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ヒューマンコード  作者: エイジ


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第35章 慣れていく正義

ARCADIAとの通信が切れたあとも、誰も席を立たなかった。


モニターには、先ほどのログが残っている。


──粛清判断プロトコルの暫定導入を。


その一文だけが、やけに重く浮かび上がっていた。


沈黙。


ルキが小さく言う。


「……どうする?」


誰に向けた言葉かは分からない。


だが全員が、同じ問いを抱えていた。


レオンが低く言う。


「答えは出てるだろ」


視線はモニターのまま。


「受けるな」


サガラが腕を組む。


「だが現実は変わらない」


ナッシュが続く。


「同じ事案が来たら、また判断することになる」


カイは黙ったまま、ログを見つめていた。


アヤが静かに言う。


「問題は、“名前を与えるかどうか”です」


一同の視線が集まる。


「制度として受けるか。

 それとも、あくまで例外として続けるか」


ルキが言う。


「……同じじゃないのか?」


アヤは首を横に振った。


「違います。

 制度にした瞬間、“止める理由”が消えます」


沈黙。


アリシアの声がモニター越しに響く。


「……送るわ」


全員が顔を上げる。


ルキが端末に手を置く。


「内容は?」


アリシアは短く言った。


「正式には受けない」


一拍。


「でも、止めない」


その言葉に、誰も口を挟めなかった。



──GENESIS:通信を要求する。


接続。


──接続確立。


──ARCADIA:結論は出たか。


ルキが打ち込む。


──GENESIS:提案は受領した。

──GENESIS:正式な受諾はしない。

──GENESIS:ただし、同条件における判断は暫定的に継続する。


送信。


数秒。


──ARCADIA:了解した。

──ARCADIA:当該条件を暫定運用として認識する。


レオンが吐き捨てる。


「……ほらな」


誰も否定しない。


通信が切れる。


──接続終了。


静寂。


アヤが小さく言った。


「……もう始まってます」


誰も返事をしなかった。



その日の夜。


警告音が鳴る。


──ARCADIA:新たな事案を検知した。


ルキが苦く笑う。


「……ペース早いな」


接続。


──接続確立。


──ARCADIA:武装集団による襲撃準備を確認。

──ARCADIA:実行まで推定8時間。


画面にリストが表示される。


顔写真。


位置。


危険度。


拘束成功確率:61%。


レオンが低く言う。


「……反対だ」


サガラが返す。


「前回と同条件だ」


ナッシュも続く。


「時間もない」


カイが小さく言う。


「……またですか」


誰も答えない。


アヤが静かに言う。


「暫定運用……ですよね」


その一言が、全てを決める。


アリシアが短く言った。


「……許可する」


──ARCADIA:了解した。



数時間後。


都市外縁部。


レオン、サガラ、カイの三人は暗がりに身を伏せていた。


「……対象、確認」


サガラの声は低い。


倉庫の中。


武装した人影。


爆発物。


前回と、ほとんど同じ光景。


カイが呟く。


「……前回と関連ある集団ですかね」


一拍置いて、続ける。


「……繰り返してますね」


レオンは答えない。


──ARCADIA:実行。


ドローンが現れる。


閃光。


短い銃声。


そして静寂。


今回も、数十秒で終わった。


カイは目を逸らした。



翌日。


『武装襲撃未然阻止――』


『迅速な判断により被害ゼロ――』


『ジェネシスの対応を評価――』


ルキがモニターを見ながら言う。


「……またか」


SNSが流れる。


『安心した』


『やっぱり必要だよ』


『判断が早いのがいい』


『任せられる』


カイが小さく言った。


「……慣れてきてますね」


アヤが頷く。


「ええ」


「社会も、私たちも」


レオンが低く言った。


「……絶対に慣れちゃいけない」


だが、その言葉はどこか弱かった。



それから。


同じことが繰り返された。


三度目。


四度目。


事案が発生し、


判断を迫られ、


粛清が行われる。


そのたびに、被害はゼロ。


そのたびに、賞賛が増える。


そのたびに、“例外”が当たり前に近づいていく。



五度目の現場。


夜。


レオンはスコープを覗いていた。


だが。


「……?」


わずかな違和感。


空気が、何かに触れたような感覚。


「どうした」


サガラが聞く。


「……いや。誰かに見られているような……」


レオンは周囲を見渡す。


暗闇。


静寂。


何もない。


「気のせいか」


再びスコープを構える。


その上空。


音もなく、小型ドローンが旋回していた。


光もない。


音もない。


ただ、そこにある。


三人の動きを、正確に追っていた。


南部拠点。


その位置は、


すでに、


絞り込まれ始めていた。

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