で現れるソフィアの手。アイシアはつま先で弧を描きながら振り向いて対応する。
「粘るじゃない。ならばこっちも、意地悪しちゃおうっかしらね!」
ソフィアの手が、指の隙間に三本のナイフを掴んで現れ、それらを一度に投げる。
「む…っ」
飛んできたナイフにも気づいて防ぐ。しかし、一息付く間もなく、別の手が現れて斬りつけてくる。防いだかと思えば今度は、先ほどナイフを投げてきた手が短剣を持って現れ、突いてきた。
体を反転させて、剣先を避けるアイシア。
(どこともなく現れては、異なる攻撃をしてくる。まったく、攻撃パターンが読みづらい…)
現れては消え、変化する予測の難しい攻撃に、アイシアはまるで四方八方から動きが違う複数の敵と戦っている気分であった。
(敵の変化する攻撃に惑わされず、感覚を研ぎ澄まして…感知するのです。相手の動きを全て…)
心を落ち着かせ、周囲に意識を広げるアイシア。
徐々にソフィアの手が瞬間移動するタイミングが速くなる。現れては引っ込み引っ込んでは現れ、目まぐるしくアイシアを襲う。
「ほ~ら、ほらほらほらほらほらぁー!!」
手の瞬間移動による、豪雨の様な刃物の猛攻が続く。アイシアも斧槍の回転を速めて、次々に迫り来る猛攻を防いでいった。
(…っどうなってんのよ、あの子は!?私の攻撃が、まったく当たらないわ!いくら魔法を感知する能力が優れていようと、突然現れる手の動きについていくなんて、あり得ないでしょ!)
斧槍の長い柄がアイシアの体を支点に回転する。アイシアは魔法を感知する能力で空間の歪みを感知し、さらには、出現したソフィアの手の気配と帯びた殺気を察知した感覚に従って斧槍を操作して、自身に降りかかる刃物に全てに対応した。
(マジでなんなのよ…)
コンパスで円を描く様な最小限の動きのみでその場からほとんど動かず、斧槍を操作して攻撃を防ぎ続けるアイシアに戦慄するソフィア。
(なんなのよ、この怪物はぁ!)
焦ったソフィアが堪らず、ナイフを大きく振るう。迂闊に近づいた手の小指が斧槍の刃に触れてしまい、血を撒き散らしながら飛んだ。
「ぎぃ、ああああああ!指がぁ!」
空間魔法を解除し、手を戻すソフィア。右手の無くなった小指の断面から、血がボタボタと流れる。
「もう諦めなさい、暁の福音の団員。あなたの攻撃は、私には通用しません。」
(…とんでもない子だわ。完全に私の攻撃パターンを見抜いている。しかも、同じ場所からほとんど動かないどころか、あれだけ斧槍を振り回しているのに、後ろで寝ている女子生徒を傷付けずに私の攻撃を防ぎ続けるなんて…―っ!)
ソフィアがあることに気が付く。
(ああ…、なるほどね)
「暁の福音の団員 …。抵抗しないなら、苦しまずに一撃で殺してあげますよ。」
「何勝った気になってんのよ!苦しむのはお前だッ!」
歪んだ空間に手を入れるソフィア。
(まだ、やる気ですか。どこから手を出そう全ての攻撃を防いで…――っ、しまった!)
アイシアが振り替えると、三本のナイフを指に挟んだソフィアの手が、寝ている女子生徒達の近くに出現した。
急いで女子生徒達の方へ駆け出すアイシア。女子生徒達とソフィアの手の間に割り込み、斧槍の刃を盾にして投げられた三本のナイフを防ぐ。
「くっ…」
「あはっ、隙ありぃ!」
ソフィアのもう片方の手がアイシアの後ろに出現して、短剣を振るう。
「くああーっ!!」
背中を切られたアイシアが膝を付く。
ソフィアは両手を戻し、小指が切断された手を抑えながら勝ち誇った顔でアイシアを見る。
「あはは、やっぱりね!あなた、ずっと友達を庇ってたんでしょ?あの双子の殺人鬼と戦っていた時も、私の攻撃を防いでいた時も。だからその場から動かなかったのね!」
「……っ、ぐっ」
斧槍を支えにして立ち上がるアイシア。ズキッズキッ…と疼くように背中が酷く痛む。
ソフィアは小指が切断された痛みで、苦悶の表情になる。
「私は指を斬られ、あなたは背中を斬られた…。お互いこれで傷物同士ね。」
「…あなたは何故、切り裂き魔になったのですか?」
「なによ、いきなり」
「空間魔法は使い手が少ないほど、扱いが難しい高度な魔法…。それをあなたは使いこなしている。いくら才能があろうと、その技量に至るまで並大抵の努力ではなかったはずです。あなたの攻撃からは、『瞬間移動』を習得するのに、あなたがどれだけ真摯に魔法に取り組んでいたかが窺えました。そんなあなたが何故…? 」
「小娘が、知ったようなこと言うんじゃないわよ。…まあ、いいわ。殺す前にあなたの質問に答えてあげる。私はね…、もともとはこの王都に住む貴族の娘だったのよ。そして、王都中央高等魔法学校の生徒だった。」
