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19影の呪力

(おそらく、あの男は修験や仏教では無いものの、宗教か呪術的な訓練をかなり積んだ人物なのでしょう。

見て下さい)


桔梗が誠から落ちた弾丸を拾う。


鉛に、何か文字が刻まれていた。


(私もあまり知識はありませんが、確かカバラとか錬金術的な魔術体系が彼らにもあるようです。

おそらく、それを応用した能力なのでしょう)


謎が解けたからといって攻撃が避けられる訳では無いが、打開の糸口ではあるかもしれない。


(誠さんも一週間とはいえ修験道を学んだ身、苦行を積むことで得られる霊力も片鱗は感じられたと思います)


颯太が、


(おー、誠もやったよな!

崖登ったりお経唱えたり。

少しは出来るんじゃねえの?)


桔梗はキツく。


(最近は観光の一部として霊山へ登るツアーや、滝行、座禅行などが一種の娯楽として企画されたりしていますが、本来は日の出前に起き、苦しい断食、水も絶って洞窟に籠るなど生死の境を見定めたものだけが本来の霊力を発見するものなのです。


本当に知識豊富で人格的にも正しい師につき、十年も山に籠もって初めて己を守護するものに出会うのです。

そんなに簡単なものではありません)


と叱られた。


(でも、僕ならどうにかなるかもよ)


星輝が言い出す。


(あれでしょ、カバラってゴーレムを作るけどゴーレムの額の言葉を変えると死んじゃう、ってやつでしょ。

だから変える文字を相手の心から取り出せば、あとは書き換えられればいいんでしょ?)


桔梗は、うーん、と考え込み、


(俗なスリラー映画ではそうですが、それほど簡単かとうか?)


リーダーの治めた宗教などが分からない以上、これ以上は何も分からなかった。

が、星輝なら確かに何かが掴めるはずだ。


誠は頭上を透視し、壁のクラックに潜り込んでリーダーの背後に滑り出た。


星輝の黒い霧をリーダーに透過して入れる。


だが、敵は一人ではない。


すぐに誠の背後に二人目が現れ、テグスを投げてきた。


誠に巻き付くと、先端に付いている小石ほどの重りに、やはり文字が掘ってあった。


(分かったぞ誠!)


星輝は映像で誠に、


(この文字を、こうするんだ!)


アルファベットに似ているが微妙に違う文字なので映像で見れるのはありがたい。


たが、影の手で金属を削ろうにも、そこにも魔法がかかっているのか、まったく受け付けない。


他のリーダーも銃を取り出し、誠に走り寄る。


銃弾はヤバかった。

当たりどころによっては一撃で死ぬ事もありうる。


(オイラが柔らかくするよ!)


チャゴが叫んだ。


チャゴが柔らかくした重りに、影の手を押し付けるようにして文字の形を変える。


と、文字の意味まで変えなくとも、最初の文字の線を押し潰した時点で、リーダーの呪術の力は消えた。


文字による呪術は、確かに一文字が無意味になった時点で意味をなさなくなる。


意味の魔術である分、その脆弱さがあった。

どんなに緻密なプログラムだとしても、数字を一つ変えたらバグになる、そういう事だ。


テグスが影の手で切断できた。


誠はすぐに屋上から透過して下の階に落ちた。


だが……。


そこに、多分パンチのリーダーがいた。

おそらく、同じように呪術で体力強化をしているのだと思う。


いくら顎にヒットしたとはいえ、あのダメージは異常だった。


男は両手に革手袋を付けていた。

おそらくあれが、呪術の種だと誠は思った。


(チャゴ、柔らかく出来る?)


(任して!)


誠は影の手で手袋を切断した。


緑色の革手袋は細切れに四散して、男は舌打ちした。


「どうやらカバラに気がついたようだな。

だが、それだけが俺の武器じゃ無いぜ」


軍靴が、光る。


革の靴の横腹に、まるでスニーカーのように文字が浮かんだ。


唐突に男は疾風のように走り出した。


構えは前と同じ、ボクシングスタイルだが、速さはスピードスケートのようだ。


「速度はパワーなんだよ!

つまり、手袋を壊したとしても、同じダメージを与えられるのさ!」


誠は蒸気の壁を出して、気圧を上げ、ついでに、


「チャゴ、固くして」


(わかったぜ!)


