第17話 ヘイゼル校長
――王都から離れた、とある小さな町の広場。
深夜の時間帯で街灯に照らされたその場所に、町の役人と数人の武装した人達が険しい顔をして集まっていた。
物々しい雰囲気の中、そこに一台の馬車が止まる。
滑走して来た馬が、肥爪から砂埃を起こしながら停止したその馬車から、二人の女性が降りる。
「皆さん!こんな夜遅くまで、お勤めご苦労様ですわー!」
その内の一人がバッと扇子を開いて、深夜の町中に響くほど快活な声で、その場にいる者達に労いの言葉をかけた。
突然の場違いな明るい声に、その場の全員がキョトンとして注目する。
「…夜中だとわかってるなら、静かにしてください。」
馬車から出てきたもう一人が、淡々とつっこむ。
「あら。下々の者達を労おうと思ったのですが …、ごめんあそばせ。」
「おお!これこれは、シャーロット様。王都から遠いこんな田舎町まで、お越し下さるとは…」
町の保安部長をしている男性が、馬車から降りてきた二人の人物…『シャーロット・デュ・シルフィード』と『エリー・ワトソン』を低頭で出迎える。
「当然ですわよ、保安部長さん。王国の平和を揺るがす大事件があるところ、国王陛下の懐刀である『シルフィード家』が参上いたしますわ!…早速ですが、事件現場の状況は?」
「…はい。まずは、直接ご覧いただけたらと」
保安部長に案内された場所に行くと、二人の表情が険しくなる。
そこには何かの獣に噛み千切られたような、身体が酷く損傷した人の死体があった。
「突然、魔物が町の中に現われたという通報がありまして…。この町の警備兵を向かわせたのですが、既に町の者が襲われて、このような無残な姿に。」
「魔物が町の中に…ですか」
顎に指を当てて考えるシャーロット。
魔物は、どこからともなく現れては人を襲う。
そのため王都を含めた各町には、魔物から人々を守るため、外周に魔法で作られた強固な『対魔物用防護壁』が張られており、魔物が町に侵入するのを防いでいる。なので、町の中に魔物が現れるのは異常な事であった。
「ここ最近、各町で人が魔物に襲われる事件が続いていますわね。それも、それぞれ違う種類の魔物…。」
「どの事件も、町の防護壁は壊されてないようです。本当に、突然魔物が現れたのだとしたら… 」
「召喚魔法による、魔物の召喚。…犯人は『魔物使い』の可能性が高いですわね。」
シャーロットとエリーは、ひと月前の列車襲撃事件を思い出す。
「人を襲った魔物を見た方は?」
「はい…。私達が見ました。」
この町の警備兵だという男が手を上げる。
その男と仲間の警備兵達は魔物との戦闘で負傷したようで、身体に包帯を巻いていた。
「どんな魔物でしたの?」
「はい…。小さな人型の魔物…ゴブリンだったと思います。」
「だったと思います?曖昧ですわね。ゴブリンなんてメジャーな魔物を、見間違えるはずはないと思いますが?」
「いえ、その…なんというか」
警備兵の男が頼り無さ気に仲間の警備兵を見る。他の警備兵が代わりに説明する。
「あれは、普通のゴブリンじゃなかったんです。耳が広くて、腕が太くて…それに、ゴブリンよりもかなり狂暴で、とにかくめっちゃ強かったんです!」
戦った時の様子を、真っ青な顔で話す警備兵。
他の警備兵達も同じように、『普通のゴブリンではない』『見たことがない魔物だった』と証言をする。
「それで、その普通じゃないゴブリンはどこに?」
「それが…、やっとの思いで追い詰めたと思ったら、暗闇の中に溶けていくように消えてしまいまして…」
(ふむ…。召喚された魔物が役目を終えて、主によって還されたのかもしれませんわね。 )
