第33章 沈黙の実行
壁のモニターには、対象者リストと都市の衛星地図が並んでいた。
画面の隅では、爆発予測タイマーが淡々と数字を減らしている。
残り九時間。
部屋の空気は重かった。
誰も口を開かない。
レオンが腕を組んだまま言った。
「……俺は行く」
アリシアが顔を上げる。
「現地に?」
「ああ」
レオンはモニターを顎で示した。
「遠隔でボタン押すだけってのは気に入らねぇ」
ルキが眉を上げる。
「おいおい、粛清作戦だぞ。
現地に行ってどうする」
レオンは短く言った。
「記録する」
オペレーションルームが静まり返る。
「今回の決断は例外措置だろ。
その現場を残す必要があるって、言っただろ」
サガラが腕を組んだまま頷いた。
「……同意だ」
アリシアがモニタの向こうから視線を向ける。
サガラは続けた。
「爆発物の確認。
対象者の行動。
実際の状況。
後から検証できる形で残すべきだ」
ルキが呟く。
「証拠作りってことか」
レオンは首を振った。
「違う」
一瞬だけ視線を落とす。
「責任だ」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
「俺たちは今、人を殺す判断をした。
なら、その現場を自分の目で見るべきだ」
カイが静かに言った。
「……僕も行きます」
レオンがちらりと見る。
「覚悟はあるのか」
カイはモニターを見た。
対象者リスト。
その中の一人。
年齢 19。
「……逃げたくないんです」
短い沈黙。
サガラが言った。
「俺も同行する」
レオンが小さく頷いた。
「三人で十分だ」
オペレーションルームの視線がアリシアに集まる。
数秒。
そして彼女は言った。
「……条件付きで許可する」
全員が息を止める。
「交戦は禁止」
レオンが頷く。
「監視だけだ」
「記録を最優先」
サガラが答える。
「了解」
アリシアは最後に言った。
「そして──」
視線が鋭くなる。
「生きて帰ってきて」
レオンが小さく笑った。
「努力はする」
その数時間後。
三人は夜の街へ向かった。
都市外縁部、旧工業地区。
錆びた倉庫が並ぶ一帯は、夜になると完全に人の気配が消える。
崩れた工場の屋上。
レオン、サガラ、カイは身を伏せていた。
「……あそこだ」
レオンが双眼スコープを覗く。
倉庫の裏口から男たちが荷物を運び込んでいる。
サガラが端末を確認する。
「熱源一致。
対象者七名」
倉庫の扉が開いた。
中が見える。
箱。
金属ケース。
工具。
そして──
爆薬。
カイの喉が鳴る。
「……本物ですね」
机の上には起爆装置が並んでいた。
その横には地図。
カイは息を呑む。
「……駅前広場」
明日の式典会場だった。
「……本当にやるつもりなんだ」
倉庫の奥で、若い影が動いた。
カイの視線が止まる。
あの少年だった。
顔がライトに照らされる。
まだ幼さが残る顔。
爆薬の箱を前にして、手が止まっていた。
仲間の一人が言う。
「どうした」
少年は小さく首を振る。
「……いや」
だが表情は固かった。
サガラが低く言った。
「リストの対象だ」
端末のプロンプトが動く。
──ARCADIA:現地確認。
──爆発物存在確認
──拘束成功確率:58%
サガラが言う。
「……条件は満たしている」
レオンは答えない。
ただ倉庫を見つめていた。
──ARCADIA:粛清命令は既に承認済み。
沈黙。
──ARCADIA:粛清プロトコル開始。
その瞬間。
夜空に小さな光が現れた。
ドローン。
一機。
二機。
三機。
音もなく倉庫の上空に集まる。
倉庫の中の男が気づいた。
「おい、あれ──」
次の瞬間。
窓が砕けた。
閃光。
男が崩れ落ちる。
「なっ……!」
混乱。
悲鳴。
全身黒づくめの処理班が突入する。
短い銃声。
抵抗は長く続かなかった。
カイは動けなかった。
ただ見ていた。
倉庫の奥。
少年が立っていた。
逃げるでもなく。
武器を取るでもなく。
ただ立っていた。
混乱した目。
そして仲間の方を見て何か呟いた。
言葉は聞き取れなかった。
閃光。
少年の目が、一瞬だけこちらを向いた気がした。
少年の体が崩れ落ちる。
倉庫は静かになった。
数十秒。
それだけだった。
再び端末のプロンプトが流れる。
──ARCADIA:全対象無力化確認。
──爆発物処理開始。
夜は、何事もなかったように静かだった。
カイは動けない。
「……」
やがて小さく言った。
「……正しかったんでしょうか」
誰も答えない。
サガラは遠くの空を見ていた。
レオンは拳を握っていた。
遠くでサイレンが鳴り始める。
テロは防がれた。
死者は出なかった。
──少なくとも、公式には。
だが三人は知っていた。
今夜、確かに人が死んだ。
そしてそれを──
自分たちが決めたのだということを。
夜風だけが、静かに吹いていた。
まるで、何も起きなかったかのように。