分厚い氷の壁は、更に鋼鉄に近い硬さを得た。


男はストレートパンチの拳から硬度三百の、ほぼ見えない壁にぶち当たり、腕が砕けた。


腕と顔面を複雑骨折し昏倒した男が、蒸発するように消える。


誠は再び影の中に滑り込み、高置水槽の上に出た。


リーダーはよろめいていた。


「分身だから、再度合体すると、ダメージも引き継ぐのかな?」


(推測は危険だぞ。

それに銃の文字は消しようがない)


と、田辺が注意する。


誠の透視は、水分くり神に調整してもらったため、望遠鏡の能力も持つ。


リーダーをアップにすると、口から細く血の糸が流れていた。


素早く全身に魔法文字がないか見てみるが、流石に望遠鏡なだけでは分からない。


透視にすると、内蔵を見たりしてしまうし、こういう場合には不向きな能力なのは相変わらずだ。


と、リーダーは不意に誠に向かって銃を構え、同時に発射した。


いわゆる早打ちだ。


映画だけの能力かと思っていたが、流石に努力で戦闘力を高めてきたリーダーのような人間は、上げられる戦闘能力は全て鍛え上げてあるらしい。


誠は腹部に被弾し、透過は追いつかなかった。

慌てて水化して、影の中に逃げ込んだ。


階下に降りると、実体化する。

弾は水になった時点で抜けるが、今回は傷は癒えなかった。


内蔵が広範囲に傷んでいた。


慌てて治療したが、追いつかない可能性が高かったので時間を戻した。


(だけど、その常識外れの能力は、どこから来たんだろうね)


田辺は訝る。


誠は、


(おそらく、マッドドクターの催眠術が、僕に変な効き方をしたらしいんです)


と教えた。


とんでもない能力だし、老人を少年に戻すという離れ業も行なっている。


「あのな」


と、大地母神の使い、トカゲの信が話し出す。


「水って、腐るだろ?」


あまり意味がわからず、誠は、ただ頷く。


「だけど、本当の水は腐らないんだ。

地面に流して、土や岩や、大地の中で何年も浄化されると、やがて何処からか清水になって帰ってくる」


「天然の浄化フィルターだね。

塩水も真水に出来るんだもんね」


「まあ塩水の方は、人間の知恵だけどな。地面でやれば塩害が起こる。

だが、まあ、命という液体を浄化していけば、まるで時間を戻したかに見える訳だ。

誠の能力は、だから実際には浄化の能力で、本当に時間を戻した訳とは、ちょっと違うんだ。

時間を戻す、なんて能力が本当にあったら、圧倒的に無敵だろ」


「あ、そうなんだ」


ちょっと誠は、いつか戦いで時間を戻せる日が来るんじゃないかと思っていたので、残念だった。


誠だって影繰りである以上、無敵の能力なんてものを持ってみたかったのだ。

少し中二病だとは思うが。


「今のところ、神でも時間を戻せる神はいないぜ」


考えてみれば、本当に時間が戻るとしたら、世界全体がそうなるだろうし、戻したとしても誠も戻ったことを覚えてはいないはずだ。


そうでないと、誠だけが数分にしろ老化することになってしまう。


(それは、疑問が解消されて良かった。

だが、あの銃弾の力はなんだ?)


田辺が言うと早田が、


(おそらく、ダムダム弾か、炸薬弾だと思うよ)


早田は、顔泥棒に殺された高校生だが、ミニタリーマニアだった。


幽霊と誠たちはイメージを共有できるのでダムダム弾や炸裂弾のイメージはすぐつかめた。


(ヤバいね。

一撃で即死もありうるよ)


田辺も唸った。


(もう、見つかる前に一撃で殺っちゃえばいいじゃねーか!)


