11イーサンの楽園
誠はかなりビビッてはいたが、まだナナフシは巨大な以外は、至ってゆっくりとした動きの昆虫だったので、遊歩道の端を歩いて大きく迂回し、やり過ごした。
しかし、あの大きさって……。
考えると皮膚の表面がピリピリしてくるようだが……。
ブンッ、と羽音が誠の耳の真横を駆け抜けた。
(誠、でっけー蜂だぜ。
おそらくスズメバチだ)
裕次が教える。
そしてチャゴが教える。
(イーサンだよ。
奴の楽園に、誠たちは足を踏み入れたんだ)
影の攻撃範囲は、普通は射程という。
だが本物の昆虫を操るイーサンは予め蜜を撒いたり、花を植えたりして陣地を作るのだ。
それを彼は、楽園、と呼んでいた。
「美鳥さん、敵はあらゆる準備をして待ち構えているようです」
どう考えても近づくべき場所ではなかった。
「誠、言ったでしょ。
あたしたちがここに来た目的は、影繰りを倒すためなのよ」
「え、敵の罠の中に、自分たちから入るんですか?」
「誠。
あたしたちは今スパイなのよ。
つまり潜入しなければいけない立場なの。
内調とは逆の立場って事よ」
言うことは確かにそうだが、メシア候補のイーサンは任務と特に関係ないのではないか?
誠が言うと、
「あなた、クソ真面目ね。
どうしてラミールに来たと思うの?
ラミールが核を輸入しようとしていた事と、メシア候補がこの国にいることは無関係と言えるの?」
「え、ラミールとAが繋がっている、って言うんですか?」
「まだ証拠はないわ。
そして、あたしたちは証拠を手に入れるためここにいるのよ」
確かに核ミサイルを影繰りが守っていたのは当たり前だが、この国に複数のメシア候補が入り込んでいるのはAとの関連を疑う出来事でもある。
調べるのも誠たちの任務なのかもしれない。
「行くわよ!」
美鳥は、ライダースーツで歩き出した。
誠はまだラミール織りの衣装のままなので、虫相手にはかなり不利だった。
誠は、仕方なく蒸気の壁を自分にまとわせた。
ババババ、と獰猛な羽音を立てるのは巨大なスズメバチだ。
美鳥は蝶を出し、スズメバチを一匹づつ包んでいく。
と、何か巨大な半紙サイズの昆虫が蝶の邪魔をした。
(おー、ヨナグニサンだぜ!)
国河は喜んで叫んだ。
有名な巨大蛾だ。
日本の沖縄にも生息しているが、ボルネオの森にも分布していた。
美鳥の蝶の数倍くらいはあるので、妨害されるとバスケットボールで巨体のガードが守備しているように動きを阻害される。
そして……。
さっきの羽音よりも巨大な音が響いたと思うと、巨大な砲弾のような虫が飛んでくる。
(うわぁー!
ヘラクレスだ!)
国河が喜んで叫んだ。
ヘラクレスオオカブト。
本来は巨体だが大人しい樹液を吸う昆虫たが、イーサンに操られて、誠と美鳥目掛けて飛んでくると、その角はアイスピックのように鋭く硬い。
遠く灯台の灯火台でイーサンはクスクスと笑う。
「どうだい?
確かにヘラクレスは子供にも人気の無害な昆虫だけど、その気になれば弾丸のように飛べるんだよ。
それに、本命はまだある……」
蒸気の壁など、巨大なスズメバチやヘラクレスオオカブトには通用しそうにない。
無論、氷にすればその場は抑えられるが、羽根があるのだ、回り込めばいいだけだ。
透過すると言っても、森中のどこから飛んでくるとも知れない無数の昆虫を全て透過するのは不可能に近い。
誠は幽霊を影の体に入ってもらい、撃ち落とすことにした。
と、突然、誠の足に異様な感触が走る。
「うわっ!」
二十センチを超える巨大なムカデが、ラミールの民族衣装に合わせてサンダルを履いていた誠の足に登ってきた。
大地が言う。
「誠、ムカデにはムカデだぜ」
それしか無いようだった。
誠は自分の皮膚からムカデを出し、まるで甲冑をまとったような巨大な南国のムカデに襲いかかった。
自然の中では、おそらくムカデがムカデと戦うことなど無いかもしれないが、誠の足の上で、日本のムカデと南国ムカデが戦い出す。
ただし誠のムカデは影能力なので、大きくなることも、牙を出すことも可能だ。
やがてムカデをバリバリ食べ始めた。
イーサンは空から地面から誠たちを狙ってくる。
「美鳥さん、出来るだけ蝶を飛ばして、イーサンがとこにいるか探してください。
このままでは、いつかやられる!」
イーサンの居場所さえわかれば、空から襲うことも、影の中に潜って接近することも可能だ。
「分かったわ」
美鳥はミサイル型の蝶を作り、高く打ち出した。
上空でミサイルから美鳥のミサイルがピラリと無数の蝶に戻り、風に乗って空を飛んだ。
とにかくイーサンを捕まえなければ、Aとラミールの関係が分からない。
もし、ここに何らかの関係があるのなら、国家と偽メシアの間に関係がある事になり、Aの偽メシア事件の一角が明るみに出る。
誠と美鳥はジリジリと前進した。
ここにイーサンの楽園があるというなら、おそらく先の灯台が牙城の中心と考えられる。
「誠!
