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実は、邪神でした。  作者: 夕陽 八雲


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第16話 王都中央高等魔法学校

 ――『王都中央高等魔法学校』


 ルークスティア王国の中央に位置する都、『王都 アイギス』に建立する格式ある高等の学び舎、それが『王都中央高等魔法学校』である。

 広大な敷地を有するこの学校は、周囲が壁で囲まれており、敷地内には生徒達が一日の学生生活を過ごす巨大な『校舎』、

 各地からあらゆる分野の本を納めた『図書館』、

 魔法による戦闘技術を修練するための『闘技場』、

 魔法の研究をする『研究所』の他、

 さらには遠方から来た学生のための『寮』も備わっている。

 西側地方の上級貴族の屋敷をモチーフとして建てられたらしい校舎は、白を基調としたデザイン、勾配屋根がある中央部分から左右に陸屋根が続いてコの字に伸びた外観の建物で、前方には美しい庭園が広がり、コの字となっている校舎の内側は中庭となっている。


 午前の授業を控えた俺は自分のクラスの席に着いて、前にいる人物に注目していた。


「はぁーい、皆さん。おはようございます。出席を確認しますねー。」


 クラスの担任の教師『リリー・ベッカー』が、出席簿を片手に教壇からクラスを見渡す。

 クラスの生徒全員が着席して欠席者がいない事を確認すると、リリー先生は円いフレームの眼鏡をかけた優し気な目を細めて、出席簿を閉じた。


「よし、ちゃんと全員出席してますね。今朝もみんなの顔が見れて、先生は本当に嬉しく思います。」


「先生~、大袈裟すぎ。」


 男子生徒のツッコミに、生徒達が笑う。リリー先生は人差し指を立てて反論する。


「大袈裟じゃありません!ひと月前に貴族の人達を狙った、『暁の福音』という宗教団体による列車の襲撃事件があったばかりです。『暁の福音』の団員のほとんどは現在逃亡中で、首謀者は行方知れず…。もしも…もしも、私の可愛い生徒達が事件に巻き込まれでもしたらと思うと、毎日気が気じゃ無くて、登校日の前日は毎晩毎晩、みんな大丈夫かな~って、考えてばかりで全然眠れなくて、それでそれでね――」


「せ、先生!わかった、わかりましたって!」

「リリー先生、落ち着いて…」

「大人が腕をブンブン振らないの!」


 若干暴走しそうになるリリー先生を、生徒達が慌てて宥める。


「うえぇ…えっと、ご、ごめんなさい。先生、取り乱しちゃいました…。」


 そう言って少し恥ずかしそうに、照れ笑いをするリリー先生。その様子をクラスの皆は和やかに笑う。


(相変わらずだなぁ、リリー先生は。)


 愛嬌のある担任教師に、俺もつい笑みがこぼれる。


 ――ロイ・シペッツェを含む、暁の福音による列車襲撃事件から一か月。

 俺は、自分が邪神の生まれ変わりであることを知る前と変わらず、王都中央高等魔法学校の生徒として平穏な日々を過ごしていた。

 実家に戻ると、自分の出生と邪神の事を聞かされたかと思えば、突然危ない宗教団体に実家で襲われ、その後、神ノ社の本殿に軟禁されそうになったかと思えば、斧槍を振りまわすシスターに襲われ、王都に帰る道中では、ゴブリンを使役する魔物使いに殺されそうになったり…と、怒涛の二日間を過ごした。

 しかし、そんな命に係わるような出来事が立て続けに起きたのにもかかわらず、それ以降は何事もなく、俺は王都で平和な学生生活を送っている。

 このまま、卒業まで何事もなければいいのだが…。

 などと、何かが起こる前振りみたいな事を考えている内にリリー先生の雑談は終わり、授業が始まった。


「では、魔法学『理論』の授業始めますねー。」


 そう言って、リリー先生が何もない前の空間に手を(かざ)すと、空中に魔法円が浮かび上がり、そこから分厚い教科書が出現した。

 同様に俺やクラスの生徒達も、魔法円から分厚い教科書を出現させて、言われたページを開く。


「授業を進める前に、簡単な基本のおさらいをしますね。」


 チョークを出現させると、黒板にシンプルな人の絵と図形を描き始めた。


「私達が住むこの世界には、あらゆる神様達がその御身から醸し出す『神気』というエネルギーが満ち溢れています。私達、人間はその神気を自身に取り入れることで、『魔法』を使う事が出来るようになります。これが魔法という、人間が自然的現象を意図的に模倣・再現する技術の根本的な仕組みです。」