颯太は急襲を押した。


仕方ないか。


誠も早く帰って寝たかった。

今はアドレナリンが出ていて眠くは無いが、睡眠時間は削っている。


大体、ウサル君なんて会ったことも無い少年なのだ。


(そう簡単にいくかどうか。

もし僕が分身できるのなら、本体は安全な場所にいるけどな)


と、田辺。


確かに。

やられればダメージを食うとはいえ、死ぬよりはだいぶマシなはずだ。


最悪、死なないようにするのは当たり前だった。


だが、戦わないと帰れない。

誠は皆に話して、屋上に出た。


影の中で見渡すが、リーダーは一人のようだ。

が、多分、離れた場所に分身はいるだろう。


屋上は防水塗装をされていたが、度重なる爆撃や戦闘のため、誠が潜める影は至る所にあった。


影の中を滑り、リーダーの背中に飛びつく。


が、すぐにリーダーは肘打ちで誠の脇腹を襲った。


呪力で強化された肘打ちだ。


だがその一瞬で、誠はリーダーの脳内にムカデを透過した。


固まった頭蓋骨の中で、ムカデ分体積が増える。

それだけで、豆腐のような強度の脳味噌は破壊され、また同時にムカデが暴れたため、晴明を司る小脳が粉々に粉砕された。


リーダーは即死する。


「死体は消えないね」


誠は呟く。

もう分身はいないのだろうか。


だが……。


不意に、誠は狙撃を受けて、背後に吹き飛んだ。


肩から腕にかけて、大きく穴が空き、右腕が千切れかけていた。


誠は影に隠れた。


(やはり、この屋上が見える高台の何処かに本体がいたな)


田辺は唸った。


大地が上空に登り、見てみると、百メートル近く離れた先に、高いビルがあった。


大地の目に、誠の望遠鏡の透視能力を貸すと、屋上で、台座付きの対物ライフルを、おそらく本体が構えていた。


誠は時間を戻して治療に集中する。


(屋上から飛んだとしても弾丸が当たったら身体が千切れかねないな)


田辺は作戦を考える。


「なんで?」


と信。


「桃源郷で天井を落としたみたいに、あのビルごと地下に落としちゃえばいいんじゃない?」


誠の肩と肋骨の折れた脇腹は、少しづつ治っていくが、死ぬほど痛い。

他のことは考えられなかった。


(誠、どのくらいかかる?)


颯太が田辺に聞いた。


(今までの感じだと十分かプラス五分ぐらいかな?)


誠は歯を食いしばり、涙を滲ませて痛みに耐えるだけだ。


(麻酔とか持っておけばいいのに?)


幸也が言うが、田辺が。


(あー言うのは一定時間、感覚が鈍るからな。

治ったらすぐに戦うつもりなら使えないんだよ)


誠の苦しみを代弁した。


(なら、しばらくデコイになってやろうか)


言うと颯太は影の体で誠になって、ビルの屋上へ出た。


即座に射殺される。


影の体は死体のまま残して、颯太が元ってきた。


(どうよ。

これで敵は殺した、と思うだろ)


と自慢するが、裕次が、


(死体があったら、確かめに来るかもな)


信は、


(誠。

M細胞で傷を治してやろうか。

傷の治りは格段に良くなるぜ)


えー、とハルが、


(それって、誠が妖怪になる事?)


(失礼だな。

あのメシア候補だってM細胞を使ってるんだぞ!)


信はトカゲの体でプンプン怒る。


(だが、何か変化は起こるんだろう?

魚に変身するとか、亀になるとか)


ギャル男のハルは、自分の一部である誠が、おぞましい生き物になる事を生理的に嫌がっているようだ。


(そうしないで影能力を強化するとか、天使の羽根が生えるとか自分でも選べるよ)


と信。


誠は涙を流しながら、


「僕って弱いから……。

星輝や颯太や、いや僕に集まった魂みんなの体になれる力なら、欲しいかもしれない……」


田辺も颯太も言葉を失った。


もう一度、本物の体を持つ……。


束の間だとしても、それはとても大きなプレゼントだ。


ある種の蘇り、とも言える。


(あー、そんなんでいいなら、軽くM細胞を入れてやるよ)


信は、誠を齧った。


M細胞が誠に注入される。


それは遺伝子操作でM細胞を組み合わせたメシア候補とは根本的に違うが、伊吹が仕組んだ学生連合やゆきおと呼ばれたネズミに変身する少年の配った薬よりは、実は強かった。


大地母神は、ある思惑を持って信を誠につけたのだ。


そのM細胞は、長い時間をかけて誠の肉体に混ざっていく。


それが意味を持ってくるのは、まだはるかに未来の話だった。


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