疑惑のスイーツ
窓辺で練り玉が乾燥したことを確め、ロザリアが練り玉を紙にくるむ。
「姫様、エミリア様は王宮にいらしているようです。」
すべての練り玉を包み終えたころ、女官長にエミリアの所在を尋ねてきたマリアが、軽く息を切らせながらロザリアに声をかけた。
「どこ?」
「それが、お茶会ではなく図書室にいらっしゃるそうです。」
「図書室?」
マリアの言葉をロザリアが繰り返した。
「今日はお兄様に会いにいらして、お待ちになっているそうです。」
「そう。」
「会われますか?」
こう尋ねながらもマリアは会わなくてもいいのではないかという口ぶりだった。
マリアが疑問に思うのも仕方がないとロザリアも思う。
ロザリア自身ですら何を話そうか分からないのに…
ただ、リュミエールの傍に立つかもしれない人間がどんな人物か気になるだけ。
「行くわ。」
ロザリアは自分の気持ちが変わらないようにしっかりと言った。
「では、お供には私も。」
マリアもついて来ようとする。
「いいわ、どうせ護衛の騎士も付いてくるでしょうし。」
そう言いながら包んだ練り玉をマリアに差し出す。
「マリアにはこっちをお願いしたいから。」
マリアは不服そうに頬を膨らませた。
二人の護衛女騎士を引き連れてロザリアは図書室に向かう。
「ここでいいわ。」
図書室に入ったところでついて来た女騎士達に声をかける。
女騎士の内一人はは辺りに不審な人影がないか見回りに行き、もう一人はロザリアの邪魔にならないように間を取りながらついて来る。
面倒くさい。
ロザリアは職務に忠実な女騎士の姿に肩を竦めた。
図書室の本棚には重厚な本が整然と詰め込まれている。
書庫にありがちな紙の香りと静けさが辺りをつつんでいる。
ロザリアは本棚の間をゆっくりと歩く。
「あの。」
図書室の静かさの中、声をかけたのはエミリアではなくカエ伯爵令嬢だった。
ずいぶん印象が違う。
以前声をかけられた時は、高飛車な貴族の娘にしか見なかったのに、控え目に声をかける様子には好感さえ覚えそうになる。
「ロザリア様。」
カエ伯爵令嬢に声を返す前にエミリアが現れた。
「私のことを探されているとお聞きしました。あら?」
カエ伯爵令嬢はエミリアを見ると軽く頭を下げ、逃げるように走り去る。
「どうしたのかしら?」
エミリアが不思議そうに首を傾けた。
「それでロザリア様、どうかされましたか?」
エミリアがにっこりと微笑んだ。
「ええ。」
会って何を聞こうと思っていたのだろうとロザリアは思いつつエミリアを見つめる。
その時、エミリアの頭の上で物音がする。
思わずロザリアは動いていた。
急に時間がゆっくりと流れ出す。
「痛い。」
エミリアが尻餅をつき小さな悲鳴をあげる。
そして、エミリアが立っている場所をみると上から落ちてくるたくさんの本から頭を守るロザリアの姿があった。
「ロザリア様。」
エミリアが叫ぶ。
後ろに付き添っていた女騎士が駆け寄ってくる。
「エミリア様を。」
エミリアと女騎士の心配をよそにロザリアが大きな声で叫んだ。
女騎士が近くにあった整理用の移動棚をエミリアのほうへ向かって押す。
移動棚の車輪が嫌な音を立てて動く。
ドスン。
鈍い音とともに倒れてきた本棚が移動棚にぶつかって止まった。
女騎士はロザリアに駆け寄った。
「大丈夫ですか。」
頭から本を被ったロザリアはほこりと青あざのできた腕を見せながら笑顔を向ける。
「私より、エミリア様を。」
エミリアが信じられないと言う様子で座り込んでいた。
「どちらを、だれが狙ったのかしら。」
ロザリアは思わずつぶやいていた。
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