10青い流線
400CCの緑のバイクの後ろを、大型犬程の大きさのずんぐりしたドローンのような物体が道路と平行に飛び、追跡していた。
美鳥はバイクの運転に専念する。
誠は、百キロ超えのバイクの後部座席で身体を回転させた。
昔はビビリな上に運動神経も悪かったのでとてもできない芸当だったが、今の誠には造作ない動きだ。
とはいえ。
蛹弾は弾く、危なくなったら消えるこのドローン型の影をどうしたら倒せるだろうか。
パンッ!
ドローンは機関砲を撃った。
誠は慌てて透過をした。
ドローンとの対戦も二度目だ。
今までは誠をなめて機関砲を単発で撃つ程度で済んでたが、なにしろ影能力だ。
もっと強力な技は当然備えているだろう。
だが、誠の方は、未だこのメカメカしい影をどう倒すのか、戸惑っていた。
蒸気の壁では、流石に機関砲は防げないかもしれないし、もっと強い攻撃があったら美鳥にも被害が出てしまう。
蒸気の壁の、蒸気を濃くすることは出来た。
最大に濃くすれば、水になる。
それで防げるとはおもえないが。
(この速度で水の壁にぶつかったら、結構悲惨なことになるんじゃねーの?)
颯太は言うが、田辺は。
(どうかな。
飛び込みでもかなりの速度は出るはずだよ。
あのドローンは流線型だしね)
水泳の飛び込み競技では、フォーム次第ではほとんどダメージを受けずに着水できる。
トカゲの信は。
(もっと高気圧にすればいいぜ。平地では乾燥していても、高い山なら雪になる。
可能なはずだぜ)
確かに濃い蒸気の壁とかは作っていた。
飛行している時に、気圧は元々コントロールしていたのだ。
もっと濃い蒸気の壁にしようとすると、かなりの気圧にも出来そうだった。
蒸気とは、気化した水であり、集まれば液体になる。
そして気圧次第では……。
成功するかは分からなかったが、悩んでいる状態ではなかった。
思い、誠はドローンの前に一万気圧の水の壁を作った。
厚さは十メートルもあればいいか。
ドローンは、不意に出現した氷の壁にぶつかり、グシャリと潰れ、消えた。
「なかなか手際が良かったわね」
美鳥は上機嫌に笑った。
下の列車の中で、ナシが突然、後頭部を座席にぶつけ、悲鳴を上げた。
「大丈夫?」
リアリが覗き込むと、ナシの顔面は血みどろだった。
「あの餓鬼。
バリアを作る能力も持ってやがった……」
とリアリにもらったテッシュで顔を拭きながらナシは呻いた。
「流石に海外に派遣されてくる影繰りね。
子供と思ってるとひどい目に合うわね」
ううっ、ナシは唸り。
「折れたかもしれない」
どうやらリゾートから病院に直行のようだった。
「どうしてミサイルとか使わなかったの」
「わが国の観光の目玉だぞ。
傷でもついたらどうする」
ナシは有能な警官であり影繰りだったが、カチンカチンの常識人だった。
「尾行はあたしが続けるわ。
できるだけ早く戻ってね」
「当然だ!」
バイクはやがて、純白の美しい島に入る。
まるで地中海の島のように崖と青い海に囲まれた白い街、ビーチリゾート、アジ島だ。
ジェラートやイギリス風焼き菓子なども多いが、最近の名物は地元の海産物をソバ粉のクレープで包んだガレットや海の幸だった。
また、この島特産の小柄な鶏アジ鶏の卵を使ったアイスやオムレツなども人気で、純白の海岸と共にビーチリゾートを彩っていた。
「あれが小田桐誠かい?」
小柄な少年が屋上テラスのパラソルの中でカワサキバイクを見下ろした。
「判るでしょ、kill♡3のU様なんだから」
色いワンピースの女の子が、隣で柑橘系のジュースを優雅に飲む。
「さあ、僕ら三人の中で彼を倒した人間がメシアだ。
わかってるね」
純白のシャツとカーキ色のズボンの上品そうな金髪の白人少年が、優雅に言った。
美鳥はメインストリートのホテルにバイクを預けて、ライダースーツを脱ぐと、優雅なスカート姿になり、白いパラソルをさしてビーチリゾートを散策した。
誠も無理やり前のホテルで買ったラミール服を着させられ、横を歩いた。
まだ十代半ばのカップルは、南国の日差しの中で鮮やかに目立った。
なにしろ美鳥は白を基調とした清楚なレースのドレスだが、誠は紺と灰色、黒に近い藍色を合わせて織ったTシャツとハーフパンツの上に、女物の赤い花や緑の葉がカスミ織に織り込まれた布地に絵師が同じ花を描き立体感を出した艶やかな衣装をつけ、片耳に花と葉のピアスをつけているのだ。
「美鳥さん、こんなに派手にしていいんですか?」
「馬鹿ねぇ。
さっきも影繰りに襲われたでしょ。
今は影繰りホイホイになって、あらかたの敵対勢力を潰すのも仕事なのよ」
なんとなく、誠がイメージしていたスパイとは、だいぶかけ離れた世界になってきていた。
どちらかと言えば格闘ゲームの歌舞伎町の世界だ。
海は青く、浅瀬は宝石のような緑だった。
白い街の奥には、熱帯の緑濃い森が広がっている。
海ではヨットや、ウインドサーフィン、サップなどが行われている。
白い街周辺の海は穏やかで、サーフィン向きの波が出るのは、山を超えた対岸だった。
市場も本土より上品で、あまり食べ物の臭いもないが、代わりに。
