16イーサンの罠
倒れた軍人を透過で落とし、誠たちは鋼鉄の壁に向かった。
透過で入ることも可能だが、イーサンは必ず罠を仕掛けているだろう。
誠は透視で扉の先を見た。
ラミールの衛兵姿の男たちが六人、扉に向かってライフルを構えていた。
そう言えば、この灯台の上にもアーチ窓はあり、風に吹き飛ばされながら、カモメたちが必死に窓を覗いていた。
誠がラミールの影繰りを倒したのを、もうイーサンは知っているのだろう。
だが、分からないのはここまで猛毒の昆虫も、凶暴な動物も、かなりやり手な影繰りも倒した誠たちに、ライフル銃を構える意味だった。
誠は、美鳥の肩に肘を付けて、アクトレスの弟、星輝の黒い霧を透過した。
誠の見ているものを見てもらう。
「誠、あれはただのライフルじゃないわ。
ヒグマも眠らす麻酔銃よ。
イーサンはあたしたちを捕獲する気なのね」
そういう事か……。
誠は影に入って鋼鉄扉を迂回しようと思ったが、ふと止まった。
誠が何度か影に潜っているのは、おそらくイーサンも観ているはずだ。
誠たちが真正面から入ってくると、本気で考えているだろうか?
影の中を滑るのが最も効率がいいのだが、それは窓からカモメも見ている。
誠は影の身体を誠と美鳥の姿に作り、同時に影の中に隠れた。
誠たちの写し身は、影の手を透過させ、鋼鉄の扉を開けた。
よく手入れのされている鋼鉄の扉は、音もなく写し身側に開いた。
兵士たちは銃弾を一斉に発射した。
誠たちは影を滑って室内に侵入した。
部屋は四方がガラス窓で、とても明るい。
中央に柱があり、夜間は強力な光が一定速度で回転して海を照らす、灯台装置があるが、最新式なのか、思うほど大きくはない。
その柱の下に優雅なソファーが置かれ、金髪の少年が座っていた。
誠は床の絨毯の中の影を滑りながら、六人の兵士の背後に蛹弾を撃ち込んだ。
「流石に日本を代表する影繰り、小田切誠だね」
イーサンは見た目よりは太い、男らしい声で鷹揚に手を叩いた。
誠は影から出ようとするが、美鳥が。
「誠、この部屋には透明人間がいるわ」
どうやらイーサンの護衛は一人では無かったらしい。
しかも、目に見えない刺客だという。
ただし美鳥の蝶のセンサーには明白に男は引っかかっていた。
美鳥は誠の肘に触れ、
「さっきの出来る?」
星輝の黒い霧が、今度は美鳥の見ているものを誠に映した。
それは巨大プロレスラー、というよりは、もはや化け物と言う方が近い、筋肉の塊だった。
牛のような上半身に、ゴリラのような腕が伸びている。
下半身は裸だが、幸い、獣の毛に覆われているので見苦しいものは見えなかった。
だが足は成牛程もあり、そこから巨大な人間の足が軍のブーツを履いていた。
その大きさも、まさに特大で、あんな靴で蹴られたら流石に影繰りでも無傷とはいかなそうだ。
「透明人間なのが影能力とすると、あとはあの巨体が問題なぐらいですかね?」
「さあ。
でも、常識的にあの身体は自然に出来る物ではないはずよ。
彼もM細胞を持っている可能性は高いわね」
確かに人の顔はしているが、三メートル近い肉体は、流石にドーピングだけで作れるものでは無さそうだった。
誠は絨毯の位置を移動しながら、蛹弾を透明人間に撃ち込んだ。
透明なだけの巨人であれば、話は早い。
だが、その牛ほどの分厚さのある胸筋は、あっさり蛹弾を弾いてしまった。
「近接攻撃の影の中ても、常軌を逸した硬さですね……」
巨人は誠が蛹弾を撃った辺りを硬い軍用ブーツで踏みつけるが、誠は壁の隙間を登っていた。
木造建築なら床が抜けそうな、蹴りと言ってもいい攻撃だが、灯台はさすがに頑強なようで、室内が微かに揺れる程度だ。
