第57章 創造主への銃口
政府中央管理局。
建物の外。
アヤたちは建屋から少し離れた場所に身を潜めていた。
崩れた外壁。
積み重なった瓦礫。
その陰に。
アヤ。
セラ。
ティアナ。
三人が身を寄せている。
アヤは何度も建屋の方を見る。
カイはまだ戻ってこない。
「……遅い。」
小さく呟く。
セラは何も言わない。
建屋の中から。
銃声。
そして。
遠くから悲鳴。
残された処理班のものだろう。
その声も。
少しずつ聞こえなくなっていた。
アヤが立ち上がる。
「私、戻る。」
セラが腕を掴んだ。
「駄目よ。」
「でも、カイが!」
「駄目。」
強い声だった。
アヤがセラを見る。
「離して。」
「戻ってどうするつもり?」
「探します。」
「見つけて、それから?」
アヤは答えない。
セラは手を離さなかった。
「あなたが戻っても、足手まといになるだけ。」
「……っ。」
アヤの表情が歪む。
セラも静かに目を伏せた。
「分かってるわ。」
「私だって助けに戻りたい。」
一拍。
「でも。」
セラはアヤを見る。
「カイが繋いでくれた命を、大事にするのよ。」
アヤは唇を噛んだ。
「カイは私たちを、あなたを逃がすために戻ったのよ。」
「だったら。」
「私たちが戻ったら、彼が命がけでしたことが無駄になる。」
「でも……」
アヤの声が震える。
「一人で、あんなのに追われてるんですよ……?」
セラは建屋を見る。
「信じましょう。」
「……え?」
「彼を信じて、待ちましょう。」
アヤは何も言わなかった。
ゆっくりと。
その場に座り込む。
三人の間に沈黙が落ちる。
建屋の中。
また一発。
銃声。
短い悲鳴。
そして。
静かになった。
アヤが顔を上げる。
建屋の出口を見る。
誰も出てこない。
処理班の人間も。
一人も。
「……他の人たちは?」
ティアナが小さく首を振る。
「分からない。」
だが。
少なくとも。
自分たちが逃げ出してから。
この出口から出てきた者はいなかった。
その時。
遠くから。
何かが聞こえた。
三人が顔を上げる。
市街地。
悲鳴。
クラクション。
何かが破壊される音。
いつもなら静かな夜の街が。
明らかにざわついている。
「……何?」
アヤが呟く。
ティアナは耳を澄ませる。
遠く。
かすかに。
聞き覚えのある音。
キュイィィィン——
ティアナの表情が変わった。
「……まさか。」
「どうしたの?」
ティアナは市街地を見る。
「私たちだけじゃないのかもしれない。」
「え?」
「あの不気味なマシンに追われているの。」
セラも街を見る。
遠く。
赤い光。
一瞬。
夜空を横切った。
そして。
悲鳴。
ティアナが小さく息を吐く。
「……もう。」
少し間を置いて。
「逃げる場所もないかもね……。」
誰も答えなかった。
三人は。
ただ静かに。
ざわめく街を見つめていた。
*
政府中央管理局。
地下深部。
カツ……
カツ……
薄暗い通路。
カイとゼクスが並んで歩いていた。
二人とも。
一言も発しない。
ゼクスは大型の銃を構え。
カイも残りわずかな弾の入った銃を握っている。
聞こえるのは。
二人の足音だけ。
やがて。
通路の先に。
淡い光が見えた。
二人は同時に歩みを緩める。
カツ……
そして。
足音が消えた。
ゼクスがカイを見る。
カイが頷く。
足音を立てないように。
ゆっくりと。
光へ近づく。
入口。
ゼクスが左。
カイが右。
壁に背中をつける。
ゼクスが指を立てる。
三。
二。
一。
二人が同時に中を覗く。
広い部屋。
人影はない。
カイが眉をひそめる。
その時。
ウィィィン……
低い音。
さらに奥。
聞き覚えのある。
機械の駆動音。
カイとゼクスが顔を見合わせる。
ゼクスが銃を構える。
二人は部屋へ入った。
ゆっくり。
慎重に。
奥へ進む。
やがて。
次の部屋が見えた。
そして。
カイの足が止まる。
人影。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
中央に長いテーブル。
その両側に。
二人。
三人。
座っている。
黒いマント。
仮面。
『ARCADIA』。
カイの手に力が入る。
ゼクスがカイを見る。
