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実は、邪神でした。  作者: 夕陽 八雲


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第12話 魔物使い

「すみません。ちょっとお手洗いに行きます。」


 そう言って、俺は席を立つ。


「お手洗いでしたら、最後尾車両にありますわ。いってらっしゃいませ~。」


「あ、ヘルフィールド君待ってください。私も、行きます。」


 同じく席を立ったヘヴンゲートさんと一緒に、最後尾車両へと向かう。

 さっきまで居た車両から、渡り橋を通って隣の車両に移ると、俺は緊張しぱなしだった肩の力を抜いた。


「はあ~…。ようやく、落ち着けた気がする。」


「ふふ。なんだか、いろいろとすごい方でしたね。シャーロットさん。」


 俺と同じく緊張していたのか、ヘヴンゲートさんは困り顔でそう言う。


「マイペースって言うか、我が道を行くというか…。さすがは、王国第二位の権力を有するシルフィード家の人だ。」


「…シルフィード家の人が皆、あんな快活な方ばかりというわけではありませんよ。」


「え、そうなの?もしかしてヘヴンゲートさん、シルフィード家に詳しい?」


「あ、いいえ…。その、噂で少し聞いたことがあるだけで、別に詳しいわけでは…。」


 ヘヴンゲートさんがシャーロットさんに自己紹介した時に気になっていたことを聞いてみる。


「シャーロットさんは、ヘヴンゲートさんの名前を気にしていた様だったけど、もしかしてヘヴンゲートさんの家って、シルフィード家と何か繋がりがあったりするの?」


「い、い、いええ!そ、そんなわけないじゃないですか。ヘルフィールド君の考えすぎです!ヘヴンゲート家も平民…そう、平平民民ですから!」


「…そ、そう?」


「そうです!そうなんです!」


 食い気味に否定するヘヴンゲートさん。

 彼女の顔が近くなり、思わず仰け反ってしまう。


「えっと、そうなんだ…」


(ヘヴンゲートさんって、隠し事が出来ない性格なのかな?)


 明らかに何か隠してそうな様子で気にはなるが、ここは引き下がる事にして、それ以上聞かないことにする。


「それと…、ヘヴンゲートじゃなくてアイシアと呼んで下さい。」


 顔が近い事に気付いて、サッと離れた後、ヘヴンゲートさんは照れながらそう言う。


苗字ファミリーネームで呼ばれるのは、あまり好きじゃいないので…。あと、せっかく知り合いになったのですから、名前で呼んでほしいです。」


 ヘヴンゲートって、なんだか格好いい苗字だと思うんだが、本人は好きじゃないのか。


「わかった。じゃあ、俺の事もトウヤって呼んでよ。」


「はい。では、トウヤ君って呼びますね。」


 そう言って嬉しそうに微笑むヘヴンゲートさん…もとい、アイシア。

 図書館の窓から見惚(みと)れた女子生徒と仲良くなった気がして、嬉しさのあまり笑みがこぼれるのを誤魔化すように頬をかく。


「実は私も、ヘルフィールドという苗字が気になっていました。シャーロットさんの言う通り、なんだか物騒な苗字だなって…」


 アイシアはそう言い、自身の顎をつまんで考える様な仕草をする。


「ヘル、フィールド…まるで…」


「う~ん…確かに変な苗字だよな。たぶん、何かの言葉か地名が訛って、本来の呼び名から変化したんじゃないかな。」


「…そう言われると、そうとも考えられますね。」


 腑に落ちないような表情のアイシアであったが、とりあえず納得してくれたようだ。


(…今度、両親に聞いてみるか。)


 特に気にしていなかったが、二人に苗字を物騒だと言われては、さすがに気になってしまう。


(まったく、一体どこの誰が考えて付けた苗字なんだか。)


 そんなことを考えながら最後尾車両入口の扉のノブに手をかける。


(………?)