 魔法学の基礎的な理論である。人間の世界とは別次元に在るとされる神の世界…『神界』から流れて来る神気によりこの世界は成り立っており、人間はこの世界に漂う神気のおこぼれをいただいて、魔法を使用している。


「『神学』の授業で習っているから聞いたことはあると思いますが、とある預言者は、『神は自分に似せて、人間を創った』と言っています。なので、私達人間は神様達のように神気を使って、魔法を使うことが出来るのです。」


『【人間と動物を創造した神】に創られ、魔法を使用する人間達は、神の物真似をする猿に等しい。』という言葉を、聖典で読んだことを思い出す。


「しかし、神様の神気は時には私達人間や世界に災いをもたらす時もあります。神話時代の大洪水や、台風などの自然災害、突如発生する未知の病気などは、神界からこの世界に流れる神気が乱れたり、悪い神様の仕業だと言われています。そういった神気の乱れを正したり、悪い事をする神様を鎮めるのが、『宗教団体』です。」


 分厚い教科書のページをめくり、宗教団体の名が一覧で記されているページを開く。

 そこには、一番上に教会、次に神ノ社の名が書いてあった。


「宗教団体はたくさんあり、各々が神様についての考え方や教義を持っています。

 その宗教団体が発祥した地域の伝承や文化、残存する預言書に基づいて、人々は神様について独自に解釈して、神様と言う計り知れない大きな存在を理解しようとしたため、異なる教義を持つ様々な宗教団体が出来上がったのです。」


 例えば『教会』は世界創造の四大神の一柱『人間と動物を創造した神』を主神として、他の神をそれより下位に位置する『聖霊』だというように考えており、

 それに対して『神ノ社』や他の宗教団体は、各々主神はいるものの、世界創造の四大神やその他の神様は同等だと考えている。


「このように考えが異なる宗教団体達ですが、その主な役割は同じです。

 神様を奉り、世界に流れる神気を正す事。宗教団体の行う儀式や祈りにより、この世界を成り立たせる神気の調和を保つことこそが、宗教団体の重要な仕事です。なので宗教団体とは、とても大きな役割を持った組織なのです。」


 教会で行うミサや、神ノ社が各地で行っているという祠に封じられた神様を祀る活動など、それらは、古代の人々がこの世界の神気を調和させるために継承させてきた技術体系だと、リリー先生は説明する。

 そう考えると、世界の終焉を願う『暁の福音』という宗教団体は、他の宗教団体とはまさに真逆の存在だといえよう。


「ちなみに、人間に害を成す魔物は、地獄の底に落された『邪神 ベルゼファール』から神気をもらっているのだと考えられ、その神気をもらった魔物達は、邪神の悪意や人間への憎悪をもその身に取り込むので、魔物は人々を襲うのだと言われています。」


(………………)


 現在、地獄の底ではなく、地上でこうして授業受けている場合はどうなのだろうか。

 俺自身、魔物に神気を送っている自覚は無い。


「邪神ベルゼファールと魔物に関しては、まだわからないことばかりです。先程言ったことはあくまで仮設であり、今もなお宗教団体による研究は続けられています。」


 その仮説は、きっと間違っているのだろう…と、邪神の生まれ変わりである俺はそう心の中で思った。



 午前の授業が終わり、お昼ごはんを食べに行くため席を立とうとしたところ、前の席に座っている男子生徒がこちらに振り向く。


「なあ、放課後クラスの何人かで遊ぼうと思うんだけど、放課後空いてるか?」


 男子生徒の名は『マルコ・サナダ』。見た目は筋肉質でガタイがよく、気さくで誰とでもすぐに打ち解けるような性格のため、友達がいない…ごほん、話し相手が少ない俺にも話しかけてくれる、数少ない生徒である。


「誘ってくれるのは有難いが、放課後は図書館で勉強する予定だ。」


「ええ~?放課後も勉強って…、まだ図書館の地縛霊なんかやってんのかよ。そんなんじゃ、バラ色の学生生活が勉強だけで終わっちまうぜ?」


「ぐっ…ほっとけ。クラスで一番成績がいいお前と違って、こっちは赤点取らないよう必死なんだよ。」


 このマルコは、成績も運動も魔法を扱う技量もクラスの中では一番秀でており、同学年の生徒の中では十指の中に数えられるほど優秀な生徒である。


「しょうがねえな…。じゃあ、放課後遊ばない代わりに、一緒に飯食おうぜ。」


「いや、俺にはすでに先約が…」


「わかっている。皆まで言うな。今日も一緒にランチする相手がいるんだろ?」


 一瞬だけ、マルコの目の奥が光った気がする。


「まあ…、そうだが。じゃあ、そういうことでお前とはまた今度…」


「待て、トウヤ。俺もその先約に混ぜてくれ。な?」


「え、なんで」


「頼む!俺も連れてってくれ!」


 手を合わせて、上目遣いでお願いしてくるマルコ。


「…はあ、わかった。」


「よっしゃー!ありがとう、心の友よ。」


 ガタイの良い男の上目遣いと、なんか必死なオーラに圧されて了承してしまう。


(…一人増えても、大丈夫だろう。)


