5潜入
「さて、そっちのライフルより、彼らの自動ライフルの方が優秀ですよ。
ほら、交換弾倉もこんなにあります。
おっと、手榴弾も持ってますねぇ」
カラスは兵士たちの装備を外し、テーブルに山積みした。
「携帯食です。
ま、無いよりはマシ程度の味ですが戦うための必要な栄養素は補給できます」
カラスは次々に死者の装備を解説していった。
「だけど、あんたの武器は何なんだい?
ずいぶん簡単に兵士を殺したじゃないか?」
コメラ婆さんが鋭い目でカラスを見つめた。
「ああ。
あれはなんというか、特殊な能力でね。
私はあれがあるから、この三人分の武器は君たちで使うといいですよ。
まあ、そこのチビちゃんには重いでしょうが」
ウサルは装備品を見つめ、
「重くないよ」
と銃を持った。
「おい、危ないんだから無理をするなよ」
自動ライフルは無論、安全装置を入れておくのが基本だが、戦場では常に基本を維持出来ない。
安全装置がもし外れていて、銃を取り落としたりすると、衝撃次第では発砲してしまったり暴発の危険もある。
「ま、基本彼の銃は兵隊君の予備と思えばいいでしょう。
弾倉も抜いておけますしね」
カラスはあれこれと世話を焼き、
「今夜は火は使わずに、三人固まって、そこの毛布にくるまりなさい」
と言って去っていった。
東京湾に絞殺死体が上がったのが六月一日の朝だった。
海ホタルで一服していた早起きの営業マンが、人のようなものが浮いている、と通報したのが朝の七時半だ。
無論、それは警察の仕事だったが、ライトの逃走などの前例もあるため、猫と青山が現場に出向いた。
「爪が全てはがされ、歯はペンチのような工具で1本づつ抜かれ、身体に複数の火傷、いわゆるタバコの火を押し付ける通称根性焼きというものが、無数にある……」
青山は警察から聞いた内容をメモっていたが、猫は終始不機嫌だ。
「猫ちゃん、小田切が海外だからって……」
「違いますよー!
あたしだってU様には会いたいけど、別に仕事に熱意がないわけじゃありませんよー」
猫は頬を膨らまし、
「ただ、聞いてると、これ拷問されてますよね」
青山は頷いた。
爪を剥がす、歯を麻酔無しで抜く、などは典型的な拷問だ。
ただし、ヤクザやマフィアなどのプロは、明らかに拷問臭いやり方はしない。
一発で拷問殺人とバレるからだ。
服を脱がしてエアコンを最強につける。
水をかけて扇風機を回す。
そんな事でも、長時間続ければ人間はかなり弱る。
弱らせて口を割らせるだけなら、エアコン付きの風呂場でもいいし、氷柱を用意したりすれば、もっと効率的だ。
凶暴な動物の近くに縛りつけてもいいし、放し飼いの豚小屋の中にでも、放り込まれれば相当に精神は参る。
「ま、だから素人くさいのさ」
青山は主に警察に帯同する事が多いのでそんな事も分かった。
「だから、アレみたいですよねー、ライトでしたっけ?」
「彼は趣味だからもっとひどいだろう。
ただ、その手の変態性は感じるかもしれないけど、素人が見様見真似で拷問しても、近くはなる気もするな」
ふぅむ、と猫は考え、
「じゃウチラ内調、じゃなくて諜調の管轄じゃないですよね」
「それは亡くなった人の身元を調べて、あそこまで残酷な殺され方をした経緯を調べないと分からないな」
「あー、U様なら幽霊を見つけて、すぐ判るんですけど!」
「まー海外出張じゃ仕方ないさ。
それに、誠はあんまり心臓が強くはない感じだしな」
「誰か霊能関係の人とかスカウトした方がいいんじゃないですか」
猫は言ったが、
「あら、あたしでよかったら、いつでもお手伝いしますよ」
和装の美女が現れ、猫は、
「いえええっ!」
と、叫び、飛び跳ねて逃げた。
桃源郷に行っていなかった青山は、?、と美女を見つめたが、
