第五章 紗良
仕事で大企業に訪問すると受付の方は100%美人なのはなんでなんだろうといつも思う。 逆に疲れませんか?
「玉田さんって、すごいですよね」
昼休み。
受付のカウンターで、後輩の一人がそんなことを言った。
「何が?」
紗良が聞き返す。
「今回の新規口座の件ですよ。あの規模の会社、うちでは今まで取引なかったんですよね?」
「そうみたい」
「しかも、そこから大きな金額の案件まで持っていこうとしてるんでしょ?」
「……まあ、そうらしいね」
「普通に出世株じゃないですか?イケメンだし、羨ましい。」
「えー、やめてよ」
紗良は笑った。
「本人が聞いたら調子乗るから」
「でも、実際そうじゃないですか」
「営業だから頑張ってるだけでしょ」
そう言いながら、紗良は少しだけ嬉しかった。
自分のことを褒められたわけじゃない。
それでも、湊のことを褒められると、なんとなく誇らしい。
七年も一緒にいる。
家では、仕事の愚痴を聞くこともある。
「今日こんなことあってん」
「また部長に意味分からんこと言われたわ」
そんな話を聞いてきた。
だからこそ、周りから、
「すごい」
と言われている湊を見ると、
「そうでしょ」
と、心の中では思ってしまう。
もちろん、本人には言わない。
言ったら、
「いやいや、そんなことないって」
とか言いながら、絶対ちょっと嬉しそうな顔をする。
紗良は小さく笑った。
今回、新しく取引口座を開いた会社。
大きな会社だった。
最近東京の再開発にも関わっていて名前をよく聞く。
湊がかなり力を入れている案件だということは、紗良も知っていた。
受付の仕事をしていると、それぞれの営業がどんな会社と付き合っているのかがよく分かる。
紗良は少し考えた。
そして、席を立った。
向かったのは経理部だった。
以前、紗良がいた部署だ。
入社したばかりの頃、紗良は経理部に配属されていた。
その頃は、企業の与信調査を担当していた。
新しく取引を始める会社について、
財務状況はどうか。
支払い能力に問題はないか。
過去にトラブルはないか。
そういった情報を確認して、取引をしていい会社なのかを調べる。
地味な仕事だった。
でも、嫌いではなかった。
むしろ、紗良には向いていた。
数字を見ることも苦ではなかったし、企業の資料を読んで、その会社がどういう会社なのかを調べるのも面白かった。
ただ、ある時期から会社の受付の人数が減った。
人員整理というほど大げさなものではなかったが、配置転換が行われた。
その中で、紗良は受付へ回された。
理由を聞いたとき、
「せっかく綺麗なんだから」
と、冗談みたいに言われた。
紗良は、
「それ、褒めてます?」
と笑って返した。
でも、本人としては複雑だった。
経理で身につけてきた仕事とは関係ない理由で、仕事が変わったからだ。
とはいえ、受付の仕事を始めてみれば、それなりに楽しかった。
人と話すことも嫌いではない。
会社の顔として立つことにも、慣れていった。
そんなことを思い出しながら、紗良は経理部の資料を見ていた。
そして、例の会社の企業調査票を見つけた。
「あった」
ファイルを開く。
会社概要。
代表者。
所在地。
資本金。
売上。
主要取引先。
役員。
紗良は、何気なく目を通していった。
別に、仕事で確認する必要があるわけではない。
ただ、湊が頑張って取った会社だった。
どんな会社なのか、少し気になった。
ページをめくる。
特に変わったところはない。
大きな会社だ。
取引実績も多い。
財務内容にも、特に問題はない。
紗良は、
「そりゃ、湊も頑張るよね」
と、少しだけ笑った。
そして、もう一度、役員欄に目を落とした。
その中に、気になる名前があった。
紗良の指が止まった。
「……」
名前を、もう一度見る。
胸が締め付けられる。
まだ確信はない。
紗良は、そのまま企業調査票を閉じて、経理部の部屋を出た。
受付のパソコンで、
海浜幕張駅 事件
検索をかけた。
画面に表示された検索結果を見つめる。
紗良は、しばらく動かなかった。
そして、小さく息を吐いた。
――確かめなきゃ。
自分が忘れたかった、あの日のことを。
読んでいただきありがとうございます!!!