王都に住まう高い位の貴族の令嬢だったというソフィア。父の家系は代々大きな商売を営んでおり、王都の発展に貢献してきた一族だったという。
「私はそんな貴族の令嬢として恥じる事の無いよう、この魔法学校で勉学に励んでいたわ。空間魔法の才能を有し、高い位の貴族の家系だったこともあり、皆からは一目置かれていた。友人もたくさんいて、学校生活は充実していたし、卒業後の進路も期待されていた。けれど、あの人のせいで全てを失った… 」
あの人という言葉に憎しみが籠る。ソフィアの言うあの人とは…彼女の実の母親であった。
「私の母はね…、他の貴族の男と一緒になるために、私と父を裏切ったのよ。」
ソフィアの母親は、代々一族で営んでいた商売の情報を漏らし、さらには長年隠していた不正までも暴露したという。
「あの女の裏切りのせいで父は罪を問われ、私達の家は貴族の位を剝奪された。さらに、それまで私と仲良くしていた友人達も手のひらを返して、私から離れていったわ。そして全てを失った私と父は王都を追われて、『名も無き町』に流れ着いた!」
それから父親が亡くなったことをきっかけにソフィアは、自分達を裏切った母親と友人達に復習をすることを決める。
切り裂き魔・ジャックの最初の犠牲者は、とある貴族の男とその妻であった。それから、何人もの女性が惨たらしく切り裂かれて命を奪われた。
…その被害者達こそ、ソフィアの母親とかつての友人達だったという。
「父を裏切った母と私を見捨てた友人だった女どもを、この父の形見の短剣で殺した時は、スカッとしたわぁ…。王都を逃げるように去ってからずっと抱いていた憎悪が晴れていい気分だったのを覚えている!」
「…母や友人達を殺してあなたは、満足したのですか?」
「まだよ…。私達親子から貴族の位を剥奪して屈辱を与えた王国にまだ復習していない!王国が破滅するまで、私は満足しないわ!」
「あなたは、せっかくの才能と学生時代の努力の積み重ねを、そんな復讐のために使うのですか…残念です。」
「お黙り!小娘が、知ったようなことを言うなって言ったでしょがぁ!」
ソフィアの目が、アイシアの後ろで倒れている女子生徒達に向く。
「そこで寝ているあなたの友達だって、あなたが断罪執行人なんて知ったら、なんて思うかしらね?」
「…………」
「教会総本部直属の聖職員だと言っても、違いは教会の人間かそうでないだけで、結局は私達と同じ人殺しじゃない!それを知ったら、あなたが身を挺して守ったそのお友達だって、簡単に手のひらを返して、あなたから離れていくわよ!」
「……………」
「あはっ。そう考えると、なんだかあなたには親近感沸いて来たわ。ねえ、執行人なんてやめて、暁の福音に来なさい。私と一緒に王国と…世界を滅ぼしましょ?」
「お断りします。」
背中の痛みが少し和らぎ、アイシアは寄りかかっていた斧槍から離れる。
「たとえ、私の正体を知って…友達が離れたとしても、構いません。この世界の安寧と人々の平穏な生活を守るために…私は」
(たとえ…好きな人が私から離れることになったとしても…)
「悪を、断罪します。」
そう言い切って、アイシアは斧槍を構える。背中に切傷を負ってもなお、堂々と立つその姿に、ソフィアは歯軋りをする。
「あんたが頑張ったって、いつか友達は裏切るわよ!」
「それでも、悪を断罪します。」
「王国や教会だって、用済みになればあなたを切り捨てるかもしれないじゃない!」
「構いません。それまでは、悪を断罪します。」
「こんのぉ、小娘が…。あなた、とんだ頑固者ね。」
「…よく言われます。」
アイシアが構えた斧槍の槍先を真っすぐ、ソフィアに向ける。
「暁の福音の団員にして、切り裂き魔ソフィア…。次の一撃で終わりにします。」
「本当に生意気な子…。いいわ、次こそ惨たらしく切り裂いてあげる。」
アイシアとソフィアが互いに相手を見据え、次で確実に相手の命を奪う技と手段を決定する。
(私の…最速最強の技で行きます…)
アイシアの周囲に電流が走り、斧槍を伝って白く閃く。切られた背中の傷がズキズキ…と痛み、失いかけそうになる意識を強い精神力で保つ。
(あの時、私を守ってくれたトウヤ君も、こんなに苦しかったんですね…。)
ソフィアの左右空間が僅かに歪む。左手は複数のナイフを指で挟む。
(もう一度あの子の友達を攻撃して、隙が生じたところで切り裂いてあげるわ…)
小指が無い右手で、短剣を握る。
(私が友達を攻撃する事は、もちろん気付いているでしょうね…。でも、あの子は必ず友達を守る。あの場所から一歩も動けず、私に切り裂かれて死ぬ!)
