15イーサンの罠
誠たちは灯台の螺旋階段を登っていた。
灯台の内部はニスで木目を輝かせた細い板を縦に並べてあり、居住性の高いシックな内装だった。
普通の灯台がこれほど豪華な内装をしている例はあまりなく、アプリコット色の絨毯が敷かれた階段とも相まり、まるでコンパクトなホテルのようだ。
所々にある、明かり取りのアーチ窓も窓枠がアプリコットカラーで統一され、暖色系にコーディネートされた螺旋階段は、とても外の荒れる外洋と切り立った岩石のうえに立つ純白の灯台の内部とは思えない。
だが、誠たちの緊張は高まる。
木目の目立つ壁板は、サソリなどを容易に隠すし、足元の絨毯も昆虫や、あるいは靴を貫く釘などを容易に隠す。
扉に電流を流すくらいだ。
不意に十字砲火を受けようが、天井から槍が落ちてこようがおかしくはない。
無風なので蜂などの飛虫もいないとは限らないし、サソリを始め様々な毒虫の用意ぐらいは、メシア候補のイーサンなら当然、していないはずが無い。
幽霊に点検してもらい、誠も透視で階段を調べながら、螺旋階段をゆっくり登って行く。
灯台の室内に入ると、誠は確信した。
この階段の一番上に、イーサンはいる。
電気のトラップもそうだが、何より影の気配のようなものが誠にも感じられた。
霊能少女桔梗の使い魔の一人、インコの蓮に階段の上を見てきてもらうと、鉄のドアが閉まっているようだ。
その程度は誠には関係ないのだが、どんなトラップが仕込まれているのかは分からない。
階段の一カ所に釘のような突起が見えた。
「ここに何かあります」
誠が教えると、蝶が周りを飛び、
「おそらく高性能なプラスティック爆弾のようね。
戦車も噴き飛ばすほどの量が入ってる感じよ」
イーサンは灯台を壊しても気にしないようだ。
おそらくそれが、Aとラミールの力関係なのだ、と誠は気がついた。
おそらく……。
今回の核ミサイルの売買にも、Aの方が大きな位置を占めていたのだろう。
買い手だから立場が上、という訳では無さそうだ。
どうしても、と言うなら売ってやらないでもないが、メシア候補は治外法権的に暴れさせるよ、ぐらいの話になっていそうだ。
誠たちは爆弾を避けて、ゆっくりと階段を登る。
爆弾は何段かおきに設置されていたが、毒虫はいなさそうだった。
螺旋階段は長かったが、やがて鋼鉄製の壁と頑丈なドアが見えてきた。
階段を上がると、鏡面仕上げの鋼鉄の壁とドアだ。
無論、誠には鋼鉄など何の意味も無いのだが……。
えっ?
と、誠が驚いた瞬間、誠と美鳥は、まるでミラーハウスのような場所に瞬間移動していた。
どこからか声が聞こえる。
「馬鹿な奴らだな。
メシア候補の護衛に影繰りの一人もいないと思ったのかよ」
どうやら、イーサンに護衛がいて、その男の影能力に誠と美鳥はまんまとハマってしまったらしい。
そこは、複雑に鏡が配置された、まさに遊園地のミラーハウスだった。
おそらく敵は、鏡像で誠たちを幻惑しながら、隙を見て命を奪いにかかるつもりなのだろう。
誠は実はミラーハウスは苦手だった。
透視で見たとしても、先にあるのも鏡だからだ。
敵を見つけたとしても、鏡で遮られて捕まえられない。
透過があるので、単純に鏡の先に敵がいるなら攻撃はできるのだが、それも鏡像である可能性もあった。
無論、幽霊は自在に鏡程度は擦り抜けられるし、仮に何らかの能力で擦り抜けられないとしても誠が透過を使えばいい。
筈だが、真の問題は、誠たちが入ってしまったのは現実ではない、敵の影繰りの能力の中だという事だ。
どんな場所なのか、変なルールが設定されていないのか、誠たちには分からない。
積極策に出て、後で身動きが取れなくなるのは愚策だった。
だが、何もしないでは敵の攻撃を待つばかりになる。
誠は、影の手で鏡を透過してみた。
影の手はスルスルと鏡に入っていく。
だが……。
(おい、誠!)
