7奇跡
誠はスカイモスクの前で、何十分も地下を眺めていた。
スカイツリー等より構造は単純なのだが、だから初心者の誠には排水管の配置や基礎の構造、地下水対策など学ぶものは多い。
美鳥は誠の変態ぶりは身をもって知っていたので、周りで買い物をして、ソフトクリームを食べ、市場をゆっくり一回り歩いてから、
「ほら、入るわよ!」
誠はノートに山程のデッサンと私見を書き連ねていた。
「この塔は某国の建築物ですね。
だからか基礎が甘い」
文句を言いながらも美鳥とともにスカイモスクに入った。
入口はガラス製のピラミッドだ。
中はボルネオ島の密林を楽しめるようになっており、エスカレーターで1階づつ上がっていくと、鳥や、虫や、猿などの樹上動物を間近に見れる、立体の自然観察館になっていた。
「基礎は甘くてもアイディアは豊富なようね」
美鳥は言うが、
「設計はイタリアの有名なデザイン会社パロット社がやったものですよ」
わざと吊り橋を渡ったり、滝があったり、観光客を飽きさせない。
更に中空にカフェが出来ていて、オリジナルのデザートや紅茶が楽しめた。
ここには鳥の餌台が幾つも作られ、間近に極彩色の鳥を眺めることができる。
「あんたは鳥とか駄目だったわね」
誠は、動物でも鳥のうろこ状の足や目の周り、ネズミの尻尾的なものが苦手だった。
付き合いの長い美鳥だから、虫以外にも苦手があるのを知っているのだ。
「別に美鳥さんがお茶したいなら構いませんよ。
鳥は見なければいいんですから」
餌台近くのテーブルに座り、誠は樹林を眺める。
タブレットが置かれ、鳥の種類なども書かれていた。
テナガザル的な猿などが戯れているが、ふと視線を感じ、見上げるとずっと木の上にはオラウータンがのんびりと餌台の果実を食んでいた。
流石にオラウータンに近づくことはできず、観光客はここからエレベーターでスカイモスクへ向かう。
そのエレベーターは透明のチューブの中に作られており、三本の柱の真ん中を登っていく。
途中、エレベーター越しに観光客はオラウータンを発見する訳だ。
タブレットを見ながら鳥を楽しんでいた美鳥だが、やがて飽きてエレベーターへ向かう気になった。
誠たちは全面ガラス張りのエレベーターに乗り込み、スカイモスクまで数十秒の空中散歩を楽しむ。
スカイモスクは、モスクではあるが常には観光客に解放されており、何か特別なイスラムの祝日だけ信者の礼拝堂になったり、指導者の演説がテレビ中継されたりする。
中はアルハンブラ宮殿を参考にしたという華美な内装になっており、噴水などもあり観光的な価値は高い。
高い脚部を登ると噴水の列が出迎え、やがて天井の高いモスクの内側に飲み込まれていく。
「誠!
見てみなさい、あの天井!」
アルハンブラ宮殿のモスクにもある細かい粒によって装飾された天井だが、小さいものやが密集したものが怖い現象、トライポフォビア。
誠は、それでもある。
「気にしないで鑑賞してください、僕は横で構造をノートしてますから」
モスクだけに中は体育館のように広い、何もない空間だ。
赤黒い絨毯が一面に敷かれており、観光客の中には、荷物を置いて座り込んで談笑している大学生ぐらいのバックパッカーもいるが、別に咎められない。
誠はまた、ノートを広げて周囲を透視した。
スカイモスクの床の下は、上水、排水、空調や電気配線などがやや雑然と広がり、職員が降りて往来する通路にもなっていた。
この高さだと流石に高置水槽を設置しないと水が使えないが、床下に広いスペースを取って噴水などの水も使っているようだ。
せっせとノートに構造を書いていた誠だが、国河が、
「誠!
