9恐るべき子供達
カブトは、やや敵の見た目をナメ過ぎだ、と川上は思った。
誠と親しいせいか、影の強さが臭いと言うか、圧というか、感覚で感じられるように川上はなっていた。
そして目の前の、身長百三十あるかないか、の少年は、とても強い圧を感じる。
諜調の小学生五人組をまとめて相手にするより、もしかしたら危険かもしれなかった。
カブトは身体の周りに火球を張り巡らせ、両手両足からも火炎を発生させている。
「へー火を使うんだね。
面白いけど、接近戦じゃなくね?」
小学生の方は、両手を空手ともボクシングともつかない感じに構えていた。
だが一発のパンチで肋骨で守られているはずの胸を貫通するほどのパンチ力なら、格闘技など習うまでも無いかもしれない。
と、川上の鼻孔を、微かな臭いが過った。
「カブトさん。
こいつ、微妙に妖怪の臭いもするっす!」
「なに、あの女、裏切ったって事?」
「いや、そうじゃなくてもあれだけ暴れてたら、何処かの第三者が死体でも回収してもおかしく無いっす」
少年はへへへと笑って、
「それ、M細胞のことだろ。
俺とか、M細胞を使った第一世代なんだよね」
何処かの組織が、妖怪を手に入れて、妖怪細胞を発見したらしい。
普通の影繰りとはレベルが違うはずだ。
「第一世代か……」
カブトが唸った。
「だけど、それって妖怪よりは弱い、って事じゃね?」
ならいいのだが。
川上は思った。
無論百パーセント妖怪細胞の化物の強さは川上も肌で感じて知っているが、アレンジ
という言葉がある。
例えば。
ビーフ百パーセントのハンバーガーより、豚と合挽き肉のハンバーガーの方がジューシーで美味い場合がある。
無論、そんなのは料理人の腕次第なのだが。
誠がチームにいれば、死人は出ない。
どんな傷も治療してしまう。
だから、カブトも、防御に無沈着になっている。
あの桃源郷でも、本来なら何人も死人は出たはずなのだ。
たが、小田切誠がいるだけで、負傷者すらいなかった。
それが桃源郷の真実だ。
「カブトさん、誠はいないッス。
守りを固めるッス!」
川上の言葉に、カブトは心で舌打ちする。
誠は確かに、今や諜調のエースだ。
だが、俺は奴がただの中坊だった頃から影繰りだったし、アメリカで厳しい戦いだって幾らも経験しているのだ!
誠に頭を治療してもらう以前から、カブトはアメリカの記憶は蘇っていた。
本当は順平と双子だって事も実は思い出している。
ただ、年子でいれば兄を兄と思えるし、弟なら自然と兄に甘える権利を持つ。
双子と年子では、それか全く誓う。
誠は気に入っているが、現状、弟に甘んじているのは、ひとえに兄が好きだからだ。
だから、あのパワーにも憧れる。
炎使いなら、一度はあれくらい豪快に火炎を操ってみたいものだ。
カブトは、失っていた力を取り戻した、と言っても、失った時間は取り戻せてはいなかった。
いきなり自分の戦法を変えるわけにもいかない。
火球をガードに使い、地雷を張り巡らせて、手足の炎で格闘力を高める。
だがカブトも誠のいない意味は分かっていた。
火球をクロスさせ、二重螺旋のガードを作り出す。
相手は桁違いのパワーを持ち、しかも小さい。
小学生にチョコチョコ動き回られるのは確かに格闘技を身につけているからこそ、その厄介さが判る。
ちっ、と舌打ちし、カブトは火球を小学生に放った。
前の桃源郷で覚えた技だが、威力の点で満足はしていない。
ただし、少しづつは鍛え続けていた。
火球は小学生に向かうが、敵は腰を屈めて避けた。
「だっせーの!」
一瞬で小学生はカブトの懐に飛び込む。
バンチを放つが、最初の火球が破裂してパンチを弱め、次の火球がパンチを止めた。
足を踏み込み、もう片手でパンチを出そうとした小学生の背中に。
U字軌道で戻ってきた火球が小学生の背中に突き刺さった。
小学生は甲高い悲鳴を上げた。
「痛てーじゃねーかよー!
もう、絶対殺す!」
小学生はムキになり、物凄いパンチの連打を始めた。
火球が次々に破裂していく。
単調になった隙をつき、カブトは小学生の顔面にフック気味のパンチを放った。
カブトの拳が小学生の顔に当たった瞬間に、小学生の顔が爆発した。
小学生は吹き飛ぶ。
だが、カブトも動けず、片膝をついた。
最後に肋にパンチを受けたのだ。
「大丈夫すか、カブトさん!」
カブトは脇に手を当てようとするが、激痛で触れない。
小学生は一瞬、意識を飛ばしたようだったが、ムクリ、と起き上がった。
川上は影のウサギを八匹出すと、小学生に蹴る、殴るの集団暴行を行った。
川上は、カブトに肩を貸し、車に運んだ。
「おい!
あの餓鬼どうすんだよ!
