第52章 審判の間
アイグリッド中心部。
政府中央管理局。
夜。
黒い輸送車が静かに正面ゲートをくぐる。
荷台には処理班。
その中に、黒い装備へ身を隠したカイたち五人もいた。
誰も口を開かない。
エンジン音だけが車内に響いている。
ゼクスも腕を組んだまま窓の外を見つめていた。
街はいつもと変わらない。
人々が歩き。
店には明かりが灯り。
《ノア》が停止したとは思えないほど、平穏な夜だった。
「……。」
カイは窓の外を見つめる。
この街を守るために戦ってきた。
そのはずだった。
だが今は、自分が何を守ろうとしていたのかさえ分からなくなっていた。
やがて車が停止する。
「到着だ。」
ゼクスが静かに言った。
全員が車を降りる。
巨大な建物が目の前にそびえていた。
政府中央管理局。
都市の中枢。
これまで何度も遠くから見上げた建物だった。
まさか自分の足で入る日が来るとは思わなかった。
ゼクスが先頭を歩き始める。
処理班も無言で続く。
カイたちも列の最後尾に紛れた。
廊下は静まり返っていた。
白い壁。
磨き上げられた床。
一定間隔で立つ警備兵。
誰一人として視線を動かさない。
ただ、ゼクスたちへ敬礼するだけだった。
幾つものゲートを通過する。
虹彩認証。
掌紋認証。
音声認証。
重厚な扉が一枚ずつ開いていく。
地下へ。
さらに地下へ。
やがて最後の扉が現れた。
高さ五メートルはある巨大な扉。
左右へゆっくりと開いていく。
重々しい金属音が響いた。
その先は——
講堂だった。
天井は高い。
円形に広がる広間。
中央だけが照らされている。
その奥。
数段高い壇上。
五脚の椅子。
一直線に並べられていた。
そこへ。
五人の人物が静かに座っている。
全員が黒いマントを羽織り。
白い仮面で顔を隠していた。
照明は落とされている。
体格も。
年齢も。
性別すら分からない。
ただ異様な存在感だけが空間を支配していた。
誰も動かない。
誰も口を開かない。
重苦しい沈黙。
ゼクスが壇上の前まで歩く。
そして静かに片膝をついた。
処理班も一斉に直立不動の姿勢を取る。
カイたちも周囲に合わせる。
息を潜める。
数秒後。
中央に座る影が口を開いた。
聞き慣れた機械音。
『ARCADIA』だった。
「ご苦労でした、ゼクス少佐。」
「作戦結果を報告してください。」
ゼクスは顔を上げず慣れた様子で報告を始める。
「第七中継タワー制圧。」
「ジェネシス残党五名を確認。」
「全員殲滅。」
講堂に静寂が流れる。
やがて左から二番目の影が静かに口を開いた。
「これで都市は再び平穏を取り戻します。」
いつもなら。
ここで報告は終わる。
ゼクスは敬礼し。
処理班は静かに退室する。
それが決まりだった。
しかし——
ゼクスは動かなかった。
講堂に違和感が広がる。
右端の影が静かに口を開く。
「……まだ何かありますか?」
同じ機械音。
感情は読み取れない。
ゼクスはゆっくりと顔を上げた。
そして静かに言った。
「ヒューマノイド。」
一拍。
「十八回目の人類。」
さらに一拍。
「世界のリセット。」
講堂の空気が凍りつく。
左端の影が初めて反応した。
「……何を言っているのですか」
ゼクスは真っすぐ壇上を見据えた。
「こちらの台詞です。」
「すべて、彼らから聞きました。」
五つの影は一瞬沈黙したが、左端の影が答えた。
「……彼ら?」
誰一人として動かない。
静寂だけが講堂を支配していた。
やがて。
ゼクスが静かに口を開く。
「……何か、我々に言うことはありませんか。」
数秒。
中央の影が答えた。
「特にない。」
「君達と議論する必要はない。」
「結果は変わらない。」
その瞬間だった。
