第二章 消えた痕跡
まだまだ書きます。
どうぞお付き合い下さい。
紗良が消えた。
そう理解してから、俺は何をすればいいのか分からなかった。
事故なのか。
事件なのか。
それとも――
自分の意思で、俺の前からいなくなったのか。
考えても答えは出ない。
だったら、探すしかない。
総務部長と話した後、課長にも話を共有して午前休をもらい警察へ行った。
⸻
「恋人です」
そう言った。
目の前にいた警察官は、俺の話を黙って聞いていた。
紗良が昨夜から帰ってこないこと。
連絡がつかないこと。
警察官は、いくつか質問をした。
「ご両親からの届け出はありますか?」
と聞かれた。
「分かりません」
「ご両親の連絡先は?」
「……それも分かりません」
警察官の表情が少し変わった。
「彼女のご実家は?」
俺は答えられなかった。
「……分かりません」
その瞬間、自分でも驚いた。
七年付き合っている。
同棲もしている。
毎朝、一緒に飯を食っている。
帰る家も同じ。
なのに。
俺は、紗良の実家を知らなかった。
⸻
警察からは、紗良が成人していること。
事件や事故に巻き込まれたと断定できる状況ではないこと。
そういったことを理由に、すぐに大きく動くことは難しいと言われた。
もちろん、必要な確認はする。
何か情報があれば連絡する。
そう言ってくれた。
でも、それ以上のことは何もできなかった。
俺が恋人だからといって、家族と同じように扱われるわけではない。
当然だ。
頭では分かっていた。
でも、俺にとって七年間一緒にいた恋人が突然消えた。
それなのに、
「恋人」
というだけでは、できることには限界がある。
警察を出たあと、俺は一人で立っていた。
どうすればいい。
どこへ行けばいい。
まず、紗良の実家だ。
そう思った。
実家なら、何か分かるかもしれない。
両親なら、何か聞いているかもしれない。
紗良がどこへ行ったのか。
なぜ会社を辞めたのか。
俺に何も言わずに消えた理由も。
でも――
俺は、紗良の実家を知らない。
住所も。
電話番号も。
両親の名前すら、知らない。
「……なんやねん、俺」
思わず笑いが出た。
七年付き合って。
一緒に暮らして。
それでも、紗良の家族のことを何も知らない。
俺たちは、仕事とプライベートを分けていた。
紗良がそうしたいと言ったから。
会社でも普通の同僚。
家では恋人。
それで十分だと思っていた。
でも今になって、その距離が怖かった。
⸻
俺は家へ戻った。
まず、紗良の部屋を見る。
クローゼット。
ベッド。
一つずつ確認していく。
何かないか。
実家の住所。
家族の写真。
昔の手紙。
卒業アルバム。
何でもいい。
紗良につながるものを探した。
でも――
何もなかった。
正確には、何も「残っていなかった」。
服はある。
化粧品もある。
普段使っていたものもある。
でも、俺が探しているものだけがない。
家族に関するもの。
学生時代の写真。
過去の住所。
そういうものが、きれいに消えていた。
「……なんで?」
俺は最後に机の引き出しを開けた。
何度も見たことがある場所だった。
それなのに、今まで気にしたこともなかった。
奥まで探す。
何もない。
実家につながる情報は見つからなかった。
そこで、俺は初めて気づいた。
紗良は、自分の過去をほとんど俺に見せていなかった。
俺が知らなかっただけなのか。
それとも――
知られないようにしていたのか。
⸻
その日の午後。
俺は会社へ戻った。
自分の席に座っても、仕事なんて頭に入らなかった。
目の前のパソコンを開く。
画面を見る。
文字を読んでも、何も入ってこない。
俺は総務部長のところへ向かった。
「部長」
「どうした?」
「お願いがあります」
総務部長が顔を上げる。
「新見さんの入社時の資料を見せてもらえませんか?」
一瞬、部長が黙った。
「入社時の資料?」
「はい。住所とか、緊急連絡先とか。実家の情報が分かるものがあれば」
部長は俺を見た。
たぶん、俺が何をしようとしているのか分かったのだと思う。
「……分かった。ただし、個人情報だからな」
「分かってます」
少しして、総務部長が一つのファイルを持ってきた。
俺は、それを受け取った。
紗良の入社時の書類。
氏名。
生年月日。
住所。
緊急連絡先。
一つずつ確認していく。
そして――
住所の欄で、俺の手が止まった。
そこには、こう書かれていた。
千葉県。
「……千葉?」
思わず声が出た。
総務部長が言った。
「そうだ。入社した時点では、千葉の住所になっている」
俺は、その住所を見つめた。
千葉県千葉市美浜区
俺の頭の中に、何かが引っかかった。
でも――
嫌な感じがした。
ただ、その文字を見た瞬間。
頭の奥に、何かがちらついた。
人のざわめき。
誰かの叫び声。
そして――
赤いもの。
俺は目を閉じた。
一瞬だけ見えたものは、すぐに消えた。
総務部長が俺を見る。
「玉田君、大丈夫か?」
「……はい」
俺はそう答えた。
でも、自分では分かっていた。
大丈夫じゃないことを。
読んでいただきありがとうございます!!