 席を立って二人で教室の出口に向かう途中、


「え~、マルコ君、私達と一緒にご飯食べないの?」

「教室で一緒に食べようよ~」


 マルコが、女子生徒達から声を掛けられる。男女ともに人気が高いため、彼がお昼を誰かに誘われる場面は度々見るもので、女子グループと女子グループ、あるいは、女子グループと男子グループでマルコとのランチタイムを巡って争いが勃発することもあったりする。


「悪いな。今日は、親友とランチだ。」


 そう言って、女子生徒達に二カッと白い歯を見せた後、


「な?」


 俺の肩を組んで、こっちにもニカッと笑いかける。


「あ、ああ…」


 いつもよりやけにフレンドリーな態度に若干引きながらも、俺は話を合わせる。

 マルコとは時々話すが、親友どころか友人とすら言えるほど親しくないはずなのだが…。


「よっしゃ、行くぞ!トウヤ。」


 親し気に肩を組まれたまま教室を出る。

 その際、「ええー」「ぶーぶー」「マルコ君を返せー」「ガリ勉野郎!教科書でも食ってろ!」などと、ブーイングを背中に浴びせられてしまうのであった。


 昼食の約束をしている中庭に向かおうと廊下を歩いていると、別のクラスの女子生徒のグループが前の方から来ているのが見えた。


「あ、トウヤ君!」


 そのグループの中心にいたアイシアが俺を見つけるなり、嬉しそうに手を振りながらこちらに近づいて来る。

 アイシアは、これから昼食を一緒にする約束をしていた相手の一人だ。


「おお…。トウヤ、すげえな。高嶺の花オブ高嶺の花で男を一切寄せ付けないと言われる、あのヘヴンゲートさんに笑顔で手を振ってもらえるなんて…」


「アイシアは優しいから、誰にでも笑顔に接するぞ?」


「いやいや…。他の男なら、愛想笑いかお辞儀だけで軽く流されるもんだぞ。あんな、尻尾を振るワンコみたいに自分から近づいて来ないって。

 俺なんて何回も声をかけたけど、軽く流されてばかりだぜ。…てか、さらっと下の名前で呼んでるのもすげえな。」


 などと話しているうちに、アイシアは俺達の前に到着する。


「トウヤ君、これから中庭に行くんですよね?一緒に行きましょう。」


 朗らかにそう言うアイシア。


「ああ、いいよ。あと、一人連れていくけどいいかな?」


 マルコを手で示す。


「私は、構いませんよ。確か、サナダ…君ですよね?」


「はい、マルコ・サナダです!マルコと読んで下さい。というか、ヘヴンゲートさん俺の事を憶えてくれてたんですね。」


「はい。同学年の女子生徒の間では有名ですから。あと、何度か声をかけられたので憶えてます。トウヤ君のお友達だったんですね?」


「はい!友達です。てか親友です!」


「いや、ただのクラスメイト…」


「大親友です!」


(…もういいや。)


「ふふ。マルコ君って、面白い人ですね。」


「…トウヤ。俺、初めてちゃんとヘヴンゲートさんとお話しちゃったよ。やっぱ、お前について来てよかった…。これからも、仲良くしような。」


 マルコは今にも天に召されそうな顔で、遠い先を見つめてそんなことを言う。

 薄々勘づいていたが、俺と昼食を一緒にしたい理由はやはりアイシア目当てだったか。


「そいうわけで、すみません皆さん。私、トウヤ君とお昼を一緒にする約束をしているので。」


 アイシアがそう謝罪すると、一緒にいた女子生徒達が一斉に俺を睨み付ける。


「ぶーぶー!」

「私達の大天使、アイシアさんを返せ!」

「この図書館の地縛霊!大人しく、図書館で本でも貪ってなさいよ!」


 そして、またもやブーイングが一斉に飛んでくる。


(あんたらもかよ…)