「誠、蝶でやってみるわ」
美鳥は諜報と共に暗殺でも優秀な成果を誇っているが、その大半は蝶による暗殺だ。
ふわりと透明巨人の背後に蝶が生まれると、巨人の顔に張り付いた。
鼻と口を塞がれた巨人は驚き、もがくが、しかし……。
なんと、自分の顔の皮膚ごと蝶を剥がしてしまった。
幸いにも透明は維持されていたが、誠たちは血だらけの顔面が見えた。
「化け物ね……」
美鳥が唸る。
(大丈夫だよ。
傷さえあれば、僕が倒せる)
星輝が微笑んだ。
生きていればかなりの美少年だ。
黒い霧が巨人に纏わり、不意にイーサンに向き直ると、フルパワーで殴りつけた。
が……。
初めから巨人が見えていたのか、イーサンは片手でボーリングの球程ある透明巨人の拳を軽く受け止め。
「もう、死になよ」
軽く呟くと、巨人が透明さを失い、そして床に大の字に倒れた。
そうか、動物を操るって、こういう事か……。
誠は背筋を凍らせた。
これとどうやって戦うのか……。
相手は言葉一つで全ての生き物を操れてしまう怪物なのだ。
生き死にまでも、言葉一つで確定する。
「マズいわね。
相性が悪いかもしれないわ」
美鳥も呟いた。
確かに、この力ならメシアを名乗っても通るだろう。
ただ一言、自分はメシアだ、と言えば、人のみならず、アリもライオンも、彼の前にひれ伏すのだ。
しかも、身体能力も、あの筋肉巨人のフルパワーを、女の子のような細い腕で受け止めた。
言葉だけでも怪物クラスたが、身体の力もとんでもない。
(大丈夫よ、誠ちゃんの耳はあたしが守るわ)
相変わらず誠に張り付いている偽警官が誠の耳にも入ってきた。
確かに音は聞こえにくいが……。
あの言葉で人を殺す影能力が、耳を塞いだだけで防げるだろうか。
美鳥は蝶で耳を覆っていた。
ともかく、何かせずにはいられないのだ。
ただ、一言で命を奪う途方もない力に、どう対抗すればいいというのか?
イーサンは口角を上げ、
「ふふん。
耳をふさぐか?
そんなもので、僕のゴッドスペルを逃れられると思っているのか」
聞こえる!
誠は理解した。
これは音ではなく、精神に伝わる言葉、テレパシーなのだ。
勝ち誇る金髪の少年に対して、誠に抗うすべは無かった。
(心を空白にするのです)
元霊能者の桔梗が言うが、そんな物は何十年も山にこもって修行した僧侶が会得する事だった。
「小田桐誠」
イーサンが薄笑いと共に告げた。
「隣の女を殺せ」
誠はイーサンを見た。
瞬間、田辺がアドバイスをくれたのだ。
(誠君、君は外の音や声を、元々遮断できるだろ)
(あ、あれでいいのか……)
誠は心を閉ざした。
灯台の構造を透視する。
多分、観光名所なので頻繁にペンキを塗り、多少のクラックも丹念にコーキングしているのだろう。
鉄筋にまるで錆びが無い。
誠の家でさえ、部分的には鉄筋の錆びはある。
多少の錆びは、表面的なものなら構造に問題はない。
それよりはコンクリートのアルカリ化の方が大きな問題だ。
だが、ここの鉄筋は、鉄色に黒く、まるで作りたてのようだ。
「おい、僕の言葉が聞こえないのか!」
誠はチラリと虚空を見た。
イーサンにも、意味は分からなかっただろう。
そこには、颯太とチャゴがいた。
排水管が無いのも建物を強くしている。
雨水は、どうせ岩場から海に落ちるので、そもそも排水設備は、生活排水のものが一階に作られているのみなのだ。
誠の身体に入った颯太が、チャゴを招き入れる。
誠は心を閉ざしていたが、颯太は昔から誠の戦い方を常に近くで見ていた。
イーサンの胸をチャゴの能力で柔らかくする。
