第13話 魔物使い②
――トウヤとアイシアが、最後尾車両へ向かった後の事。
「…行かせて良いんですの?ホノカ・イヅモ。」
トウヤ達が隣の車両に移動すると、ティーカップから漂う紅茶の香りを楽しんでいたシャーロットが、ホノカに問いかける。
「何か問題でもあるのですか?」
カップに口を付けようとしていたホノカは、シャーロットの質問の意味がわからず、質問を返す。
「いいえ。男女が一緒にお手洗い…お花摘みに行くなんて、ずいぶんと仲がよろしいですわね。もしかして…、お二人は個室でいかがわしい事でもなさるのかなって、思いまして。」
ホノカの隣で紅茶を飲んでいたコハルがブーっと咳き込む。
「けほっ…え、そうなんですか?ホノカさん。あの二人はそんな仲だったんですか~!?」
「コハルさん…、そんなわけないだろう。トウヤ君とヘヴンゲートさんは、今日知り合ったばかりだぞ。さっき自己紹介していたのを、コハルさんも見ていただろう。」
「あっ、そ、そうでしたね。あはは…私ったら…」
「シャーロットさんも、変な冗談はお止めください。本人たちが聞いたら不快な思いをしますよ。」
「あら、そうですの?でも、アイシア・ヘヴンゲートは私から見てもかなりの美人ですわ。もしかしたらその美貌で、トウヤ・ヘルフィールドの心は奪われるかもしれませんよ?」
「…そうなったとしても私には関係ありません。トウヤ君が誰を好きになったとしても、それは本人の自由です。」
「あるいは…、二人っきりになった途端に、ヘヴンゲートを異性として強く意識したヘルフィールドは、衝動的に彼女に襲い掛かったりなんかしたりしましたり?」
「…トウヤ君に限ってそんなことは、ありません。」
シャロートの冗談を平静な態度で受け流すホノカ。だが、ティーカップの取っ手を摘まむその指には少し力が入っていたのを、シャーロットは見逃さないかった。
「でも…トウヤ君、眠ってた私の胸を触ってましたよね~」
「あら、まあ!…まあ、コハル・ヒノモトは大きいですものね。」
シャーロットはそう言いながら、コハルの胸部に視線を落とす。
隣で聞いていたエリーも同じところに視線を移すと、
「…あ~、なるほど。」
と納得したように頷く。
「ちょっと、お二人とも。どこを見て納得しているのですか~!?」
パキッと、ホノカが摘まんでいたカップの取っ手が折れる。
「本人も言っていたが、あれは不可抗力だぞ。…コハルさん。」
「ひぃ~っ!?ホノカさん、笑顔がこわいですよ~。」
「オホホ。ホノカ・イヅモはわかりやすくて、面白い方ですわね。」
「お、面白くありません!」
シャーロットはティーカップを静かに置くと、優し気な眼差しでホノカを見つめた。
「それで?ホノカ・イヅモは、トウヤ・ヘルフィールドのどこに惚れたんですの?」
「ブーっ!?」
シャーロットの質問に、新しいカップで紅茶を飲んでいたホノカは思わず吹き出す。
「それは私も興味があります。是非、お聞かせください。」
「エリーさんまで…。シャーロットさん、ご冗談はその辺で…」
からかわれていると思って抗議しようとするホノカであったが、シャーロットの優し気な表情に、溜息をついて話すことにした。
「初めてトウヤ君を知ったのは、入学してすぐです。入学したばかりだというのに、学校の図書館で一生懸命に勉強しているのを見て、最初は真面目な生徒だな…という印象でした。それから休み時間や放課後に図書館に行くと、彼が決まった席でいつも勉強していることを知りました。その努力する姿勢に好感がを持つようになり、それから少しずつ気になり始めて…。気づけば、私は彼の様子を見に図書館に行くようになっていました。それで…えっと…」
『…………へ~』
頬を少し赤らめたホノカの話を聞き、三人は納得と感心、意外という反応をして紅茶を啜る。
「へ~…、とはなんだ!興味が無いのならこの話は終わりだ。」
「い、いええ。なんだか、青春だな~って。」
「つまり、ヘルフィールド君の人間性に惚れたという事ですね。なるほど。」
コハルとエリーがそれぞれ感想を言う。
「ほ、惚れたのではない!少し、好感が持てただけです。」
「…なるほど。つまり、好感度が上がって惚れたのですね。」
淡々とした口調でそう言いつつ、両手でハートの形を作って見せるエリー。
「…キュンなんですね。」
「そんな感情の込もってないような言い方で言われても…」
「確かに、トウヤ・ヘルフィールドは真面目で素朴な男子という印象ですわね。