 ていうか、大天使って…。


「…廊下で何を騒いでいるんだ?」


「あ、ホノカ」


 ギャーギャーと騒がしいブーイングの中で聞こえた、凛とした声の方を見ると、別の方向から来ていたホノカが、布に包んだ弁当箱を持って立っていた。

 彼女とも、昼食を一緒にする約束をしている。

 ホノカは女子生徒達を一瞥して黙らせた後、俺に近づく。


「トウヤ君、何か困りごとか?」


「困っていたといえば、困っていたが…、たぶん、もう大丈夫だ。」


 ホノカの視線に怯んだ女子生徒達をチラッと見る。


「ん?よくわからんが、そうなのか。」


 ホノカはそう言って目を細め、凛々しい笑顔を俺に向ける。


「もし困ったことがあったら、いつでも遠慮なく私を頼ってくれ。」


「あ、ああ…。ありがとう。」


 こちらを見る真っすぐな目に気恥ずかしくなって別の方向へ視線を逸してしまう。

 すると、逸らした視線の先に、数人の女子生徒達が壁からこちらを覗き込んでるのが見えた。


「キーっ!何なのよあの男~…、私達のホノカ様にあんな近づいて~!」

「私達のホノカ様に男が…男がぁ~!?」

「トウヤ・ヘルフィールド~、許さない~!」


(こっちもかよ!)


「ん?ああ…。彼女達は私のクラスメイトだ。」


『ホノカ様~!』


「ホノカ様って、呼ばれてるけど…」


「…ただのあだ名だ。気にするな。」


 さっきまで俺に向けていたまっすくな視線が、横に泳ぐ。

 どうやらアイシアに負けず劣らず、ホノカにもファンみたいな友達がいるようだ。


「そちらの人は?」


 俺の隣にいるマルコに、ホノカが気付く


「ああ、同じクラスの…」


「トウヤの親友のマルコです!初めまして、イヅモさん。」


「ん。こちらこそ、よろしく。マルコ君。」


 ホノカと自己紹介した後、マルコが小声で耳打ちしてくる。


「お前本当にすげえな。あのヘヴンゲートさんと並んで、この学校の高嶺オブ高嶺の花で、男を寄せ付けないどころか、男が下手に近づけば殺されるかもしれないと言われている、あのイヅモさんとも仲いいのかよ。」


(ホノカ、えらい言われ様だな…)