一通りの目撃証言を聞いたシャーロットとエリーは、保安部部長に後を任せて、馬車に戻る。
「ふぅ…。最近各地で多発する、魔物による事件の調査で忙しいですわ。教会も、王都にいる聖騎士をあちこちに派遣してますし、シルフィード家の人間も駆り出されてますし… 」
「……………」
「エリー、何を考えてますの?」
ずっと黙っているエリーに、質問するシャーロット。
「もしかして…彼の事を考えているのでしょうか?」
「…はい。彼が一連の事件に関係しているか、考えていました。」
損傷した町人の遺体を見て、エリーは引っかかっていた。
「…あの遺体の損傷、まるでひと月前に森で見た、ゴブリンの死体に似ているような気がします。」
「私も、そう思いましたわ。しかし、町人の遺体は、身体の部分部分を噛み千切られただけで、あの時のゴブリン達ほど凄惨な殺され方ではなかったですわね。」
「……そうですね。」
エリーは納得していないのか、曖昧に返答する。
開いていた扇子を、パンッと閉じるシャーロット。
「ここ最近起きている魔物関連の事件に、彼が関与しているかどうかは、直接彼を調べればわかりますわ。…準備は整いました。私達も動きますわよ。」
「…はい。」
そう話す二人を乗せた馬車は、王都へと帰還するため、夜の道を駆けて行った。
――王都 アイギス。王都中央高等魔法学校の屋上。
「はあ~。コハルさんの作るお弁当は、本当に美味しいわ~!」
「ふふ、ありがとうございます。リリー先生。」
お昼休み。リリー先生に連れられて以来、俺達は屋上で昼食を取るようになった。
メンバーはあの時と同じで、俺、ホノカ、アイシア、コハルさん、リリー先生とマルコである。
このメンバーで集まっては、いつもたくさん料理を作ってくれるコハルさんに、ご馳走になるのが定番になっていた。
「コハルさん、うちに嫁に来ないかしら~。」
「もう先生ったら~。貰い手がいなかったら、考えておきますね~。」
「あの…トウヤ君」
アイシアが俺に近づいて、もじもじしながら声をかけて来た。その両手のひらには美味しそうな料理が入った弁当箱が乗せられている。
「私も、お弁当をたくさん作ってきたので…よかったら、食べてください。」
「え、これアイシアが作ったの?」
「はい。上手く出来ているかわかりませんが…。トウヤ君に食べてほしいです。」
「え…あ、ありがとう。じゃあ、いただきます。」
箸で一品の肉料理を摘まんで、口に運ぶ。
どうやら西側の地方の料理で、その地域独特の味付けをしているようだ。初めて味わう料理に新しい発見を覚えながら、舌鼓を打つ。
「うん!はじめて食べる料理だけど、美味しいよ。」
「本当ですか?トウヤ君のお口に合ってよかったです。」
「アイシア、料理得意なんだね。」
「あ、はい。その、家では私が父の分も作っているので、料理には実は自信あります。」
花が満開に咲いた様な笑顔で言うアイシア。
(容姿端麗で、料理も得意とは…。もう最強じゃないか。)
ファンの女子生徒達じゃないが、俺もアイシアが大天使に見えてきた。
――つんつん。
背中をつつかれる。振り向くと、視線を外して少し顔を赤らめたホノカが両手のひらに、これまた美味しそうな料理が入った弁当箱が乗せている。
「わ、私も、弁当を多めに作って来たのだが…。トウヤ君さえよければ、食べてくれないか?」
「え、いいのか?」
「ん。」
ジトっと軽く睨まれながら、弁当箱を顔の前に近づかれる。
「じゃ、じゃあ…、お言葉に甘えていただきます。」
「…ん。」
小さな声で頷くホノカ。
箸で焼き魚の切り身をいただく。アイシアの弁当が西側の地方の料理に対して、ホノカの弁当の中身は東側の地方の料理であった。
