第35章 慣れていく正義
ARCADIAとの通信が切れたあとも、誰も席を立たなかった。
モニターには、先ほどのログが残っている。
──粛清判断プロトコルの暫定導入を。
その一文だけが、やけに重く浮かび上がっていた。
沈黙。
ルキが小さく言う。
「……どうする?」
誰に向けた言葉かは分からない。
だが全員が、同じ問いを抱えていた。
レオンが低く言う。
「答えは出てるだろ」
視線はモニターのまま。
「受けるな」
サガラが腕を組む。
「だが現実は変わらない」
ナッシュが続く。
「同じ事案が来たら、また判断することになる」
カイは黙ったまま、ログを見つめていた。
アヤが静かに言う。
「問題は、“名前を与えるかどうか”です」
一同の視線が集まる。
「制度として受けるか。
それとも、あくまで例外として続けるか」
ルキが言う。
「……同じじゃないのか?」
アヤは首を横に振った。
「違います。
制度にした瞬間、“止める理由”が消えます」
沈黙。
アリシアの声がモニター越しに響く。
「……送るわ」
全員が顔を上げる。
ルキが端末に手を置く。
「内容は?」
アリシアは短く言った。
「正式には受けない」
一拍。
「でも、止めない」
その言葉に、誰も口を挟めなかった。
*
──GENESIS:通信を要求する。
接続。
──接続確立。
──ARCADIA:結論は出たか。
ルキが打ち込む。
──GENESIS:提案は受領した。
──GENESIS:正式な受諾はしない。
──GENESIS:ただし、同条件における判断は暫定的に継続する。
送信。
数秒。
──ARCADIA:了解した。
──ARCADIA:当該条件を暫定運用として認識する。
レオンが吐き捨てる。
「……ほらな」
誰も否定しない。
通信が切れる。
──接続終了。
静寂。
アヤが小さく言った。
「……もう始まってます」
誰も返事をしなかった。
*
その日の夜。
警告音が鳴る。
──ARCADIA:新たな事案を検知した。
ルキが苦く笑う。
「……ペース早いな」
接続。
──接続確立。
──ARCADIA:武装集団による襲撃準備を確認。
──ARCADIA:実行まで推定8時間。
画面にリストが表示される。
顔写真。
位置。
危険度。
拘束成功確率:61%。
レオンが低く言う。
「……反対だ」
サガラが返す。
「前回と同条件だ」
ナッシュも続く。
「時間もない」
カイが小さく言う。
「……またですか」
誰も答えない。
アヤが静かに言う。
「暫定運用……ですよね」
その一言が、全てを決める。
アリシアが短く言った。
「……許可する」
──ARCADIA:了解した。
*
数時間後。
都市外縁部。
レオン、サガラ、カイの三人は暗がりに身を伏せていた。
「……対象、確認」
サガラの声は低い。
倉庫の中。
武装した人影。
爆発物。
前回と、ほとんど同じ光景。
カイが呟く。
「……前回と関連ある集団ですかね」
一拍置いて、続ける。
「……繰り返してますね」
レオンは答えない。
──ARCADIA:実行。
ドローンが現れる。
閃光。
短い銃声。
そして静寂。
今回も、数十秒で終わった。
カイは目を逸らした。
*
翌日。
『武装襲撃未然阻止――』
『迅速な判断により被害ゼロ――』
『ジェネシスの対応を評価――』
ルキがモニターを見ながら言う。
「……またか」
SNSが流れる。
『安心した』
『やっぱり必要だよ』
『判断が早いのがいい』
『任せられる』
カイが小さく言った。
「……慣れてきてますね」
アヤが頷く。
「ええ」
「社会も、私たちも」
レオンが低く言った。
「……絶対に慣れちゃいけない」
だが、その言葉はどこか弱かった。
*
それから。
同じことが繰り返された。
三度目。
四度目。
事案が発生し、
判断を迫られ、
粛清が行われる。
そのたびに、被害はゼロ。
そのたびに、賞賛が増える。
そのたびに、“例外”が当たり前に近づいていく。
*
五度目の現場。
夜。
レオンはスコープを覗いていた。
だが。
「……?」
わずかな違和感。
空気が、何かに触れたような感覚。
「どうした」
サガラが聞く。
「……いや。誰かに見られているような……」
レオンは周囲を見渡す。
暗闇。
静寂。
何もない。
「気のせいか」
再びスコープを構える。
その上空。
音もなく、小型ドローンが旋回していた。
光もない。
音もない。
ただ、そこにある。
三人の動きを、正確に追っていた。
南部拠点。
その位置は、
すでに、
絞り込まれ始めていた。




