第11話 列車(特別車両)
――『シルフィード家』
初代国王とともに王国を築いた人物の一人…初代国王の弟君を始祖とした王族の一員である。
「世界を流れ往く聖なる風の様に王国を守護せよ」という願いを込め、初代国王から『シルフィード』の姓を賜り、王国建国から代々、国王を表と裏で支えてきた『国王の懐刀』と云われ、その当主となる者は王国で第二位の権力を持つとされる。
「そう!そしてこの私が、王国で第二位の権力者の娘、国王陛下の懐刀と云われるシルフィード家の嫡女、シャーロット・デュ・シルフィードですわ! 」
俺とホノカに挟まれて座るシルフィード家の嫡女…―シャーロットさんは、シルフィード家の説明を加えてながら、声高らかに自己紹介をした。
あまりの声の大きさに、周りの乗客がざわめき出す
シャーロットさんは構わず、一緒に来た女性を手で示す。
「ちなみこちらは私の侍女、エリー・ワトソン。」
「…エリーです。よろしくお願いします。」
顔の半分近くまで前髪がかかった侍女のエリーさんは、席の側で立ったままお辞儀をする。こちらは、シャーロットさんとは対象的で物静かな方の様だ。
(まさか、こんな所でシルフィード家の人と会うことになるとは…)
「皆さんお若いですわね。王都にはどういった用で?」
「俺達、王都中央高等魔法学校の生徒でして…」
「あら、そうでしたの。王都中央高等魔法学校の生徒さんということは、皆さん優秀ですのね。」
そう言われ、俺は愛想笑いをする。
ホノカ達はともかく、実はギリギリの成績で入学した俺は素直に「はい。」とは言えない。
「私の事は、フランクにシャーロットさんとお呼びください。皆さん、お名前は?」
「私は、ホノカ・イヅモと申します。」
「あっ、わ、私は、コハル・ヒノモトです。」
礼儀正しく頭を下げるホノカ。あせあせとコハルさんもそれに倣う。
「イヅモ…に、ヒノモト…ですの?」
二人の苗字を聞いたシャルルさんは、自分の顎に扇子を当てて、「へぇ~…ですの」と興味深そうに二人を見て呟く。
それに対してホノカは何も言わず、コハルさんは緊張した様子で固まっていた。
「そちらのあなたは?」
「私は…、アイシア・ヘヴンゲートと申します。」
「あら、ヘヴンゲート?」
シャルルさんが何か含みを込めた様な目で、ヘヴンゲートさんを見る。
「はい。よろしく、お見知りおき下さい。」
ヘヴンゲートさんは特に気にした様子はなく、微笑んで丁寧にお辞儀をする。
「…ええ。あなたの事は、しっかり憶えておきますわ。」
「…………」
一瞬、二人の間の空気が張り詰めたような気がしたが、何事も無いようにシャーロットさんは俺に顔を向ける。
「あなたのお名前は、何て言うんですの?」
「俺は、トウヤ・ヘルフィールドと申します。」
「むむっ、ヘルフィールド…ですって!?」
俺の名前を聞いてシャルルさんが驚き、その表情が険しくなる。
(な、なんだ?いったい…どうしたんだ?)
まさか…。俺が知らないだけで、実はヘルフィールド家には何か隠された真実が…
「知らない名前ですわね。聞いた事がありませんわ。」
「…………」
…何もないんかい。
まあ、ヘルフィールド家は小さな田舎町の一般家庭だしね。聞いた事も無いし、知らないのも当然だ。
(…って、それなら何で一回驚いた反応したんだ ? )
「ヘルフィールドなんて、物騒な名前ですわね。ご先祖様は何を思ってそんなファミリーネームを名乗ることにしたんですの?」
「さ、さあ…。俺にはわかりかねます。」
生まれた時からこの苗字なので疑問にも思わなかったが、改めて考えれば確かに少し変な名前だ。本当にご先祖様…もしくは名付けた人は何を思ってこの名前にしたんだろう。
「美女三人を侍らせてる男が、いったいどこの何者か気になっていましたが…。なんだ、ただの平民でしたの。」
侍らせてるって…。
「ふむ…。見た目は悪くありませんが、まあまあ平均的ですわね。」
俺の顔をジーっと見て、そう評価するシャルルさん。
「ちなみに、王都中央高等魔法学校の成績は如何程で?」
「え~っと、…普通くらいですかね。」
半年間の猛勉強の介あって、学校の成績は悪くない…が、特別高くもなく、平均的な位置だ。
「オホホ!学力も普通ですの。なるほどなるほど。家柄も普通、顔も普通、学力も普通…つまり、あなたは平民の中の平民…平平民民ですわね。」
扇子をバッと広げて、オホホですわー!とシャーロットさんが笑う。
(平平民民って…)
「平平民民、実に面白いですわぁ~!オホホ。これからは、ヘルフィールドなどという物騒な名前ではなく、トウヤ・ヘイヘイミンミンと名乗るが宜しいですわ。オホホ!」
(もしかして俺は今、バカにされてるのだろうか?)
