21調査
誠は、裸のまま、部屋のソファーにグッタリと座った。
一晩で十人の影繰りと戦い、鳥に変身する能力まで得た。
疲れたような気分で、偽警官が大喜びで見ているのも構わず、冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して、一気に半分を空にした。
「誠!
早く起きるのよ!」
扉が開いて美鳥が飛び込んできたので、誠は飛び上がって驚いた。
「み……美鳥さん!
どうやって中に入ったんですか!」
ここは一流ホテルなので、カードタイプの電子キーなのだ。
「バカね!
影繰りが電子ロック程度、開けられないわけがないでしょ!
あんたは必要無いから教えてないだけよ!」
そう言えば、美鳥は諜報のエキスパートだった。
誠は慌ててバスタオルで前を隠すが、朝、起き抜けの男子高校生の恥ずかしい部分は見されてしまい、真っ赤になった。
「バカね、子供の裸なんて見てもなんにも感じないわよ!
大体、あんたはもっと筋肉つけなさい!
あと、皮は剥くなら剥く、被るなら被るなり、どうにかしなさい!」
「うわあ!
言わないでくださいよ!
練習の時は、ちゃんとしてるんですけど、今は体洗ったばかりだからですよ!
ホントは剥けかけ、って絶対ナイショですからね!」
ここは誠の数少ない肉体の秘密部分だった。
「馬鹿な事言ってないで、朝食行くわよ!」
扉が勢いよく閉まり、誠は頭を抱えた。
好きな女の人に見られていい姿ではなかった……。
十数分後、ポロシャツとハーフパンツ姿でロビーに降りた誠は、美鳥と共にホテルを出、朝食をとりに朝のアジ島を歩いた。
「誠。
今日から政府機関を調べるわよ……」
美鳥が声を潜ませる。
「偽メシアとラミール共和国の関係は見過ごせなかった。
表向きは日本や米国と協調しているフリをしながら、裏ではAと結びつき、核ミサイルを購入したり、まして偽メシアがラミールで自由に行動している事実は、おそらくこの国の何処かに偽メシアの開発や研究を行う場所が秘密裏に構築されている、と言う事になる。
だがラミール共和国の諜報機関は、それを黙殺している。
そもそも日本や米国の同盟に加わっているなら、独自に核ミサイルなど持つ必要も無いはずだ。
敵対する共産圏の国々が核を持っている、とはいえ、協調して敵に向えば、核の有無はほとんど関係がない。
アメリカを始めとする核保有国の原子力潜水艦もボルネオ近海も航行可能だし、一国で共産圏の大国に対する必要は無いのだから。
ならばラミール共和国はどこに向けてミサイルを配備するのか?
Aと裏で繋がっている、と考えると、共産圏を抑え込むはずの国の一角が不穏な状況なのか、勘ぐるのは不自然ではない。
そこを美鳥たちは調べねばならなかった。
誠たちはホテルで紹介された朝食の美味しいレストランへ行き、冷房の効いた室内で色い街と青い海の輝く窓の前のテーブルに座った。
「ところで誠?」
美鳥はどんな潜入計画を立てているのだろう。
誠が真剣に美鳥を見つめると、
「いつもは綺麗にしてるけど風呂上がりだから剥けかけたったって、どういう事?
何か、ノリ的なものがある訳かしら?」
誠はズルッとコケて、
「美鳥さん!」
と怒ったが、美鳥は、
「気になるじゃない。
教えなさいよ」
誠は、ハァ、と溜息をつき、
「僕もそんなノリがあるのかなんて知りませんよ。
僕の場合は、影能力で治療できる、ってだけです」
美鳥は目を点にして、
「あんた、そんな馬鹿な事に力を使ってたの?」
「女の人には分からないでしょうが、結構重要なことなんです。
戦いの中で違和感を感じたりすると集中力が途切れるし、女性と違って色々あるので」
言ってて恥ずかしいが聞きたがるのだから仕方がない。
「そんなの知ってるわよ。
女だって大変なのよ」
保健体育レベルでは誠も知っている。
「それより、どこを調べるんですか」
アジ島はそんなに大きな島ではない。
だが、人口も少ないので森や山は結構多く、そんな場所に基地でも作られたら、なかなか探すのも大変だ。
「あたしはバイクで島を回るから、誠は空から探してみて」
誠には新しい能力もあったし、試すのも一興たった。
誠は、巨大な猛禽、鴉になって島を巡った。
誠のまま空も飛べるが、影繰りには見つかるし、おそらくイーサンクラスの偽メシアが何人か、アジ島かラミール本島には居るはずなのだ。
おそらくイーサンの死は伝わっているはずで、即座に戦闘になってもおかしくない。
鴉は誠が姿を変えただけで身長は変わらないし、羽根は広げれば二メートル以上になる巨大な鳥だが、影とは別の力だ。
41号によると、ウサル君のプレゼントであり、妖精らしい。
信によると、
「レベルか上がればもっと強い能力もあるはずだぜ」
らしい。
仲間に頼れない今のような状況では、戦闘してレベルを上げたいところでもあった。
アジ島は、広さは東京都の大島ほどの島で、海の道を通ったすぐの白いリゾートの他、海岸沿いに五つの村があるが、中心部分は三つの山が連なっている。