私はてっきり、あなたが言ったように彼には特別な何かがあり、そこに惹かれたのだと思ってましたわ。」
シャーロットは顎に指を当てて、少し予想が外れたように言う。
「シャーロットさんは、さきほどトウヤ君には何かある…シルフィード家の感がそう言っていると、おっしゃっていましたが、シャーロットさんは本当にトウヤ君から何かを感じ取ったのですか?」
ホノカが探る様にシャーロットに問う。
シャーロットは隣に座るコハルから緊張が伺えたような気がした。
「…そうですわね。と言っても、本当にただの勘。あなたの言う、彼の特別な何かは皆目見当もつきませんわ。」
「…そうですか。」
話を切り、二人は同時にカップに口を付けた。
シャーロットはカップ越しにホノカを見て、考える。
(列車に乗ってからずっと感じているこの不安感…。これは、トウヤ・ヘルフィールドから感じた何かに関係するのでしょうか?コハル・ヒノモトも何か知っているようですが、聞いても二人は教えてくれなさそうですわね。)
紅茶を飲み干してカップをソーサーに置くと、シャーロットは思い出してトウヤ達が出ていったドアに視線を向ける。
「そう言えば、あのお二人なかなか帰ってこないですわね。まさか、本当にいやらしいことでも!?」
またしてもパキッと、ホノカのカップの取っ手が折れる。
「ひい~っ」
「もう…。お嬢様、あまりイヅモさんをからかわないでください。」
エリーが呆れたようにそう言うと、トウヤ達が出ていった方とは反対の扉が勢い良く開かれ、直後に悲鳴が上がる。
「な、何だ貴様ら!?」
「きゃあーっ!?」
四人が悲鳴の上がった方へと顔を向ける。
「何事ですの!?」
「全員動くなぁ!この列車は、我々…『暁の福音』が乗っ取った。」
「死にたくなければ、大人しくしていろ!」
そう叫ぶ人物は…、特別車両の入口を守る警備兵の二人であった。
二人の手には抜き身のサーベルが握られており、その刃は鮮やかな血で濡れていた。
「あの警備兵達、暁の福音の団員だったのか…」
ホノカの目付きが鋭くなる。
暁の団員だという警備兵達の後に続き、駅員の格好をした人物が五体のゴブリンを連れて車両に入って来た。
「魔物!?」
「何故車内に魔物がいるんだ!?」
ゴブリンを見て、壁まで後ずさる乗客達。
「…あの者、魔物使いです。」
ゴブリン達を連れて歩く駅員を見て、確信するエリー。
「そのようですわね。…あなた達、本物の警備兵と駅員はどうしました?」
特別車両の警備兵は、乗客である貴族の護衛も兼ねているので、身元がはっきりしていて信用のある選りすぐりの者が就く。
そのためシャーロットは、ゴブリンと共に現れた駅員と警備兵が途中から入れ替わった偽物だと考えた。
警備兵に成りすましていた団員の一人が、シャーロット達の席の前に近づく。
「シャーロット・デュ・シルフィード。我々と一緒に来てもらおう。」
「あら、私をご指名ですの?悪いですが、今は友人達とお茶してますので、デートのお誘いならお断りさせていただきますわ。」
「そんな風にふざけてられると思うなよ。特別車両を守る警備兵は全員片付けた。現在、この車両に乗っている貴族を守る者はいない。痛い目に遭いたくなければ、大人しく従うことだ。」
「オホホ。平民を連れて特別車両に乗ろうとした私を止められなかった偽警備兵風情が、随分と強気ですわね。」
「…もう一度だけ言ってやる。我々と一緒に来い。来なければ、貴様に危害を加えるだけでなく、この車両に乗っている貴族全員を皆殺しにする。」
「面白いジョークですわ。やって見なさい。…後悔させてあげますわ。」
警備兵がサーベルを振り上げ、シャーロット目掛けてその刃を振り下ろす。
しかし、魔法で小太刀を出現させたホノカがそれを防いで止めた。
「貴様…っ!」
「良い動きですわよ。ホノカ・イヅモ。」
振り下ろされる凶器と自分の間に素早く割って入ったホノカを褒めるシャーロット。
ホノカは小太刀で受け止めた警備兵のサーベルを摺り上げるように上に流すと、
「はあっ!」
万歳のような体勢でガラ空きになった警備兵の脇腹に小太刀の峰を打ちつけた。
「ぐああ…っ!」
肋骨が折れた激痛で脇腹を抑える警備兵。間髪入れずホノカの小太刀が、警備兵の手を斬り落とした。
「ああああああ!」
サーベルを持ったまま手が落ちて、切り口から血を噴き出しながら警備兵は膝を付いて蹲る。
「小娘っ、お前何者だ!?」
