14イーサンの目
川に飛び込んだオラウータンに、イリエワニが襲いかかった。
「うわ!
奴ら、もう来てたんだ!」
誠は叫ぶが、相手が恐竜クラスの二匹のイリエワニでは、水中ではオラウータンに勝つすべは無かった。
「バカね!
見物してないで走るのよ!」
誠は美鳥と共に走った。
水中ではワニは早い。
長い尾をヘビのようにくねらせ、一瞬でトップスピードで泳ぎ出す。
すぐに追いつかれそうになるが、誠が影に潜り込み、川の先まで滑り出た。
そこは川と遊歩道の分岐点で、ここから岩を削って作った階段を登ると、灯台のある岩場の陸地側に出る。
空中には、無数のカモメがけたたましく鳴いていた。
ポツポツと木はあるが、岩の穴に溜まったわずかな土に鉢植えのように生えた痩せた木だ。
岩場の先には白い灯台がまぶしい熱帯の光りに輝いていた。
岩には木の根が網の目のように走り、雑草すら遠慮がちに十数センチの葉を弱々しく広げて必死に生きていた。
階段は細く、岩場は高さがあるため、流石にワニも登れそうにない。
あれだけいた虫さえも、強い潮風のせいか、蝿すら飛ばなかった。
「本当にここにイーサンがいるんでしょうか?」
誠は戸惑いがちに美鳥に聞いた。
空のカモメだけが、無数というほどに強い風の中、半ば飛ばされながら空にしがみついていた。
「見なさい、誠。
誰が好き好んでこんな風の中、餌もないところを飛んでいるか分かる?」
え、と空を見上げ。
「つまり、あれがイーサンの目、って事ですか?」
灯台の奥は岩がちなビーチで、ここはサーフィンに絶好の高い波が来る場所だ。
だが、これだけ荒れた海では魚も泳げない。
カモメは、まさに慈善事業のように、叫びながら風に逆らい、空を飛んでいた。
と、一匹のカモメが力尽き、灯台の土台の岩壁に激突した。
確かに、イーサンが強要している以外に、カモメがこの強風を飛ぶ意味は欠片も無かった。
「しかし、それならそれで、門番ぐらいは配置しそうですね?」
「いるでしょうね……」
達観したかのように美鳥は言った。
「ま、そのための誠でしょう」
確かに、こういった潜入捜査は美鳥の得意とするところだ。
誠は、仕事を教わる、兼ボディガードなのだろう。
確かに今までの誠の戦いとは、勝手の違う状況が羽田のエアポートから続いていた。
用心深く歩き出した誠だが、待て! と裕次が止めた。
岩場には、まるで海岸の岩場を歩くフナムシのように、サソリが何匹も歩いていた。
誠たちは、どうも知らない間にサソリに囲まれてしまったようだった。
ウサルたちは、爆撃のあった廃墟を歩いていた。
「あたしの若い頃にゃ、ここらはメインストリートでねぇ、毎晩のように仲間とダンスホールに繰り出したものさ」
とコメラ婆。
今はコンクリート片と横転したトヨタがあるだけのまさに砕け去った街だった。
「待て……」
ロトが二人を止める。
「何……?」
囁き声で問うウサルに、
「カタッ、て聞こえただろ。
おそらく……」
ロトは砕けたレンガを拾うと、数十メートル離れた韓国車の残骸に投げつけた。
フロントガラスが砕けるが、当時に……。
ガガガ! と機関銃が六発の弾丸を発射した。
韓国車は電気自動車だったらしく、バッテリーに引火して火を噴いた。
「1回の引き金で六発。
奴らのマシンガンだ。
おそらく、地上ドローンだと思う」
ロトが囁く。
「地上ドローン?」
「認識ビーコンの無い所から音がすると、自動で射撃する、それだけの旅行ケースほどの無人の車、旅行ケースに大きめのタイヤが六つ付いただけの、単純な機械だ。
兵士を使わないでも、この辺に俺たちがいるらしいと分かると、奴らはこういうのを撒く訳だ。
自走する地雷と思ってもいい。
事実、弾が尽きると、最後は突っ込んで爆発する。
まさに実弾を放つ自動玩具って訳だ」
やれやれ、とコメラ婆。
「荒んだ世界には人すら必要ない、ってか?