口に含むと、その美味しさが口の中に広がるのと同時に、懐かしい味がして感動してしまう。
「美味しい…。すごく。」
「ほ、本当か?」
「うん。しかも、俺の好きな味だ。」
「そ、そうか?それは、良かった…。」
食べてる間、ジーっと睨むようにこっちを見ていたホノカであったが、俺の感想を聞くと柔らかい表情になって胸を撫で下ろした。
「ホノカも、料理上手いんだね。」
「まあ、コハルさんほどでもないが…普通だ。」
照れながら、上目遣いで謙遜するホノカ。
「むっ…。トウヤ君!ほ、他のも食べてください!きっと、美味しいですから。」
「いや、待てトウヤ君。故郷の味が恋しいだろ?私の料理をもっと、食べていいぞ。」
「ちょっ、待って!一個づつ…むぐっ!?」
「…コハルさん。もしかしてとは思ってたんだが、ヘヴンゲートさんとイヅモさんって」
フォークに刺さった肉料理を頬に圧しつけられながら、おにぎりを口に突っ込まれている俺を、遠めに見ていたマルコがコハルさんに質問する。
「ふふ、見たままの関係です。」
そう言って、手で三角とハートの形を作るコハル。
「ほほう、やっぱりか…。」
「あ、でも個人的にはホノカさんを応援してます~。」
「はあ~、いいわね若い子は。美味しいお弁当の肴にちょうどいいわ~。」
「…リリー先生。生徒の恋沙汰を肴にせんでください。」
「本当ね。うちの生徒達がちゃんと青春していて、この学校の長である私も嬉しいわ。」
『!?』
「そうですね~。教師である私も嬉し…――って、ヘイゼル校長!?」
いつの間にか後ろに立っていた人物に驚いたリリー先生が、素っ頓狂な声を上げる。
その声に、俺も新たにこの場に現れた人物に気付く。
「え、校長!?」
「はぁ~い。校長でーす。」
長い銀髪に、スラっとしたスタイルの女性…『アリア・ヘイゼル校長』が、笑顔で小さく手を振る。
(あの人が、王都中央高等魔法学校の校長…。やはり、綺麗な人だな)
入学式で壇上からスピーチをしていた時しか見ていなかったが、校長先生という偉い役職の割りには、ヘイゼル校長は見た目が若い。
二十代だというリリー先生と一緒にいると、姉妹の様に見えるほどだ。
「リリー先生。一応、屋上は生徒の立ち入りを禁止しているんですけど?」
「ああ~えっと、ですね…ヘイゼル校長、すみません!」
一瞬言い訳を考えていたリリー先生だったが、ヘイゼル校長の圧のある笑顔に耐えきれず謝罪する。
「もう…。最近、屋上の鍵が無いな~って思っていたら、リリー先生が犯人でしたか。」
「すみませ~ん!生徒達との屋上ランチが、あまりにも楽しくて~!」
「まったく、しょうがない人ですね。」
腰に手をあて、ため息をつくヘイゼル校長。
(リリー先生、無断で屋上の鍵を持って来ていたのか…)
ていうことは、俺たちは無許可で屋上を使っていたことになる。リリー先生主導のもと、知らずに校則違反をしていたようだ。
「申し訳ございませんでした~!全て私の独断です~。生徒たちは何も悪くはありませんので、処罰は私だけにぃ~」
「ふふ…。不問にしますよ、リリー生徒。」
「へ、本当ですか?」
「ええ。リリー先生は、いつも遅くまで残って忙しく仕事してるみたいだし、気を抜く場所もほしいでしょうから。」
「ありがとうございます~!ヘイゼル校長~。好き、結婚してください~!」
「う~ん…、考えておくわね。」
抱き付こうとするリリー先生の額を、ヘイゼ校長は手で抑えて、求婚を軽く流す。
(さっきコハルさんにも同じようなことを言っていたけど、リリー先生…婚期に焦ってるのかな?)