もう一人の警備兵の恰好をした暁の福音の団員が、サーベルを片手正眼に構える。
「…ちっ。何者だ、あの女は!行け、ゴブリンども!」
ホノカを脅威だと思った駅員…魔物使いは、ゴブリンに指示を出す。
『ブルァアアー!』
剣を持ったゴブリン達がホノカへと駆けだす。
突然始まった戦闘に車内中悲鳴が上がる中、ホノカは一本の小太刀を手に、狭い通路を真っすぐ突き進んでゴブリン達を向かえ討つ。
「………。」
鋭い視線がゴブリン達をしっかりと捉え、柔らかく握った小太刀を操る。
一体目、振り落とされた剣を受け流した後にその鎖骨から対角線の脇腹へと袈裟斬りにし、
二体目、一体目を袈裟切りにした後に速攻で下から斬り上げ、
三体目、振り上げようとする腕を斬り落とした後に横一文字に首を斬り、
四体目、飛び掛かって来たところをスレ違い様に脇腹を深く斬り裂き、
五体目、動く前に一気に間合いを詰めて眉間へと刃を突き刺した。
『ブァ…ァ…』
目にも止まらない常人離れしたホノカの剣技によって、五体のゴブリンが鮮血を流して転がっていく。
「この…小娘がぁ!」
サーベルをバックハンドで横薙ぎに振るう警備兵。
ホノカは急激に身を低くして躱すと、そのまま警備兵の両脛を斬りつけた。
「がぁああっ!!?」
「……………。」
立つことが出来ず苦痛の表情で這いつくばる警備兵を尻目に、ホノカは淡々と血振りをして、残る敵を見据える。
「ブラヴォーですわ!ホノカ・イヅモ。」
一瞬の攻防に乗客が唖然として静かになった車内に、シャーロットの称賛の声が響く。
「あの小太刀…、私の記憶に間違いが無ければ『小烏丸』ですね。東側の地方に古くからある名刀です。」
「エリーが言うのなら、間違いないのでしょう。」
「しかし、現存する『小烏丸』は東西合わせても、三本も無いと聞いたことがあります。それをイヅモさんが持っているとは…」
「ホノカ・イヅモほどの剣の達人ならば、名刀を持っていても不思議ではありません。ですわね?コハル・ヒノモト。」
「え、あ…はい。そうですね~。」
ホノカは半身になり、切っ先を相手に向けた片手正眼の構えをする。
「駅員に成り済ました暁の福音の者、大人しく捕まるのならば私もこれ以上は攻撃しない。だが抵抗するならば…、斬る。」
「ちっ…」
「そうですわよ。大人しく捕まるならば、懲役刑だけで済ましてあげても良くてよ?」
「なめるな小娘ども!誰が、お前らになんか捕まるかよ!」
後ずさった魔物使いは腕を高く上げ、パチンッと指を鳴らした。
(…っ!何かくる!?)
何かの気配を感じて、ホノカは天井を見上げる。
すると車体が大きく揺れ、天井が何か強い力で引き剥がされた。
「きゃああああ!」
「うわああっ!」
「あ、あれは…!」
木片が降る中、乗客が半壊した車両の天井を指差す。
そこには大きな翼を生やし、鋭い嘴の付いた鳥の頭部と鋭い爪を備えた趾、後ろ足に蹄が付いたの四つ脚の魔物…――『ヒポグリフ』が三体、列車の上空を飛んでいた。
『ピィーーーー!!』
「ヒポグリフ!?それも、三体とは」
現われた大型の魔物を見て、シャーロットの顔が険しくなる。
三体のヒポグリフは強靭な趾で持ち上げた車両の屋根をどこかへ放り捨てると、その内の一体に魔物使いが飛び乗る。
岩山沿いを走行している列車の上空を、獲物を狙う猛禽類の如く、ヒポグリフが飛び回る。
「シルフィードの娘も連れ去れと言われていたが、予定変更だ。シルフィードの娘ごと列車を破壊する!ヒポグリフども、やれぇ!」
三体のヒポグリフが嘴を開ける。すると、その口の中が光を発した。
「まずいですわ!」
危機感を感じたシャーロットが立ち上がろうとする。だが、それよりも早く他の人物が席を立った。
「シルフィードの娘、小太刀の娘、…そして貴族ども。死ねえー!!」
三体のヒポグリフの口から発する光がさらに光量を増し、駅員の言葉を合図にその口から光線が放たれる。
直線状に進む長い光が、目標物を破壊しようと空を切って列車に向かう。
「させない!――鏡魔法『大鏡』!!」
コハルが掌を上空に向けると、半壊した車両の天井を覆い隠すほどの巨大な円い鏡が出現した。
コハルの魔法で出現した鏡の表面に三本の光線が着弾すると、鏡に反射して跳ね返り、三本の光線は一体のヒポグリフに直撃した。
『ピィ―――!!』
耳鳴りの様な鳴き声を上げて、黒焦げになったヒポグリフが墜落する。
「くっ、まさかこちらの攻撃が跳ね返されるとは…!」
「お見事ですわ、コハル・ヒノモト!
