20鴉
誠は、熱にうなされるように眠った。
黒い羽根が見える。
闇に艷やかに光る、漆黒の羽根だ。
黒い羽根が二枚になり、四枚になり、やがて大きな翼になった。
誠は黒い大きな猛禽として力強く黒翼を広げると、大きく羽ばたいた。
誠は巨大な黒い鴉になって、再び41号と共に戦場を飛んだ。
翼を広げれば二メートルにもなるような鴉だ。
畳より大きいと言われるオオワシを漆黒にしたような、怪物級の鴉だった。
「見えるでしょう?
今の君なら、ウサル君が。
彼だけが本当の希望なんだ。
だけど、世の中には未来を予知して、自分の望む世界を作ろうとする連中がいて、偽メシアを沢山、沢山作っているんだ。
僕もその一人だけど、僕の能力は心を飛ばす力だから本当の事が見えたんだ。
悪い心を持っているのはAだけじゃ無いんだよ。
いろんな国家や、偽善団体や、本来ウサル君を守るはずの宗教までもが、ウサル君の存在を抹殺しようとしている。
分かる?
ウサル君が話せば、その宗教は、粉々に崩れてしまう。
まるでバべルの塔のようにね。
本当の救世主なんて、汚れた大人には邪魔なだけなんだ。
法王なんて言っても神と特別近いわけじゃない。
なぜなら彼らは枢機卿の選挙によって選ばれる政治的に成功しただけの人なんだから。
真実なんて彼らには邪魔なだけなんだよ。
ただ偽りのメカニズムが今まで何世紀もそうだったように動いてくれればいい。
それで彼らはお金を稼いでいて、人々を支配できているんだからね。
だからみんな、偽のメシアが欲しいんだ。
真実のメシアは彼らの世界を壊してしまうんだからね。
だけどお金を集めていけば、やがて相手と利害がぶつかる。
最後には真実のメシアと偽のメシアは必ず大きな戦いをすることになる。
だけど、新しい世界に通じる道は、実はAIでもSDGsてもなくて、ウサル君の真実の言葉だけなんだ。
だから今まで通りに富の中心に居たい人たちは何よりウサル君を恐れるんだ。
見て!
41号は下を指さす。
そこには、身長より持っている銃の方が大きいような少年兵と、カーキ色の軍服を着た大男が睨み合っていた。
離れた瓦礫の道を、まだ未就学児に見える少年が、石を持って走っていた。
少年兵を挟んで反対側の道には、体は大きいが手足のやせ細った老婆が、網のようなものを持って走っている。
軍服の男は影繰りだった。
誠は攻撃しようとするが、41号が止める。
(彼はロトとウサル君たちで戦うんだ。
君が戦うのは……)
ウサルの走る道の上、廃墟のビルを小柄な男が追跡していた。
猫のようにしなやかに、瓦礫を走る。
男は走りながら胸のホルスターから銃を取り出す。
コンパクトな銃だがこれに殺傷力をつける方法は誠はその身で学んで知っていた。
誠は鴉の姿のまま、空中に直立すると、翼を振るった。
黒い羽根が二枚、恐るべきスピードで銃の男に突き刺さる。
前の戦いで知った事実、影の力を乗せることで、物はいかようにも早くも鋭くもなる。
二枚の羽根は男の銃を持つ手を切断し、もう一枚が男の喉を切り裂いた。
「向こうにもいるよ!」
老婆の走る道とも言えない瓦礫の先に、半壊して傾いたビルがあり、この角に緑色にぬめった不定形の汚物のようなものが直立していた。
(あれは羽根では切れなそうたな……)
だが、変身を解くのはマズイ。
何処で誰が見ているか分からないからだ。
現代の戦闘地域では無数の衛星が戦闘地域を克明に記録している。
その時は気が付かなくとも、あとで調べれば全てが映像記録として残っているのだ。
(君の力は、全て使えるよ)
41号が言うと、鴉は蛹弾を撃ち込んだ。
影の力を乗せた蛹弾は、以前の数倍の速度で緑色の汚物に突き刺さった。
ドン、と蛹弾は炸裂し、汚物は飛び散るが、また集まってくる。
(誠、ムカデたちが、汚物を食べたいって言ってるぜ!)
大地が教えた。
誠は新たに数発の蛹を打ち込み、今度はムカデにして汚物を内部から食べ始めた。
「後は隊長という人が、向こうのビルにいるよ。
不死身だと言われてる」
不死身の人間をどう倒せばいい?
誠は首を傾げた。
とりあえず41号に教えられた方向を見、拡大してみると、でっぷり太った軍人が葉巻をくゆらしている。
「あれが不死身?」
なんでも食べる、とか、そんな能力の方が似つかわしいような男だ。
誠は、羽根の力も知りたかったので、影の力を最大限まで込めて、羽根を撃ち込んだ
羽根は音もなく飛んでいき、死体に加速する。
途中からは目で追えないほどの速度になってデブの胸の辺りに突き刺さった。
と、思われたが、瞬間、まるでシャポン玉が太陽光に反射したような、虹色の煌めきが起こり。
羽根はデブの数メートル前で、動きを停止した。
バリアーか?
永田のバリアーのように硬質ではないが、逆にどんなパワーも受け止めそうな柔らかいバリアーだった。
「チャゴ、あのバリアーを柔らかく出来る?」
(出来るけど、それで破れるかな?)