あんなの野放しに出来ねーぞ!」
車では初老の男が、
「既に通報済みです」
とスマホを手に言った。
やがて機動隊のような男たちが来て、倒れた小学生を強力そうなテープでぐるぐる巻きにした。
機動隊には川上の影は見えないが、攻撃が当たれば大怪我になるので、慌ててウサギを消した。
初老の男は、
「失礼します」
言うと、カブトの脇腹をシャツをめぐって見た。
少し皮膚が陥没し、赤紫に痣が広がっている。
「これは折れてますな」
スプレーをしてから粘着包帯のようなものをクルクルと胴体に巻いた。
「へー、そういうのも出来るんすねぇ」
川上は手際良さに感心したが、
「ええ、習うんですよ、一応。
誠さんみたいな訳には行きませんが」
小学生はグルグル巻きにされても動いていたが、シュ、とガス的なものをかけられると失神した。
「M細胞ね。
えらいことになっちまったな」
永田は顎を掻く。
「あたしたちも不覚でした。
まさか人間にそれほどの事が出来るとは考えが及びませんでした」
大地母神が頭を下げた。
吉岡先生が、
「今はその気になればゲノム解析なども可能ですが、本来はスパコンでも無いと不可能な話なので、まさかそこまで調べられるとは思いませんでした」
「そのM細胞ってのは、うちでも分かってるのかい?」
アクトレスの質問に吉岡は、
「おそらく、アレのことだろう、という発見は最近、ありました。
しかし数ヶ月前の話なのに、もう小学生が第一世代として登場するとは、時間的に不自然ですね」
「おそらくA関係の、メシア騒動と別の話じゃないだろう。
何年も前にM細胞は見つかっていた、んじゃないかな?」
永田はその線で上に報告したい考えのようだった。
諜報機関になると、今までは見ないで済んだものまでが、組織の報告の範疇になってしまうのだ。
「しかし、流石にそのM細胞からメシアは作れるはずは無いんです。
メシアは妖怪じゃ無いんですから」
「だよなー」
永田は頷き、大地母神に、
「メシアって何なんだい?」
大地母神は首を傾げる。
「ユダヤ教系の神だとしか。
世界の全ての人間を生き返らせて、地獄か天国かに振り分けて、後に千年王国を築く存在、ですね」
「そんなの存在するのかい?」
アクトレスには大きな関心があるようだった。
「しないでしょう。
ユダヤ教自体、いや一神教全てが、人間の施政者が民を制御するために工夫した、人の手による神話体系ですよ」
「なんだ、そうなのかい?」
カオナシは身を乗り出す。
「何故、ただのエジプトの奴隷なんかに選民思想を与えるんです?
そして、そのエジプトの奴隷はどういう幸せがあったんです?
今、彼らは何をしてますか?」
アクトレスに大地母神が答えた。
「ま、歴史を見りゃ気の毒なほど苦難の連続だもんな」
永田は言うが、竜吉が。
「でも、とても優秀な人が多いとか?」
「元々がエジプトからアラブ系の黒人系の人々だったし、当然、イエスも黒い肌の人ですがヨーロッパに広まるに連れ、混血に混血を重ねて、今や白人にしか見えません。
混血というのは遺伝的な優位性が科学的に立証されています」
吉岡先生が教えた。
「じゃメシアなんていないのか?」
フランス人のカオナシには、ショックだったようだ。
「ま、ハルマゲドンは起こせるわけですよ、米国やロシア、中国など核を持った国なら容易いことです。
ただ、核の嵐の後でどんな千年王国が生まれるんでしょうね?」
吉岡先生はため息をついた。
「メシアが審判してくれないと困るよな」
カオナシは複雑な顔をした。
「だけどM細胞が悪用されれば、確かにジャンヌダルクは沢山生まれそうですね」
竜吉は、既にM細胞に関する報告書の作成を始めていた。
「ドローン型の影ねぇ。
せっかく二人片付けた、っていうのに次々出てくるわね」
朝食のイギリス風ブレックファーストのトーストに美鳥はかぶりついた。
今日はビーチリゾートへ向かう予定だ。
だが、複数の影繰りを引き連れての旅になる予感がしていた。
殺人者が報復されるのは、今まで日本で誠たちが経験してきたのと同じ事な訳だが、ラミールの影繰りがこれほど強敵揃いとは思っていなかった。
お陰で誠たちはビーチリゾートまで行けるのだが、ありがたい訳では無い。
日本に帰りゆっくりしたかった。
「ともかく、人面猫とドローンがいる限り、飛行機には乗れないわね」
確かにそうだった。
仮に誠たちは無事でも、何百人もの犠牲者が出る。
「まー列車も同じなんだけどね」
「え、この際、車の方が良くないですか?」
「貴重な日本大使館の人たちを危険にさらせないし、かといってラミール人のタクシーを信用できる?」
確かにタクシー内では、影繰りを一般人が殺す事も可能だ。
「でも、あのバイクはどうするんです?」
カワサキバイクが、颯爽と高速道路を走っていた。
ラミールの高速は速度無制限なため、諜調でチューンナップされたバイクは、軽く百五十キロを超えた速度で走っていく。
都市部を三十分で通り過ぎると、南国の畑が連なりだし、やがて海沿いを高速は走った。
ガイドブックによると、あと十分もすれば道は海の上に出て、美しいビーチリゾートまでの一時間は感動的な海と車だけの世界になるらしい。
列車だと車道の下を走るため、免許があるならこの道だけは走ることをガイドブックは勧めていた。
「誠」
お互いが蝶を頭につけているので、ヘルメット越しでも楽に会話ができる。
「あなたが言っていたドローン型の影って、もしかしたらあれのこと?」
カワサキバイクの後方二十メートルを、あのドングリのようなドローンがぴったりと、飛んでいた。




