6闘技場
誠はとても上着を脱ぐことはできない。
以前よりは筋肉がついた気もするが、体育の時間に川上や、他の生徒を見ても誠は劣等感を持つ。
あれだけ戦ってるのに。
なんで僕の身体は、こんなにひ弱なんだ。
腕は棒のようだし、足もほぼ骨のラインが見えているようなものだ。
川上の足は、筋肉により前方に膨れ上がり、横には筋が生まれている。
沢山の筋肉が育っているのだ。
ふくらはぎなど、ロングソックスならば、筋肉で落ちない程だ。
誠の脛は、ほぼ棒のようなものなので、すぐに靴下が落ちてしまう。
まあUは中性的で売っているので、なぜか誠の貧弱な身体をファンの人は喜ぶのだが、誠本人が憧れるのはボウンのような肉体だった。
とにかく、戦闘訓練は毎日のようにやっている。
そして今履いている靴は安全靴のようなもので、ぶつければそれなりには痛いはずだった。
誠がガードを固めながらボウンに近づくと、ボウンは腕も上げずに笑っていた。
kill♡3の女の子達と並んでも、微かに背が高いだけの誠を見て、子供と侮っているのだ。
確かに影の使えない影繰りは、なかなかこの警官に勝てないだろう。
手出しのできない幽霊たちは、蹴れの殴れのやかましい。
誠はジャブを撃ってみるが、ボウンの顔面に入っても、その野太い首は揺れもしない。
笑っているボウンの足にローキックを撃つが、硬い靴での一撃でさえ、ボウンは笑いを留めなかった。
もしかすると闘技場という影能力には、ボウンの強化か回復のアドバンテージも入っているのかもしれない。
何か彼にも弱点があるのかもしれないが、動かない以上は、それも分からない。
誠はボウンの足の甲を踵で踏み潰した。
やっと、微かにボウンの笑いが薄れた。
ボウンの腕が誠を掴もうとするが、それを交わして誠は再びローキックを同じ場所に撃った。
ボウンが動いた。
誠を両手でつかもうとしたのだ。
回転して交わし、裏拳をボウンの顔に打ち込む。
動かないが、笑いは消えた。
側頭部を狙ってハイキックを繰り出す。
ぐらり、とボウンは揺れたが、初めて誠にパンチを放った。
ボクシングのストレートだったが、誠は足を抜いてかわす。
横移動ではなく、片足を倒すことで横に素早く倒れる技術だ。
そのまま、アッパーをボウンに打つ。
本当の、砂のサンドバックに撃ったようなズシリとした手応えだった。
ボウンが抱きつくように動いたが、誠はボウンの片手を掴んで、引いた。
前に出ようとしている時に、同じ方向に引くと、バランスが崩れる。
そのままボウンの足を蹴飛ばすように払うと、腕投げの形になる。
ボウンの背に回って太い首に手を回して裸締めを狙うが、誠の体重が軽すぎて、誠を首に付けたまま、ボウンは立ち上がった。
首を絞めている感触がほとんどない。
アナコンダでも締めているようだ。
誠の足がボウンの胴体に回ればいいのだが、ボウンが太すぎて足はおんぶのようになっている。
ボウンの手が誠を捕まえようと動くので、足を背中に回して、正座するように力をかけた。
が、それはまずかった。
ボウンは後ろ向きに倒れたのだ。
そのまま倒れられたら、誠の膝が壊れる。
誠は横に逃げたが、ボウンにつかまってしまった。
協力な力で締められる。
形で言ったらサバ折り、だろうか。
余程力に差がなければ決まらない技だ。
誠の手に、何かが触れた。
ズボンのポケットに入っていた。
激しく締め上げられている誠は、ただポケットのものをボウンの首に突き立てた。
鮮血が噴き出した。
ボウンが、ずるりと倒れた。
誠の握っていたものは、前にホテルで戦士と戦った時に手に入れたナイフだった。
血だらけで誠が立ち上がると、
「止まれ」
今度は背が高く痩せ型の男が出てきた。
スリーピースのジャケットを着ている。
手にはマグナム銃を構えている。
影繰りに銃は効かないが、それだけ大口径で威力の高い銃だと、至近距離なら多少のダメージはある。
特に、誠も美鳥も近接戦闘用の分厚い影のオーラを纏うタイプではなかった。
「殺人罪だな」
