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恋人  作者: 纏天
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第六章 消えていくもの

皆さんも土壇場でひっくり返されたことはありますか?

私は何度か経験あります

労力がすごいのでほんとにやめて欲しい

会食の翌日。


俺は、いつも通り会社へ向かった。


昨日の会食で、案件はかなり前に進んだ。


あとは最終的な条件を詰めて、発注を待つ。


そんな段階まで来ていた。


でも、俺の頭の中にあるのは、仕事のことだけじゃなかった。


紗良のことだった。


仕事をしていても、ふとした瞬間に考えてしまう。


今、どこにいるのか。


何をしていてるのか。


なぜ、何も言わずにいなくなったのか。


昼休み大学時代の紗良が特に仲のよかった女性に連絡をとった。


おれにとってもサークルの先輩だ。


「お久しぶりです。突然すみません」


「どうしたの? 久しぶり」


俺は、紗良のことを聞いた。


「最近、紗良と連絡取ってませんか?」


「最後に会ったのは一ヶ月前だったかな……」


「何か、最近変わったこととか聞いてませんでした?」


「うーん……特に聞いてないと思う」


「何か悩んでるとか、会社を辞めたいとか、そういう話は?」


「全然。むしろ、紗良ちゃんって仕事の話あんまりしなかったから」


「そうなんですね」


「湊くん、何かあったの?」


「僕も、まだよく分からないんです」


自分でそう言いながら、胸の奥が重くなった。


「急にいなくなって、会社にも退職の連絡だけしてきて……」


「紗良ちゃんが?」


「はい」


「……それは心配だね」


その言葉を最後に、少し沈黙が続いた。


「大学の友達にも、何人か聞いてみようか?」


「本当ですか?」


「うん。何か分かったら連絡する」


「ありがとうございます。助かります」


電話を切った。


結局、何も分からなかった。


その後、彼女からも連絡は来た。


大学時代の友人にも聞いてくれたらしい。


でも、答えは同じだった。


紗良が誰かと揉めていた。


仕事を辞めようとしていた。


どこかへ行こうとしていた。


そういう話は、誰も聞いていなかった。


むしろ、


「紗良ちゃんが、何も言わずにいなくなるなんて意外」


そんな反応だった。


俺も同じことを思っていた。


だからこそ、余計に分からなかった。


一体、何があったのか。


そんな中だった。


昼過ぎ。


俺の携帯に電話が入った。


表示された名前を見て、電話に出る。


「お世話になっております、玉田です」


斉藤部長だった。


これまで、この案件について何度もやり取りをしてきた相手だ。


「今、お時間大丈夫ですか?」


「はい。大丈夫です」


少し間があった。


そして、斉藤部長が言った。


「今回の発注の件なんですが……」


「はい」


「一度、見直しをさせてもらうことになりました」


「……見直し、ですか?」


「はい」


「何かありました?」


「いや、特に計画に問題がでたということではないんです」


「じゃあ、どういうことでしょう?」


「原価を、もう一度見直すことになりまして」


「原価を?」


「はい」


俺は少し黙った。


原価の見直し。


言葉だけを聞けば、何もおかしくない。


大きな案件だ。


金額も大きい。


発注前に原価をもう一度確認すること自体は、珍しいことではない。


でも、俺には一つ引っかかることがあった。


今回他社とのコンペから業者決定を行っている。


今回の金額は、すでに打ち合わせを何度も重ねてそこから更に金額を詰めている。


メーカーにも何度も交渉している。


仕入れ条件も見直してもらった。


俺自身も、営業として出せるところまで出している。


これ以上、簡単に下げられるような金額ではない。


それは、先方も分かっているはずだった。


「原価を見直すというのは、具体的にはどういうことでしょうか?」


「今の金額から、さらに下げるということですか?」


「そういう可能性もあると思います」


「でも、発注ベースまで詰めましたよね?」


「はい」


斉藤部長は、そこは否定しなかった。


「弊社も、限界まで出しています」


「分かっています」


「メーカーにも、かなり無理を言っています」


「はい」


「でしたら、どこを見直すんでしょう?」


少し沈黙があった。


「……そこは、こちらでもう一度確認します」


また、濁された。


俺は聞いた。


「何か、弊社側の対応に問題がありました?」


