第15話 そして…
暁の福音の襲撃を受けた王都行きの列車は、近くの駅に停止した。
シャーロットは駅員達に事態を説明して王都に緊急の要請をするように命じ、現場の対応に充らせた。
乗客と警備兵含む駅員らの死傷者が多数、さらには貴族が狙われたという事もあって、事態を重く見た王都と教会は乗客の保護のために聖騎士を現場に派遣することを決める。
駅を出たホノカ達は、トウヤが落ちたと思われる場所まで引き返し、鬱蒼とした森に入っていった。
「トウヤ君、どこだー!近くにいたら、返事をしてくれー!」
ホノカが大きな声でトウヤを呼ぶ。その声は密集した木々に反響して木霊となって響くも、その声に反応は無い。
「この辺にもいないみたい…。トウヤ君、どこにいるんでしょうか?」
コハルが不安そうに周りを見渡す。
「この森はかなり広いですの。私達だけで人一人を歩いて探すのは、かなり難しいですわね。」
獣道を歩きながら、シャーロットは険しい顔で言う。
「…しかし、お嬢様。ヘヴンゲートさんの話によれば、トウヤ君は深手を負っています。早く治療しなければ、彼の命が危ないかもしれません。」
「ヘヴンゲートさん!トウヤ君は、本当にこの辺に落ちたのか?」
ホノカがアイシアに問う。その顔には焦りが表れており、いつもの凛とした彼女でなくなっていた。
「ホノカさん…」
そんなホノカを見て、コハルは行方不明のトウヤの事と同じくらいに彼女を心配する。
「…すみません。あの時、私すごく動揺していて…。よく憶えていません。」
アイシアが申し訳なさそうに言う。目を伏せて話す彼女は暗然としていて、その姿は風が吹けば倒れてしまいそうなほど弱弱しい。
「憶えていないって…、そんなことでは困る!トウヤ君を最後に見たのは、ヘヴンゲートさんしかいないのだぞ!」
「落ち着いてください、ホノカさん!ヘヴンゲートさんだって、目の前でトウヤ君を傷つけられてショックを受けているんですからぁ!」
掴みかかる勢いでアイシアに近づくホノカを、コハルが止める。
「…っ。…ヘヴンゲートさん、すまない。」
「いいえ、私の方こそお役に立てず…。それに、もともとはといえば私を庇ったせいでトウヤ君は…」
「いや、ヘブンゲートさんは何も悪くない。敵の攻撃から君を庇ったのは、実にトウヤ君らしい行動だったと思う。」
「顔が憔悴してますわよ、アイシア・ヘヴンゲート。あなた、やはり駅に戻った方がいいですわ。王都からの応援が来ますので、そのまま他の乗客と一緒に保護してもらって、王都に帰りなさい。」
「ここまで引き返す時に使った馬車に乗って行ってください。私達は、自力で駅に戻るので。」
シャーロットとエリーの提案に、アイシアは首を横に振った。
「お気遣い感謝いたします。しかし、私だけ帰るわけにはいきません。私も、イヅモさん達と一緒にトウヤ君を探します…。トウヤ君を、見つけてあげたいんです。」
「…そう。でも無理はなさらず、気分が悪くなったらいつでも言ってください。」
「ありがとうございます…。」
(見つけてあげたい…と言いましたわね。その言い方だと、まるで…)
「…お嬢様。五人で一緒に探していても効率良くありません。ここは、別々に分かれて探しましょう。」
「ええ、そうですわね。暁の福音の団員がまだいるかもしれませんので、私とエリー、イヅモとヒノモトとヘヴンゲートで、二手に分かれて探しましょう。」
シャーロットの指示通り、二手に分かれて別々の方向へと歩き出す。
別れる際、シャーロットはホノカの後ろ姿を一瞥する。
(可哀想に…ホノカ・イヅモ。アイシア・ヘヴンゲートのあの様子だと、おそらくトウヤ・ヘルフィールドは助からないのでしょう。…なにせ、あのヘヴンゲートの人間がそう思うのだから…)
シャーロットは心の中でホノカを憐れみつつ、エリーと一緒に森の奥へと進む。
ホノカ達は、列車が走行していた岩山のある方向へと歩き続ける。その間も、ホノカとコハルはトウヤの名を呼び続けた。
(トウヤ君、待っていろ!必ず、助ける!)
