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ハードボイルド桃太郎  作者: 閃光
犬編
21/24

犬 その5

 「桃太郎よ、人間というものは時に我々のような獣には想像もつかないような戦い方をすると予てより知っている。彼らはどのような手段でゴンを手に掛けたのか、お主はわかるか?」

逆立った毛と剥き出しにされた鋭い牙から発せられる禍々しい殺意とは裏腹に、チビの声色からは冷静さと気高さが感じられた。

「すまないが俺にもヤツらがどんな手を使っているのかわからない。ただ一つ気付いたことがある。」

桃太郎は男達に視線を落としたまま、低い唸り声を上げるチビの横に並んだ。


 丘の斜面を悠々と歩き群れへと近付いてくる男達。その姿に桃太郎は違和感を持っていた。

「チビ、なぜヤツらが横並びになったままこちらへと近付いてくるのか、その理由がわかるか? 俺も兵法に明るいわけではないが、たったの三人でこれだけの数の相手をしなければならない状況において、足並みを揃えて真正面から向かってくるなんていくら何でも策が無さすぎるとは思わないか?」

チビの目は依然歩み寄る男達を鋭く睨みつけていた。


「私達山犬の群れは狩りにおいてある策を取ることが多い。通常であればゴンがしたように一匹が獲物に飛びつき、それに続いて他の者達が獲物を囲い込むように四方から襲い掛かるのだ。それは獲物を確実に追い込む為でもあるが、何よりも一カ所から集中して攻撃を仕掛ければ下手をすると獲物からの強烈な一撃で多数の者が傷を負うことになるからだ。」

「その点においては山犬も人間も同じ考えを持っているようだな。そうだとするならば、やはり彼らの取っているあの陣形には確実に何かしらの意味があると見ていいだろう。」


 丘の中腹まで歩を進め、ゆっくりと近付いてくる男達。その様子を見て、群れの中の一匹の山犬がチビと桃太郎の間をすり抜け彼らに飛び掛かった。宙に放たれた彼の背中は無骨に隆起し歪な弧を描いていた。


 一瞬の出来事だった。飛び掛かる山犬の軌道を読み、身を屈め一歩後ろへ退いた大柄な男。彼の頭上を慣性のままに通り過ぎる山犬。丘の麓に足を着いた時、彼は既に絶命していた。殺意を持って開かれた口の端から一直線に切り込みを入れられた体は背骨を境に真っ二つに切り分けられ、その背中が滑るように地面へと落とされた。背中を落とされた彼の体は、その断面から鮮血をこぼし始めると力なく地面に倒れ込んだ。肩越しに彼が亡骸となったことを確認した両脇の小柄な男達は、細い両手で何かを手繰り寄せるような仕草を見せていた。チビの鋭い眼光はその様子を見逃さなかった。


「全く無策なヤツよのう。仲間がやられた直後だというのに飛び掛かってくるなんて、これぞまさに犬死にってやつだねえ。」

大柄な男は屈めた身を起こし、薄ら笑いを含んだ声色で呟いた。


「お主ら! なんの策も無しにただ殺意のままに飛び掛かるのはよすのだ!」

民家の屋根からチビの横に降り立った群れの頭は、体重を支え切ることができずに前脚の膝を地面に食い込ませた。

「桃太郎よ、お前が言うようにヤツらの陣形には何かしらの意味があるようだ。私が森の中で襲い掛かった時にも、ヤツらは同じ陣形を取っていた。そしてチビよ――」

頭はチビに目を向けるとゆっくりと瞼を下ろし、再び目を開け話を続けた。

「お主ももう気付いているだろう。ヤツらがどのようにして我らが群れの二匹の戦士達の命を奪ったのか。」

チビに語り掛ける彼の口調には、息子に対する対等さを思わせるような雰囲気があった。

「父上、両脇の男達は恐らくその間に何かを張り巡らせている。ヤツらが何かを手繰り寄せるような動きを見せたことや、中央の男がしきりに身を屈める様子からもこの読みは間違いないでしょう。」


「私達は暗闇でも辺りの物を判別できる目を持っている。その視力を以ってしても若き戦士たちはそれに気付くことができなかった。」

頭は地面に着いた膝を上げ、四本の脚で力強く土を掴んだ。


「つまりヤツらが張っているその何かは暗闇に紛れさせる為に黒色に染められているか、お前達山犬が備える暗闇の中でも物を判別できる視力を以ってしても気付くことができぬ程に細いものであるか。あるいはその両者であるか。」

桃太郎はチビの背中越しに頭の横顔に目をやった。

「青年よ、やはりお主は見どころのある者のようだな。感心したものだ。そうとあらば、どのように戦えばいいのかわかるな、チビよ。」


「はい、父上。また正面からヤツらに襲い掛かれば命を落とすことになります。ヤツらがゆっくりとこちらに歩を進めているのも、私達が悠長に話をしている所に攻撃を仕掛けてこないのも、私達がヤツらに襲い掛かるように誘導してのことでしょう。」

チビはそう言い、桃太郎に目を向けた。

「桃太郎、お主の刀、切れ味の方は申し分ないのか?」

「実はまだこの刀で何かを切ったことはないんだがな……。俺達の読み通り、ヤツらが用いているものが目にも見えぬような細い糸のようなものだとしたら、それを切るぐらいなら問題ないだろう。」

