21.夜は無慈悲に平等に 壱
そうして旅は続いていく。
その後は大きなトラブルもなく、目指す国境まではあと少しというところまで来た。
新しくクロろんが加わったことで、旅路は今まで以上に明るいものとなった。
小さな身体のわりに驚くほど食欲旺盛なクロろんは、人間の食事に乱入しては自分より大きな食材に挑みかかることもしばしば。
そのたびにラグナが首根っこを掴んで放り投げているのだが、クロろんにとってはそれすら遊びの延長として受け止められているらしい。放り投げられたばかりのラグナにそのままじゃれつくのが一連の流れになりつつある。
その無邪気な振る舞いに絆されたのか、クロろんに対するラグナの態度もだいぶ軟化してきた。当初は視界に入れるのも嫌々といった様子だったのだが、最近は名前呼ぶ声にも優しさが混じってきた。
両者の距離は順調に縮まっている、と思っていたのだが……
「なーんか最近、クロろんがラグナのこと避けてるんだよねー……」
せっかく縮まったハズの距離が、また離れてしまったのだ。共生派のアーヤとしては、残念なことこの上ない。
「冥夜が近づいて向こうも気が立ってるんですかねぇ、」
「冥夜?」
「二つの月が消える、夜女神の眠る晩のことです。女神の加護のないその夜は、魔物が騒ぐ。クロろんも大人しいとはいえ魔物ですから、その影響は受けるのかも。」
「うーん……」
懐に潜ったまま出てこないクロろんを服の上からそっと撫でながら、アーヤは首をかしげた。
落ち着きをなくしているというよりも、クロろんの様子はどちらかというとラグナのことを殊更恐れているように見えるのだ。
少し悩んだが、だからといって二人を無理に近づけても逆効果だろうなと、そっとしておくことにした。
面倒見が良くて優しいラグナが相手なのだ。クロろんも怯える必要がないことにすぐに気付くだろう。
――そんなことよりもアーヤにはいま、それ以上に気になっていることがあった。
「さ、休憩終わりっと。じゃあ出発しますかね……っと、どうしました?」
一見いつも通りの、飄々とした態度で立ち上がるラグナ。その裾を、ぐいと掴んで引き留めた。
不思議そうに振り返るラグナの顔を、穴が開きそうなほどじぃっと見つめる。
今朝から少しぼぅっとしてることが多かったり、会話が微妙に噛み合わなかったり。なんとなくラグナの様子に違和感を覚えて、ずっと気になっていたのだ。
それを踏まえて至近距離でしっかり観察すると、うっすらと汗ばんだ額といつもより潤んだ瞳が目に入る。
(これは、もしかして……)
ラグナの後頭部に手を伸ばし、自身は背伸びをして彼の頭を引き寄せる。
「ちょ、アーヤ何を……」
ラグナの端正な顔立ちが、息遣いを頬に感じるほどすぐそこまで迫る。戸惑うラグナの瞳と、すぐそばで目が合う。
普段の彼を知らなければ気づかないであろう、少し苦しそうな息遣い。気づけば頬も、赤く紅潮している。
コツン、と互いの額が当たった。
「あーっ、やっぱリー!」
予想通りの結果に、思わず大きな声が漏れた。
「???」
訳がわからない、と目を白黒させるラグナにアーヤはびしりと指を突きつけた。
「ラグナ、貴方、熱がある!今日は速やかに宿を取って、休みましょう!」
ぎくり、とラグナの身体が強張った。
「あー……冥夜が近づくと調子悪くなるのはいつものことなんで、そんなに気にしなくても……」
「いつものことって、つまり体調良くないのわかってたってことですか⁉︎どうして言ってくれないんです!水を汲むとか馬具を装着するとか、そんなの私に任せてくれれば良かったのに!」
心配な気持ちが先走り、つい語調が荒くなる。
「あー……スミマセン、」
その勢いに圧されて、ラグナが気まずそうに頬をかきながら謝罪の言葉を口にした。
慌てて首を振る。ラグナを責めている訳ではないのだ。
「違うんです、違うんです!ラグナに頼り切りな自分がつい情けなくなっちゃっただけで!とにかくっ、今日はもう無理はさせませんからね?さっさと宿屋に行って、しっかり休息をとりましょう!」
「はいはい、仰せのままに……と、」
面倒くさそうに、でも少し唇を緩めて頷きかけたラグナが、突然真顔になった。
途端に弛緩しかけた空気が、一気に張り詰めたものとなる。
「……血の臭いがする。」
「え?」
ボソリと呟くや否やラグナはその場から飛び出そうとする。慌てて服の裾を掴んで引き留めた。
「そんな、ダメだよ、体調が悪いのに……」
「だいじょーぶだいじょーぶ、無理はしません。危ないですからアーヤはここで待っていてください。」
やんわりとラグナの服を握る手を外され、行き場を失くしたアーヤの右手がだらりと下がる。その手を力なく握りしめた。
ね?といつも通りの笑顔で笑いかけるラグナに、却って焦燥感が募っていく。
( また、私は何の役にも立てないでいる……)
自らの不甲斐なさに、思わず歯を食いしばる。ギリ、と奥歯が軋む音がした。
「そんな顔しないで。俺はだいじょーぶですから。」
困った顔で微笑んで、ラグナがくしゃりとアーヤの髪を撫でた。彼の顔をまともに見ることができなくて、アーヤは俯いたまま……ただ小さく頷く。
「じゃあ、そこに居てくださいね。ポッチのことも頼みましたよー!」
努めて軽い調子でそう言うと、ラグナは立ち並ぶ木々の隙間を縫うように駆け出していく。木々の緑に紛れ、その背中はすぐに見えなくなってしまった。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
――ラグナの姿が完全に見えなくなって。
アーヤはふらふらと地面に座り込んだ。
わかっている。自分が無力なことくらい。
タダの女子高生だった自分にできることなんて、そう多くない。
体育座りで力なく座り込んだ。ピィピィと心配そうに呼びかけるクロろんに反応することもなく、アーヤはしばらく思考の沼に沈んでいく。
――そうしてしばしの間落ち込んでから。
「よしっ、自己嫌悪タイム終了っ!」
わざとらしいほど明るい声をあげて、勢いよくアーヤは立ち上がった。
「ピィー?」
「ごめんね、クロろん。心配させちゃって。」
気遣わしげに見上げるクロろんを一通り撫でてから、アーヤは真っ直ぐに顔を上げる。その瞳に、先ほどまでの落ち込みはもう無い。
自分にできることがそう多くないのは、最初から分かっていた。
それでも、異世界に来た当初から抱いている決意に変わりはない。
(――私は、私のやれることをするだけ。)
ラグナは「血の臭い」と口にしていた。であれば、怪我人を連れてくる可能性は高い。
自分にできることは周辺の薬草の採取、そして煮沸した水の用意……それ以外に何があるだろうか。
すぅと息を吸えば、アーヤの瞳には強い意志が宿る。
「うん、忙しくなるぞー!」
自らを鼓舞するように、両手を空へ突き上げた。
ラグナが血を苦手としているのは、普段の行動から薄々察している。それなら、怪我人の手当てで自分も役に立てるかもしれない。
体調が悪そうだったラグナが、すぐ街に向かえるような準備もしておかなければ。
――そして、もちろん。
彼が戻ってきた時には「おかえり」と言ってラグナを迎えるのだ。
きっとそれが、彼の望んでいることだから。
前半部分、冗長な気がするしてきたので大幅改稿をする予定です。
良いアイデアありましたら、コメントお願いします。