「あ、でも一つだけ条件があります。ここで集まるのを許可する代りに、お昼は私もここで食べさせて。前から屋上の景色を眺めながら、お昼ご飯を食べたかったのよ~。ご一緒していいかしら?」
「勿論です。是非!」
ヘイゼル校長は小さなランチバックを片手に歩くと、俺の横で立ち止まった。
「隣、座っていい?」
「え、はい。どうぞ。」
「ありがとう。…トウヤ・ヘルフィールド君。」
ヘイゼル校長はお淑やかに微笑んで俺の名を呼び、隣に座る。
(……………)
校長先生と目が合った一瞬…、左目が疼いたような気がした。
――その日の放課後。
校舎を出ると、俺は自主勉強のために図書館に向かっていた。
学校の敷地内とは思えない美しい庭園を歩いていると…
「あら、ヘルフィールド君。」
「ヘイゼル校長…」
色取り取りの花が咲いた花壇に囲まれたガゼボで、ティーカップを片手にお洒落なデザインのガーデンチェアに座っているヘイゼル校長に声を掛けられた。
「この道を通るっていうことは、これから図書館に行くのかしら?」
「はい。少し勉強をしようと思いまして。」
「そう。放課後も勉強なんて、えらいわね。 …よかったら、少しだけ私とお話しない?」
「え?」
「そんなに時間は取らないわ。いいかしら? 」
「…わかりました。」
ヘイゼル校長に勧められて、彼女の向かいのガーデンチェアに座る。
ヘイゼル校長は一人でお茶をしていたらしく、前にあるガーデンテーブルには、ティーカップとソーサーが置いてある。
「呼び止めてしまって、ごめんなさいね。」
「いいえ。それで、俺に話というのは…?」
「ヘルフィールド君、最近体調が悪いとか、悩みがあったりしない?」
(……!)
質問に一瞬ドキリとするが 、俺は体調不良も悩みも無いと応える。
「そう?お昼休みに会った時、なんだか悩んでいるような…そんな気がしたんだけどな~」
「特に今は…、何も悩んではいないですね。 」
心配するようなことはないと示すため、愛想笑いを浮かべる。
「それじゃあ、一つ聞くけど…」
ヘイゼル校長はそう前置きをして、指を組んで優し気な声色で問いかける。
「…ひと月前に起きた、暁の福音による列車襲撃事件から、何か変わったことは無い?」
「…っ!?」
驚いて、思わずヘイゼル校長をまじまじと見てしまう。
事件が起きた時、そこに俺やホノカ達がいた事は誰にも言っていない。
あの事件は、貴族を狙った邪教従による凶行だと、新聞で大きく取り上げられた。
しかし、実は、暁の福音の真目的は俺だということもあり、その事が知られた上に邪神の事まで広まってしまわないようにするためにも、事件に巻き込まれたことは黙っておいた方がいいと、ホノカとコハルさんの二人と話し合って決めた。
事情を知らないアイシア、シャーロットさんとエリーさんには、変に注目されたくないからと言って、事件の現場に俺達がいた事を内緒にするように伝えている。
なので、列車襲撃事件の当時、あの場に俺が居たことは誰にも知られていないはずだ。
「なぜ、俺がその事件に関係あると…?」
「驚かせてしまったみたいね、ごめんなさい。ほら、私って王都でも有数の学校の長だから、顔が広くてね。立場的にも、いろいろ耳に入ってしまうのよ。」
列車には多く乗客がいた。中にヘイゼル校長の知り合いがいたとしても不思議はない。
「たくさんの人が亡くなった、ひどい事件だと聞いているわ。そんな事件に生徒達が巻き込まれていると聞いて、心配になってね。」
「…そうでしたか。すみません、余計な心配をおかけして」