 何か違和感を感じながらも扉を開けて、車両の中に入る。

 すると、むせ返るような匂いとともに無惨な光景が目に飛び込んだ。


「何だ…これは」


「…っ!」


 続いて最後尾車両に入ってきたアイシアも、その異常な有り様に息を呑んだ。

 車両の座席や壁、天井に至るまで塗りたくったかのように血が飛び散っており、通路に敷かれた高価な絨毯は大量の血液で濡らされて変色していた。

 血が滴る座席には、特別車両の乗客や駅員の死体が投げ捨てられたかのように倒れている。


(これは、いったい…)


「とりあえず駅員を呼んで、この事を他の乗客達にも知らせよう!」


 今入って来たばかりの扉のノブに手をかける。

 しかし、先ほど開いたはずの扉はビクともせず、開けられない。


「さっきは開いたのに、なんで…」


「…その扉は外からは開くが、中からは開けられないようにしてある。」


(…!?)


 声がした方に顔を向けると、一番奥の座席に座っている男性の後ろ姿が見えた。

 ここで何があったのか聞くためにその人物に近寄ろうとするが、アイシアに手で制止させられる。


「貴方、何者ですか…?」


 警戒心を込めた声で誰何するアイシア。

 男性はゆっくり立ち上がって、こちらに振り返る。


「私かい?私は、ロイ・シペッツェ。『暁の福音』を信仰する者だ。」


(あの男、暁の福音の一員!?)


「トウヤ君…。『暁の福音』は確か、王国と教会が危険視している宗教団体だと聞いたことがあります。それにシペッツェといえば、男爵の位を持つ貴族です。」


(暁の福音に、貴族が関わっているのか…)


「シペッツェ卿…。ここに居た乗客と駅員はどうしたのですか?」


 アイシアはロイを見据えて、問いかける。

 ロイはわざとらしく考える様な仕草をした後、何でも無い様な顔で応えた。


「ん~…殺したよ。全員。」


「なんだと…」


 悪びれる様子も無く応えるロイに、俺は背筋が冷えた。

 ロイの足元に警備兵らしき人達の死体が横たわっていることに気付く。その時になって、最後尾車両の扉の前に警備兵がいなかったことを思い出す。

 アイシアは唇を嚙みしめて、ロイを睨み付けた。


「暁の福音は、王都の外れのスラム街に住む、ならず者達で構成された邪教だと聞いています。王国のために尽力し、高い地位を国王陛下から与えられたはずの貴族である貴方が何故、邪教を信仰しているのですか?それにこのような凶行におよぶなんて…」


「ならず者で構成された邪教ね…。まあ間違ってはいないが、半分正解と言ったところだ。貴族の中には、暁の福音が掲げる、世界の終末思想に賛同して多額の寄付をする協力者もいる。私もその一人だ。」


『邪神を崇め、邪神の復活とともに訪れる世界の終末を迎える』…―それが、暁の福音の教義。

 王都を追放された者や王国に不満を持つ者、魔法を悪行に使用する者達が集まり、破壊と破滅を目的として活動している宗教団体。

 かつて聖騎士として暁の福音の団員と戦った、父オウルはそう言っていた。


(そんな危険な思想を掲げる宗教団体に、賛同して協力する奴らがいるなんて…)


「…私はね、王国も国王も嫌いなんだ。」


 ロイはそう言いながら胸ポケットから取り出した葉巻に火を付け、口に咥えた。


「私が凶行に及んだ理由を聞いてくれたね。…復讐だよ。」


 咥えた葉巻を口から離し、紫煙を吐くロイ。その煙がロイの前で漂って、大きな魔法円を描く。


「――ザザス…ナスナタ…ザズズ」


 ロイがそう唱えると紫煙で描かれた魔法円が発光し、その中から数体のゴブリンが出現した。


「召喚魔法!?」


『ブルルォ…ッ』


 通常よりも少し短い剣を持った四体のゴブリンが息を荒くして、こちらを凝視する。


「シペッツェ卿、貴方まさか…」


「そうだ。私は、『魔物使テイマーい』だ。」


(魔物使い…だと)