魔物使いのあなた、最後にもう一度だけ忠告しますわよ。大人しく、降伏なさい。さもなければ…」
(くそがぁ!ならば、岩山を崩し、瓦礫で列車を圧し潰して崖から落とす!)
魔物使いはシャーロットを無視し、二体のヒポグリフの翼を大きく羽搏かせて列車から離れていった。
「逃げる気か!?」
「違いますわ、ホノカ・イヅモ。敵はおそらく、今列車が走っている岩山を崩壊させて、その瓦礫で私達を圧し潰しながら崖から落とそうとしているのでしょう。」
扇子を開いてパタパタと自分を扇ぎながら、ヒポグリフが飛んでいった方を、じっと見るシャーロット。
「…ですが、そんなことは、この私がさせませんわ。」
扇ぐ手を止め、鋭い視線で空中の敵を捉える。
「よし、ここまで来たら大丈夫だろう…。」
飛行して列車から充分に距離を取ったと、安堵する魔物使い。
自身の安全を確保しつつ、空中という有利な場所から一方的に攻撃出来ることに勝利を確信する。
二体のヒポグリフの嘴が大きく開き、遠くから見てもかなりの光量があるとわかる程の光を溜めて、列車が走行している岩山の上部を狙う。
「その列車がお前らの棺だ!くたばれぇ、貴族どもー!!」
「――とか何とか叫んでいるんでしょうけど、残念ながら、おくたばりになるのはあなたですわ。」
パンッと扇子を閉じて、上空を高く飛んでいる二体のヒポグリフを指す。
「『爆発魔法』…――」
手のひらサイズ程の小さな幾何学模様をした魔法円が、二体のヒポグリフの前に出現する。
「な、なんだっ!?」
突如目の前に現われた小さな魔法円に慌てる魔物使い。嫌な予感に、ヒポグリフの攻撃を中止して即座に魔法円から離れようとする。
だが、既に遅かった。
小さな魔法円が赤く発光する。
「――『爆ぜる惑星』!!」
小さな魔法円は瞬時に拡大しながら爆発を起こし、その周囲を赤く強烈な爆炎で呑み込んだ。
まるで、小惑星の大爆発。
爆発は、巨大な風船が急激に膨張した様に球形に拡がり、轟く爆音は魔物使いと二体のヒポグリフの断末魔を打ち消し、赤い爆炎はその存在を消し去った。
爆心から遠くまでその爆発の衝撃が伝わり、離れて走行していた列車の車体を震わす。
乗客達が座席にしがみついて、車両の揺れに耐える中、シャーロットは堂々と立って扇子を開く。
「ふんっ。降伏する気が無いなら、爆発すればいいですわ!」
「…お見事です、お嬢様。」
淡々とした声で、エリーは親指を立てて言う。
「す、すごい…」
「あれが、シルフィード家…」
「国王の懐刀…、その嫡女。」
シャーロットの強力な魔法を目にして、乗客達は座席から顔だけ出してざわめく。
「なんて威力の魔法だ…」
「ほえ~…」
ホノカとコハルはその桁違いの火力と、それを使用するシャーロットの技量の高さに驚嘆していた。
「さて、ここに来た悪者は倒しましたが、他の車両は無事でしょうか?」
シャーロットの言葉に、ホノカ達がハッとする。
「トウヤ君、アイシアさん…!」
「そうです!お二人は大丈夫でしょうか?」
「…二人が心配ですね。お嬢様、最後尾車両に行きましょう。」
「ええ。そうですわね。」
四人が最後尾車両に辿り着くと、車両は半分切断されて無くなっており、残った半分には、泣いている小さな男の子と一緒に無くなった車両の向こうを呆然と見ているアイシアがいた。
「…アイシアさん、トウヤ君は?」
車内に横たわる乗客やゴブリンの亡骸に驚きつつも、トウヤがいないことに気づいたホノカは、不安が入り混じる声でアイシアの背中に問い掛ける。
「…ごめんなさい」
アイシアの消えそうな一言に、ホノカの胸が強く締め付けられる。
「そんな…まさか」
「私のせいでトウヤ君が…ごめんなさい!」
肩をひどく震わせて悲痛な声で言うアイシアにそれ以上何も言えず、ホノカは頭の中が真っ白になって膝から崩れるのであった。