「ううん、謝ることじゃないわ。本当に無事で良かったと思ってるの。…それで、事件の後から具合が悪くなったり、気持ちが不安定になったりしてない?」
眉をハの字にして、心底心配そうな顔で改めて質問するヘイゼル校長。
事件に巻き込まれた俺が、強烈なストレスで精神的に病んだり、気持ちが落ち込んだりしているのではないかと、心配してくれているのだろう。
俺は、そんなヘイゼル校長の優しさに頭を下げる。
「ご心配していただき、ありがとうございます。ヘイゼル校長。でも、俺は本当に何ともなくて…―」
そう言いながら顔を上げると、向かいに座っているヘイゼル校長が表情を消して、俺を凝視していた。
「ヘイゼル校長…?」
「…本当に、何も変わっていないの?」
ヘイゼル校長はテーブル越しに近づいて手を伸ばし、俺の左頬に触れる。
「ふーん…」
「ヘイゼル校長、何を…」
ヘイゼル校長は不敵な笑みを浮かべながら、困惑する俺の左頬から左目の横をスゥ…っと撫でる。そして顔を近づけ、親指で俺の左目の下をなぞった。
「トウヤ君のこと、ちゃんと知りたいなぁ… 」
鼻と鼻がくっつきそうなほど近い距離で、ヘイゼル校長の視線と俺の視線が結びつく。
「ねえ…、話してくれないかしら。あなたの事。」
吐息がかかる距離のまま、囁くヘイゼル校長。
彼女の深くも鮮やかな、グリーンとブラウンの色が混ざり合った美しいヘーゼルアイが、俺の心の内までも覗き込んでいるような気がして、俺はその目から離れることが出来なかった。
(なんて深く、美しい目だ…。もういっそう、全て本当の事を話してしまおうか…。最近見る変な夢の事や、漆黒に染まる左目…そして、邪神の事…)
吐き出すように、全てをヘイゼル校長先生に話してしまえば、俺は抱えているものを下ろして、楽になれるのではないか…。
そんな事を考えて、ヘイゼル校長先生の美しい目に、何もかもを委ねたくなっていた。
(…ぐっ)
またもや、左目が疼く。目の中で何かが蠢いているような不快な感覚がする。
「本当に…何も、変わりはありません。」
左目の疼きにハッとして、俺はヘイゼル校長の質問にそう答える。
すると、不快な感覚はすぐに治まった。
「そう。なら、よかったわ。」
ヘイゼル校長は微笑むと、俺から離れて椅子に座り直した。
少し冷めた紅茶を、優雅に飲むヘイゼル校長。その様子からは、先程の怪しげな雰囲気はもうなかった。
(さっきのは…、何だったんだろう)
「でももし、自分一人ではどうしようもない大きな悩みや変わった事があったら、私に相談してね。…あ、もちろん、些細な悩みでもいいわよ。」
ヘイゼル校長は持っていたティーカップを置くと、聖母のような柔らかな微笑みで俺を見る。
「絶対、力になってあげるわ。生徒の悩みを解決してあげるのも、校長先生の大事な仕事ですからね。」
そう言って、ウィンクをする。
「…ありがとうございます。」
先程垣間見たヘイゼル校長のあの様子はなんだったのか気になるが、俺は素直にヘイゼル校長の言葉に頷いた。
ヘイゼル校長と別れた後、目的の図書館に行く。放課後はほとんど人が来ないため、館内は静かだ。
いつも自習に使っている四人掛けの席に向かう。図書館内には誰もいないと思っていたが、いつもの席には知っている人が座っていた。
「こんにちわ。トウヤ君。」
アイシアは俺を見つけると、笑顔で席を立った。
「やあ、アイシア。放課後に図書館で会うなんて、珍しいね。」
「トウヤ君、放課後はいつも図書館にいるって聞いてたから、来ちゃいました。」
「もしかして、俺に用事?」
「はい。ちょっと…、トウヤ君とお話したくて… 」
気恥ずかしいそうにするアイシア。