『魔物使い』…特殊な魔法を使用して魔物を使役する者。

 その特殊な魔法は生まれ持って備わる力であるため、魔物使いになる者はその才能がある者しかなれない。

 しかし、人間に害を成す存在である魔物を使役する事は教会から異端視され、人々からは邪神の使いと言われて迫害された。

 王国は、魔物扱いの力を禁忌の力として魔物を使役する事を禁止するとともに、魔物を召喚することも禁じた。


「昔ある時…、当時の教会と国王、そして西側の地方の貴族達により、『魔物使い狩り』が行われた。

 それによって、多くの魔物使いが捕らえられ、幽閉され、不公平な裁判に掛けられ、処罰されて命を落とした。その中には、シペッツェ家の人間もいた。彼らのほとんどは王国に仇成すこともせず、王国と国王に尽くしていた。ただ、魔物を使役する力を持っていただけだ。それだけで処罰されたのだ。」


 『魔物使い狩り』。多くの魔物使い、もしくは疑わしい者を捕らえ、処罰…あるいは処刑したという、王国の負の歴史。それは、主に王都と西側の地方で起きたと言われている。


「以来、生き残った魔物使いは、生き延びるために王都の外れの地域へと逃げ込んだ。その場所が、先程お嬢さんが言っていた、ならず者の住むスラム街だ。長年、魔物使い達は、教会と王国に怯える日々をそのスラム街で過ごしている。そして、代々、魔物使いが生まれる我がシペッツェ家も、魔物を使役する力を隠して暮らしてきた。男爵という地位を得ても、常に教会と国王の顔色を伺う毎日だった。だが、十五年前くらいだったか…」


(十五年前…?)


 俺が…邪神が生まれた頃。


「暁の福音という宗教団体が設立された。暁の福音は、世界の終焉を謳い、王国を破滅させると豪語した。王国と教会に虐げられた魔物使いや、王国に恨みのある者は心を鷲掴みにされ、挙ってその宗教団体に加入した。全ては、王国…そして世界に復習するためだ。」


(王国への復讐…。それに賛同する者達によって、暁の福音という邪教は大きくなっていったのか。)


 語り終えたロイは、残り半分となった葉巻を指で圧し折った。


「この列車の貴族を皆殺しにするつもりだったが…、まずは君達を殺すことにしよう。

――行け、ゴブリンども!」


『ブルルオオー!!』


 子供くらいのサイズたが、人間の何倍も力が強いゴブリン達がこちらに向かって駆け出す。


(くっ…こんな狭い車両で四体ものゴブリンを相手にするのは、まずい。こうなれば、さっき入って来た車両の扉を魔法で壊して、一旦もと来た車両まで戻って――…)


 そう考えていると、車両の中央付近の座席からガタっと音がし、大きな旅行用鞄が通路へと倒れた。


『……!?』


 その場にいる者は動きを止めて、その座席に注目する。

 すると、旅行用鞄の後ろに身を隠していた一人の小さな男の子が、体を震わせながら青ざめた顔でこちらを見る。


「た…たすけてっ」


『……っ!』


 俺とアイシアは同時に駆け出した。


『ブルルゥオォー!!』


 ゴブリンが剣を振り上げて、男の子を取り囲もうとする。

 四体とも俺達から意識を外し、近くにいる男の子を攻撃することを優先したようだ。


(…間に合え!)


 俺は人差し指に意識を集中させ、これから使用する魔法をイメージする。

 そして熱を帯びた指先を前方に向けて、ゴブリン達に狙いを定めた。


(火炎魔法…『火弾ファイア・バレット』!)