珍しい昆虫などを売る店があった。
標本ぐらいなら誠も平気で眺められるのだが……。
木の枝をテーブルに置き、胴体に紐をつけた生きた昆虫なども子供の興味を引く。
それが、どれも怪物のように大きく、奇怪な昆虫なのだ。
だが誠は、青ざめながらもそれらをじっくりと見ている。
「あら、苦手を克服するつもり?」
美鳥が笑うが、誠は、
「彼らが言うには、奥の山には普通にいるらしいので、少しは慣れないと命に関わります」
店のオヤジの英語も誠は聞き取れるようになっていた。
一方、ナシは駅から救急車で病院に直行した。
リアリは涼やかな顔で駅を歩く。
同じ列車でリとオグの二人もアジ島にやってきた。
二人の目的は、日本の諜調の人員の殺害だった。
二人は何度となく寝込みを襲おうとしたり、食べ物に毒を入れようとしていたが失敗していた。
「手強い餓鬼たちだな。
どーなってるんだ!」
オグが唸ると、リは、
「ラミールの警察の調べによると、いつの間にか日本じゃ表に出ないサポート部隊が蠢いているらしい。
ま、ニンジャみたいな奴だな。
奴らのお陰で餓鬼たちはのびのび仕事が出来るらしい」
「あの国は、訳が分からんな。
そんな秘密部隊があるならそれが仕事をすればいいのに、どういう訳か表と裏をきっかり分けて暗躍しているのか」
「ま、サムライとニンジャってところだな。
しばらくは静観するしかない」
珍しく貪欲なリが言い出した。
無論オグには異存はなかった。
アジ島はとてつもなくのんびりした場所だった。
島には過去の城や、密林や、灯台などの観光スポットもあり、またかなり難易度の高い山やサーフスポットもあるのだが、少なくとも白い街では、けだるい午後にノンアルコールカクテルを飲み、ビーチで寝そべるのが一般的な楽しみ方のようだった。
誠は建物を見ては、ノートを取って幸せそうだが、美鳥は1時間とたたずに退屈してきた。
「誠、バイクで灯台まで行くわよ」
すぐにホテルで着替えて走り出すと、岩場で少年たちは飛び込みに興じていた。
「あんたもやってきたら」
「美鳥がからかうが、
「ほとんど小学生でしょう。
それに僕は海の中に興味はありませんから」
キャーキャーと楽しそうな少年の戯れの中、一人の浅黒い少年が冷たい視線でバイクを追っていた。
道は子供達の遊ぶ岩場から標高を上げていき、青い水平線を眺めながら、昔の城塞を横目に見る。
一変して茶色い岩を積み上げた無骨な城塞を過ぎると、少し下り、駐車スペースから熱帯の森に続く遊歩道があった。
灯台はこの自然遊歩道の突端、岬の先に建っているらしい。
「早速の密林ね」
美鳥は笑った。
誠には冗談ではないのだが、幽霊たちが遊歩道沿いを点検してくれていた。
虫はエグい大きさのイモムシやあらゆる昆虫が大きいのだが、それほど危険な虫は発見できなかった。
「誠、死体があるぞ」
田辺は何故か死体の発見に関してはほぼ超能力者と言っていい。
そして。
颯太は幽霊発見の名人だった。
(俺の名はチャゴ。
メシア計画によって生まれたのだが、イーサンに殺された)
色黒で癖っ毛の少年だった。
俺の能力は物を固くしたり柔らかくしたりする。
強い力だが応用力が無いと扱いは難しい。
イーサンはメシアにとてもなりたがっているから、やがて俺が自在に力を使えるようになるのが怖かったんだ)
そのイーサンの力は、自由に虫を使う能力らしい。
美鳥と違うのは、現実の虫を操ることだ。
ラミール国では死体を発見する理由がないため、遺体は幽霊が、見つかりやすいように陸に上げて放置をしたが、チャゴの魂は既に誠の能力により、幽霊軍団に強制入団になっていた。
「しかし、勝ったらメシアって、一体何なの?」
誠は、海の彼方母国の事件は知らなかったが、チャゴはM細胞やメシア計画の事を知っている限りは誠に教えた。
蝶でつながっているため、美鳥もこの場で初めて謎の組織が謎のM細胞を手に入れて、人工的にメシアを作ろうとしている事を知った。
「影繰りがメシアになれるのかしらね?」
「さあ?
ただメシアを自称したところで誰も信じないでしょう。
ある意味、宗教的な後ろ盾みたいなものが必要なんじゃないですか?」
Aがそんな事をしている、とは聞いていた。
だが、ある意味、神を持ち出すのは唐突過ぎるのではないか、と誠は思う。
自然遊歩道は登り降りを繰り返しながら、徐々に海に近づいてきたようだ。
微かに波の音が聞こえる。
「多分、この岩場を越えれば海みたいね」
その岩場は無数の植物に覆われており、誠たちは岩場を頻繁に左右に曲がりながら迂回しなければならないようだ。
「ほら誠、見てみなさい!」
美鳥が大喜びで遊歩道脇の藪を示す。
そこには体長三十センチに近いナナフシが、枝に擬態していた。
露店にもいたのだが、流石に生で見ると顔が引き攣る。
灯台の展望室に陣取った金髪の少年イーサンは、望遠鏡で誠を眺めながらキシシと歯を噛み締めたまま笑った。
「ほら、楽しい昆虫王国の始まりだよ。
もっと僕の王国に近づいてご覧」
イーサンは灯台周辺にどんどんと虫を集めて待機していた。