「敗れなくとも、デブに届けはいいんだ」
(ああ、それならできそうだよ)
誠は蛹弾を空中に何十も浮かべると、影の力を乗せた。
「発射っ!」
小さく叫び、鴉は蛹弾を撃ち込んだ。
チャゴが同時にバリアーを柔らかくする。
葉巻のデブ隊長はロトを見下ろしていた。
鴉はすぐさま、羽根を数十、発射した。
バリアーが異様に光り、蛹弾を誘爆させるが、そこに羽根が突き刺さった。
隊長の首に、一枚の羽根が突き刺さった。
「ムカデに変われ!」
隊長の皮膚に刺さった僅かな羽根が、瞬時にムカデになって隊長の体内に入って行く。
デブは首から血を吹き上げて慌てるが……。
やがて、傷が塞がっていく。
「バリアー使いで、しかも回復持ちなのか?」
誠は戸惑った。
影繰りの能力は無論、自分で選べるようなものではないが。
あれだけの回復能力を持っているなら、接近戦で戦えばいいではないか。
回復能力はバリアーのお陰で、まるで意味が無くなる。
とはいえ……。
この不死身の男を、どう殺すのか、誠は考え込んだ。
あの再生能力を持って、何故バリアーで身を守るのか?
誠は影を込めた無数の羽根をバリアーに撃ち込んだ。
デブは、初めて誠を見た。
「獣人系の影か?
つまらん……」
デブが葉巻を、誠に向けて突き出すと、バリアーが急に伸びてくる。
この辺は永田のバリアーにも似た技はあった。
「チャゴ、バリアーを柔らかくして」
バリアーは百メートル近く離れた誠まで届いたが、柔らかくなっていたので、グニャリと折れた。
誠の羽根は、しかしバリアーに当たって落ちた。
「ちっ、獣人って奴は、皆、固いんだよな」
デブは毒つき、
「なら、近寄ってやる。
後悔、先に立たず、ってな」
薄く笑い、デブの隊長は飛んだ。
バリアーが虹色に光っていく。
(誠、あのバリアー、危険そうだぜ)
信が言った。
バリアーに触れることで、何らかのダメージを与えそうに見える。
「そのようだね」
鴉の誠は、平然という。
空中に浮かんだデブの周りに、バリアで落とされたはずの羽根が舞っていた。
(わざとバリアーに落とされたのか)
「永田さんと一緒に戦ったから、弱点も分かってるんだ。
完全にバリアーを塞ぐと、空気も入らない。
安全な部分はわざと口を開けて酸素の交換をするんだ。
その時、羽根はバリアーの中に入れるんだ」
羽根はデブに刺さると、そのままムカデになって、デブの体内に入り込んだ。
(おい、誠。
あいつ不死身なんじゃ無いのか?)
「偶然、使い勝手の悪い能力が重ならないとも限らないけど、そんな影繰りが隊長にはならないだろ。
だから、バリアーは多分、不完全なデブの再生力を補う影だと思ったんだよ」
空中でバリアーが消滅し、デブは全身から血を噴き出した。
そのまま、遥か下の瓦礫に落ちていく。
パンプティダンプティのように潰れたデブの隊長を、誠は透過で地下に隠した。
(ありがとう誠さん、後は大丈夫だよ)
41号の声を聞きながら、誠は目を覚ました。
誠は、いつからか蛹のように黒い羽根に包まれて固まっていた。
それが開くと、影の手の新形態の、黒い翼になる。
「ふん、面白い奴だな」
とうやら、階下の部屋の影に隠れて誠を見ていたらしい、分身の一人が銃を構えて影から出てきた。
「この弾丸の威力は分かってるな。
おかしな真似はしない事だ」
誠は眠そうな目で男を見、
「分身って、あの狙撃した奴がオリジナルなの?」
銃を構えた男は笑い、
「俺たちの強みは、オリジナルとかが無い点だ。
奴が死ねば、俺がオリジナルになるし、俺と奴は、同時に情報を共有している」
「なるほど」
つまらなそうに誠は言うと、ゆっくりと手を上げた。
「いい子だ。
降伏しか、助かる道は無いのさ」
男は言うが、誠は、
「違うよ」
いうと、欠伸をした。
銃の男の手の周りに、水の球体が生まれる。
「なんだ?
お前、水使いなのか?」
「実はそうらしいよ」
誠の言葉を聞いたか、聴き終わらないうちに男の全身は水に覆われ、すぐに絶命した。
誠は、影から出て、空中に浮かぶ。
遠くのビルで、瞬間火花が光り、誠の胸を正確に打ち抜くが、新しく生まれた黒い羽根が、テニスボールを弾くように、弾を撃ち落とした。
次の瞬間、誠はライフルを構えた隊長の前に浮かぶと、無数の黒い羽根が男を銃ごとミンチにした。
うわっ! と誠はベッドから飛び起きる。
そこは昨夜のホテルの部屋だ。
誠は夢の中で41号に連れられて、どこかアフリカに近いアジアの乾燥した土地で、二組の影の暗殺チームを一人で倒していた。
慌ててベッドから飛び起き、壁に掛かった大きな姿見でくたびれた上に寝汗で湿ったランニング越しに背中をみるが、羽根も翼も無い。
(ヒヒヒ、ち◯こに羽根が生えてるかもよ)
颯太に言われて誠はゾッととして二軍パンツをめくるが、いつも状態だった。
(颯太って時々意地悪だよね!)
と、誠はプリプリ怒り、シャワーを浴びる。
あの黒い翼は……、思うと、誠の背中に巨大な翼が生えた。
え、じゃあ鴉は?
一瞬で誠は、誠より大きい猛禽になった。
こ、これは……。
(あのね、誠)
41号が不意に誠に話した。
(ウサル君が、お礼に、精霊を一人、誠にプレゼントしてくれたんだよ。
それは君の役に立つ、って。
誠は、前にもウサル君の声を聞いたでしょ。
これからもウサル君を助けてね)
誠は、シャワーを浴びながら溜息をついた。
終わらない悪夢をみたような感じだった。