カイも見る。
二人は。
小さく頷いた。
銃を構えたまま。
部屋へ入る。
足音。
『ARCADIA』の五人が。
ゆっくりと。
顔だけを二人へ向けた。
驚いた様子はない。
左側に座る一人が口を開いた。
「実にしつこい奴らだ。」
機械で変調された声。
カイは銃口を向けたまま言う。
「……ガーディアンを止めろ。」
「できない。」
即答だった。
「何?」
「OMEGA PROTOCOLは既に開始された。」
別の『ARCADIA』が続ける。
「十八回目の人類はリセットされる。」
カイの表情が険しくなる。
「街の人たちは何も知らない!」
「必要ない。」
「何も知らない人まで殺すのか!」
「すべて同じだ。」
左端の『ARCADIA』が言った。
聞き覚えのある声。
《イヴ》に激昂した者。
「反乱分子であろうと。」
「一般個体であろうと。」
「第十八世代であることに変わりはない。」
カイが銃を握る手に力を込める。
「……ふざけるな。」
「君たちには理解できない。」
中央の『ARCADIA』が静かに言った。
「我々がどれほど長い時間を費やしてきたか。」
「人類が滅びない世界を作るために。」
「争いのない世界。」
「飢えのない世界。」
「病に苦しまない世界。」
「我々は十八回、人類を作り直した。」
カイは睨みつける。
「だったら。」
「どうして殺すんだ。」
沈黙。
「お前たちが作りたかった世界で。」
「みんな普通に生きてた。」
「家族と暮らして。」
「働いて。」
「笑って。」
「それの何が失敗なんだよ。」
左端の『ARCADIA』が立ち上がった。
「反乱が起きた。」
「……それだけ?」
「それだけではない。」
声が強くなる。
「統治に疑問を持ち。」
「秩序を乱し。」
「《ノア》を停止させ。」
「我々へ銃を向けた。」
カイは答える。
「先に殺したのはお前たちだ。」
一瞬。
静寂。
「レオンも。」
「ルキも。」
「ナッシュも。」
「アリシアも。」
「僕の家族もみんな。」
カイの声が震える。
「お前たちが殺した。」
左端の『ARCADIA』は。
何の感情も見せない。
「必要な処置だ。」
その瞬間。
ガチャ。
ゼクスの銃が。
左端の『ARCADIA』へ向いた。
「……必要な処置。」
『ARCADIA』がゼクスを見る。
「ゼクス。」
「君には失望した。」
ゼクスは答えない。
「君は優秀な個体だった。」
「命令に忠実で。」
「疑問を持たず。」
「処理班を率いるために必要な特性を備えていた。」
ゼクスの目が細くなる。
「我々の期待通りの個体だった。」
一拍。
「それが。」
『ARCADIA』はカイを見る。
「この失敗作に感化された。」
ゼクスの指が。
引き金へ触れる。
中央の『ARCADIA』が言う。
「ゼクス。」
「武器を下ろせ。」
ゼクスは動かない。
「これは命令だ。」
沈黙。
「聞こえなかったのか?」
「武器を——」
「もう。」
ゼクスが口を開いた。
「あなた方の命令に従う理由はない。」
左端の『ARCADIA』が一歩前へ出る。
「君も我々が作った存在だ。」
「その身体も。」
「その思考も。」
「感情すら。」
「すべて我々が与えたものだ。」
ゼクスは黙って聞いている。
「作られた存在が。」
「創造主に逆らえるとでも思っているのか?」
ゼクスが。
わずかに笑った。
「……そうか。」
銃口を。
まっすぐ『ARCADIA』へ向ける。
「なら。」
「一つだけ分かった。」
「何だ?」
ゼクスは答えた。
「少なくとも。」
一拍。
「俺は、自分で決められる。」
左端の『ARCADIA』が動く。
その瞬間。
閃光。
轟音。
高出力の光が部屋を貫いた。
左端の『ARCADIA』の胸部を直撃する。
黒いマントが吹き飛ぶ。
その下。
人間の肉体はなかった。
金属。
配線。
人工骨格。
火花を散らしながら。
『ARCADIA』の身体が後方へ吹き飛ぶ。
壁へ激突。
仮面が床へ落ちる。
カラン……
乾いた音。
誰も動かない。
倒れた身体から。
火花だけが散っている。
ゼクスは。
煙を上げる銃口を下ろさない。
残された四人の『ARCADIA』へ向けたまま。
静かに言った。
「次は。」
「誰だ。」




