8夜のホテル
人波が引いた頃にゆっくりと誠たちはスカイモスクを降りると、その後はホテルのレストランで夕食を取った。
独特のラミール料理のフルコースだ。
子豚の丸焼きなど中華系の料理と、海産物を蒸し焼きにしたラミール料理、イギリス統治時代のヨーロッパ料理が混ざった不可思議な、スパイシーで美味しい晩餐だった。
特に誠が気に入ったのがミートパイだ。
独特のスパイシーなパイで本当に美味しい。
山盛りのデザートとフルーツを食べ、誠は自室に帰った。
シャワーを浴びて、今日書いたノートに目を通しながら美容師の高橋が好きで誠も気に入ったイキモモガタリの音楽を聴いてリラックスすると、軽くストレッチをしてホテルのプールとジムで軽く汗を流し、何故か最近ハマっているサウナに入った。
誠は本来は運動を始め辛いことは全て嫌いだったが、内調に入ってから死にたくないのでトレーニングを始め、ストレッチをし、筋トレも始めた。
サウナも苦しいのだが、解放された時の快感が予想以上に気持ちよかった。
整う、とこ言う感覚は分からないが、それはバタフライや渡辺によると、ある程度大人にならないと分からない感情らしかった。
さっぱりした誠は、ホテル最上階の展望ラウンジから透過してラミールの空中を眺めた。
綺麗な夜景を眺め、星を見ていると。
「誠、何かが来るよ」
トカゲの信が誠の首元に出て、教えた。
夜空に現れたのは、つや消し黒の、大型犬程の機体の飛行機のように見えた。
ほとんど肉眼では見えないのだが、影繰りは闇でも普通に見えるため、それをみとめた。
タン、と抑えた発射音がして、機関砲弾が単発で撃ち込まれる。
透過するまでもなく、急上昇で交わした。
軍のドローンだろうか?
しかしラミールに、見たところプロペラ起動ではないらしい、高速ドローンを作る開発力などあっただろうか?
ドローンにジェットエンジンを使うには、航空機の何分の一かのエンジンを作らねばならない。
エンジンとは、その機械の中で常に可燃物を爆発させ、推進力を得る機械だ。
それを何年、何十年と安全に繰り返させるのは至難の技であり、原子炉は別として、特にジェット燃料を起動させるのは最高難易度の工業技術がいる。
見たところ、ドローンはずんぐりとした流線型で、ドングリが横になって跳んでいるかのようだった。
羽根は超音速機のように小さく、分からないが特別なカタパルトのようなもので打ち出したような気もする。
飛行場から飛び立てるような形をしていないのだ。
だがドローンはAIでも付いているのか誠を補足しており、弧を描いて旋回すると誠を追尾してきた。
かなり高性能なドローンだ。
動く飛行物体、この場合は誠だが、とドックファイトが出来るドローンなど前代未聞ではないだろうか?
それとも操縦者が遠くにいるのか?
こういうものがあるなら、なにも核ミサイルなど買わなくてもいい気がする。
大きさも小型だし、空母でなくても積めそうだし、かなり多用途に使える優秀そうな兵器なはずだ。
誠は蛹弾を撃ってみるが、カーンと乾いた金属音と共に弾かれた。
おそらく銃弾ぐらいははじくのではないか。
背後を取って接近してみるが、なんと……。
ドローンは空中で消えてしまった。
え、UFO?
流石にそんな訳も無いので、もしや……。
嫌な予感だが、あれはドローンではなく、影なのかもしれなかった。
確かに石油は出るとはいえインドシナの小国ラミールで、超高性能AI装備の万能ドローンが開発された、と考えるよりは、影能力と考えたほうが現実的なような気が誠はした。
宇都宮の日光街道と並行して走る宇都宮環状線沿いに、高い塀を備えた、しかしかなり古臭い建物があった。
敷地は広大だ。
幾つもの古いビルが並び、高電圧を使うものか高い電線塔も建っている。
株式会社ピークスマイルなる古びた金銅製の看板がコンクリートの塀に埋まっていた。
人の出入りは多くない。
実のところ、ビルの内部のほとんどはスーパーコンピュータが占めており、それらのメンテを行う職員は、敷地内の寮に住んでいる。
それらの職員も、そのスーパーコンピュータが何をしているのかは知らなかった。
ただ、維持管理に人手が必要であり、常に詰めている必要がある、というだけの事だ。
無論、研究棟という建物もあり、白衣の男女も数名いた。
研究棟には誰も近づけないようになっており、海外の軍人崩れを警備に使っていた。
眼鏡の女性、アラサーの田中は顔パスで棟に入り、エレベーターで地下に降りた。
カーペットタイルの廊下を進み、カードキーで部屋に入る。
中には巨大な水槽があって、奇怪な人間とザリガニの合成されたような生き物が、無数の管を身体に刺されて眠っていた。
数ヶ月前に東京に出没した奇怪な怪物の一体を、極秘に入手したものだ。
ゲノム解析の結果、人ともザリガニとも違う遺伝子が発見され、田中の研究は飛躍的に進んだ。
幾つもの人工胎児が作られ、それまで影繰りの遺伝子を使っても百パーセント陰繰りにするのは不可能だったが、このM遺伝子を使えば、影繰り程度は簡単に培養出来た。
ただし、そんな兵隊を作るのが田中の目的ではない。
メシア……。
誰も会ったことのない、どんな能力を持つかも分かりようのない、奇跡を起こせる、人であって人ならざるもの。
それが田中に課された課題だった。
悟る、とされる僧侶の遺伝子は何百人とゲノム解析をした。
大半がただの人間だったが、一部、影繰りに近い細胞が活性化していた。
が、悟りはメシアではない。
アインシュタインも三島由紀夫もメシアではない。
天皇も、エリザベス女王もローマ教皇もメシアとは到底呼べず、だから内調に保管されていた全国民のゲノム情報が欲しかったのだ。
それはあるルートで手に入れられたが、依然、メシアとは何なのか、という問いに答えがない以上、研究は進まなかった。
M遺伝子で様々な子供が生まれた。
手かざしで傷を癒すもの。
PSI能力を持つもの。
身体を浮かす者も作られた。
が、小田桐誠と呼ばれる影繰りの少年に比べたらライト兄弟のライトフライヤー号と超音速機ぐらいに違った。
小田桐誠の髪なども入手出来たが、確かに影能力は発達していたが、だからメシアなのか、と聞かれれば首を傾げざるを得ない。
普通の人間だからだ。
情報では、内調、いや組織が変わったため諜調では神と接触したらしい。
神が本当に存在するのであれば、いかに優秀でも小田切誠はどうしょうもなく人間だった。
メシアとは何なのか?