 ボォンッボォンッと、四発の圧縮した火の塊が俺の指先から放たれ、四体のゴブリンの頭に命中する。


『ブルェッ…!?』


 頭が焦げた四体のゴブリンが、短い悲鳴を上げて倒れる。


「なんて速業…。すごいです、トウヤ君!」


「ほほう…、高圧縮した火の塊を銃弾の如く放つ魔法かい?渋い攻撃魔法だ。」


 ロイは新しく口に咥えた葉巻の紫煙で、さらに二体のゴブリンを召喚する。先程のゴブリン達よりも少し大きいサイズの二体のゴブリンが、壁や座席を足場にして飛び跳ねながら近づいて来る。


(あんな動き回ってたら、狙いが定まらない…)


 俺の狙いが定まらない内に、ゴブリン達が接近してくる。


「離れなさい…。風魔法――『突風ガスト』 !」


アイシアの綺麗な声が響き、後方から強力な突風が吹き出す。

 突風によりコブリン達は奥の壁まで吹き飛ばされて激突し、そのまま突き抜けて壁の一部ごと外へと放り出された。


(風魔法の強力な風圧でゴブリンどもを車両の外まで吹っ飛ばした!)


「ほう…。君達、なかなかやるな。」


 アイシアの風魔法で飛ばされて来たゴブリン達を僅かな動きで避けたロイは、壁に空いた穴から吹く風を浴びながら、感心したように言う。

 ゴブリンがいなくなった隙に、俺とアイシアは男の子のもとに行く。


「もう大丈夫ですよ。さあ、こっちにいらっしゃい。」


「う…うん。」


 アイシアが男の子を抱きしめ、その頭を優しく撫でる。


「うっ…グスっ。怖いよぉ…」


「大丈夫ですよ…。安心して。私達が必ず君を守ってあげます。」


 アイシアは男の子を宥めつつ抱き寄せたまま、恐怖でうまく歩けないその歩幅に合わせて、ゆっくりと出口まで後退する。男の子の目を手で覆い隠し、凄惨な車内を見せないようにしながら。


 俺は人差し指をロイに向け、アイシア達が出口に到着するまでの脚止めをする。


「その場から動かないでください。怪しい動きをすれば、即座に撃ちます。」


「私を撃つというのか?少年。」


 俺の指先の射線上にいるにも関わらず、ロイは余裕な態度で話す。


「シペッツェ卿…。乗客や駅員の命を奪ったあなたを見逃すわけにはいきません。他の車両にいる警備兵を呼び、あなたを引き渡します。どうかそこで大人しくしていてください。」


「ここで大人しくか…」


 考えるような仕草をするロイ。

 出口まで後退するアイシア達を、俺はチラッと見る。


「…悪いが、そうはいかないな。」


「なに…?」


 俺が一瞬外した視線を戻すよりも早く、ロイはすぐ前まで接近していた。


(しまった!)


 迂闊にも敵から目を離してしまったことを悔いるよりも先に、ロイの両拳による素早い打撃が俺の体を打つ。


「ぐっ…」


 打撃を受けた衝撃で、よろめいて後ろに下がる。

 崩れそうになる膝をなんとか堪え、再び接近するロイに向かって、拳を真っ直ぐ突き出して反撃する。


「おっと!」


 上半身を傾けて、顔に向かって来る拳を頬に掠めつつ避けるロイ。

 俺は続けて数発、腰の横から真っすぐな軌道の突きを打ち出す。

 上体を左右に揺らして突きを避けるロイの横顔に狙いを定めると、片脚を軸にして体を反転させ、下から弧を描くように蹴りを放った。


「ぐふ…っ」


 横顔に蹴りが直撃し、ロイはたたらを踏んだ。


「ふぅ…、危ない危ない。君のその動きは、東側の地方の格闘技…『カラテ』だな。実にいい動きだ。」


 そう言って頭を軽く振って、不敵な笑みを浮かべる。


(蹴りの当たり具合が浅かったか…)