しかし、不思議と嫌な気持ちにはならないので反応に困ってホノカを見ると、反対隣りに座っているホノカの目が据わっていた。
その視線は、オホホと笑っているシャーロットさんに止まっている。
それに気づいたコハルさんが青ざめる。
「ちょっと、ホノカさん…」
「お言葉ですが、シルフィード様。」
「シャーロットさん、で宜しくてよ。」
「…シャーロットさん。確かにトウヤ君は特別な一族ではないかもしれませんが、彼はそんな風に言われていい男ではありません。」
「…へぇ~。そうなんですの?」
「はい。生まれは平民ですが、彼自身は平民などでは収まらない、とても大きな器の人です。王国…いえ、世界中探しても、彼以上の特別な男子はいないと断言します。」
(ちょっ、ホノカ何言ってるんだ!?)
「ふぅ~ん…。そうですの。」
シャーロットさんはニヤニヤと笑みを浮かべて、楽しそうにホノカを見る。
ニヤついたままパァンッと音を鳴らして扇子を閉じると、その先端で俺の胸をつつく。
「平平民民のくせに、いっちょ前にモテますわね。このこの。」
「え、いや、あの…」
俺が扇子でつつかれている間、その様子をホノカは鋭い目つきで見ていた。
「ホ、ホノカさん…。顔が怖いですよ~。」
今にも立ち上がりそうなホノカに、コハルさんが小声で言う。
「まったく…。私の目から見たら、この男はどう見てもただの平民。覚えるに値しない、どこにでもいるような平凡な男子ですわ。」
「シャーロット様、それ以上トウヤ君を侮辱することは私が許さな――」
「…しかし」
俺の胸をつつく扇子がピタリと止まる。
「『この男には、何かある。』…シルフィード家としての私の勘が、そう囁いているんですの。」
(…っ)
探る様な視線を向けられ、ドキリとする。
『…え』
シャルルさんの言葉に立ち上がりかけたホノカと、ホノカを制止しようとしていたコハルさんの動きが止まる。
アイシアさんは何のことかわからず、首をかしげる。
「私のこの感は外れたことがありませんの。ホノカ・イヅモの言う通り、あなたは特別な男子かもしれませんわね。まあ、世界中の男子以上と断言するほどの特別かは、分かりませんけど。」
シャルルさんは不敵な笑みでそう言うと、俺から扇子を離した。
(びっくりした…)
邪神について何か感づかれたかと思って、少し動揺してしまった。
ホノカとコハルさんも同じくことを思ったらしく、秘かに安堵していた。
大宮司様の封印魔法のおかげで、邪神の神気は感知されないようになったが、何かの方法で邪神の事を知られる可能性もあるため油断はできない。
「…お嬢様。あまり平民の方々をからかわないでください。初めてお会いした方々なのに、失礼ですよ。」
席の横で立って、俺達のやり取りを黙って見ていたエリーさんが口を開く。
「わかっていますわ。私としたことが、平民とお話し出来て少し舞い上がっていたようです。ごめんあそばせ。」
シャーロットさんはそう言うと、先程までの不敵な笑みとは違う柔らかな表情で手を差し出す。
「先程は、からかいが過ぎましたわ。あらためまして、シャーロットですわ。シャーロットさんと呼んで結構。よろしく、トウヤ・ヘルフィールド。」
「…はい。こちらこそよろしくお願いします、シャーロットさん。」
互いに握手をする俺とシャーロットさんを見て、立ち上がりかけていたホノカは、拍子抜けしたように席に座った。
それを見て、胸を撫で下ろすコハルさん。
「というか、エリーも座ったらどうですの。」
「…どこに座るのです?」
「…………」
二人掛けの席に俺とホノカの間に割り込んで、派手なドレスが圧縮されるくらい窮屈そうに座っているシャーロットさんを見ながら、エリーさんが問う。
「狭いですわ!この席は、なんでこんな狭いんですの!?」
「お嬢様、その席は定員二名です。なので、お嬢様が座れば狭くなるのは当然です。」
「……言われてみれば、そうですわね。」
俺達の席の横に立っているエリ―さんが、淡々とした口調で諭し、シャーロットさんは素直に頷く。
「でしたら、俺が席を立つので、こちらにズレて座ってください。」