ボウンの影能力とはいえ、ナイフで殺したのだから、確かに現行犯にはなるかもしれない。
と、美鳥の蝶が男の顔に貼り付いた。
男は昏倒した。
「まあ、誠にしては良くやったわ」
美鳥は言い。
「さ、中身を改めましょう」
誠と美鳥は、タンカーの中に透過した。
大地母神や配下の妖怪たちは、百鬼夜行のように日本中を回って霊をさがしたが、二人目の運搬者は見つからなかった。
そもそも新生児を見たりしなければ、約束通り十万をもらって終わりだろう。
ほんの数時間の夜のドライブに過ぎない。
ただし大地母神に見つけられた霊は少年の妖怪に生まれ変わり、病院を教えてくれた。
医師は特定できたが、あと一歩のところで退職されていた。
赤ん坊も、特定は難しい。
そもそも人工メシアと言っても、遺伝子組み換え、とか、特定の人工授精などでメシアが出来るのなら、ある意味世の中はメシアだらけになってもおかしくはない。
影の遺伝子でさえ、人工授精したところで影繰りになるとは限らない。
両親とも影繰りの、いたって普通の子供は、むしろ多かったし、知能指数の高い精子を使って人工授精しても、知能は高くなるかもしれないが、それで世の中を変えるような大天才になるとは限らないことは過去に実験されて分かっていた。
それがメシアなのだ。
果たしてメシアは知能が高いのか、さえ分からない。
超能力者等というものも、科学的に証明されているのは影繰りぐらいのものだ。
そう名乗る手品師なら掃いて捨てるほどいるが、手品として確立していることが、より本物を分からなくしていた。
「まー、このコンピューター時代のメシアですからね。
メシアはAIに勝てるのか、みたいな話ですよ」
と竜吉も途法に暮れる。
「紛争地帯に現れるんだろ?」
永田は言うが、
「しかし、キリスト教徒とイスラム教徒を争わせるためには、メシアが出れば良いのか?」
アクトレスが疑問を呈す。
「初めてのイスラム教の教主ムハンマドは、族長と法王と裁判官を兼ねた万能の王様のような人で、無論千五百年前の伝聞ですが、何度も戦争はしているようです。
イスラムのメシアならば、戦争を仕掛けるかもしれません」
竜吉が言うが、
「もうちょっと世界情勢が混迷しないと、メシアにもどうにもならないかもな」
と、顔無しは肩をすくめる。
「ま、とにかくメシアと言ってもまだ赤ん坊だ。
何か計画があるにしても十年ぐらいは最低、動けないんじゃないか?」
永田も、緊急性の高い事件のファイルに目を落とした。
「前に誰かジャンヌダルクの事を言っただろ」
永田は呟く。
「だけど、あれも百年戦争の最中だったから大きな転機になっただけで、別に今の世界にジャンヌダルクが仮に出たとしても、SNSで騒ぐぐらいなんじゃねーか、と思うよな」
ブリーフィングルームは、しばらく無言になった。
誠たちは、空のタンカーに横たわる二発の弾道ミサイルを見た。
三段式のミサイルで、三段階に加速するので最終的にはマッハ十五とか、そのくらいにはなるはずのものだ。
「あの先に付いているのが核爆弾です」
先端は円錐形で、それほど大きくはない。
広島型原爆は、B29にそれしか積めないほどに大きかったようだが、最新の核爆弾は物によってはトランクケースほどにも出来ると言われている。
元々、広島、長崎のように街ごと吹き飛ばす理由は、現代の核爆弾には無い。
例えば国家元首を倒すのが目的なら、まず迎撃できないほどの速度と、ピンポイントを狙うAIがあればいい。
目的さえ達成できれば、むしろ敵が核攻撃を受けたと気が付かない方が、対戦相手としてもいい訳だ。
人道的な反発を世界中から受けるし、敵ではない国にまで反目されてしまう。
それで済むなら弾丸程の爆弾であれば、数人程の殺したい人間だけを抹殺できれば理想的だ。
しかもそれが核なのだったら、被爆に気が付かなければ人体の細胞が死ぬまでの間は、その人間は生きている。
約三カ月で人体の細胞は生まれ変わると言われているが、被ばくした場合、新しい細胞は生まれない。