 両拳を顎の前まで上げたロイが一気に間合いを詰める。それ応戦して、互いに拳の応酬を繰り出す。

 母トウカ・ヘルフィールドから習った格闘技…カラテ。時折、蹴りも織り交ぜながら拳を放つ俺の動きに対して、ロイは上半身を振り子の様に揺らして攻撃を避けつつ、素早いパンチを放つ。


「私も貴族の嗜みとして、拳闘をマスターしているんだ。殴り合いなら少しは自信あるよ。」


(ロイ・シペッツェ…、魔物使いの上に接近戦も強い。)


 出来れば、人間は魔法で傷つけずに格闘で取り押さえたかったが、そんな簡単な相手ではないようだ。

 間合いを離して、人差し指でロイの脚に狙いを定める。


(…ならば、脚を狙って動きを止める!―火弾!)


 脚を狙って弾丸の如き火の塊を放つも、ロイは後ろに跳んでそれを避けた。

 的が無くなった火弾が車両の床を焦がす。


「脚を狙って機動力を無くさせるつもりかい。真面目そうな若者かと思ったが、意外とやる事が姑息だね。」


 狙いがバレては当てることは難しいと思い、人差し指の狙いを脚からロイの体に移す。

 ロイは動揺せず、顎を振って俺の後方を示す。


「…私ばかりを気にしていていいのかな?」


「なに?」


「うわあああああ!」


(…!?)


 男の子の叫び声に振り向く。

 隣の車両に移るために出口に向かっていたアイシア達を阻む様に、ドアの前に五体のゴブリンが立ちはだかっていた。


「く…っ」


 泣き叫ぶ男の子を庇う様に、強く抱き寄せるアイシア。

 ゴブリン達が背にしている車両の扉を見ると、紫煙で描かれた魔法円が浮かんでいる。

 その煙を辿っていくと、発煙元は先程ロイが指で圧し折って捨てた葉巻からであった。


(くそ、あの葉巻はまだ死んでいなかったのか!)


『ブルァ…』


 ゴブリン達が涎を垂らして、アイシア達にジリジリと近づく。


「うわああ、怖いよぉ!お姉ちゃん!」


「大丈夫。大丈夫ですから、安心して…」


 男の子を宥めながら、ゴブリンを凝視するアイシアの頬に汗が伝う。


「アイシア!」


「君の相手は、私だろ?」


 ロイの方に視線を移すと、ロイは新しく火を付けた葉巻の紫煙で魔法円を描き、さらに四体のゴブリンを召喚していた。


「まだ使役するゴブリンがいるのか!?」


「ハハハ!この数のゴブリンを相手にどう切り抜けるか見せてみろ…、トウヤ・ヘルフィールド。」


 ロイは声を落として、俺の名を呼ぶ。


(この人、俺の事を知っている…?)


「君の本当の力…教祖の娘を退けた力を、この私に見せてみろ。」


(やはり、知っている…俺が邪神であることを!)


 使うべきか…、邪神の力を。


(魔物を創造する邪神の力を使って強力な魔物を創り出せば、ゴブリンどもを倒せるかもしれない。だが…)


 邪神の力を使えば、また邪神の神気が暴走してしまう危険もある。

 現在、この場には大宮司様はいない。邪神の神気が暴走してしまったら、誰も止められない。


(大宮司様は、封印魔法により邪神の力を抑えたから暴走することは無いと言っていたが…)


 邪神の力を使えば、何か良くない事が起こる…。直感的にそう思い、邪神の力を使うことを躊躇ってしまう。


(どうする…、どうすれば)


「トウヤ君!私達の事は気にしないで、自分を守ってください!」


「な、そんなわけには…」


『ブルルァアアー!!』


 高い声を上げて、五体のゴブリンがアイシアたちに襲い掛かろうとする。


(アイシア!)