イーサンのいた灯台の近くにはサーファーの集まる村があり、この村にはクラブやバー、ちょっとしたカジノもあるらしい。
付近には三つの山のうち、最も低いダギ山があり、峠道はバイクやスポーツカーで攻めるのが許されている。
そこから海に突き出た第二の山、ダブルフラウン山があり、ここはダギ山頂上からダブルフラウン山へ連なる谷の部分に、登山の中継地ホロスがある。
ダブルフラウン山は峻険な岩山で、登山者や冬はスキーヤーにも人気な、灯台村とは系統の違う街だ。
ホロスからは、別に第四の村、漁村フッテに続く道もあり、ここはあまり観光客は来ない場所だ。
フッテからはリゾートに向かう谷の道が通り、島最大の山、三つ瘤山の横をリゾートまでなだらかに進む事が出来る。三つ瘤山の先にある村、ダグザは少数民族ダグザ族の住む村で、行けば長閑な歓迎を受けるらしいが、車は通れず、山道を三時間登った先にあるらしい。
誠は、高高度からアジ島を眺め、まずは可能性の薄そうなダグザの村に近づいた。
ダグザの村は日本の原風景のような、棚田と茅葺屋根の村だった。
確か聞いた話では三つ瘤山はダグザ族の生活のためラミール共和国も全く手を入れていない、つまりガスも電気も水道も無く、全ては山と農耕により自立した文化のようだ。
村を見下ろせる大木の枝に、鴉は止まった。
大きな編笠をかぶり、水田や畑を耕す人々。
衣服はラミール織りに似ているが、もっと地味な小豆色や落ち葉のような色合いで、日本風に言えばジンベイのようなスタイルだ。
女性は、ジンベイのハーフパンツ部分が、フワリとしたスカート的な物になっているようだった。
子供達は、より明るい色の服を着て、犬や猫と共に泥にまみれて遊んでいた。
その中に。
パナーマ!
一人の少年が誠を見上げた。
おいおい、と信。
(影繰りほどでは無いとしても、鴉も普通の人間に見えるようなものじゃ無いぜ。
精霊なんだからな)
だが少年は夢中になって大木に飛びつき、器用に登ってくる。
木と言っても屋久杉に近いほどの大木だ。
誠は、落ちたらヤバいな……、と少年を見つめた。
少年は誠から十メートルほど下の枝に座ると、
「あまな!
らーあまな!」
と、懸命に話しかける。
さすがにダグザ族の言葉までは誠も分からない。
(僕がやってみようか?)
星輝が言い出した。
確かに星輝の黒い霧だったら、心を繋げられるかもしれない。
黒い霧を少年の頭にに透過すると、
「アマラ神!
アマラ神、僕を助けてください!」
叫んでいた。
誠は、
「どうした……」
と、自分なりに神を演じて答えた。
「三つ瘤山で人が消えるんだ!」
イーサンは倒したが、他にも獣を操る影繰りがいるのか、別の理由か、今の三つ瘤山は困ったことになっているらしい。
「分かった。
見てきてみよう」
誠は言うと、森に入った。
鴉は巨大だが誠の力で透過できるので密生した原初の森でも普通に飛べる。
「みんな、何か痕跡がないか探してみて!」
三つ瘤山は三山のうち最も広く、島の中央を森林で埋め尽くしている山だったが、幽霊たちなら何かを発見してくれる、と誠は信じた。
自身も五感を張り巡らせて何か異変がないかと飛び回る。
それは、比較的すぐに感じられた。
チラ、と遠くの木の陰に何かが過る。
だが、追おうとすると、気配は消える。
消えるのだが、また、離れた場所で、チラ、と気配がして、正視しようとすると、消えてしまうのだ。
影繰りなのかも判断する間は無かった。
幽霊たちは森の奥に散っているので、誠の側には信しかいなかったが、信は誠の髪の毛の中に隠れながら、
「あれは多分、妖怪、だけどかなり神に近い存在みたいだぜ」
と教えてくれた。
「人を襲ったりするのかな?」
誠の疑問には、
「さあな。
日本の神だって、中にはヒドイ事する神もいるだろ。
妖怪だって人に優しい妖怪もいる。
人には無関心な奴も多いだろう。
そういうのは性格や関心の方向の話だからラオス生まれの俺にゃ分からねーな」
確かに。
この妖怪が人間消失の原因かもしれないので、誠もあまり迂闊に追わないほうがいいのかもしれないが、仲間も一生懸命に探しているのに危険かもしれないから、と、手を引く訳にはいかなかった。
周囲は熱帯の森林であり、ダグザ族以外の人の手は入っていない。
村の近くは利便性のある木を植えて雑木林にしているかもしれないが、ここまで奥に入ったら、ほぼ原生林だと思われた。
「誠、人の姿になったらどうだ?
今のままだと、ずっと逃げ回られる感じだぜ」
そうかな?
と、誠は思い、鴉は地上に降りると、誠に姿を変えた。
とはいえ、熱帯のジャングルであり、人の通る道も無い。
誠はハーパン姿なのをすぐに後悔した。
靴下も踝の出る短いものだったので、どんな虫に刺されるか分からない。
ひとまず、蒸気の壁は纏っておいた。
壁のお陰で雑草は開けていくが、中には入らないものの、驚いた虫たちが目の前を逃げていく。
その量が都会育ちの誠の想像を遥かに凌駕していて、誠は呻いた。
足がすくんで立ち止まった誠だが、ふと見ると十メートルほど先に身長一メートルに満たないくらいの、黒い人型の何かが立っていた。