誠の背後から、同じ影の手が伸びてくると、それは誠の首筋を掴み、強力な力で絞め始めた。
誠が落ちなかったのは、引き続き偽警官が誠を守っていたからだ。
誠は、影を消した。
誠の首を絞めていた手も消える。
「誠……」
美鳥が呟いた。
「透過してみなさい」
誠は締められた首を撫でながら、
「はい!」
言うと同時に蛹弾を発射し、鏡に透過させた。
だが、蛹弾は誠の背中に飛んでくる。
誠は自分の蛹弾を吸収した。
「攻撃を反射する鏡の牢獄のようね」
誠は顎を掻いた。
「しかし、それならミラーハウスにする理由がないんじゃないですか」
「先に進めるって言うの?」
「罠かもしれませんが、そんな気がします」
美鳥は肩をすくめ。
「なら、進んでみましょうか」
ガラスの隙間を歩き出す。
何度かガラスに遮られたが。
鏡には細い隙間が存在していた。
美鳥は蝶を飛ばし、道を探る。
幽霊は、普段はどこにでも透過して進めるため、反射される鏡には苦戦したが、蝶はわずかな隙間を見つけて先に進んだ。
敵からの攻撃はない。
多分、ミラーハウス自体が敵の影能力の中なので、現実空間ではない。
だから無限に続くミラーハウスにも出来るし、何処かで決定的な罠を張ることも出来る。
おそらくは誠たちを疲れさせた上で、何処かで誠たちに避けようがないような罠を仕込んでいるはずだ。
しかし基本的な能力が、相手の攻撃を反射する鏡面を作る能力だったとしたら、一体どんな罠が考えられるのだろう?
鏡を考えた誠は、ふと凹面鏡を思い出した。
が、あれは本来は光を集めるもので、影の手や蛹弾を強く出来る訳では無い。
だが、ここは敵の影の中であり、物理法則は意味をなさなかった。
もし、このミラーハウスの影繰りが鏡の力を使うのなら、何処かで必ず使ってくるのではないか?
考えた誠だが、
ても、凹面鏡なんて、見たら分かるよな……。
今のところは、このミラーハウスに歪んだ鏡は一つもなかった。
だから、歪んだ像があれば、かなり遠くからでもわかるはずだ。
鏡には誠と美鳥と沢山の黒い蝶が飛んでいたが、その蝶の半分か三分の一は鏡像だ。
ただし美鳥の蝶はその鏡の見えない先にも飛んでいて、正しい道を教えてくれる。
その仕組みは誠にも正確には分からないが蝶は温度、湿度、薬物なども含む雑多な臭いの解析、影の発見などが可能なため、美鳥は潜入捜査員として有能なのだ。
「こっちよ」
美鳥が誠を誘う。
銀色の鏡の世界に無数の黒い蝶が舞う姿は、何処か浮世離れした幻想性をミラーハウスに与えていた。
そこは、かなり広い場所だった。中央に八枚の鏡が円を描くように並んでおり、数メートル離れて、その隙間を埋めるように八枚の鏡が配置されていた。
「なにか、意味ありげですね」
誠は用心しながらも十六枚の鏡の中に入っていくが、
「誠!
絶対に罠よ!
早く出なさい」
外から美鳥が言った。
誠も、おそらくここが罠なのは感じていた。
たが、敵を倒し、外に出るためには、この罠の中で敵を倒すしかない……。
おそらく凹面鏡、と思っていた誠だが、ここにある鏡は皆、普通の物のようだった。
おかしい……。
思った誠に、
(誠!)