 褒められてるのか、恐れられているのかわからん評判だ。


「なんだ、内緒話か?」


「い、いいえ、何でもないです」


 慌てて首を横に振るマルコ。


「ここで立ち話をしているのも時間がもったいない。コハルさんが待っているから、早く中庭に行こう。」


「ああ。そうだな。」


 ホノカに促されて、一緒に昼食をするもう一人のメンバーであるコハルさんが待つ中庭に向かう事にする。


『ああ~、ホノカ様~!』

『私達の天使、アイシアさ~ん!』


 後ろから別れを惜しむ声を聞きながら、俺達はその場を後にした。

 中庭に着くと、布に包んだお重の弁当箱を抱えて立っているコハルさんを見つける。


「コハルさん、お待たせしました。」


「あ、トウヤ君。こんにちわ~。」


 大宮司様から頂いた、特定の人に対してのみ認識阻害の魔法がかかる眼鏡をかけたコハルさんが、陽だまりの様な穏やかな笑顔で挨拶してくれる。


「どうしたんですか?お弁当箱を抱えたまま立ってて…」


「それが…、もう他の生徒達で中庭がいっぱいになっちゃって。私達が座れるスペースが無いみたいなの~。」


 見れば、確かに中庭は俺達と同じく昼食を食べに来た他の生徒でいっぱいであった。備え付けのベンチはもちろん、シートを広げている人達もいるので、俺達が入る所がない。


「これは、困りましたね…」


「俺達が廊下でおしゃべりしすぎてたからかもな。」


 マルコが頭を掻きながら言う。


「あれ、あなた達どうかしたの?」


 俺達が茫然としていると、可愛いらしい小さなお弁当箱を持った、リリー先生が声をかけて来た。


「実は、昼食と取る場所が無くて、どうしようかなって困っていまして。」


「え、そうなの?…じゃあ、先生のとっておきの場所に来る?」


「とっておきの場所?」


「ふふ、とてもいい所よ。ついて来て。」


 俺達は顔を見合わせる。

 しかし、ここに居ても仕方ないので、リリー先生について行くことにする。

 しばらく校内を歩くと、リリー先生はスカートのポケットから鍵を取り出して、ドアの鍵穴にそれを差し込んだ。


「先生、ここって…」


「ふふっ、他のみんなには内緒ね?」


 閉まっていたドアを開けながら、リリー先生は立てた人差し指を口に当てる。

 開けたドアの先は、校舎の屋上であった。俺達は校舎の中央から上の階へと上がって、広いスペースのある陸屋根の上に来ていた。

 何もなく質素な場所で、周囲は落下防止用にガラス張りで囲まれている。だが、透明なガラスであるため、校舎の高い位置から学校の敷地内を見渡すことが出来る。


「わあ~、学校の屋上に来たの初めてです。ここから学校の綺麗な庭園が見渡せますよ~。ね、ね、トウヤ君も見てください!」


「コハルさん、落ち着いて」


 屋上の開放感と、学校の敷地内が一望出来るということでテンションが上がったコハルさんが、俺の腕掴んで揺らす。


「ここからだと壁の向こう側、王都の街並みも見えますね。」


 王都の栄えた街並みの風景がいつもより、低く見える。


「トウヤ君、あれ見てください。ここからだと少し小さいですが、『アイリス大聖堂』が見えますよ!」


 反対側から、アイシアが袖をクイクイと引っ張る。


「あ、ああ…。そうだね。」


(教会の総本部、アイリス大聖堂か…。)


 あそこには俺の命を狙って来た、斧槍のシスターがいるかもしれないんだよな…。近づかないでおこう。


「さあ、みんな。貸し切りだから、好きな場所で昼食取ってね。」


 適当なところでシートを広げて、この場所を教えてくれたリリー先生と一緒に、コハルさんが用意してくれたお重の弁当箱に入った料理を皆で頂く。

 あまりの美味しさにリリー先生が涙を流すほど感動したり、マルコが美人に囲まれて人生最高の昼食だと言って皆を笑わせたりと、平和で楽しい昼休みを俺は過ごした。


(そう言えば…、ホノカ達に会うまでは、いつも食堂で一人で食べて、図書館で勉強してばかりだったな。)


 友人達と笑い合いながら、俺はしみじみと思う。


(あの時…―—あの森の中で、炎に焼かれて死んでいたら…こんな日は訪れなかっただろう。)



 昼休みの時間が残り少なくなり、皆で屋上を後にして校舎の階段を下っていると、ふいにホノカが俺の肩をツンツンとつつく。

 心配そうな顔でホノカが聞いて来る。


「トウヤ君、目に隈が出来ているぞ。ちゃんと眠れているのか?」


「え…ああ。最近、遅くまで勉強してたからかな。大丈夫、ちゃんと寝てるから心配ないよ。」


「…そうか。なら、いいが。」


 笑顔を作って応えると、ホノカは俺の言葉に安心した顔で納得してくれた。



 ――その夜。


 俺は、(うな)されてベッドから起き上がった。


「はあ…はあ…っ」


 列車事件から毎晩、俺は奇妙な夢を見ては飛び起きていた。


(また、変な夢を…)


 奇妙な夢は毎晩異なっている。たくさんの人が死ぬ夢だったり、魔物が殺される夢だったり、不気味な何かが話しかけて来る夢だったりする。

 今日見た夢は、いつもと少し雰囲気が違っていた。


 荒れ果てた地と、雷が閃く暗雲に覆われた空。地上は草木が絶え、人と魔物の屍で埋め尽くされており、燃え盛る炎が拡がっていた。

 その上空には、四人が宙に浮いている。

 四人…いや、三人が一人と対峙し、俺はその一人となって、他の三人と向き合っていた。

 何を話していたか分からないが、三人がそれぞれ俺に何かを言っていた気がする。その内の一人は、必死に訴えかけている様子であった。


「はあ…。」


 大きくため息をついて自身を落ち着かせると、俺はベッドから出て、洗面所に向かう。

 顔を洗っていると、あの日の出来事を思い出す。

 森の中で、見た事も無い凶悪な魔物を創り出し、ロイ・シペッツェが使役するゴブリン達を皆殺しにした時の事を…。


「うっ…ぷっ」


 邪神となった自分が創り出した魔物…グレムリンが、ゴブリン達を引き裂き、喰い殺していたその場面が頭に甦り、吐き気を催す。


(あの時、ロイは…グレムリンに喰われてしまったのだろうか?)


 排水口に流れる水を見ながらその時のことを思い出そうとするが、全部思い出せない。


「ぐっ…!?」


 突然左目が疼き、思わず掌で抑える。

 顔を上げて、鏡に映る自分の姿を見る。


「…………俺は、どうなってしまうんだ」


 左目を抑えていた手を離して、俺は鏡に映った自分に問いかける。

 鏡に映った俺の左目は…、深い漆黒に染まっていた。

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