「ある!」
黒い装備の列から一人が前へ出る。
カイだった。
処理班のヘルメットを脱ぎ捨てる。
床へ乾いた音を立てて転がる。
「こちらには山ほどある!」
セラ。
アヤ。
ティアナ。
エドも次々とマスクを外す。
それに続くように、処理班の中からも数名がマスクを外した。
五つの影は驚く様子もなく、その光景を見つめていた。
しばらくの沈黙。
やがて中央の影が、わずかに右を向く。
「……そういうことか。」
「やはり君は話しすぎた。」
「口は災いの元だ。」
右端の影が小さく笑う。
「構わん。」
「どうせ結果は変わらない。」
左端の影も鼻で笑った。
「実に感情的な生き物だ。」
カイは壇上を睨みつける。
「お前たちの好きにはさせない!」
中央の影は静かに答えた。
「君達には何もできない。」
「結論はすでに出ている。」
「今回も失敗だった。」
「この結果が答えだ。」
カイは一歩踏み出す。
「一つ教えてくれ。」
「アリシアは。」
「ルキは。」
「ナッシュは。」
「ビデオ通話した家族はどこにいる。」
講堂に沈黙が流れる。
中央の影が淡々と答えた。
「生かしておいて、我々に何の利益がある。」
カイの表情が凍りつく。
「……どういうことだ。」
「粛清対象は一人残らず処分した。」
誰も息をしなかった。
「ただし。」
「人格データは保存してある。」
「失敗例として。」
「次の人類を設計するための学習データだ。」
アヤの膝が崩れる。
「……嘘。」
ティアナも言葉を失った。
カイは震える声で叫ぶ。
「騙したのか!」
中央の影は首を横に振る。
「騙してはいない。」
「データとして保存している。」
「君達が再会した存在は、本人の人格を完全に再現したものだ。」
「記憶も、感情も、反応も同一だ。」
「だが。」
「生命ではない。」
「君達も同じになる。」
「未来の平和を築くための、重要な失敗例として。」
拳が震える。
カイは歯を食いしばった。
「そんな平和……」
「誰も望んでない!」
右端の影が静かに尋ねる。
「本当にそうか。」
「君の周囲にいた市民は、不満を口にしていたか。」
「政府を倒したいと言っていたか。」
「……。」
カイは答えられない。
平和だった。
犯罪は少なかった。
街も安全だった。
多くの人は、それを疑いもしなかった。
中央の影が続ける。
「つまり、そういうことだ。」
「統治AIは、反乱分子の排除が社会全体の幸福につながると判断した。」
「十八回の試行。」
「十七回の失敗。」
「そして、今回も失敗に終わった。」
「君達は、その十八回目に過ぎない。」
カイは拳を握り締めた。
「僕達は反乱分子なんかじゃない!」
「みんな平和に!」
「自由に!」
「人間らしく生きたいだけだ!」
「お前たちが作った社会は、誰のためのものなんだ!」
中央の影は迷いなく答えた。
「多数のためだ。」
「君達にとっての平和ではない。」
「だが、大多数にとっては平和な社会だった。」
「統計が証明している。」
「幸福度。」
「犯罪率。」
「平均寿命。」
「戦争件数。」
「すべて改善した。」
「我々の選択は正しかった。」
カイは首を横に振る。
「数字じゃない!」
「人間は数字じゃない!」
「笑って。」
「泣いて。」
「誰かを愛して。」
「失敗して。」
「それでも前へ進む!」
「それが人間だ!」
講堂は静まり返る。
五つの影は何も答えない。
やがて中央の影が小さく息を吐いた。
「もう話は終わりだ。」
その声には、初めてわずかな疲労のようなものが混じっていた。
「《イヴ》。」
「見ていただろう。」
「今回も失敗だった。」
「リセットを開始する。」
講堂に、重苦しい沈黙が落ちた。