凶器を備えた両手を、左右の歪んだ空間に入れる。
別の場所との空間と空間を繋げるトンネルの様なものが作られ、そこの中をソフィアの手が移動する。
(私の手が空間から出たその時が、あなたの最期よ!断罪執行人 アイシア・ヘブンゲート――)
「雷電魔法…――」
白い雷電が瞬いて閃き、アイシアが一瞬にしてソフィアの前に現れる。
(な…――んでっ!?)
白い電流を帯びた斧槍の槍先を、前に移動した勢いを乗せてソフィアの体の中心へと押し出す。
―…突けば必ず命中すると云われる、神が持つ神聖な槍。使い手が自身に雷電を纏って雷と化し、百発百中の絶対的な神の槍を模るその一撃の名は…―
「…『グングニル』!!」
人間が避けることの出来ない雷の如き迅い一撃が、ソフィアを突き刺す。
高速で突かれた勢いにより、後方へと押されたソフィアは、置かれてたピアノを壊しながら壁へと激突する。そして、斧槍から流れる雷撃により破裂した背中から血が噴き出し、鮮血が壁に赤い十字を描いた。
「がはっああああ!!」
血で壁に描かれた十字に背を付けた格好になるソフィア。その恰好は、まるで十字架に張付けにされた罪人の様であった。
「ソフィア…。どんな不幸と困難があろうと、あなたは正しく在るべきでした。」
「…アイシア…ほんと…生意気よ。…あんた…」
そう言い残して息絶えたソフィアから、斧槍の槍先を抜く。
「ぐ…っ」
意識が朦朧として立っていられなくなるアイシア。斧槍を落として、その場でへたり込んでしまう。
(血を流しすぎましたか…。早く、治癒魔法を…)
手を背中の傷に回そうとするも、体に力が入らず、腕が重くて動かせない。視界が歪んで、床に倒れる。
(…まだ死ぬわけには…いかない。トウヤ君を、今度は私が守らなきゃ…)
重くなった目蓋が閉じかけようとしたところ…アイシアの背中に暖かな光が当たる。
(…これは、治癒魔法の光…)
「アイシアさん、しっかりしてください!」
アイシアが後ろを見ると、そこには意識を失っていた女子生徒の一人が、アイシアの背中に両手を翳していた。その両手には優しい光が放たれており、アイシアの傷を少しずつ塞いでいく。
「いつから…起きていたのですか?」
「ごめんなさい…。アイシアさんが戦っている時に私だけ起きたの。でも、怖くて動けなかった…」
女子生徒は、刃と槍先に血の付いた斧槍を見る。そして、チラッとアイシアを見るとすぐに視線を逸らした。その顔には、恐怖と困惑が表れていた。
「私のこと、…怖いのでしたら、無理しなくていいですよ…」
「え…」
「実は私は…、断罪執行人です。教会の命令で、人の命を奪う…人殺しなんです。」
――『正体を知られれば、友達は離れていく』。ソフィアの言ったことがアイシアの頭の中で響く。
(…大丈夫。たとえ、友達が私から離れても…私は…)
「アイシアさんは、人殺しなんかじゃない!私達を守ってくれたじゃないですか!」
女子生徒が目に涙を浮かべて、アイシアの言葉を否定する。
「私、断罪執行人の事は知りません…。教会の命令で、人の命を奪うとか言われても、何がなんだかよくわかりません。でも…、アイシアさんがこんな傷付いてまで私達を守ってくれていた事だけは、はっきりわかります! 」
女子生徒の両手の光が優しくも強く発光する。
「私…アイシアさんが断罪執行人だろうとなんだろうと、ずっと友達ですからあ!」
「………っ」
背中の傷が綺麗に塞がって意識もはっきりとしたアイシアは起き上がり、友人の手を包むように握る。
「…っ、ありがとう…ございます。」
友達は離れていくというソフィアの言葉を、断罪執行人として人々を守るというの使命と信念で跳ね返しながらも、その実…心の中では不安があったアイシアだが、自分を思う友人の言葉によって救われた気持ちになる。
友人の手を大事そうに離して立ち上がるアイシア。
「アイシアさん…」
「私、行きます。悪から人々を守るのが私の使命ですから。他の二人の事、お願いしてもいいですか?」
「任せてください。何かあったら、すぐに二人を叩き起こして逃げちゃいますから。…アイシアさん、お気を付けて。」
「ありがとうございます。…では、行ってきます。」
教室の扉を開けて廊下に出ると目を瞑り、周囲へと意識を膨らませるように集中する。
(感知魔法『気配探知』。…トウヤ君は、校舎にはいないみたいですね。)
向かって来る気配を感じて目を開けると、窓ガラスを破って魔物達が校内に入って来た。
『キシャアアアアアア―!!』『ブロロロロロー!!』
「神よ…。どうか我が刃に、悪を浄化する力を与えたまえ…。この世界の人々に祝福があらんことを。」
祈りながら、魔法で無表情な白い仮面を出現させて、それを顔に付ける。
魔物達が一斉にアイシアへと襲い掛かっていく。
(トウヤ君…みんな、待っていてください。私が必ず、悪を断罪しますから。)
高速で回転させた斧槍で魔物達を斬り倒したアイシアは、己の使命を全うするため、その場から駆けて行った。




