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13イーサンの目

今、イリエワニは、ただ太陽の光を浴びてジッと動かない。


だが、おそらく誠たちが木の足場に乗った途端に攻撃は始まるだろう。


最も効率的なのは透過で落とすことだが、誠はイリエワニの生息数を知らなかった。

もし、希少な生物なら重大な過失になるかもしれない。


だから、可能なら戻ってこれない遠方へ飛ばすのが安全だが、イリエワニはあくまで汽水域の生物であり、外洋に飛ばして生きられるのかは分からなかった。

魚では無いのだから……。


「誠。

相手は獰猛でも爬虫類よ。

氷漬けにしてしまいなさい」


「え、でも殺すのはちょっと……」


「あんな巨大ワニが少し氷漬けになったくらいで死なないでしょう。安全にあたしたちが通り過ぎたら、戻してやれば大丈夫よ」


確かに、短時間なら耐えられるのかもしれない。

巨大さが、体の中心部までの熱を完全に奪い取るのには、外気温から見てかなりのタイムラグがあるはずなのだ。


誠はイリエワニを蒸気の壁で囲み、気圧を上げた。


やがて蒸気は水になり、凍っていく。


巨大ワニが氷の中に埋まったところで、誠たちは木の階段を駆け下りた。


だが……。


滝壺から、別のワニが浮かんできた。


澄んだ滝壺の清水に浮かぶ影は、氷に埋まったワニと比べても遜色ない、最大級のイリエワニだ。

生きているワニはほぼ灰色なので、水底に沈まれたら誠の視力では見分けがつかない。


誠たちは階段に足を踏み入れかけて、止まった。


「誠。

凍らせなさい」


「いや、あんな広い川を凍らすのは無理ですよ。

流れもあるんだから!」


水は絶えず流れている。

しかも滝からの膨大な水流で激流とも言える速度で川に流れ込む。


大きな岩が幾つも沈んでいるので絶えず白波がたち、滝壺からしばらくは渓流のように荒い流れだ。


(俺が水を固くしてみようか?」


チャゴが提案した。


固くするとは、水がゼリーのように粘性を持つのだろうか?


とにかく、睨み合ううちにイーサンが命じればイリエワニは動き出す。

誠は、チャゴに水を固くしてもらった。


波が、イリエワニの周辺だけ波立たなくなる。


水はゼリーのようにプルプルとゆらめき、イリエワニはもがき出した。


「どうなっているの?」


(正確には分からないが、水の粘度がある程度高まると、田んぼのように動きづらくなるのかもしれないな)


と田辺は考える。

小魚なら泳げるかもしれないが、六メートルもの巨大ワニは当然、何トンかの重さがある。


うまく泳げないとなると……。


ワニはもがきながら沈んでいった。


誠たちは急いで階段を降りていく。


水辺より上に遊歩道があり、川と平行に明るい森を進んでいく。


「あ、ワニたちの力を解かないと……」


誠はいうが、美鳥は。


「ワニって、結構直線は早く走るのよ。

この気温なら射程を外れれば自動的に影響は無くなるわよ」


確かに背後からワニに襲われるのは厳しい。

前には、おそらくイーサンの主力級が控えているだろうからだ。


川沿いの遊歩道を誠たちは急ぎ足で進んだ。

どこからか、必ず何らかの攻撃があるはずだった。

それは川からかもしれず、崖からかも知れず、大木からかもしれない。


と……。


ガツン!


