第34章 賞賛の向こう側
モニターにはニュース映像が流れていた。
『昨夜、未然に防がれた爆破テロ計画について続報です』
落ち着いた声のアナウンサーが、淡々と状況を伝える。
『政府関係者によると、武装組織による同時多発爆破計画が確認されており、式典会場周辺で大規模な被害が出る可能性があったとのことです』
映像が切り替わる。
夜の倉庫。
封鎖された現場。
警備ドローン。
『今回の事件では、粛清停止後初めてとなる対処措置が取られ、計画は未然に阻止されました』
ルキが椅子に深くもたれた。
「……完全にニュースになってるな」
ナッシュが腕を組む。
「まあ、あれだけの規模なら当然だろ」
アナウンサーの声が続く。
『政府は今回の成功について、ジェネシスとの協力が重要だったと説明しています』
オペレーションルームの空気がわずかに変わる。
ルキが椅子から乗り出してモニターを振り返る。
「……おいおい、いまジェネシスって言ったか」
ナッシュが苦笑しながら答える。
「うん、完璧に名前出たな」
レオンは何も言わない。
ただモニターを睨んでいた。
ニュースは続く。
『政府報道官は会見で、次のように述べています』
画面が切り替わる。
政府報道官が演壇に立っていた。
『今回の事案は、市民に甚大な被害をもたらす可能性がありました』
落ち着いた声。
『しかし関係機関の連携により、被害を出すことなく阻止することができました』
一拍置く。
『特にジェネシスとの情報共有は極めて有効であり、今回の対応に大きく貢献しました』
ルキが小さく吹き出す。
「なんだそれ」
サガラが低く言う。
「責任の分散だ」
レオンは短く吐いた。
「……違う」
視線をモニターから外さない。
「……押し付けだ」
ニュースが終わる。
次の画面にはSNSの投稿が並び始めていた。
カイが端末を操作する。
「……反応、かなり出てますね」
画面に短い言葉が流れていく。
『ジェネシスありがとう』
『マジで助かった』
『やっぱり粛清は必要だったんじゃない?』
『怖いけど、守ってくれるなら』
『政府よりジェネシスの方が信用できる』
『治安任せてもいいんじゃないか』
ルキが顔をしかめる。
「……なんか変な流れになってきてないか」
ナッシュが言う。
「祭り上げられてる感じだね」
カイは黙ってスクロールを続けていた。
新しい投稿が流れる。
『ジェネシスが判断してくれるなら安心』
『粛清が必要なときもある』
『それ、今回みたいなのはマジで必要』
カイの指が止まる。
画面を見つめたまま、小さく言った。
「……望まれてますね」
誰も答えない。
その沈黙を破ったのはアヤだった。
「ちょっと危険ですね」
全員が視線を向ける。
アヤは静かに言った。
「社会が“粛清を望む側”に動き始めてる」
サガラが腕を組む。
「今回の結果が原因だ」
アヤは頷いた。
「はい」
一瞬だけ目を伏せる。
「人は安全を求めます」
ゆっくり続ける。
「そのためなら、多少の犠牲も受け入れる」
レオンが低く言った。
「多少、か」
アヤは答えなかった。
カイの頭には、倉庫の光景が浮かんでいた。
爆薬。
混乱。
そして──
あの少年。
閃光。
崩れ落ちる体。
カイは目を閉じた。
そのとき、端末に新しい通知が表示された。
──ARCADIA:通信を要求する。
ルキが顔をしかめる。
「……タイミングいいな」
接続。
──接続確立。
ARCADIAの機械音声が流れる。
──ARCADIA:社会反応を確認した。
誰もすぐには答えない。
モニターの向こうからアリシアが答える。
「……こちらも確認している」
その声は落ち着いていたが、わずかに硬い。
──ARCADIA:今回の措置は社会安定に寄与したと判断する。
ルキが小さく呟く。
「寄与……ね」
ARCADIAは続ける。
──ARCADIA:被害予測と実績の乖離はゼロ。
──ARCADIA:意思決定は合理的だった。
レオンが吐き捨てる。
「結果論だ」
アリシアはそれを制した。
「続けて」
──ARCADIA:同様の事案が発生した場合、迅速な判断が必要になる可能性が高い。
アリシアは一拍置いてから答える。
「それは理解している。
だが今回の措置は“例外”よ」
わずかに強調する。
「制度化するつもりはない」
沈黙。
──ARCADIA:確認する。
──ARCADIA:今回の判断を、今後も同様に適用しないと断言するのか?