通路の陰に、多分、あの猫人間が見えたぞ!」
颯太や裕次がリーダーになってまとめた男子高校生の一団で顔泥棒にバスで襲われたのが国河だった。
高二で一つ上なのだが、すっかり幽霊同士は仲良くなっており、自閉症気味の誠は微かに抵抗は感じるものの、自分の能力なので可能な限りフレンドリーに付き合っていた。
(本当、国河君。
みんなも探してみて)
幽霊に探してもらうが、もし見間違えで無いとすれば、飛行機を落とそうとしたぐらいだから、このスカイモスクも平気で破壊するだろう。
事実、スカイモスクの建築基準は日本のものよりかなり低かった。
H鋼も薄いし、細い。
PC工法という、工場で部品を組んで現場で組み立てる工法のため、思うより壁も薄く、強度も弱い。
軽量鉄骨造というやつだ。
ただし三本の柱でモスクを支える構造のため、モスクが軽いのは悪いことばかりではない。
ただ三本の柱も一見、頑強に見えるが、鋼材の外に外壁材を固定しただけの中空の柱で、見たほどの強度は無いように誠には見えた。
無論、誠はまだ建築の基礎を本を買って読んでいるだけの高一なので、スカイモスクのような特別な建築は分からないに等しいのだが。
例えば鋼材に貼り付けられているだけに感じる円柱も、実はかなりの強度をもっているのかもしれない。
誠はまだ、低層住宅の強度計算などを本で読んているだけの初心者なのだ。
とはいえ、もしスカイモスクで爆弾などが仕掛けられたら、大惨事になりそうな気はする。
三本の柱で支えられているだけなのだ。
本来なら、もう少し横の柱なり斜めの筋交いなどがあるのが普通だと思うのだが、このスカイモスクにはデザイン性を意識してか、そういうものは何もなかった。
もしかすると柱の間のエレベーターがその役目を担うのかもしれなかったが、誠の目には構造的に柱を支えるような何かがあるようには見えなかった。
爆発箇所にもよるが、支柱付近で爆発が起これば、最悪スカイモスクは倒壊するかもしれない……。
朝になると、ウサルとロト、コメラ婆は建物を出て北東を目指した。
しばらく歩くと、敵国の壁に近づいてくる。
この辺は建物は比較的残っていたが、人はいなさそうだった。
だが障害物が多い分、ロトたちも隠れられる反面、敵も発見しにくい。
昨夜も兵士と士官がいたように、敵国はまず軍隊でロトたちを追い出し、その後、強引に領土を広げていく。
ヨルダン川の西側もロトたちの土地だったが、強引に武力で領土を奪われ、壁を作った上で自国民を移住させた。
この地区も、軍が人々を蹂躙した上で、自国領と言い出すつもりなのは明白だった。
無論ロトたちも反撃はするのだが、大国と蜜月状態にある敵の国では最新の武装が給与され、計画的に軍を進めている。
ロトたちは建物から建物へ、素早く移動しながら用心深く前に進んでいった。
と。
ひゅん……、と何かがロトの耳の横を飛び過ぎた。
「待て!」
ロトは仲間を止めて、素早く手近な建物まで後退した。
「どうしたね?」
コメラ婆が聞く。
「何かが撃たれた。
多分、空気銃のようなものだ」
空気銃というと日本ではエアガンなど遊び道具のように思われているが、鉛の小片を高出力に打ち出した物は、殺傷力はあるし、音がしない。
鉄兜をかぶったり、防弾装備をしていれぱほとんど危険は無いので普通は戦場で使われることはないが、今のように生き残った一般市民を殺傷するのには適した武器だ。
なにしろ軍はそんな物は使わない、と言い逃れられる。
ロトは少年兵だが、ろくな防具はつけていない。
軍から渡されたのはオートライフル一丁だけだ。
砕けた壁の隙間に入り、周囲を見回すロトだが、ウサルは。
あすこの屋上の二階下の窓だよ、と教えた。
見ると、早朝の日差しが強いので、ほぼ暗闇にしか思えないが、たまに窓際に白い肌が見え隠れしていた。
とはいえ、ロトたちの隠れた場所からは地面の直線距離でも百メートルはあった。
そのビルの、数えてみると十階に敵はいる。
到底、狙い打てる距離ではない。
だが、ウサルは銃を持ち、
「僕があのビルの下まで走る。
そしたらロトは、あの窓の辺りを撃って」
「おい、危ないぞ」
空気銃の弾は小さいので、当たっても急所でなければ死にはしない。
たがウサルは幼児なのだ。
止めるロトとコメラの手をスルリとすり抜け、ウサルは銃をもって走り出す。
ウサルの足元に土煙が、何度か上がるが、まっしぐらにウサルはビルの真下まで走り抜けた。
こうなると、逆に狙撃はしづらくなる。
ロトは、大体の狙いで、オートライフルを撃った。
窓の縁に弾が当たり、微かにコンクリートが砕けた。
と、白人が窓から身を乗り出した。
反撃をする気になったようだ。
ウサルは地面にライフルを立てて、手足でライフルを支えて、引き金を引いた。
驚いたことに、白人は下から顎を撃ち抜かれ、派手に頭部を破裂させて、窓の陰に消えた。
ウサルはニコリと笑い、ロトたちの方に歩き出すが、あっ、とコメラ婆が叫んだ。
敵は一人ではなかったのだ。
複数の白人がウサルを狙った。
コメラ婆は叫び、ロトは銃を撃ったが、狙っても当たる距離ではない。
ウサルは敵を振り向き、何かを叫んだ。
と、堅牢に見えたビルが、一瞬で崩れた。
もうもうと埃を上げてビルは崩れるが、まるで狙って爆破解体をしたように、ビルは真っ直ぐに、落ちるように崩れ去り、ウサルは埃すらかからなかった。
コメラ婆が叫び、ウサルを抱き上げる。
ロトも後ろを走った。
「それも、紐を辿った、って言うのか?」
ロトは聞くが。
「そうだよ。
世界は、必要な紐を引けば、必要なことが起こるようになってるのさ」
ウサルは真面目くさって語った。
幽霊がスカイモスクの下階を探し回るが、猫も爆弾も見つからなかった。
まずい……。
誠は焦った。
誠は透視で探そうとしていたが、配管や電線は複雑に走っており、それらしい小箱や段ボールも幾らでもあった。
見つからない!
誠は焦るが。
酒瓶が、通路に落ちていた。
……確かイスラム教では飲酒は禁じられている!
不意に気づいた誠は、瓶を落とした。
スカイモスクの十メートル下で、瓶は爆発した。
スカイモスクは、地震のように震えた。
多分、爆発が起こる頃には、人の顔をした猫は消えているはずだ。
地震だと思った観光客はエレベーターに殺到した。
美鳥はプンスカ怒り、
「あんた、一言ぐらい教えなさいよ!」
と誠を蹴飛ばした。




