2異国
敵に存在を知られている!
それは誠と美鳥を緊張させたが、フライト中にそれ以上の異常は起こらなかった。
飛行機には日本人の他にも白人、黄色人種、肌の黒い、ラミール系の人やアフリカ系の人など、様々な人種が乗っている。
それをまとめて吹き飛ばそうとするのは、多分ラミール共和国側の人間ではない気がする。
それに、この仕事は多分にアメリカのお手伝いのようなものだ。
立ち上がったばかりの諜調にお手頃な練習イベントと言っていい。
つまり、反米的な組織の仕業、とも考えられるのだ。
一般社会ではアメリカの手助けをしただけで飛行機ごと吹き飛ばされる、等ということは考えられないが、諜報機関の仕事であれば、ラミール以外にも、核を売った国や、それを支持する多くの国家で、諜報員は命を狙われる。
現実には核ミサイルを自国で開発できて量産できるのならともかく、一発二発持った所で、それほどの脅威ではない。
相手の国はどこも無限に量産できる国だからだ。
使ったら、ラミールの国土は焦土となるだろうが、相手には迎撃ミサイルもあるのだから。
お守りの御札程度の気休めだが、しかし使わなければ、ある程度の脅しにはなる。
だから誠たちの任務は、ミサイルの存在を確認する事で、別に映画のスパイのように破壊したり、船を壊す事でも無い。
それをどうこうするのは、現実にはアメリカの外交の仕事なのだ。
誠と美鳥なら、蝶でも影の手でも、証拠の写真一枚手に入れれば終わる仕事だ。
空港を出ると、美鳥はバイクを受け取り、今夜のホテルへ急いだ。
途中、さりげなく港へ出て、いくつかインスタへアップした。
遠くに問題のタンカーも写っている。
近くのカフェでジェラートか溶けたアイスか分からないものを食べて、さっさとホテルで荷物を預けて市街地に出かける。
ホテル周辺の新市街では美術館や博物館、水族館などがあり、ビーチリゾートは特急を数時間乗った先だ。
ホテルの近くからもスカイモスクが銀色に光っていた。
「旧市街にも行きたいですね」
誠は言うが、美鳥は頭の蝶から、
「まずは日本大使館の西崎さんに接触するのよ」
なるほど、誠の知らない段取りが色々あるらしい。
二人は近所の、市場ともスーパーマーケットともいえそうな施設に向かった。
外側は最新の外装材で清潔な市場のように見える。
だが快適な回転ドアを通り、一フロア歩くと、古いコンクリートの生け簀に海産物が泳ぎ、何故か足元を蟹が我が物顔で歩く、湿度の高い古いマーケット、いや市場だった。
「わあ、面白い建築ですね!」
虫は大嫌いな誠だが、この手の昭和臭漂う市場は大好きだった。
だが美鳥の心は打たなかったようで、
「こっちよ」
舌打ちのように小さく言って、ズンズンと歩いていく。
市場の壁際は、屋台同然の飲食店が並ぶ、チープなエリアだった。
市場の生きたエビが、中華包丁で一撃で半分にされ、そのまま炒められる。
謎味の焼きそばや、チャーハンが山盛りで作られている。
揚げた菓子や、天井から無数につるされた干物の中には、何故か半分に切られた子豚まであるようなカオスな料理の数々を過ぎると、最低限の材料で作られた椅子とテーブルの並ぶフードコート? らしき場所に出た。
「こっちよ」
謎のドロドロスープの、おそらくラーメンの亜種のようなものの店に声を掛けて、二人は雑とも手際よくとも言えるような感じによそわれた丼を受け取り、近くの席に座る。
匂いは、酸っぱい。
海鮮サンラータンだろうか? と誠がスープを丼に刺さったスプーンで飲むと、ドロリとした動物系の出汁の味がした。
おそらく海鮮も混ざっているらしく、どんな動物なのかは分からないが、中華の影響を強く受けた東南アジアの料理では動物系の出汁は当たり前に使うので、まさに謎味だ。
酢は、香りがする以上の主張はしていないようだった。
誠と美鳥のテーブルに大柄な男が近づく。
この暑い国でスーツを着ている辺り日本人のようだった。
男はポケットから手を出す瞬間に、SIMカード的なものをテーブルに落とし、そのまま去った。
美鳥はさりげなく紙ナプキンでそれを取った。
「用は済んだわ。
行きましょう」
「え、まだ食べてないですよ」
実のところ、この謎ラーメンはなかなか美味しかった。
「あんまり変なものを食べると、後で後悔するわよ」
美鳥は市場をまるっきり信用してなかった。
誠は慌てて麺を掻っ込み、魚で作ったハムのような、やや乾物的な物のスライスを美味しく食べると、美鳥を追った。
「あのタンカーに接近するなら、夜を待った方がいいわね」
美鳥は囁く。
市場の裏側は旧市街だった。
と、言っても英国風の建築の残る観光区ではなく、混沌のアジアンバザールだ。
得体のしれない中華系電化製品や、南国らしい強烈な色彩のファッションアイテム。
韓国の十円焼きを模したような焼き菓子の甘い匂いに、動物をつよい香辛料とともに炒めた強烈な匂いも混ざる。
「美鳥さん、もしかして迷いました?」
「迂闊だったわ。
何処に影繰りがいるかわからない状況で影も出せないし……」
誠は幽霊と信に周囲を探ってもらった。
「こっちです」
美鳥の手を引き、大量のバナナが店から溢れたところに潜り込む。
バナナの甘い香りを通過した先に、地下に降りる、いかにも怪しげな穴があった。
誠はそこを降りていく。
「なにここ?