まさに非人情の極みだね」
「連中はネズミ捕りって言ってるらしいぜ」
ウサルは目を瞑り、空中にハープでも引くように細い指を走らせていたが。
「6台いる。
本当に、何も考えていないし、無人の兵器だから見つけにくかったよ。
ちょっとした機械が幾つか、電池で動いているだけなんだね」
まさに害虫駆除。
民族浄化の名の下に作られた、兵器というには格安の、自動装置だ。
ただ人を発見しては、殺していくだけの、まさにネズミ捕り、たった。
ウサルはしきりに空中に指を這わせていたが。
「終わったよ。
もう、大丈夫」
言うと、
「おいで!」
と声を上げる。
すると、あちこちから六台の縦長の箱にタイヤの付いたドローンが、どことなく嬉しげにウサルの周りに集まった。
「おいおい、何をしたんだ?」
目を丸くするロトに、ウサルは、
「彼らに忠実な犬の魂を与えたよ。
今は僕らの頼れる仲間さ。
空とサン、月、星、風、麦だ、可愛がってね」
コメラ婆はウサルを抱き上げて、頬ずりした。
「あんたは本当にいい子だよ。
機械も仲間にしちまうんだね」
ロトは二人を遠く、見ていたが、
「静かに……」
声を潜めた。
「今度は何だい」
コメラ婆が聞くと、
「多分、空中ドローンだ。
これは電波で敵のコントロール車と繋がっている。
俺達を探してるんだ。
昨日から、ヘリを落とすし、歩兵も殺した。
空気銃の連中は俺たちと結びつけているかは分からないが、何かがいるのは気がついているんだ」
やれやれ、とコメラ婆。
「大人の兵士は何をやってんだか!」
ロトは唸るように。
「もう、そんなに沢山の男は残ってないんだ。
俺が訓練を受けたのも女だった。
老人と女と子供。
分かるだろ、もう長い間、俺たちは殴られ続けている。
血は、流し尽くしているんだよ」
無表情なロトの顔が、光の加減か悔しげに見えた。
誠は、足元のサソリを透過した。
サソリは岩の中に落ちたが、まだまだ、無数のサソリが岩肌に走る木の根や、雑草や痩せた木の中に潜んていそうだった。
「サソリをやっつけられないの?」
美鳥は言うが。
「何処にいるのかも分かりませんから。
それより灯台の入り口まで影に入って進みます」
言うと誠は灯台の入り口前の岩場まで影を滑った。
岩場には申し訳程度の草が岩の窪みにチラチラ生えていた。
粗く削られた階段を十数段登ると、純白の灯台だ。
岩を削った階段はサソリに注意しながら登り、誠たちは灯台の入り口前に立った。
観光名所だけあり、ペンキは真新しい。
ドア前のひさしはアプリコットカラーに塗られ、日本ではあまり見ない配色が新鮮だった。
今までは建物の色など気にも留めなかった誠だが、今は色合いなども意識して建築を見ていた。
そうしてみると、見慣れた東京駅や浜松町のビルも違って見えるのが不思議だ。
誠は何気なくドアノブに手を伸ばしたが……。
バン、と火花が散り、誠の手は弾かれた。
「誠!
平気なの?」
「え?
ああ、湿度の壁を張っているので、アースになって地下に電気は逃げますから」
その内側には偽警官の霊もいたが、それは話せない。
考えてみると、ド変態に体をべったり触られているようなものだが、最近ではあまり気にならなくなっていた。
生きた人間なら無論、必死で身を守るが、向こうも誠に嫌われたくないので、誠が怒るようなことはしないのだ。
それと、幽霊は性欲のようなものも薄れるのだという。
生前の嗜好は持ち続けるが、鑑賞するぐらいで満足するらしい。
誠は影の手で扉の鍵を開け、中に入った。
灯台の中は、灯台に昇る階段がほとんどのスペースをとり、奥にコンパクトな生活スペースがあるようだった。
地下があるとは思えない、古い建物なので、誠は階段を登った。
時折窓があるため、それなりに明るい階段だった。
ウサルはしばらく目を瞑り、何かを感じていたが、
「こっち!」
瓦礫の中を歩き始めた。
大通りには残骸は飛び散っているものの、歩くのに不便はない。
が、奥はまさに瓦礫の山だ。
だがウサルの先導で歩くと、体を横にすれば通れる隙間や、身を屈めれば抜けられる潰れかけの通路など、不思議と人が歩けるスペースが見つかる。
二つのビルの外壁が斜めに倒れて支え合い、三角形の通路を作っていたり、崩れかけた階段を登ると瓦礫だらけの部屋から窓の外は向かいの家の屋根だったり。
犬の魂を入れられたマシンガンドローンは、敵の監視用ドローンはビーコンがあるため反応しない。
やがて、斜めになった室内から見下ろすと、軽装甲車に大きなパラボラアンテナをつけた、飛行ドローンを操作する車が見えてきた。
「どうするね?」
コメラ婆が聞く。
ウサルは足の折れたベットのカバーを外すと、窓から投げた。
それほどの風も無かったはずだが、ベットカバーは大きく広がると、パラボラを覆い隠した。
装甲車が揺れ始め、兵士たちが後部のハッチを開けて、装甲車に登った。
兵士たちが古びたベットカバーを外そうとパラボラに登ると、急に巨大なパラボラアンテナが、ぐらりと揺れて、斜めに傾いた。
一人の兵士がアンテナから落ち、頭を打って、倒れた。
慌てて兵士たちが負傷者の周りに集まったとき、パラボラアンテナが、根元から折れると兵士達の上に落ちて兵士達を押し潰した。
と、何がショートしたのか火花が散り、装甲車は黒煙を上げて爆発し、真っ赤な炎が辺りを包んだ。
「やったね!」
喜ぶコメラ婆だが、ロトは、
「早く逃げよう。
奴らが集まってくるぞ!」
ウサルたちを急かした。
ウサルたちは戻るのではなく、同じような瓦礫の中の隙間をぬって広場に出た。
この一体は奇跡的に破壊を免れていたため、雑居ビルとその前の広場がそのまま残っていたのだ。
だが、誰も人はいない。
ウサルがいた廃墟辺りが人のいる最終ラインであり、その後ろは、例え建物が残っていても、とても人の住める状態ではなく、また、敵兵が集散を繰り返す、半ば占領された地区だった。
ウサルたちはビルの窓から廃墟に入り、広場を見渡す三階まで登った。
トラックが五台、四方から集まって来た。
バラバラと百人近い兵士がトラックから降りる。
「ロト、みんなが配置に付いたよ」
ロトが頷くと、広場の四方からマシンガンが乱射され、一瞬で百人は肉塊となり、五台のトラックの爆発が彼らを火葬した。
「行くぞ!」
冷静だったロトも、いつか興奮していた。
本当に、壁を越えて行けるのか?
ヨルダン川を俺たちはこの目に映せるのか?
三人と六台は、瓦礫を潜りながら、少しづつ壁に近づいていた。