「大地母神さん、幽霊見えるって事ですか?」
ホホホ、と大地母神は笑い、
「神ですよ。
幽霊ぐらい、容易く見えますよ。
とはいえ、誠さんは卓越した力をお持ちなので、彼ほど役に立つかは分かりませんが」
猫たちは、鑑識などから離れて遠くから遺体を見ていたが、大地母神は遠くを見る眼差しで周囲を見回し、
「こちらへ」
虚空に手招きしながら言うと、猫と青山の前に、ぼんやりとした冷気のようなものが立ち上った。
やがてそれは人の形を成していき、
「ううっ、苦しい……」
若い男が苦悶の表情で苦しみ出した。
「どうしたです」
猫が聞くと、
「荷物を運んだだけなんだ。
それで十万貰えるはずだった。
だが、中身を見ただろう、と言われて、そりぁ俺だって闇バイトな事は分かっていた。
だから保険のつもりで、荷物の写真を撮ったんだ。
だが、それがマズかった。
誰に写真を送ったのか、とか聞かれて、俺はハッタリで、俺に何かあれば警察に写真が回るぞ、とか言ったんだが、そしたら誰に送ったのか、と逆に拷問された。
誰にも送っちゃいねぇ、ハッタリだ、と告白しても信じてもらえず、拷問は深夜に及び、そして俺は殺されたんだ」
大地母神は、空中に映像を浮かばせた。
それは、カプセルに入った何か……。
猫の目には、人の胎児のように見えた。
「おそらく、どのみち彼は殺される運命だったのでしょう」
大地母神が永田や竜吉に語っていた。
「だが、ただの水子が見られたとして、殺されるようなことか?」
永田は首を傾げる。
「吉岡先生はお分かりでしょう。
これは水子ではありません」
吉岡は頷く。
「正常な新生児です」
永田が唸って、
「それを木更津から都内の病院に運んだのか?
なんだそりゃ?」
日本国内の病院では、ほぼほぼ出産は家族に見守られる。
タグなどが付けられ、後日親子さんに返される。
間違いは、メロドラマだけの話だ。
「親は、判るもんだぜ、自分の子とか、そんなのは」
永田は言うが、竜吉が、
「それでも取り違いやDNA鑑定の結果、実子ではなかった、などのいざこざはよく聞きますよね?
単純に考えると、海から運ばれた新生児が、誰かの実子と入れ替わって育てられる……」
猫が、
「オーメンですぅ!
悪魔の子ですぅ!」
と、取り乱した。
「ベトナムの方も言っていましたね。
メシアが生まれていた、と」
大地母神が語る。
「ん、遠い異国の話だろ?」
永田は言うが、大地母神は、
「元々、Aが画策していたのは人工メシアの話なのですよ。
そして、おそらくはメシア一人が生まれるよりは、何人か、似通った能力の者が散在すれば、メシアの存在は薄められていく。
そしてAが人工メシアをサポートすれば、彼は本物よりも本物らしく、人々には輝いて見えるでしょう」
「でも、なんでそんな事するです?
せっかくメシアが助けてくれるのに?」
「西洋の宗教文脈で見ると分かりやすい気もします。
ユダヤ、キリスト、イスラムは実は同じ一つの神を崇めた三つ子のようなものなんです」
大地母神が語った。
「しかし、もしメシアが現れるとなると深刻な問題が生まれます。
それが実はユダヤのメシアだったらユダヤ人しか救われない。
キリストだったら、イスラムとは天敵のように十字軍の時代から殺し合っている。
同じ天国には居られないほどに。
そしてイスラムのメシアだったら、ラマダンや1日5回の礼拝を欠かさず行っているのはイスラムだけ、つまり、どの信仰が本物なのかは明確に判るが、残り二組の神の信者は天国には行かれない。
そして彼らの千年王国には天国以外は地獄しかないのです。
輪廻も転生も否定されていますから」
「え、だから偽メシアを本物にするんですか?