チビは桃太郎の言葉を聞き、身を屈めた。それを見た桃太郎も刀の柄を握りしめ、重心を落とし後ろに下げた左足の踵を浮かせた。


「桃太郎、私の考えはお主にもわかるであろう。それでは……行くとするぞ!」

地面を蹴り土を巻き上げ、チビは風のように丘を駆け下りていった。しかし彼の向かった方向は中央の男の方ではなく、右に並んだ小柄な男の方であった。


「やっぱりさあ、そう来るよねえ。」

右側の男は体をしならせ、襲い掛かるチビの爪を躱した。その様子を見た他の二人の男達も、チビの攻撃を予見していたと言わんばかりに落ち着いた動作でチビから身を退けた。


 ――その直後、大柄な男の視野の端に火花が上がった。


 鞘から引き抜かれ斜めの軌道を描き振り上げられた刀が、金属が摺れる音を上げて空を切った。桃太郎の腕に宙に浮く糸の束のような物を切り落とした手応えが伝わった。弛みなく張られたその細い糸のような物が切れ、反動で体をよろつかせる左右の男達。桃太郎は無防備に体を開いた左の男に刀を振り下ろした。


 その刃先が男の左肩に触れる寸前、桃太郎の中に存在する何かが刀の軌道を阻んだ。男は桃太郎に生じた一瞬の隙を見逃さなかった。


「あれ、もしかして、人を切ったことがないの?」

男はよろけた体を右足で制し、崩れた重心を振り子のように桃太郎の方へと返した。勢いよく投げ出された彼の右の拳が、刀を止め隙だらけになった桃太郎のみぞおちに鋭く食い込んだ。


 くの字に曲げられた体。開いた口から吐き出される唾液。意志に反して呼吸を止める体は桃太郎から思考力を奪い去った。力なく開かれた手から刀が抜け落ち足元に転がる。微かに残された闘志が桃太郎を支えていたが、数秒の後に彼の体は地面に崩れ落ちた。


「やっぱりさあ、人を殺せないと殺される側になっちゃうよね。」

男は桃太郎の傍に横たわった刀を丘の斜面の下を目掛けて蹴り上げた。

大柄な男はその様子を見て、肩に担いだ鎚を大きく振り上げた。桃太郎の頭を目掛けて振り下ろされる鎚。目をにやつかせ、小声で笑い肩を上下させる小男達。地震のような揺れと共に、辺りに短く鈍い音が響き渡った。



 ――桃太郎に振り下ろされた筈の鎚は、大男の背面に転がっていた。その柄は、切り落とされた男の右手に握られていた。


 男の目の前には桃太郎の刀を咥えたチビの姿があった。彼らに背を向けたまま肩越しに威圧的な視線を送るチビの顔は、男の腕から噴き出した血飛沫でまばらに染まっていた。地に両膝をつき苦悶の表情を浮かべる大男は、右手を失ってもなお左手の松明を手放していない。


「野郎……。調子に乗りやがって……。」

肩を大きく上下させる大男の口から絞り出すように吐き出された声には、私怨の混じった殺意が含まれていた。


「桃太郎よ……。お主、人間にしては図体が大きいと思っていたが、案外に情けない奴だな。」

チビは狼狽える男達を横に桃太郎に近寄り、彼の横に刀を置いた。呼吸を取り戻した桃太郎は地面の土を抉りながら刀の柄を右手に掴んだ。彼は躊躇なく大男の右手を切り落としたチビの中に、自身が欠いていたものを見出した。


「チビ、ヤツらがどんな手を使ってお前らの仲間を殺めたのかわかったぞ。両端の小男らは黒く細い糸で編んだ網を大男の前に張り巡らせていたようだ。恐らくゴンはそれに行く手を阻まれた一瞬の隙に鎚を食らったのだろう……。そして、俺がそれを切った時に火花が上がった。恐らくそれは鋭く磨かれた針金か何かだろう。」

「そうか、聞けばなんともチンケな手だ。」

チビは吐き捨てるように言うと、狼狽える男達に飛び掛かろうとした。


「そうだよ。ばれてしまったなら同じ手はもう使えないよね。仕方ない……。」

桃太郎に一撃を食らわせた男は、腰に提げた瓢箪を手に取りその中身を口に含み、うずくまる大男の左手から松明を奪い取った。


 その小男は顔の前に松明をかざすと、手拭いをたくし上げ口に含んだ液体を勢いよく噴き出した。口から噴き出された霧は松明の炎を通り、煌々と辺りを照らす大きな火炎となった。一瞬の後にその火炎は姿を消し、地面に転がった松明だけが辺りをぼんやりと照らしていた。突然の光に視力を奪われた桃太郎達の前に残されていたのは、漸く呼吸を落ち着かせ、足元の松明の灯りの中に佇む大男の姿だけだった。


「よくもこの俺の右手を切り落としてくれたねえ、犬っころが……。まあ、これからお前らにはこの俺が味わった何倍もの苦痛を味わわせてやるからよ。」

男は足元に転がった松明を口に咥え、切り落とされた右手の中の鎚を左手で拾い上げた。


「桃太郎、油断するな。なぜだかわからぬが消えた二人の匂いが感じられぬのだ。」

チビの耳は小刻みにその方向を変えていた。

「ああ、勿論だ。」


 桃太郎がそう言い終わらないうちに、チビが小さな声を漏らし地面に倒れ込んだ。彼の右前脚には矢が刺さっていた。


 不敵な笑い声を漏らしながら肩を上下させる大男。チビの横に膝をつき、大男を睨みつける桃太郎。彼の額には脂汗が浮かんでいた。


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