動き出したスイーツ
遅れて現れた女騎士に付き添われて、エミリアとロザリアは医務室へと移動する。
女官長があわてて駆けつける。
「ご無事でよかった。」
女官長がロザリアの姿を見て安心したように言った。
「ちょっと打っただけよ。」
「こんなときにマリアは何をしているのかしら。」
女官長がいらだたしげに言った。
「そう怒られると皺が増えますよ。」
低い声が女官長の後ろから聞こえた。
初めて聞く声にロザリアが視線をやると、騎士服に身を包んだ青年が立っていた。
「このものたちの上官にあたります。」
そう視線で傍に控える女騎士に目をやった。
「付いてきていただいたおかげで、大事には至りませんでした。」
ロザリアが言うと青年は目を細めた。
「お優しいお姫様だ。」
ロザリアは青年の言葉に聞こえないふりをした。
「まったくロザリア様を狙ったのか、エミリアを狙ったのか。馬鹿なことをしたな。」
青年が傍で控えるエミリアに目を細めながら言った。
「お兄様。」
エミリアがうなだれながら呟いた。
「兄?」
「ああ、一応エミリアの兄です。公爵家の次男ですから、気も楽で騎士団に所属しています。本当は他にやりたいこともあるんですが、許してもらえなくてね。」
そう軽く言う青年の言葉に女官長は眉をしかめた。
「陛下は呼んでいないのか?」
「執務室には使いをやりましたが不在のようでした。」
「残念。」
苦々しい態度の女官長と青年のやり取りの中エミリアが大きな涙をこぼした。
「本当に優しいお姫様だこと。」
エミリアが大粒の涙を流しながら、ロザリアに話しかける。
「貴方は…自分の価値を知らない。」
エミリアが悔しそうに下唇を噛んだ。
「私は、負けません。」
エミリアが泣きながら言った。
「いつも皆、私のことは後回し。」
「また始まった。」
青年がうんざりしたように言う。
妹が泣いていると言うのに青年は慰めもせず、ロザリアに話しかけた。
「こいつのことはほっといて下さい。」
エミリアも兄の言うことなど聞いていないようだった。
「皆から私をみてもらえるようになるまで…絶対、王妃になってみせます。」
子供の駄々をこねるような言い方にロザリアは思わず笑う。
「何がおかしいの。」
ますますエミリアが怒る。
「だって貴方は貴方でしょう?」
ロザリアが不思議そうに言った。
「王妃、王女…公爵令嬢そんなもの手に入れても名前だけ、中身は自分でしょ。」
エミリアは涙を止めた。
「じゃあ、貴方はどうして側室でいるのですか。」
ロザリアは苦笑した。
「小さな国でも王女が失踪すれば噂になる。国から穏便に出る方法がたまたま側室だっただけよ。」
そう、偶然。
別に弟が王位継承権1位になるまでの間、国から離れたかったという状況と偶然時期があっただけ。
それが、いつの間にかこんな状態になっている。
おかしいことだとロザリアも思った。
「でも寵妃になっている。」
エミリアが言い返す。
「名前だけね。」
無表情な女官長の眉が上がった。
「どうせ、すぐ終わるわ。」
ロザリアは何事もなかったかのように言葉を繋いでいく。
「本当に大事な人は名前なんかじゃなく、貴方を見ているはずよ。」
エミリアが無言でロザリアを見つめる。
「ごめんさい。」
エミリアの食い入るような視線に居心地の悪さを感じてロザリアは軽く謝罪する。
「…私もエミリア様のことを王妃候補筆頭としてしかみていなかったけれど…今は、お友達になりたいわ。」
「お友達?」
エミリアがロザリアの言葉を繰り返した。
「ええ、側室と公爵令嬢ではなく、ロザリアとエミリアとしてね。」
「決めました。」
エミリアは拳を握り高く掲げたあと、ロザリアの手をしっかりと握った。
「私、ロザリア様についていきます。」
痛いほど握られた手に、ロザリアは女官長と青年に助けを求めるように首を傾けた。
「こいつ影響されやすいんですよ。」
青年が肩をすくめた。
「どうやら親父に言われた王妃になれってことは忘れて、ロザリア様に夢中になったらしい。猪みたいな妹でねー。」
青年が申し訳なさそうにロザリアに説明する。
「それじゃ、陛下を探してこようかな。」
青年はそう言うと、目をきらきらと輝かせている妹をほおって外に出て行った。
「少しお休みください。」
女官長がエミリアの握った手離し、エミリアに言った。
「お姉様がいてくださるなら。」
エミリアが期待に満ちたキラキラした目でロザリアに言う。
「ええ。」
ロザリアがうなづく。
「ロザリア様もお疲れなのですよ。」
女官長がエミリアに苦言を呈する。
「いいわ。」
ロザリアが軽く答えた。
「ですが。」
「下がって…皆いたらエミリア様も落ち着けないわ、ね。部屋の外で待っていてくれればいいわ。」
女官長は渋々といった感じで引き下がった。
「外に控えておりますので。」
そう言うと部屋にはエミリアとロザリアだけ。
ロザリアがエミリアの手を握っていると、エミリアがすぐに寝息を立てる。
「さて…と。」
医務室の窓から涼しい風が入ってくる。
「まさか、こんなことになるなんて……誰が一番怒られるかしら?」
ロザリアは音を立てないように気をつけながら窓から抜け出した。