そして颯太は蛹弾を撃ち込んだ。
イーサンは、
「それなら女だ!」
叫んでから、はっ、と自分の胸を見た。
純白のシャツが、真っ赤に染まっていた。
「ば、馬鹿な……!」
イーサンはそれでも、その場を逃げようと
歩き出したが、颯太は影の手でイーサンの長い金髪を掴んだ。
髪が、ペリッと剥がれた。
彼は、脳に幾つもの手術跡があり、髪は無かった。
バタンとうつ伏せに倒れると、後頭部には頭の形の外付けハードディスクのような、黒い機械が頭から飛び出していた。
「やったのか……」
颯太のファインプレーだった。
特に、チャゴを呼び入れる、までは誠は考えていなかった。
「しかし、この頭は……?」
透視してみると、脳に電極が幾つも入っていた。
「あ、あれか……!」
マッドドクターが最初の内調基地に侵入した際、カブトは脳を剥き出しにされて、幾つもの電極を埋められていた。
ハードディスクの中身は調べなければ分からないが、電極はイーサンの超人的なパワーの秘密だったろう。
誠は、イーサンの頭から頭蓋骨に付けられたボルトを外し、ハードディスクをもぎ取った。
おそらく、これに大きな秘密があるはずだった。
「誠。
そんな物、海外からどうやって持ち帰るの?」
「僕は学習用にノートPCを持ってきているので、付属ハードディスクと言えば通りそうですよ」
黒い機械はイーサンの後頭部に合うよう曲がっていたが、チャゴの力で柔らかくして、普通のハードディスクにした。
機械にはバッテリーが付いていたが、田辺に見てもらい、発信機と共に外し、灯台の立つ頑強な岩盤の中に埋め込んだ。
誠たちがバイクで街に戻るのを、岩場の少年が見ていた。
スマホを出し、
「ああ、どうやらイーサンは脱落したらしい。
ああいう機械だよりの奴は、やっぱりダメだよ」
浅黒い肌を陽光に輝かせ、少年はウエストバッグにスマホを収めると立ち上がる。
「おーい、キリも来いよ!」
海で疲れ知らずに遊び続ける少年に手を振り、浅黒い少年は見事な飛び込みで海に潜った。
カワサキバイクは赤みを帯びた空を背景にホテルに戻るが、逆にパトカーやジープ数台は灯台に向かう。
無惨に死んだ巨人とカツラを外され、超能力増強と肉体増強のパックアップシステムを外された少年は、メシア候補の威厳も奪われ、裸に剥かれて、哀れな白人の少年に戻されていた。
頭以外にも、あちこちに機械が取り付けられ、身体強化がなされている。
片目は義眼で、小田桐誠との戦いが記憶されているはずだ。
ジープに乗ってきていたイーサン担当のAのサイボーグ課の医師ハリソンは、
「死因は胸の傷なんだが、何故電磁パリアが機能しなかったのか、それが不明だ。
帰ってすぐ解剖するが」
とICレコーダーに録音し。
「しかし、頭部ユニットを発見されたのは痛いな。
メシア計画の根幹だからな」
と黒人女性に話すが、
「ハリー。
だからサイボーグじゃ限界だ、って言ってるでしょう。
やはりメシアは完全な肉体を持ってないと意味がないのよ」
ナタリーは酷薄にハリソンに教えた。
マッドドクターの研究していた身体強化の後継者がハリソンだったが、ナタリーに言わせれば、それはマッドドクターと共に日本で死んだ技術だった。
確かにイーサンは驚くほど有能に思えたが、実戦をさせてみれば呆気なく小田桐誠に倒されている。
ま、それでもサイボーグ人間も三流戦闘員としては役立つだろうが、これからはナタリーのM細胞による強化人間が主流を占めるだろう。
哀れなイーサンのツギハギの遺体を、道路に潰れたカエルのように一瞥し、ナタリーは灯台を去った。