それこそ罰当たりでは?」
猫は言うが。
「あたしに言わせれば、世の中に一神しかいないなんて、施政者がいかに民を操るか、という方便でしかありませんよ。
キリスト教は特に、ローマ帝国が増えてしまったキリスト教徒をうまく使うために人工的に作られたファンタジーな事は、人間の研究でも分かっています。
イエス自体、熱心なユダヤ教徒で、彼は言ってみればユダヤ教のプロテスタントのような活動をしていただけで、すべての人間を救う神などでは元々ありませんから。
そこから派生したイスラムに至っては、その発生過程は、それが宗教なのか国家なのか、軍事共同体なのか分からない曖昧さも内包されています。
神として言わせてもらえば、これらはとても人間臭い宗教です。
とても危険なものですよ。
ですから、おそらくメシアと言っても強い超能力者か、神に等しい力を持った人間でしょう。
影繰りとかね」
「って事は、ある意味、Aのしていることは悪い事でもないのか」
永田は言うが、大地母神は、
「いや、Aならキリスト教以外の信者を殺すか改宗させる、ぐらいはするでしょうし、そもそもベトナムの方のおっしゃっていた通り、大量の武器を売りさばき、Aは国家を超越した世界機関ぐらいにはなる気でいるでしょう。
そして猫さん、映画のお話をしましたが、あの映画は外交官が主人公です。
つまり、日本の病院で生まれたから日本人とは限りません」
「あ、そうか!」
猫は叫んだ。
「そう考えると、偽メシアは一人とは限りませんね。
前にジャンヌダルクの例えを聞きましたが、各宗派にジャンヌダルクがいれば、Aにとり、最も好都合な展開が生まれる訳です」
言った竜吉はブリーフィングルームの画面に世界地図を出した。
キリスト教とイスラム教は世界中を二分するほどの勢力だ。
ユダヤ教は少ないが世界中に存在していて、しかも資本は潤沢だった。
彼らが潤沢な資金で各地でロビー活動をしているために、イスラエルでは度重なるパレスチナ人への残虐行為も見逃されている。
「とにかく、偽メシアは割り出しておかないと、来たる大戦に備えられませんね」
竜吉は言うが。
「おそらく、自分から目立つ行動を取って、支持者を集めていくことでしょう」
大地母神は、やや嘲笑うように語った。
誠と美鳥は話題のレストランでディナーを楽しみ、ゆっくり夜のアジアの街並みを楽しみながらホテルに戻ると、素早く潜入の衣装に改めた。
影に紛れて外洋に用心深く停泊するタンカーに近づき、内部に潜り込もうとしたとき。
「やっと尻尾を出したな」
影繰りであり警官でもあるボウンが、甲板で誠たちを止めた。
どうやら、何らかのフィールドを開き、影繰りを捕まえる能力らしい。
「初めに言っておこう。
俺の影能力、闘技場内では、己の力以外、全ては無効だ。
つまり、君たちがどんなに強力な影能力を持っていても、使えるのは肉体の力のみ。
パンチやキックで戦うのだ。
まあ、君たち日本人ならジュードウやカラテでもいいが、暗殺の影などは無効化される」
美鳥はすぐに匙を投げた。
「誠、任せたわよ」
ボウンが警官の白いシャツをバサリと脱いだ。
鉄板のような胸筋、丸太のような両腕が明らかになる。
まるでプロレスラーだ。
誠の格闘術で敵うとも思えない。
透視をしてみたが何も見えない。
このフィールド内では、確かに全ての影能力が封じられるらしい。
そしてフィールドから出るには、この警官を倒す必要がある。
素手で殴り合ったら兄さんに敵わない、と前にカブトが言っていた。
このラミール人警官を倒せるのは、実はレディさんぐらいなのかもしれない。
ともかく、誠も戦う形は取った。
幸い、幽霊は少し影能力と違うのか、誠の運動神経を強化する、程度には助力出来るようだった。