窓から差し込む夕日のせいか、彼女の頬が少し赤らんでいる気がする。
「私が子供を守って、ゴブリンに襲われそうになった時、トウヤ君は身を挺して私達を庇ってくれました。あらためて、そのお礼を言いたくって…。あの時は助けてくれて、ありがとうございました。」
アイシアはそう言って、深々と頭を下げる。
「えっと…はは。よしてくれよ。俺はただ、友達を守りたくて、当たり前のことをしただけなんだから。頭を下げられるようなことじゃないさ。」
「いいえ…。いくらお礼を言っても足りないくらい、感謝しています。トウヤ君は、私の命を守ってくれましたから。自分が怪我をすることも厭わずに。」
「というよりか、俺が巧く魔法を使えていたら、ゴブリンに斬られることもなく、もっとスマートに格好良くアイシア達を助けられたのかな~…なんて」
照れ隠しに俺がそう言うと、アイシアは首を横に振る。
「トウヤ君は、すごく格好いいです。優しくて、勇敢で、正義感が強くて、心が清らかで…」
頬を紅潮させたアイシアが、自身の手を組んで、少し潤んだ目で俺を見て言う。
「私…、そんなトウヤ君が好きです。」
「……っ」
「私と、お付き合いしてくれませんか?」
「…俺は――」
「あ…」
俺が告白の返事をしようとした時、何かに気付いたアイシアが驚いた顔をする。
その視線の先を見ると、そこには本を抱えたホノカがいた。
「ホノカ…」
「……………」
呆然としたように、俺達を見るホノカ。
「あ…あの、返事はいつでも良いので!それじゃ、私は帰りますね。」
タッと小走りに去る行くアイシア。
出口まで行くと、立ち止まってこちらに振り返る。
「返事…待ってますから。」
そう言い残して、アイシアは図書館を出ていった。
残された俺とホノカは、なんとなく気まずい雰囲気に少しの間お互い黙ってしまう。
「……………」
「…あの、ホノカ。なんというか…」
「よかったじゃないか…。あんな美人から告白されるなんて。」
こちらを見ず、そっぽを向いているホノカはポツポツと言う。
「トウヤ君も、そこの窓からアイシアさんに見惚れていただろう?そんな娘に好かれているのだ。…よかったじゃないか。」
以前、図書館で勉強していた時、友達と談笑しながら帰るアイシアを窓から見ていた時の事を言っているのだろう。あの時は、ホノカと初めて会った日でもある。
「確かに、あの時は見惚れていたかもしれない…。でもあの後、俺はお前にも――」
「…お前にも、なんだ?」
俺の言葉の続きに、何かを期待するようなホノカの視線がこちらに向く。
「いや…なんでもない」
実はホノカにも見惚れていた…と言うのが恥ずかしくて、誤魔化してしまった。
「…そうか。」
俯きかげんにホノカは俺に近づくと、抱えていた本を俺に押し付けた。
「トウヤ君が誰と付き合おうと、それはトウヤ君本人が決める事。…私には関係ない。」
辛そうな顔で、自分に言い聞かせるように呟くホノカ。
「ホノカ…」
「…二人の邪魔をして、すまない。これは、参考書だ。君にあげるから、勉強に使うといい。」
「え、あの、ホノカ」
本を押し付けると、ホノカは俺に背を向けて図書館を出て行ってしまった。
「………………」
去っていったその後を茫然と見る。
「……はぁ」
静かになった図書館で俺の溜息だけが聞こえる。
(まさか、アイシアに告白されるなんてな…)
女子に告白される…しかも学年でも高嶺の花やら大天使やら言われているアイシアに告白されたのなら、本来は舞い上がるところだが…
(俺は邪神だ…。俺自身がこの先、どうなってしまうのかも分からないのに、誰か付き合うなんて出来ない。)