「いえ。そういうことではありません」


「昨日までの話と、何か状況が変わったんですか?」


「営業サイドからの指示でして……」


「営業からですか?」


それ以上は、何も出てこなかった。


俺は、自分のデスクに戻って考えた。


営業サイドが、


「もっと原価を下げろ」


と言っている。


でも、今回の金額は、もう詰め切っている。


もちろん、俺だって利益を残したい。


だから限界まで下げているわけではない。


でも、今回の案件は金額が大きい。


それだけに、これまで何度も社内で数字を確認してきた。


先方だって、当然それを分かっている。


それなのに、


「もう一度、原価を見直す」


と言う。


営業サイドが、そんなことも分からないとはとても思えなかった。


何か別の理由がある。


俺には、そう思えてきた。


斉藤部長から、改めて連絡が入った。


「玉田さん、すみません」


「はい」


「やはり、一度見直しをさせてもらうことになりまして」


「……分かりました」


「他社も含めて、もう一度見積を取り直すことになると思います」


その言葉を聞いて、俺は少し黙った。


「他社も、ですか?」


「はい」


「それは、価格を他社と比較するということですか?」


「そういうことになります」


「斉藤部長」


「はい」


「本当に、それだけですか?」


電話の向こうが静かになった。


「……どういう意味でしょう?」


「話を聞いていると、どうしても腑に落ちないんです」


「……」


「今の金額は、他社とのコンペの結果からさらに打ち合わせを重ねて出た金額です。原価を見直すなら、うちにもう一度条件を出してもらえればいい話ですよね」


「……」


「それを、他社も含めて一から見積を取り直す」


「……そうですね」


「何かあったんじゃないですか?」


長い沈黙。


やがて、斉藤部長が言った。


「私から言えることは、それだけです」


それ以上は何も聞けなかった。


俺は、直接会って話をすることにした。


電話では、斉藤部長はずっと何かを濁している。


だったら、顔を見て話したほうがいい。


夕方前に先方へ訪問した。


会議室に入ると、斉藤部長が待っていた。


「すみません。お時間いただいて」


「いえ」


俺は席に座った。


そして、持ってきた資料を机の上に置いた。


「これまでの見積です」


斉藤部長は資料に目を落とした。


「これ以上は下げられないと思っています」


「分かっています」


「それなのに、営業部から原価を見直せと言われている」


「……はい」


「正直、そこがどうしても分からないんです」


斉藤部長は黙った。


「営業サイドが、ここまで数字を詰めていることを知らないとは思えません」


「……」


「それでも、他社も含めて見積を取り直す」


「……」


「何があったんですか?」


斉藤部長は、しばらく資料を見つめていた。


そして、ゆっくり顔を上げた。


「玉田さん」


「はい」


「これ以上は、私からは……」


「斉藤部長」


俺は遮った。


「私、何かしましたか?」


斉藤部長は答えなかった。


「昨日まで、普通に進んでいたんです」


「……」


「会食にも呼んでもらって、河村会長からも、かなり前向きな話をしていただきました」


その名前を出した瞬間。


斉藤部長の表情が、ほんの少し変わった。


俺は、それを見逃さなかった。


「河村会長からも、前向きに考えていただいていたはずです」


「……はい」


「それなのに、翌日になって原価の見直し」


「……」


「何かおかしくないですか?」


斉藤部長は、しばらく黙っていた。


そして、諦めたように小さく息を吐いた。


「……私から聞いたというのは、なしにしてください」


「分かりました」


「本当に、お願いします」


「はい」


斉藤部長は声を落とした。


「今回の件……」


「はい」


「河村本部長からの指示です」


「……河村本部長?」


「はい」


斉藤部長は小さくうなずいた。


俺の頭に、昨日の会食の光景が浮かんだ。


二軒目の店。


そこで初めて会った男。


取締役。


営業本部長。


河村――。


名刺を受け取ったときに感じた、あの妙な違和感。


俺は、しばらく何も言えなかった。


「……私、何かしましたか?」


斉藤部長は答えなかった。


ただ、


「申し訳ありません」


とだけ言った。


その瞬間。


俺は初めて、この案件が単純な原価の問題ではないことを感じた。


読んでいただきありがとうございます!!!

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