俺が席を譲ろうと席を立つと、袖をクイッと引っ張られる。
「お気遣いなく、その必要はありませんわ。私は、同じ目線と対等な位置で平民たちとコミュニケーションを取りたいんですの。あなたに席を立たれると、まるで私が平民から無理やり席を奪った、迷惑な悪徳貴族みたいですわ。」
「…二人しか座れない席に割り込んで座っている時点で、充分迷惑だと思いますが。」
エリーさんがボソッとつっこむ。
「そ、そんなことないですわ!私は、平民と膝を交えてお話をしようと…そうですわ!」
シャーロットさんが何かを思い付いて、立ち上がる。
「皆さん、特別車両にいらしてくださいな!うん、それがいいですわ。」
『え?』
特別車両は貴族の人しか入れないはずなのだが…。
「私が招待すれば、何の問題も無いですわ。さあ、行きますわよ!」
「え、あの…」
「ちょっと…」
俺とホノカの手を引っ張って、歩き出すシャーロットさん。
俺はホノカと顔を見合って、どうしようかと視線で訴えるも、お互い手を振りほどくわけにもいかないので、そのままシャーロットさんについて行くことにする。
「はあ…。まったく、仕方のない方ですね。お二人も、よろしければご一緒にどうぞ。」
「え…、はい。」
呆気に取られていたコハルさんとアイシアさんであったが、エリーさんに誘われて、俺達の後を追う。
他の乗客の視線を集める中、車両の奥に進み、一般乗客用の最終車両の出口に向かう。
特別車両の入口に立っている二人の警備兵は、シャーロットさんの姿を見つけて姿勢を正す。
「警備の人達、お勤めご苦労様ですわ。」
ねぎらいの言葉をかけるシャーロットさん。二人の警備兵が、一緒に来た俺達を見て怪訝そうにする。
「シルフィード様。失礼ですが、ご一緒の方々は一般車両のお客様ですね?申し訳ありませんが、ここから先は貴族の方しか入れませんので。」
警備兵達はどうやら特別車両の乗客の顔は憶えているようで、俺達に一般車両に戻るよう促す。
「構いせんわ。この平民達は私の友人。お通しくださいな。」
「し、しかし…」
「ふん、行きますわよ。」
困り顔で見合わせる二人の警備兵を他所に、シャーロットさんは俺とホノカの腕に自分の腕を引っかけて、そのままズンズンと特別車両に入ろうとする。
警備兵は慌てて特別車両の入口を開け、俺達ごとシャーロットさんを通した。
「…うちのお嬢様が、ご迷惑をおかけしました。」
「い、いええ…」
エリーさんは警備兵達に頭を下げると、コハルさんとヘヴンゲートさんを連れて、俺達の後に続く。
特別車両に入ると、
(おお…)
一般車両と比較にならない内装に内心息を漏らす。
特別車両は一般車両より車体が大きいのか、車内の空間は一般車両と比べて広く感じられ、通路には高価そうな絨毯が敷かれており、壁から天井までは金箔が張り巡らされている。
客席は全席が柔らかそうなソファーになっており、向かい合わせの席と席の間隙は、足が伸ばせそうなくらい広く、その間にはティータイムを楽しむための漆塗りのテーブルがあり、給仕らしき従業員が乗客のテーブルに料理や飲み物を運んでいる。
シャーロットさんに引かれるがまま付いて行く途中、特別車両の乗客たちはシャーロットさんに気付いて挨拶するも、引っ張られている俺達を見て、頭に疑問符浮かべていた。
車両の後方、他の客席よりもさらに広いスペースのある客席に辿り着く。
「ここが私の席ですわ。ささ、皆さんお座りなさいな。そこの給仕の方、お茶とお菓子をこちらにお願いしますわ!」
ふかふかの席に座ると、シャーロットさんの呼び出しに応じた給仕の人達が即座に集まる。
向かい合った席の間のテーブルに、お菓子が乗せられたティースタンドと、ピカピカに磨かれたティーカップとソーサーが置かれ、ポットを持ってきた給仕がサッと登場してカップにフルーティーな香りが漂う暖かい紅茶を注ぐ。
「さあ、どうぞ遠慮なく召し上がり下さい。私から、皆さんへのお近づきの印ですわ。」
『…………い、いただきます。』
席に着くなり、あっと言う間にお茶会の席が完成したことに驚きつつも、俺達は素直にシャーロットさんの好意を受け取るのであった。