あまりコアな場所はトラブルの原因になるわよ」
「日本の日立がラミールに地下鉄を作ったの、知りません?」
「あたし、鉄オタじゃないのよ」
地下にも、何かボロボロの椅子の並んだカウンターだけの飲食店や、ほぼ路上で床屋をしているような店が並ぶ。
靴の修理店の横には、露骨に女性の裸体のDVD専門らしき店もあった。
「見た!
あんたのヌードポスターが貼ってあったわ!
五千って書いてあったけど、いくらの事かしらね」
「多分ボルネオドルで1ドルが百五十円らしいです」
美鳥は、えっ、と黙って、
「七十五万円?
あんた、モテモテよ!」
「実はアジア方面は強いんですよね、うちの事務所。
映画も凄くヒットしてるんですよ」
美鳥は唸るように、
「世の中、何がウケるのか分からないものね」
「アジアツアーもするらしいですよ」
「まー猫やブチ猫は大喜びね」
桃源郷で出会った偽猫は、さすがに偽はひどいのでブチ猫と呼ばれる事になった。
よく見ると、髪の一部に茶髪がメッシュになった部分があるためだ。
「しかし僕がUとバレないで良かったですよ。
凄い男ファンが多いんです、僕」
「世の中についてけないわ……」
美鳥は嘆いた。
ラミール語の歌声が響くカラオケスナック的な店の角を曲がると、突然、いかにも日本が作りました、的な近代的な通路に出る。
「へー、日本風なのかと思ったらステンレスミラーを多用して未来的な装飾ですね」
わざと全体を照らす光は暗くして、文字盤や液晶パネルが目立つようにしているらしい。
「電光掲示板も分かりやすい。
ホテルはスカイモスクの近くですから3番乗り場で5分後です」
言いながら誠はピッと改札を抜ける。
「ちょっと!
あなた、この国のスイカまで持ってるの?」
「最新のホームドアはクレジットカードでタッチ決済可能なんです」
美鳥は、日立やるわね……、などと唸りながら改札を通った。
3番乗り場までも床の光のラインで誘導される。
電光掲示板の色が、床のカラーと同一なのだ。
「しまったわ。
バイクが市場の前に止まったままよ」
「落としてホテル前に移します」
誠は、最近は透過で落とす場所も移動させられるようになっていた。
つまり、透過と同時に、影の中を滑らせて移動する訳だ。
二つは、誠には前から出来ていた能力だったが、同時に合わせることで用途は大きく広がっていた。
「まーあなたが使える子で良かったわ」
「でも潜入は素人ですから」
「そうね、任せなさい」
ホームに地下鉄が入ってきた。
元々、地下建造物マニアの誠は、我を忘れて感動した。
列車も誘導したカラーを取り入れた、美しい車体だった。
日本では何十年も前からある駅に新しい電車を走らせるので、これほど見事な調和は無いが、同時に駅も地下鉄も作れると、ここまで一体化した構造美を作れるのか!
「誠、あんた今、スマホで撮影したでしょ。
止めなさいよ恥ずかしい」
日本では一部鉄道マニアの態度が悪いために、本来愛されてしかるべきはずの美しく憧れられるべきものが、恥ずかしいもののように扱われてしまう。
誠は一部鉄道マニアに腹を立てた。
気持ちはわかるから、本当には憎めないのだが……。
「素晴らしい美的センスですよ。
それを世界最高の技術と共に実現出来るのは感動して当然です!」
と、誠と美鳥が言い合っているのを、ラミール国家警察に属する影繰り、ボウンが遠くで目を細めて見ていた。
空港から尾行しているが、よく地理も理解しているし、あの見つけにくい地下道を抜けたのには少々焦った。
今まで外に出たこともない、まだ子供のスパイと聞いていたが、とてもよく仕事を理解した、優秀な二人だ。
これは、いずれ殺し合わないわけにはいかないだろう……。
ボウンは氷のような視線を誠たちに向けた。
「あ、良かったわ、あたしのバイクが戻ってきて!」
美鳥が歓声を上げるが、ボウンはゾッとしていた。
スパイは二人と聞いていたが、明らかに彼らを支援する組織が構築されていた。
中国の諜報組織なら、金をばらまくので追いやすいのだが、この日本の組織は、数ヶ月前に決定された赤子のような組織のはずだった。
まさに塵一つ残さず、バイクは消え去り、見張りの警官も気づかないうちにホテルに戻されている。
まるで日本の一流ホテルのようなホスピタリティだった。
俺一人では、ちょっと手に余る。
ボウンは己をよく知る男だった。
すぐに本部に増員を依頼した。
中国人のリとベトナム人のオグのコンビも、高速艇から軍用機でラミールに到着していた。
「どうだ、やれるか」
陽気なチャイニーズ、リはラミール織りのカラフルな上着を着て、既に手には缶ビールが握られていたが、オグは、
「どちらの能力なのか、俺の分身もすぐ見つかった。
今夜、毒を使ってもいいが、失敗するだけ、奴らも用心深くなる。
しばらく泳がせて、気が緩むのを待った方がいいだろう」
リは、ビールを煽り、
「ま、船は港だ。
影繰り相手に、あまり時間は無いかもしれないぜ」
と、明るく笑った。