邪神はあらゆる不幸をもたらす存在。俺と関わった事で多くの人が傷つき、これからも誰かが傷付いてしまうかもしれない。最悪、死ぬことも…。
(…やっぱり、断るべきか)
断ったら、アイシアを悲しませることになるのだろうか…?そんなことを考えてしまう。
悲しむアイシアの顔を思い浮かべて、罪悪感で気持ちが重くなる。
「…はぁ。どうしよう」
悩みながらいつもの席に座ると、ホノカからもらった本をパラパラと捲った。
(真新しい本だ…。ホノカ、もしかして俺のために買ってきてくれたのか…)
見たところ、かなり値段が高そうな本だ。
(………………)
捲るのを止め、さっきまでそこにいたホノカを思い出す。
いつもは凛としている彼女が見せた、悲しそうで複雑な表情が頭に浮かぶ。
(ホノカ、もしかして俺の事を…)
うぬぼれかもしれない。
しかし、もしそうだとしたら、俺はホノカの気持ちも拒絶しなければならない。
ホノカの事も、悲しませてしまうのか…。
「…はぁ」
「…トウヤ君、今日はもう帰った方がいいんじゃない?」
声がして顔を上げると、いつの間にか俺の前に、リリー先生がいた。
「リリー先生…」
「ごめんさないね。実は、一部始終見ちゃって…」
気まずそうに言う。どうやら、偶然近くの本棚にいたところ、俺がアイシアに告白されるのを見ていたらしい。
「えっと…ね?なんかこう、気持ちがの整理がつかないのか、悩んでるみたいだし、今日は勉強なんてやめて、うちに帰ってゆっくり考えた方がいいんじゃないかしら?うん、そうした方がいいかも!勉強なんて、してる場合じゃないって思うの。」
俺に気を遣っているのか、あせあせと考えながら話すリリー先生。
リリー先生の気遣いに少し気持ちが軽くなる。
「リリー先生…。教師が勉強なんてやめてって、言っちゃだめですよ?」
「うえぇ!?そ、そうよね。私、何言ってるんだろう…。悩んでるトウヤ君に、先生としてなんか言わなきゃって思ってたのに、つい変なこと言っちゃったわ~!」
「ははは。じゃあ…先生の言う通り、今日は大人しく帰ります。」
「そ、そう?うん、その方がいいかもね。…トウヤ君は真面目な子だから、きっと二人の気持ちにどう応えようかって悩んでいるんだと、先生思うの。だから、お家でゆっくり考えるといいと思うわ。」
「先生には、わかっちゃうんですね…。」
「うん。これでもトウヤ君の担任の先生だからね。…あとね、本当は最近トウヤ君が何かに悩んでいるような気がしてたんだけど…どう聞いたらわからなかったの。もし、他にも悩み事があったら言ってね?先生が解決してあげるんだから。」
リリー先生はそう言って、自分の胸をどんっと叩く。
「…ありがとうございます、リリー先生。」
愛嬌のある面白い先生だと思っていたが、俺が思っていたよりも頼りがいのある先生なんだと、再認識させられる。
俺はリリー先生の気遣いに感謝しつつ、先生にお礼を言って図書館を後にした。
―――……トウヤが、図書館を出た後。
一人になったリリーは、トウヤが座っていた椅子を指で撫でた。先程まで座っていたトウヤの温もりを確かめるように。
「…ふふ。女の子二人に好意を持たれて悩むなんて、可愛いわね…」
笑みを浮かべる。それは、普段決して生徒達には見せない、怪しげな笑みであった。
「神様のくせに、本当…人間みたいね。でも、そういうところも、たまらなく愛おしいわぁ。」
笑みを浮かべたリリーの口下に、小さな円いホクロが浮き出る。
これから起こる事に思いを馳せて、落ちる夕日を窓から眺めながら、彼女は己が信仰する神の名を呼ぶ。
「私の邪神…ベルゼファール様。」