「風魔法…『旋風ツイスト』!」


 アイシア達を囲ように螺旋状に流れる強風が発生し、近づくゴブリン達を吹き飛ばす。


「ブルェ…ッ!?」

「ブヘッ!」


 ゴブリン達は壁や天井に体を強く打ち付けて、意識を失った状態でバタバタと床に落ちていく。


(すごい!子供を庇いながらも、あの数のゴブリンを倒すなんて)


 と驚くのも束の間。外で大きな爆発音が轟く。


(なんだ…―っ!?)


同時に車両が大きく揺れた。


「きゃっ!」


「うわあっ!」


 アイシアと男の子がバランスを崩す。倒れそうになる男の子を身を挺して庇い、アイシアは座席に体をぶつけてしまう。


「うぐ…っ、大丈夫ですか?怪我してませんか?」


「うん…。ありがとう、お姉ちゃん。」


(っ、まずい!)


 立ち上がろうとする二人の近くに、紫煙の魔法円が浮かぶ。

 俺は、アイシア達の元へ走り出した。


「アイシア!」


「へ…?」


 アイシアの死角に描かれた紫煙の魔法円から一体のゴブリンが飛び出して、二人に襲い掛かろうとする。



『ブルルァアア!』


(させるか!―火弾!)


 火の塊を放ち、ゴブリンを撃ち倒す。


(よし、間に合った――)


「お姉ちゃん、後ろ!」


 男の子が叫ぶ。


「…っ!?」


 先程召喚されたゴブリンと別の死角に紫煙の魔法円が浮かび上がり、そこからもう一体のゴブリンが飛び出して、剣を振り上げる。

 アイシアは男の子だけでも守ろうと、咄嗟にその小さな体を抱き寄せる。


『ブルァッ!!』


 ゴブリンが思いっ切り、剣を振り下ろす。


 ――ザンッ


 何かを切り裂く乾いた音と共に、俺の背中に熱が走った。


「ぐっ、ああッッ!!」


「トウヤ君!?」


 アイシアとゴブリンの間に割って入り、背中を切られた俺はその場に膝を付く。

 切られた傷が熱くなるのを感じると同時に、背中が血でに濡れていく嫌な感触から、深く切られた事を理解する。


「ぐぅ…っ!」


 追撃をしようとするゴブリンに振り返りながら人差し指を向け、その頭に火弾を撃つ。


『ブヘェッ!』


 ゴブリンがその場で崩れるのと同時に、俺も(うずくま)ってしまう。


「お姉ちゃん!このお兄ちゃん、血が凄い出てる!早く助けないと!」


「トウヤ君、しっかりしてください!今、治癒魔法で応急処置を…」


「そうはさせないよ、お嬢さん。」


 いつの間にか近づいて来たロイが、アイシアの横顔を殴る。


「ぐぁっ…!」


「お姉ちゃん!」


 不意に殴られた衝撃で、床に倒れるアイシア。

 その隙に、ロイと一緒に来たゴブリン達に俺の体が引っ張られる。


「くっ、トウヤ君!」


「あ、アイシア…」


 引き離される俺に、上体だけ起こしたアイシアが手を伸ばす。

 その手を取ろうと手を伸ばすも届かない。

 切られた傷が深く、俺は意識が朦朧として体に力が入らなくなっていた。


「君は連れていくよ。()()()の命令だからね。では、強いお嬢さんと運よく生き残った乗客の少年、さらばだ。」


 紫煙が隔てる様に俺とアイシアの間に漂うと、そこを切り口に車両の半分が切り離された。


「トウヤ君!!」


 切り離された車両の半分には、ゴブリンに捕まった俺とロイが残り、アイシア達を乗せた列車に置き去りにされていく。

トウキョウから出発した列車は、岩山の崖沿いを走行していた。

急に切り離された車両の半分は、加速したまま制御不能になり、車輪が線路から外れて車体が宙に浮く。

 そして、脱線した車両は岩山から飛び降りる様に、一面が森林となっている崖下へと宙を転がりながら落下した。


(……くそ、このままじゃ…)


 崖下へ落下する車両の中、俺の意識は同じく深い闇底へと落ちていったのだった。

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