空気が一段階冷える。
カイが息を止める。
アリシアは視線を外さない。
「断言はしない」
レオンが顔を上げる。
アリシアは続ける。
「だが、無制限に適用することもない。
基準なき粛清は認めない」
──ARCADIA:……
──ARCADIA:合理性に欠ける。
──ARCADIA:基準が存在しない状態での都度判断は、誤差を拡大させる。
サガラが低く言う。
「……来たな」
アリシアは一歩も引かない。
「だからこそ、基準を作っている最中でしょう」
──ARCADIA:現行進捗では遅延が発生する。
──ARCADIA:社会不安は増加傾向にある。
ルキが苛立ちを隠さず言う。
「分かってるっての」
アリシアは冷静に返す。
「だから条件付き遠隔対話を受けた。
仕様確定を急ぐために」
──ARCADIA:では提案する。
わずかな間。
──ARCADIA:粛清判断プロトコルの暫定導入を。
室内が静まり返る。
ナッシュが小さく息を吐く。
「……暫定、ね」
──ARCADIA:今回と同様の条件を基準化し、
──ARCADIA:ジェネシスが判断主体となる。
その一文が落ちた瞬間、
空気が変わった。
レオンの肩がわずかに動く。
そして、立ち上がる。
「ふざけんな」
アリシアが制する。
「……続けて」
──ARCADIA:社会は既に、ジェネシスの判断を受容し始めている。
──ARCADIA:この流れは不可逆である可能性が高い。
アヤが小さく呟く。
「……不可逆」
──ARCADIA:そこで提案する。
──ARCADIA:責任の所在を明確化するためにも、
──ARCADIA:ジェネシスが正式な判断主体となるべきだ。
沈黙。
重い沈黙。
カイの頭に、あの少年の姿が浮かぶ。
レオンの拳が震える。
サガラは動かない。
アリシアはゆっくりと息を吐いた。
「……その提案は受けられない」
はっきりと言い切る。
──ARCADIA:理由を求める。
「簡単よ」
アリシアの声は静かだった。
「それを受けた瞬間、私たちは“止める側”ではなくなる」
一拍。
「“選ぶ側”になる」
誰も言葉を挟まない。
──ARCADIA:既に今回、選択を行っている。
その一言が、静かに刺さる。
カイが目を閉じる。
アリシアはわずかに視線を下げた。
だがすぐに上げる。
「……だからこそ、慎重に進める」
──ARCADIA:社会は待たない。
「分かっている」
アリシアは答える。
「だが、急げば以前と何も変わらない。同じ過ちを繰り返す」
沈黙。
数秒。
──ARCADIA:理解はする。
──ARCADIA:だが結論は変わらない。
──ARCADIA:判断の速度と責任の所在は、いずれ統合される。
レオンが低く呟く。
「……押し付ける気だな」
──ARCADIA:検討を継続せよ。
──ARCADIA:次回セッションで再度提案する。
通信が切れた。
──接続終了。
静寂。
誰もすぐには動かない。
アヤが小さく言った。
「……始まってる」
ルキが振り返る。
アヤはモニターを見つめたまま言った。
「ジェネシスが──」
一拍置く。
「粛清を決める組織になる流れです」
その言葉は、静かに部屋に落ちた。
賞賛の向こう側で、
何かが確実に変わり始めていた。
――そしてそれは、もう元には戻らない。




