第一章 いつもの朝
念願のミステリー作品
書くのが楽しくてしょうがないです。
「今日、何時に帰ってくる?」
「たぶん20時くらいやな」
「また、たぶん?」
「営業なんてそんなもんやろ」
「便利な言葉ね」
朝の6時半。
俺と紗良は、いつものように朝飯を食べていた。
付き合って、もう七年になる。
大学一年の時に知り合って、付き合い始めた。
卒業して、俺は営業としてこの会社に入った。
紗良は俺より一つ年上で、先に会社に入っていた。
今は、本社の受付をしている。
初めて来た客でも紗良の顔を覚えて帰っていく。
社外でも有名だった。
「あの受付の子、めちゃくちゃ綺麗だね」
俺は何度その言葉を聞いたか分からない。
本人は、なんとも思っていない。
付き合っていることも、社内では一部の人間しか知らない。
別に隠しているわけじゃない。
ただ、紗良が、
「仕事とプライベートは分けたい」
と言っているからだ。
だから会社では、俺たちは普通の同僚だった。
俺が出社すると、受付に紗良がいる。
「おはよう」
「おはようございます」
それだけ。
付き合って七年の恋人同士なのに、会社ではそれくらいだった。
「今日、午前中どこ行くの?」
「例の新規取引先。午後には本社に戻る」
「そう、頑張ってね」
沙羅は笑った。
いつもの笑顔だった。
この笑顔に、一目惚れした。
大学一年の春だった。
入学式のあと新入生歓迎で、フットサルサークルの紹介チラシを笑顔の女性から受け取った。
一目惚れだった。
もうボールを蹴ることはないと思っていた。
それでも、あの人に会いたい一心で、俺はあっさりサークルの歓迎会に行った。
そのままサークルに入会して、練習にも参加した。
とにかくレベルが低かった。
素人の集まり。
その中に、あの人がいた。
ボールを蹴って。
転んで。
笑って。
また走る。
その姿を見て、俺は思った。
――ほんまに可愛いな。
名前は、新見 紗良。
1学年上で同じ経営学部だった。
俺は、猛アタックした。
練習が終われば話しかける。
帰り道が一緒なら一緒に帰る。
サークルで顔を合わせれば、とにかく話しかける。
そんなことを繰り返しているうちに、少しずつ二人で話す時間が増えていった。
そして、夏。
何度目かの誘いだった。
「飯行きませんか?」
「……いいよ」
それがきっかけだった。
何度か二人で会うようになって。
そして、俺から告白した。
少し笑って、
「じゃあ、よろしくお願いします」
と言った。
こうして俺たちは、付き合い始めた。
大学一年の夏。
俺の一目惚れから始まった恋だった。
それから七年。
俺の就職を機に同棲をスタート。
同じ会社でも仕事では、ほとんど接点がない。
朝は紗良が先に出て、俺が後から家を出る。
夜になれば、同じ家に帰る。
そんな毎日が、当たり前になっていた。
⸻
その日の仕事も、予定通りに終わった。
会社を出たのは、19時を少し過ぎた頃。
家に着いたのは、20時前だった。
「ただいま」
返事はない。
俺は靴を脱いで、リビングへ入った。
部屋は朝出た時と、ほとんど変わっていない。
テレビをつける。
冷蔵庫を開ける。
そして、ビールを一本取り出した。
プシュッ。
喉を鳴らして飲む。
紗良は、まだ帰ってきていない。
まあ、こんな日もある。
受付の仕事とはいえ、付き合いで食事に行くこともある。
同僚と飲みに行くことだって、大学の同期とご飯を食べにいくこともたまにはある。
でも、沙羅はそういう時、必ず連絡をくれる。
「今日、受付のみんなでご飯食べて帰るね」
いつも、そんな一言がある。
だから俺も、
「了解」
くらいの返信をする。
それが、いつもの流れだった。
スマホを見る。
通知はない。
「珍しいな」
独り言が出た。
もう一本、ビールを開ける。
時計を見る。
20時30分。
まだ帰ってこない。
別に心配するほどの時間でもない。
そう思いながら、テレビを眺めた。
21時。
まだ帰ってこない。
俺はスマホを手に取った。
紗良にメッセージを送る。
「今日、外で食べてくるん?」
送信。
既読はつかなかった。
⸻
結局、その夜。
紗良から連絡が来ることはなかった。
そして、帰ってもこなかった。
朝になっても、紗良の姿はなかった。
ほとんど眠れなかった。
何度スマホを確認したか分からない。
メッセージもない。
電話をしても、出ない。
事故にでも遭ったんじゃないか。
何かあったんじゃないか。
そんな考えばかりが頭をよぎった。
それでも、会社を休むわけにはいかなかった。
俺は、いつもより早く家を出た。
会社に着いて、受付を見る。
いつもなら、そこに紗良がいる。
「おはようございます」
そう言って笑っている。
でも、その日は違った。
いつもと同じ受付。
いつもと同じ会社。
なのに、紗良だけがいない。
俺は自分の席へ向かった。
すると、席に着く前に総務部長から声をかけられた。
「玉田君」
「はい?」
「ちょっと、いいか」
その顔を見た瞬間、何かがおかしいと分かった。
総務部長は、俺を待っていたようだった。
「こっちへ来てくれ」
俺は、そのまま応接室へ向かった。
部屋に入る。
総務部長は椅子に座ると、俺を見るなり言った。
「新見さんのことなんだが」
「……はい」
「昨日の夜、彼女から会社に電話があった」
嫌な予感がした。
総務部長は、机の上に置かれていた封筒を指差した。
「退職したい、と一方的に連絡があった」
「……え?」
意味が分からなかった。
「退職って……」
「理由については、詳しく話さなかった。ただ、退職します、と」
総務部長は続けた。
「そして今朝、退職に必要な書類が全部記入された状態で郵送されてきた」
机の上には、見慣れた紗良の字があった。
俺は、しばらくそれを見つめていた。
昨日の朝。
紗良はいつも通りだった。
俺に、
「今日、何時に帰ってくる?」
と聞いた。
いつもの笑顔で。
いつもの朝だった。
それなのに。
その日の夜、会社に電話をして退職を伝え。
必要な書類まで、すべて用意していた。
俺の知らないところで。
総務部長が俺を見る。
「玉田君」
「はい」
「何か聞いているだろ?」
俺は答えられなかった。
何も聞いていない。
本当に、何も。
ただ。
昨日の朝まで、俺は紗良と一緒にいた。
突然紗良は、俺の前から消えた。
読んでいただきありがとうございます!