最低でも神の仲立ちをする人間でなければならない。
小田切誠のように自らの力で飛べるのではなくとも、神の力を借りて同じ事が出来なくてはならない。
そして人類を次のフィールド、ハルマゲドン以後に運ぶのが、最低でもメシアの役目のはずなのだ。
「どう?
39号は?」
マイクで問うと、AIが、
「はい、IQテストで三百点を出しました」
そこに神の介在はあったのだろうか?
「40号は?」
鋼鉄の塊を二つに割りました」
それはメシアの力だろうか?
「41号は?」
「相変わらず、ウサルくんが困っている、と夢を見たそうです」
41号は同じウサル君の夢を見続けている。
それがメシアなのか?
しかし、組織では、目ぼしい胎児を有力政治家の家系などに紛れ込ませ始めている。
彼らは赤ん坊がメシアであろうが無かろうが、バラまけば何かが起こるかもしれない、と思っているようだが、田中は現状メシアの定義も分からないでいるのだった。
誠は美鳥に、ドローンのような影繰りの話をし、すぐに自室に帰るとシャワーを浴びて少しギターの練習をすると、眠った。
「えー殺人事件?
青山さんとかのテリトリーじゃないの?」
カブトは車の後部座席で、隣の川上の膝にわざと靴底が付くように足を組んで、文句を言った。
川上は川上で、なんで俺なんだ、と悲嘆していた。
まだ小百合とかユリコなら、カブトをなだめたり煽ったりして話を聞かせられるだろう。
無論、誠が最適任ではあるが。
だが川上は、確かに幾つかの戦いは経験したものの、やはり成長過程であり、自分でも自分がどうなるのか分からない。
カオナシコーチは、どんどん良くなっている、とは言ってくれていたが、誠と言う隠れ蓑無しでカブトと向き合うとは、どう考えても荷が重い。
「相手は素手で五人の半グレを殺しています。
影繰りの犯罪、と警察も認定しています」
運転席のスーツの初老男性も、警察や自衛隊でそれなりの身分の人の筈だが、カブトは不平たらたらだ。
「戦うならいーよ、いつでもやってやんよ。
でも現場に行って俺もただのアホだし、この川上も……、まあ、こいつは耳や鼻がいいからなんか見つけるかもだけどさぁ。
俺に何を求めてるのさ」
誠が学校にいないのと、偽誠が八方美人に動き回るのが気に入らず、カブトのフラストレーションは発火寸前、ぐらいだった。
「おっしゃるように、まずは川上さんのボディガード。
それに現場の長いカブトさんなら、何か感じるものがあるかも、という事のようです」
カブトは川上の膝にグリグリ足をつけて、
「あーあ。
ついに川上の露払いにさせられちゃったよ」
カブトが嘆くうちに、車は川崎の埠頭に続く、薄暗い通りに到着した。
「影繰りの臭い、一人で、また子供っすね」
川上は車を降りるなり、仕事を始める。
「おー、パンチで胸を突き抜いてるのか。
ユリコ以上のパワーかもな」
カブトもボヤいてた割に仕事を始める。
「血の足跡。
小さいね」
カブトが言うと、現場の警官が23センチの子供用の足が速くなるとかいう靴だそうです」
「いや、まだ近くにいるッスよ、カブトさん!」
周囲は高いビルだったが、ポン、と子供が難なく飛び降りてきた。
「へー、あんたらが内調って奴か。
強いんだって?」
カブトは、いきなり生き生きとして。
「おー、強いよ、お前、小学生か?
最近の小学生、半ズボンとか履いちゃうの?」
赤いTシャツと白い半ズボンの、あまり小学生らしくないファッションの少年だった。
「どこ小よ、お前?」
言いながらカブトの周囲に炎が回り出す。
「俺に勝ったら教えてやるよ」
小学生が生意気そうに語った。