しばらくは何もなかったように生き、やがて溶けるように消え去るという。
この弾道ミサイルの核爆弾なら一つの都市を吹き飛ばすほどの力だろうが、現実には複雑な維持管理が必要で、もし装備している国内で核物質の漏洩などがあれば、周辺広い地域が死の土地となる。
大変難しい武器なのだ。
誠たちの任務は写真を撮ること、厳密にはアメリカのスターリングに位置情報と映像が伝われば、任務は完了だ。
この国のSNSなどには捉えられない光情報が人工衛星で捉えられれば作戦終了であり、それは小型機械をタンカーの弾道ミサイルの天井や、外部の配管の影などに貼り付ければ終わりだ。
美鳥の蝶がそれらをペタンとシール感覚で貼り付ければ誠たちの旅は終わった。
ホテルに帰ってゆっくりお湯を溜めて風呂に入ると、誠は、あのナイフを取り出した。
血がついたままでは推理漫画でお馴染みのルミノール反応が出てしまうので、誠はミクロ単位で大地母神に預けられたトカゲの信君に舐めてもらう。
数十分かけてナイフは新品同様になった。
明日はこの国から去るはずだ。
誠はホッとしながらゆっくり風呂に浸かり、軽く体をホテルのシムで動かした後、眠った。
「え、しばらくこの国にいるんですか?」
「西崎さんがいうには、ラミール国の警察が血眼になってるらしいのよ。
有能な影繰り警官二人が死亡したことで、今、うっかり帰ると却って危ないらしいわ」
「でも、どうするんですか?」
「無論観光よ。
スカイモスクに行き、ビーチリゾートに向かい、大いに楽しむのよ。
多々の観光客になるのが一番安全たそうだわ」
まースカイモスクは見たかったから良いのだが、新たな影繰りが現れるのは避けられない気がした。
呑気な観光に回り出した誠たちだが、それを冷たい眼差しで見つめる者たちもいた。
「隊長が、あんな子供にやられるなんてな」
ナシ、ボウンの長年の直属の部下だった。
「ジィクなんかが組むから、こんな事になったのよ!」
リアリとナシはボウンに育てられた影繰り警官だ。
ボウンは親のような年齢だが、二人を厳しくも温かく育ててきた。
当時は二人でチャイニーズマフィアの事件を追っていたため、キャリア組のジィクがノコノコボウンの相棒に名乗りを上げたのだ。
ボウンは、相手の影能力を無効化し、しかもレスリングでオリンピックにも出たという無敵の男たったから、乗っかればキャリアに箔が付くと考えたのだろう。
それが、見るからに日本の子供という針金のような小綺麗なだけが取り柄の少年に倒されてしまった。
それも戦って負けたのではない。
多分少年の影なのだろうか、持ち込めないはずの武器を持ち込み、不意打ちでボウンは倒されてしまったのだ。
警察の上は、キャリアのジィクが殺されたことを怒っていたが、ナシとリアリは、無論、偉大なるボウン隊長に対する復讐心を募らせていた。
「おそらく奴らはパヌアビーチに行くはずだ。
そこで仕掛ける!」
ナシの言葉に頷き、リアリも。
「子供だって容赦しないわ」
唸るように言った。
「あ、メシアですか?
どう作るのか?」
大地母神が本部に戻ってきた。
「おそらく、Aも神を手に入れたのでしょう。
人間の遺伝子を組み換えるにしても、あたしなら誠君ぐらいの影繰りは作れますよ。
実験室でピンセットを使い、なんてローテクではなく、そう、あなたたちがコンピュータでゲームのキャラを作るみたいに、簡単にメシアは出来ますよ。
ただ、実戦経験や日々の訓練の積み重ねなどで、戦うと誠君には負けてしまう。
ただ、メシアというのは戦士では無く、国家を率いて扇動する人ですから、まぁ、誠君に勝てないのは当然で、言ってみれば人々の精神的支柱、のような存在と言えますから」
永田はあめ玉を口に放り込み、
「でも、メシアが育つのはずっと後だろ?」
「この前の赤ん坊がメシアなら、そうかも知れません。
しかし、計画が盤石だとする場合、赤ん坊一人に全ての計画を託すとは思えませんね。
例えば、早い子は、そろそろ中高生とか、であっても不思議ではないと思います」