ナカツクニ神の宮本殿で、次こそは守ると約束したにもかかわらず、今度も守れなかったことを悔しく思うホノカ。他でもない自分に対する怒りで、爪が掌にくい込むほど拳を握り締める。
(なぜ私は彼のそばにいなかった!暁の福音や教会に狙われていると知っているのに…。私は、なんて愚かなんだ!)
ホノカの目に涙が溜まる。だが、泣いている暇はないと自分を叱り、手で涙を拭って周囲に目を走らせる。
(…ごめんなさい、イヅモさん。おそらく、トウヤ君はもう…)
涙を拭って必死に辺りを見るホノカの姿に、アイシアは罪悪感で目を逸らしてしまう。
(なぜ私がいながら、彼を守れなかった…。子供を守る事に気を配っていたとはいえ、あの時私が不意を突かれていなければトウヤ君を……、彼を死なせることはなかったのに… )
自分の不甲斐なさで友人を死なせてしまったと後悔し、下唇を噛むアイシア。
伏せていた目に怒りが宿り、自身のワンピースを強く掴む。
(暁の福音…、絶対に許さない。一人残らず、私が…――)
――ガサッ ガサッ
『…!?』
奥の茂みから物音がして、三人がその音の方向を見る。
「何かいるのか?」
「また暁の福音の者でしょうか…」
「二人とも、私の後ろに!これ以上、誰も傷つけさせませんよ!」
ホノカとアイシアが身構え、コハルが二人を守る様に前に出て掌を前方に向ける。
草や葉っぱを擦る音が、徐々に近づく。
――ガサッ ガサッ…
茂みを掻き分けて現れた人物が、ホノカ達を見つけてびっくりした顔をする。
「あ…。ホノカにアイシア、コハルさん?」
『トウヤ君!?』
茂みから現れたトウヤに、驚いて同時にその名を呼ぶ三人。
「もしかして…心配して、俺を探しに来てくれたのかな?」
疲労困憊の様子で、困ったように頬をかくトウヤ。
その人の良さそうな顔がまさしく本人であると思い、ホノカは胸がいっぱいになって涙ぐむ。
「あ…当たり前だ。君が心配で探していたんだぞ…」
再びホノカの目に涙が溜まる。だがそれは、大切な人を守れなかったという後悔の涙ではなく、再会したことによる歓喜の涙であった。
「トウヤ君…――」
ホノカがトウヤのもとへと駆け寄ろうとする。
しかし、その前に駆け寄ったアイシアがトウヤを抱きしめた。
「トウヤ君!」
「ちょっと、アイシア!?」
「よかったです…。私、てっきりもう…。本当に、生きていてくれて…本当によかったです!」
「アイシア…」
胸に顔を埋めて泣くアイシアの頭に、トウヤはそっと手を置く。
「心配かけて、ごめん。もう大丈夫だから。」
「…っ、はい…」
嗚咽を漏らしながら、トウヤの胸で泣き続けるアイシア。それを落ち着かせるように、トウヤの手がアイシアの髪を優しく撫でる。
「…………」
二人を少し離れた所で見ていたホノカとトウヤの目が合う。
「ホノカ…、その…また迷惑をかけてしまった。度々、すまない…」
「迷惑だなんて…思っていない。…無事でよかった。」
「うん…。ありがとう。」
ホノカに礼を言って、コハルに顔を向ける。
「コハルさんも、探しに来てくれてありがとうございます…。すみません、俺の事でまたご迷惑をかけてしまって…」
「い、いいえ~。気にしないでください。本当に無事でよかったですよ~、トウヤ君。」
コハルはそう言いつつ、複雑な顔でトウヤとアイシアを見るホノカに、胸を痛めるのであった。
トウヤとホノカ達が合流した頃、別の場所では…―—
「これはこれは、また何とも…」
「…いったい何があったのでしょうか」
シャーロットとエリーは、目の前の光景に絶句していた。
その場所だけに山火事があったかの様に一帯の木々が焼き焦げ、焦土と化した地面には赤い血溜りが出来ており、それに浸るようにバラバラになったゴブリン達の亡骸が辺り一面に散乱していた。
「まるで獣に食い荒らされた様なゴブリンの死体がこんなにたくさん…。どこの誰がやったのかしら。」
シャーロットは吐き気を堪えながら、血溜りを避けて焦土の上を慎重に歩く。死臭が漂い、身体の部位と肉片が散らばっている、目を背けたくなるほどの惨状。
落ちているゴブリンの頭は、どれも口を大きく開けて舌をだらしなく出し、眼球が飛び出そうなほど目を見開いている。その表情はまるで、生きたまま首を引き千切られたかのような恐怖と苦しみを表していた。
