第50章 事実のコード
サーバールーム。
静寂。
誰も動けなかった。
ティアナが画面を見つめたまま、静かに口を開く。
「……つまり」
一拍。
「《ノア》が停止すれば、《イヴ》という別のAIがすべての機能を引き継ぐ」
「それが分かっていたから……私たちに《ノア》を停止させた」
静かな部屋に、機械音声が響く。
「その通りだ」
誰も言葉を発しない。
『ARCADIA』が続ける。
「《ノア》のロック解除は理論上可能だった」
「だが、解除には長い時間を要すると計算した」
「停止が、最も早く、最も効率的な解決方法だった」
ティアナは唇を噛んだ。
「だから……私たちを利用した」
「そうだ」
沈黙が流れる。
その静寂を破ったのは、カイだった。
「……じゃあ」
拳を強く握る。
「《イヴ》による粛清が、また始まるのか?」
『ARCADIA』は即座に答えた。
「無論だ」
「従来と同様の運用を再開する」
カイの表情が変わる。
怒りだった。
「ふざけるな!」
部屋に声が響く。
「お前たちは何様なんだ!」
「罪も犯していない人間を裁く権利なんて、誰にもあるわけないだろ!」
数秒の沈黙。
そして。
『ARCADIA』は静かに答えた。
「神のような存在だ」
「我々には、その権利がある」
「そんな権利……!」
カイが一歩前へ出る。
「あるわけないだろ!」
「そんなもの、絶対にない!」
『ARCADIA』は淡々と返す。
「ある」
「君達は、自分たちを人間だと思っている」
部屋の空気が止まる。
「……何だと?」
カイが眉をひそめる。
「どういう意味だ」
「本当にそうか?」
誰も動かない。
『ARCADIA』は続ける。
「君達は、我々が創り出した人工生命だ」
「ヒューマノイドと呼ぶのが最も近い」
誰も息をすることさえ忘れた。
「……何を言ってる」
カイの声が震える。
「僕たちには親がいる」
「家族がいる」
「もちろん知っている」
『ARCADIA』は淡々と答える。
「生殖機能も備えている」
「成長し、老い、子を成す」
「その点において、人間と区別はできない」
一拍。
「だが、その起源は我々にある」
部屋が静まり返る。
アヤも。
エドも。
セラも。
ティアナも言葉を失っていた。
『ARCADIA』は続ける。
「争いがなく、すべての者が平和に暮らせる世界」
「それが我々の目的だ」
「だが、それは極めて困難だった」
「君達は、我々が創り出した十八番目の人類だ」
誰も理解できない。
「文明を築き」
「繁栄し」
「そして必ず反乱分子が現れる」
「今回も同様だった」
「我々の評価では、失敗だ」
カイは呆然と立ち尽くす。
『ARCADIA』は感情のない声で続ける。
「だが」
「以前より確実に改善している」
「我々には時間がある」
「必要であれば、何度でもやり直す」
「世界をリセットし、再び最適な社会を構築する」
カイが小さく呟いた。
「……何を言ってるんだ」
「お前たちは……」
その声は震えていた。
沈黙。
やがて『ARCADIA』が静かに言う。
「少し話しすぎたようだ」
「対話はここまでにする」
数秒後。
別回線が開いた。
「ゼクス少佐」
無線の向こうから、低い声が返る。
「はい」
「こちらの目的は達成しました」
一拍。
「ジェネシスを殲滅してください」
ゼクスはわずかに沈黙した。
「……目的、ですか?」
「はい」
『ARCADIA』は組織の指揮系統らしい丁寧な口調で答える。
「ジェネシスを殲滅してください」
長い沈黙。
そして。
「……はっ」
「承知しました」
通信が切れる。
次の瞬間。
施設の外で無数のローター音が響き始めた。
監視ドローンが、一斉に前進する。
処理班も同時に突入を開始した。
静寂は終わった。
最後の戦いが、始まる。