颯太が叫び、誠は横に飛ばされた。
目の前を、一条の光が通り過ぎる。
「なんだ、これ?」
「ふふふ、やはり知らないか。
お前ら日本人は立派な武器は持っていても、本物の戦争は知らないのだからな」
一枚の鏡から、全身銀色の、鏡人間が現れた。
顔は曲面ガラスを被っているようでツルリとしている。
手足は本物の鏡のようで、皺一つ無い。
「それが軍事用レーザー光線だ。
空気で拡散されるので射程は短いが、このガラスの中なら、拡散されることはない」
鏡男は楽しげに語り、
「ヒヒ、それどころか、この鏡の中には凹面鏡が配置されているのだ。
この意味が分かるか?」
誠の背後から、強烈な光線が発射された。
誠は影の目を頭の後ろに付けたので、背後も分かる。
颯太にも運動能力を助けてもらい、ギリギリで光を交わした。
鏡男は楽しげに笑い、
「光は、まさに光速なのだよ!
いつまで避けきれるかな?
ここでは、光線は無限に強くなるぞ!」
確かに音速で飛行できる誠でも、光の速さは想定外だ。
だが幽霊に光線は効かない上に、誠は引力と反発を使えるので、一定の円陣の中で微かに体を動かすのは不可能ではなかった。
敵が、カーブやシュートを放つなら、負ける可能性はあるが、確実に誠の背後を狙って光速とはいえストレートだけが飛んでくるなら、光った瞬間に少しズレればいい、だけだった。
だが、戦いを終わらせるには鏡男を倒すのが早い。
誠は鏡男を倒そうとしたが、鏡男は高らかに笑いながら、鏡の中に消えていった。
(誠君!
鏡を割るんだ!)
おそらく、一枚二枚、鏡を割ったところで鏡男は気にしないだろうが、鏡に駆け寄り、蹴ってみた。
影の手や蛹弾では反射されるからだが、誠が鏡を蹴った瞬間、一瞬、誠の影の体のようなものが現れ、誠のみぞおちに鋭い蹴りを打ち込み、消えた。
誠は偽警官に守られていたので耐えられたが、かなりな攻撃力だ。
(誠君、蒸気の壁だ!
光は分散するから濃い蒸気で光線は無効化できる!)
田辺さんが教えてくれた。
誠は蒸気の壁で霧のような膜を鏡の内部全体に広げた。
美鳥は蝶で中を見れるし、誠は透視で周囲を見れる。
誠の影能力てある幽霊たちも、誠が使える力は使える。
誠の背後から発射された軍事用レーザー光線は、濃霧の中、1本の線になったが、素早く避けると鏡の表面に広がった微細な水滴に拡散された。
多分軍事用レーザー光線は無効化されたと思うが、どのみち鏡男を倒さないことには、相手の影能力の鏡は壊すことが出来ない。
どうすれば鏡男を引き摺り出し、息の根を止められる?
蒸気で鏡は使用不能とはいえ、敵は誠と美鳥を一カ所に封じているのだ。
(誠君、前に気圧を上げて水を氷にしたね?」
田辺が言った。
「はい、ドローンの時ですね」
「そうだ。
あのときは水を氷にしたが、気圧だけが圧力ではない。
例えば水圧だ。
深海では鋼鉄の潜水艦さえ潰れてしまう。
君の圧力操作なら、鏡を砕くぐらいは大した難易度じゃない」
「しかし、ここは敵の影の中ですよ。
物理現象は通用しないのでは?」
「信が外の壁にいる。
君は信をもう君の影にしているから、外に出られる」
そう言えば信を見かけなかった。
誠は美鳥を掴み、影の外に出た。
軍人とおぼしき男が立っていた。
メシア候補の護衛だろう。
誠は、男の周りの気圧を急激に上げた。
不意を突かれた男は、ゲッと息を吐き、気を失った。