蟻よ!」
美鳥が叫んだ。
誠たちの背後から、まるで遊歩道を黒く染めるほどの蟻の群れが進んできていた。
何発か蛹弾を撃つが、その場は一メートル近く空白になるものの、すぐに後続の蟻が穴を埋めてしまう。
(まるで軍隊アリだね。
ボルネオにはいないはずなのに)
国河は戸惑うが、イーサンがコントロールしているので全ての蟻が軍隊アリになりうる。
「と、とにかく奴らを止めないと、捕まったら最後だ!」
誠は慌てながら、遊歩道沿に氷の壁を作った。
高さは一メートルもあればいいだろう。
厚みは三十センチぐらいか?
蟻の行進は止まった。
だが、よく見ると……。
森に迂回した蟻たちが、氷を越えて誠たちに向かってきた。
仕方が無かった。
誠は蟻の集団の気圧を数百倍にした。
蟻たちは動かなくなり、やがて潰れた。
後から来た蟻たちは、仲間の死体を食べ始めた。
ついでに、ムカデを百匹出して、蟻を襲わせる。
蟻も反撃するが、影なので噛みつこうが毒で刺そうが影響はなかった。
誠を狙ってヘラクレスの弾丸やスズメバチが襲ってくるが、影の体と美鳥の蝶がそれを阻む。
「いつまで蟻を抑えられるか分かりません!
急ぎましょう」
誠は進むが、角を曲がった途端、うっ、と呻いて立ち止まった。
白い昆虫が遊歩道にびっしりと広がっていた。
(誠!
これ何か判る?)
昆虫好きだったらしい国河は声を弾ませる。
が、その独特の形態から、色は美しいとは言え、誠も見当はつく。
これは熱帯のまぶしい光線に純白に光る、まるで残雪のように儚げ手はあるものの、その形状はまさしくゴキブリだった。
「透過!」
誠は問答無用で全てのゴキブリを透過した。
(ちょっと。
あれは部屋に出るようなやつじゃなくて、森のお掃除屋さんだよ!)
国河は怒るが、誠は。
「僕たちは早く灯台に行かなくちゃいけないの!」
議論は受け付けない。
どんな色をしていようがゴキブリはゴキブリなのだ!
「それに、そんなに深くまで落としてないよ。
せいぜい二十センチ。
昆虫なら、死にはしないだろ」
言いながら誠は歩いた。
相変わらず、甲虫は弾丸のように襲ってくるし、蜂もあちこちから襲来する。
ゴキブリは、誠の言う通り、やがてモゾモゾと地面から顔を出した。
誠自身もホッとしていると……。
樹上から、ボトリと黒いものが落ちてくる。
えっ、と見下ろした誠が、慌てて飛び退いた。
「サ……、サソリ!」
かなりの大きさだ。
誠の手のひらほどもある。
誠はサンダル履きだった。
影の手で掴んで、森の奥に投げた。
「手ごわい楽園ね」
美鳥も唸る。
「もしかすると、サソリも操るってことは蜘蛛とか、蛇とかトカゲとかもイーサンは操るのかな」
チャゴは、
(小動物や魚、犬猫なんかも操れるようだよ)
予想よりもはるかに凶悪な場所のようだ。
(誠!
ボルネオにはマレー熊もいるよ!)
国河はワクワクを隠しもしない。
「ええと、マレー熊って強いのかな?」
熊と言ってもアライグマとかレッサーパンダみたいなペットにできそうなサイズの生物もいる。
「大きさはツキノワグマより少し小さいけど、最近の日本の熊被害は、マレー熊より小さな仔熊でも人を殺したり、傷を負わせたりしているからね。
一メートル、大型犬ぐらいの大きさにはなるようだよ」
ちょっと本気になった上にイーサンに操られているとなると、猛獣と考えるべきだった。
「だけど、それなら最初から熊で来ればいい気もするね?」
(奥に引き込んでから、周りを虫で取り囲んで、マレー熊で仕留める、とかじゃないかな。
あと、山猫とかイタチ的な生物もいるようだよ。
あ、無論、スカイモスクで見たような猿やオラウータンもいるかもしれないし)
流石にゴリラよりはまし、とはいえオラウータンも大人しそうな外観だがワンパンで誠を殺すぐらいは造作も無いだろう。
道を進むと、どんどんサソリや大型の蜘蛛、蛇などが遊歩道に現れた。
影の手や幽霊たちで森の奥に飛ばしているが、何かのタイミングで獣が現れる可能性がある、となると、あまり前進速度は上げられなかった。
飛んでもいいのだが、イーサンの居場所が分からないのでは不用意に近づいてオラウータンやマレー熊と鉢合わせでもしたら、敵の罠のド真ん中に自分から落ちていくようなものだ。
灯台が怪しい、とは思ったが、それがフェイクではないとは言い切れない。
まだ灯台は見えてさえいないので地形は分からないのだが、灯台はたいてい大地の突端に作られるものだ。
つまり、海にしか逃げ場がないし、もし断崖絶壁で飛び降りることすら不可能だったら、そしてマレー熊やオラウータンに襲われたなら、なかなかのピンチだった。
空には逃げられるかもしれないが、イーサンは鳥も操るようだし、後ろはすぐ山、前は海の断崖絶壁などの場合、風向きが読みにくい。
そこで鳥にも襲われるとなると流石に誠もキャパオーバーの可能性があった。
「美鳥さん?
イーサンは見つかりませんか?」
「灯台の中だと外からは分かりづらいわ。
それとも全く別の場所なのかしら?」
可能性はある。
灯台は観光名所なので誠たちは自然と灯台に向かうだろうし、絶壁の崖なら、追い詰めたのも同然だ。
虫で包囲して、飛車や角のマレー熊やオラウータンで勝負を決めるのなら、少し離れた山の上にでもいた方が都合がいい。
まさに俯瞰で見えるからだ。