崖に岩が当たった。


岩崩か、とも思ったが、


(誠、対岸からの投石だぜ)


横山が言う。


川幅は広い。

とはいえ、十数メートルから、せいぜい二十五メートル程で、しかも川岸が結構あるため、人間でも投石できる距離だ。


ただ、対岸には誰もいない。


「何処から飛んできたんだ?」


横山に聞くが、川岸の木の中、としか分からない。

対岸は数メートルの河原から、すぐに暗い木立になっていた。


と、ガッ、と頭上から石が落ちる。


どちらの石も、人の握り拳ほどの石だ。

当たり方によっては殺傷力もあるだろう。


ただ美鳥は蝶を飛ばしていたし、誠は幽霊たちに守られていたから、余程の直撃でない限り、影繰りに大きなダメージは与えられない。


イーサンはチャゴと同じくらいの年齢だからその辺が甘いのか、と思ったが……。


不意に誠の目の前を通って、崖に食い込む石が飛ばされて来た。


「え、今の、なに?」


おそらくプロ野球選手の投球よりも速いと思う。

気軽なハルに見てきてもらうと、


(猿だ。

だけどお前、投石機って知ってるか?)


誠は知らないと答えた。


(ロープの先に石を乗せる部分を作ってな、それからロープの端を持って振りかぶって投げるんだ。

通常よりも早く、遠くに石を投げられる。

イーサンはそれを猿に持たせたんだ)


最初の石はそれほどではなかったから、全ての猿が投石機を持っわけではないのだろうが、混じって投げられると余計にややこしい。


しかも。


投石機の発射が合図たったのか、上から、対岸から無数の石が飛んできた。


しかも、投石機の石は思ったより多く、幽霊や蝶でも受けそこなったり、弾いて跳弾になったりした。


斜めに飛んでくる跳弾は曲者で、誠の頭をかすっただけでも、結構な痛みがあった。


誠はトレーニングを怠らなかったが、影繰りになって半年を幾らか超えた程度では鎧のような近接戦闘用の影のオーラは纏えない。


聞いてみると、あれだけミオさんに鍛えられているレディ先輩も、


「まだ俺もアクトレス教官やカオナシさんみたいな鎧じゃないんだよな。

痣とかはできないが、ミオのパンチが急所に入ったら漏らしそうになるぜ」


とか言っていた。


本物の影のオーラは、身体が出来上がって、それから弛まぬ努力の果てに身につくプロフェッショナルの証拠のようなものなのだ。


言われてみればアクトレス教官もカオナシさんも、プロの格闘選手と言っても通る、しなやかな筋肉の塊だった。


誠は蒸気の壁を厚くして、密度を高めた。


外気に湿度の違いが生むれるため、直接打撃の威力が落ちる、のが湿度の壁なので、厚さを広くし、壁内にも水に近い層を作ったり氷に近くすることで、バームクーヘンのように層を作ると、石の威力ぐらいならだいぶ弱まるはずだ。


(誠っちゃんの身体は、あたしが守るわ!)


偽警官が叫ぶと、湿度の壁の下に幽霊が入り込んだ。


ヒヤッと冷たい何かが身体に押し付けられる。


全体的には冷たいのでありがたいが、股間の辺りに変な感触があった。


ま、まあ、そこも急所ではあるし……。


幽霊は身体に触れられないのかと誠は思っていたが、そう言えば今まで誠が気絶している間、幽霊が誠を動かしたり、風呂に入れたりしていたことがあったので、誠は体内に入るのかと思っていたが、どうも外側にも触れられるようだ。


しかし、対岸から、また上空から石礫が飛んでくる状況では贅沢は言えなかった。


ある意味、女性にされる恥ずかしさを思えば、偽警官の方がいくらかはマシだ。


また同級の颯太たちよりも、恥ずかしくない気がした。


美鳥は蝶を自らの身体に着けて、昆虫の鎧としていた。


誠たちは急ぎ足で前進するが、遊歩道に石が落ちているので歩きにくく、走ることは出来ない。


と、ギャアと凄まじい叫びを上げて、テナガザルが飛び降りてきた。


片手に持った石で、直接、誠と美鳥を殴りに来る。


が、幽霊に弾かれ、蝶に張り付かれて、猿は川に落ちた。


不意に石礫が止んだ。


誠たちも足を止めた。


遊歩道の先には、巨大なオラウータンが立っていた。


「ねえ……」


美鳥は戸惑う。


「オラウータンって立つの?」


確かに誠も、のんびり座っているイメージが強かった。


確か森の賢者と呼ばれる、静かで冷静、穏やかな生き物だった気がする。


「えっと、類人猿ですから、チンパンジーやゴリラのように、立つときは直立もするんじゃないでしょうか?