「これだけ酷いと、ゴブリン達に同情しそうになりますわね…って、エリー?」
エリーが立ち止まって、ある一ヵ所をじっと見ていることに気づく。
「…これを見てください。」
少し離れた所にいるエリーに呼ばれて行くと、そこに落ちていたものを見たシャーロットは息を呑んだ。
「これは…人の腕?」
「はい。…袖のカフスを見てください。」
落ちていた片腕が身に着けている高価そうなジャケットの腕部分、そのワイシャツの袖口を止める装飾品にシャーロットは視線を移す。
「貴族の紋!?という事は、この腕の持ち主は…」
「ヘヴンゲートさんが言っていた、ロイ・シペッツェ卿で間違いないでしょう。」
エリーの言葉にシャーロットは少し考えると、周囲に視線を走らせた。
「トウヤ・ヘルフィールドの死体はありましたか?」
「…辺りを探しましたが、どこにもありませんでした。」
「たくさんのゴブリンの死体とロイ・シペッツェの片腕があるにもかかわらず、これだけ探しても、トウヤ・ヘルフィールドのものと思われるものは何一つ無いなんて…。もしや、何者かに連れていかれたのかしら?」
「…あるいは、この一帯の惨状は全てトウヤ君の仕業…という事も考えられます。」
「彼がこれを…?」
血溜りと肉片で赤く染まったその場を見ながら、シャーロットは列車で会ったトウヤを思い出す。
「あのトウヤ・ヘルフィールドがですの?…そんなまさかですわ。」
否定するシャーロットだが、トウヤの名を聞いて胸の奥がざわつくのを感じていた。
(列車に乗った時から感じていた不安感が、強くなってきましたわ…。まさか本当に?)
「…朗報です。」
考え込むシャーロットにエリーが声をかける。
「何ですの?」
「トウヤ君、どうやら生きていたみたいです。」
「それ、本当ですの!?」
「…はい。ホノカさん達と別れる前に、もしもの時と思って私の魔法を使って彼女達を見守っていました。現在彼女達は、無事トウヤ君と会えたようです。」
「そう!それは、良かったですわね。」
ホッと安堵するシャーロット。しかし、すぐに険しい表情でエリーと目を合わせる。
「…となるとエリーの予想は、あながち間違いではないのかもしれませんわね。」
「…そうなりますね。」
シャーロットの胸のざわめきが強くなる。何かが起こっている、もしくは何かが起こる予感に鼓動が早くなるのを感じて、胸に手を当てる。
「なんですの、この胸のざわめきと鼓動の高鳴りは…。まさか、これが恋心というものですの?」
「…いいえ。それは、ただの好奇心です。」
「ふふ…。面白いですわ、トウヤ・ヘルフィールド。ただの平民じゃないという、私のシルフィード家としての勘は、やはり当たっていたようですわね。」
「……散々、彼の事を平民平民言ってたのに。」
「オホホ!…エリー。本当は貴女も何かを感じてたからこそ、私が彼に近づくのを強く止めなかったのですわね?」
「…はい。よく、お気づきで。」
「まあ、さすがにこれ程の者だったとは思いませんでしたが…」
扇子をバッと開いて、口元を覆うシャーロット。開いた扇子の上から、あらためて周囲の惨状を見る。
「一体、何者なのでしょうね?トウヤ・ヘルフィールド。」
「…何者であろうと、彼を放っておくわけにはいきません。」
普段の淡々としたものではない少し語気が強くなったエリーの言葉に、シャーロットは体ごとエリーの方へと向いた。
「あら…、めずらしく言葉に感情が少し籠ってますわね。そんなにトウヤ・ヘルフィールドが気になるのですか?」
「…はい。もしかして、これが恋心というものですか?」
「いいえ。あなたのそれは、疑心ですわ。」
「…ええ。そうですね。」
そよ風が吹く。辺りに散らばった亡骸から血の匂いを運ぶ嫌な風が、エリーの長い前髪を揺らす。
「…見極めなければなりません。トウヤ・ヘルフィールドが何者なのか。そして、彼が王国の…『ルークスティア王国』の脅威となるか否かを。」
長く伸びた前髪から、ぎらつく眼光を覗かせて、エリーはそう言った。
「この小説…学園が舞台かと思ったら、全然学園行かねーじゃん。」
…安心してください。次回からようやく学園に行きます。たぶん。( ´∀`)