操っている奴もいる訳ですし……」


あの手の動物が立つときって、大概は怒ってるんじゃないかな……。


誠は、嫌な予感が頭を過った。

イーサンが操っているのだ。

無論、彼は攻撃を指示するだろう。


「野獣ですからね。

一発でも当たると、熊なみの破壊力だと思いますよ」


誠は言いながら一歩前に出た。


オラウータンは無表情だったが。


一瞬で視界から消えた。


と、同時に誠の顔面にオラウータンの踵が直撃した。


オラウータンは超人的な筋力で誠の前までジャンプすると、腕で体を支え、そのままの回転する勢いを使って、踵を打ち込んだのだ。


誠は川に吹き飛ばされた。


何もしていなければ頭蓋骨と顎を砕かれてもおかしくない攻撃だったが、湿度の壁をバームクーヘン状態にしていたのと、偽警官が守っていてくれたおかげで体は無事だった。


一瞬、体を浮かせたため、派手に飛んだが、川の中ほどで柔らかく止まった。


遊歩道では、オラウータンは美鳥に襲いかかっている。


美鳥はオラウータンの突進力を力に乗せたパンチを首だけで交わし、オラウータンの腕を取ると、一本背負いで投げ飛ばした。


さ……、さすが美鳥さん!


誠は感嘆するが、オラウータンは崖に取り付くと、素早く遊歩道に飛び降りた。


マズい……。

相手は尋常の反射神経とパワーではない。


(颯太、僕だけじゃ戦えない。

力を貸して)


(ヘボだなぁ)


等とか言いながら、颯太が誠に入った。


(うげっ!

何この感触!

おっさん、ちんちん握るなよ!)


(馬鹿ねぇ。

一番の男の急所よ。

誠っちゃんが立たなくなったらどうするの!)


それは颯太も困る。

誠の生理現象だけは幽霊は共有できるのだ。

しかも都合のいいことに、予め痛いとか苦しいとかわかってる場合は外に出て、感覚を遮断もできるのだ。


なおも美鳥にパンチを撃ち込むオラウータンに、颯太の能力もプラスした誠が、空中から後頭部に蹴りを入れた。


が、オラウータンは超人的に頑丈だった。

誠がサンダル履きなのもあるだろうが、生肉を蹴ったような感触だけはあったが、1ミリも動かせない。


誠は影の手でオラウータンの耳をカットした。


流石に耳は柔らかく、血が飛ぶが、パンチは美鳥に当たり、腕をクロスさせて受け止めた美鳥だが、五メートル近く飛ばされて、遊歩道に転がった。


誠は影に滑り込んで、オラウータンの側面に回ると、目をカットする。


これは痛かったのか、血飛沫が上がり、オラウータンは片目を手で抑えた。


もう片手で誠を掴みにかかる。


オラウータンの握力で掴まれたら、それだけで体が千切れる。


誠は影に滑り込み、後ろに回ると、足の小指を影の手で切る。


骨は頑丈で切れないが、オラウータンは痛みから倒れた。


誠は蛹弾を腹部に十発、同時に打ち込んだのだ。


爆発はオラウータンの腹を焦がし、毛がチリチリと燃えた。


(誠、俺があいつを柔らかくしようか?)


そうか!

チャゴの固くするor柔らかくする能力は難しい力だが、ハマれば強い。


「頼むよチャゴ!」


チャゴが柔らかくしたところに、誠は影の手で胸回りの筋肉をズタズタにし、更に蛹弾を撃って、ムカデにし、首筋を刺した。


痛みでオラウータンは悲鳴を上げ、川に飛び込んで逃げ出した。


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